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沖縄現地調査


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09.12.9

憲法9条沖縄現地調査報告(その1)

憲法改正問題対策本部

本部長代行 佐々木 健次

1,はじめに


憲法改正問題対策本部(以下,対策本部と言います)は,今年の春頃から,憲法9条沖縄現地調査を計画いたしました。

本年3月,「憲法改正問題に関する意見書」の公表につき常議員会の承認を得ましたが,対策本部では,それまでの成果をさらに深め,今後の活動をより充実したものとするためには,憲法9条改正問題の最前線ともいうべき沖縄を実際に訪れ,現地の方々からその体験や実情を聴取する等の調査活動を実施し,軍隊や戦争の本質を理解し,沖縄は太平洋戦争末期にどういう位置づけを大本営からされたのか,旧日本軍が沖縄でどのような事をしたのか,なんで10万人を超える民間人が犠牲にならざるを得なかったのか,等々を知ることは憲法9条改正問題に向き合うにあたり必要不可欠であると考えたからです。

沖縄は,太平洋戦争で硫黄島を除き唯一地上戦を体験した場所であり,各所に戦争の爪痕が残されている場所です。日米安保条約のもと,今,社会の耳目を集めている普天間,嘉手納などの米軍基地があり,アメリカの世界戦略に組み込まれた他の地域にはない特殊性を有しています。

日米地位協定の検討も含め3回にわたる沖縄に関する勉強会を行うなど事前準備を行い,11月20日~23日間の3泊4日の日程で,佐久間敬子調査団長の下憲法9条沖縄現地調査が行われました。

なお,今回の私の報告は現地調査の全体的な概要を報告するもので,その後3回位に分けて他の参加者から個別に調査の内容や感想を憲法シリーズに報告させていただきます。又,今回の調査につききちんとした報告書を作成して,会員の皆さまの参考資料にしたいと考えています。



2,参加者


私以外は次の先生方であり(官澤先生は直前の事情により急遽欠席),更に青木先生,齋藤信一先生の奥様もご一緒されました(総勢18名)。

佐久間敬子(調査団長),青木正芳,庄司捷彦,増田隆男,小野寺義象,齋藤信一,十河弘,野呂圭,千葉晃平,今泉裕光,鶴見聡志,原田憲,篠塚功照,中野竜河。なお,阿部潔先生は21日のみ参加されました。



3,調査日程


(1)11月20日(金)

11:55 ANA463便にて出発

14:50 那覇空港到着

16:00 北谷町砂辺区(基地外基地が広がっていると言われている地域です)見学

砂辺地区は嘉手納基地の飛行機発着ルートの下にある場所で,騒音に関し訴訟も起されています。残念ながらその時飛行機の発着はなく,騒音を体験することはできませんでした。なお,砂辺地区は1945年4月1日米軍が沖縄本島上陸を敢行した場所であり,今から64年前砂辺の美しい海岸に海も見えなくなるようなアメリカ艦船が来襲したのかと思うと感慨深いものがありました。

18:30 「八汐荘」で沖縄弁護士会との意見交換会

沖縄弁護士会からは池宮城紀夫憲法委員会委員長ら8名ご出席され,仙台・沖縄の各活動状況報告や沖縄からは沖縄弁護士会が提案(主張)している日米地位協定改正案や沖縄憲法宣言(2007年5月30日定期総会)などの説明がありました。

沖縄弁護士会へは,今回の調査に関する当会我妻崇会長からのご挨拶状も出されていたこともあり,大変スムーズに意見交換ができ,大変有意義な会議になりました。

19:30 「うりずん」で沖縄弁護士会との懇親会

「うりずん」は泡盛と琉球料理を提供する店で,とてもおいしいものばかりでした。私は里芋の揚物「どぅる天」など大変ヘルシーな琉球料理の大ファンになりました。

なお,「うりずん」の由来を調べてみたところ,沖縄の旧暦2,3月頃を指す「おもろ語」だそうです。広辞苑によれば,旧暦3月の候,乾季が過ぎて,暖かくなり,大地が潤う時季,古くはのろ(祝女)の祭りが行われた,とあります。その頃は農作物の植え付けにほどよい雨が降るので,大地の豊じょうをイメージさせる語感があると言われているようです。「おもろ語」とは何だ,と思い広辞苑を引くと「おもろ」につき,次のように説明されていました。「思い」と同源で,神に申し上げる。宣のり奉るの意。沖縄・奄美諸島に伝わる古代歌謡。呪術性,抒情性を内包した幅の広い叙事詩で,ほぼ12世紀から17世紀はじめにわたって謡われた。

「うりずん」はこのような歴史背景を経て今に生きている「おもろ語」だとわかりました。なお,泡盛の名酒に「おもろ」という銘柄がありますが,これも同じ歴史背景のある名前であることがわかりました。

(2)11月21日(土)

8:30 ホテル出発

9:00 旧海軍司令部壕 見学

10:20 映画「月桃の花」でも紹介された壕(ガマ)見学

下へ降りて行くにも,足場がぬかり,急な斜面で大変。軍手・運動靴は不可欠でした。光の届かない奥は文字通り真っ暗闇。こんな所で沖縄戦の時ひめゆり隊員や住民が息をひそめて米軍の猛攻撃に耐えていたのかと思うと胸のはち切れる思いでした。

ガイド役の山内先生(後記4ご参照)が沖縄に来た頃(20数年前)は,同じ場所に頭骨も含めた人骨がまだ一杯放置されていたとの事ですが,私たちが見学したときも人骨(頚椎骨)が発見されました。

13:05 ひめゆりの塔・及び資料館

ひめゆり資料館は,山内先生のお話では,「戦争と教育」の問題を正面からとらえた唯一の資料館ということです。

14:20 韓国人慰霊塔

14:50 摩文仁の丘に建つ県立平和祈念資料館

15:45 同じく平和の礎見学

24万人を超える沖縄戦での戦死者・不明者の名前が日米を問わず刻まれています。

16:20 魂魄(こんぱく)の塔

魄とは,成仏できず,死亡したあたりにさまよっている魂のことをいうようです。

17:30 ホテル着

(3)11月22日(日)

8:30 ホテル出発

9:00 嘉数高台(普天間飛行場)見学

沖縄戦の激戦地で慰霊塔も多くありました。展望台からは普天間飛行場や360°のパノラマが広がり,初日の砂辺地区,伊江島なども遠くに確認できました。それにしても沖縄は美しい土地です。

9:50 キャンプ・フォスター・レスター(車窓)

大規模な病院があり,イラク,アフガン戦争で精神疾患を抱えた兵士の多くがアメリカ本国に帰されず,ここで秘かに治療を受けているとの事です。

10:30 嘉手納安保の見える丘

11:30   読谷村役場(憲法9条の碑)

現在社民党参議院議員の山内徳信氏が村長時代憲法9条の精神を石碑にしたものです。

又,山内徳信氏は村長に初当選した時は39歳で、権力と闘うために村長室に憲法9条と99条の条文を書いた掛け軸を,相手に見えるように掲げ,現在でも村長室にはこの掛け軸がかかっている,との事です。

14:00   キャンプハンセン

15:00 辺野古・大浦湾

24時間座り込みテントの活動が2000日を超えているとの事です。大浦湾埋立などの環境アセスメントのやり方が極めてずさんだとして現在那覇地裁に裁判が係属中です(島津康男・元アセス学会会長は,「史上最悪のアセス」と酷評し,アセス学会では,こんなものがまかり通るなら日本のアセス法体系自体が崩壊するとの危機感を表明しています。近時,この極めてずさんな環境アセスが原因となって普天間基地の辺野古移転が,日本から見ても,アメリカから見ても,不可能になるのではないかと報ずる雑誌もあります)。

なお,宜野湾市のホームページ(http://www.city.ginowan. okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/091126_mayor_5.pdf)によれば,そもそも,アメリカでは普天間の海兵隊ヘリ部隊も含めた沖縄の主要な海兵隊部隊が一体的にグアム移転することで手続きが進んでいると伝えています。ぜひ皆さん上記ホームページにアクセスして日本のマスコミ報道,そして政府の言動との「落差」を確認してみて下さい。

19:00 調査団で懇親会

(4)11月23日(月)

午前中は自由行動でしたが,多くの人は首里城(14世紀頃創建されたと言われていて,1406年尚巴志が琉球王国支配のための居城とした)や2000年12月世界遺産に指定された玉陵(たまうどぅん。琉球国王尚氏一族が眠っている陵墓。1501年に築かれ,王家の葬儀は1920年代まで続いたとの事です。首里城とともに沖縄戦で大きな被害を受けましたが,現在修復が完了しています)を見学したようです。

14:15 那覇空港出発(ANA464便)

16:50 仙台空港無事到着

行きも,帰りも,天気は安定していて,大変快適なフライトでした。



4,まとめ


(1)今回の調査にあたっては,20日~22日の3日間,琉球大学非常勤講師山内榮先生にガイドをお願いし大変有益な話や物事を考える際の「視点」を提供していただきました。

(2)山内先生は秋田出身で北海道大学で地質学を専攻されたようですが,縁あって沖縄にわたり,現在は琉球大学で「平和学」を学生に教えるかたわら辺野古・大浦湾を守る闘いなどに積極的に関与されておられます。

(3)山内先生は,戦後のみならず戦前(明治草創期)から,沖縄が本土の踏み台にされ続けた歴史に対し,深い同情と怒りを持ち,将来的には沖縄を世界平和の発信地にされるべく奮闘されている先生です。

山内先生にお話の下に上記の戦跡,韓国人慰霊塔,平和の礎,魂魄(こんぱく)の塔,壕(ガマ),米軍基地,辺野古・大浦湾などなどを見てまわりましたが,本当に沖縄のたどっている歴史を外面でなく,内面にまで切り込んで理解することができました。

(4)沖縄調査の感想は一言で言えば,日本はまだまだ被占領国家であり,これを是正すること,要するに沖縄の地にも日本国憲法の立憲主義や,国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義の基本原理を実現させる必要性を痛感しました。

ただ,山内先生は,ペリーが1853年浦賀に来航する前,補給基地としての役割を求めて沖縄に立ち寄っていることを紹介され,沖縄は19世紀半ばからアメリカのアジア戦略の拠点として位置づけられていたとの見解を示されました。そうだとすると,今問題となっている普天間移設,更には日弁連が提唱している沖縄の米軍基地撤去は,歴史的にみても,そう簡単な問題ではないと思いました。

(5)それにしても,辺野古・大浦湾は「マングローブが繁りサンゴが育つ,ジュゴンの海」であり,生物多様性の宝庫のような区域です。沖縄県が「自然環境の厳選な保護を図る海域」,環境省が「日本の重要湿地帯500」に指定し,更にIUCN(国際自然保護連合)が日米両国政府に対し,2000年10月,2004年10月の2回にわたり保護勧告をしている地域です。

普天間の代替基地が作られれば,これら自然の宝庫が壊滅的な打撃を受けるでしょう。

自然からの贈りものと言えるこの地域を破壊させていい筈はありません。

2008年1月,サンフランシスコ連邦地裁は,「ジュゴン裁判」において,被告となった米国国防総省・国防長官に対し,「米国文化財保護法(注)にもとづき,ジュゴンの保護策を示せ」と中間判決しています(同旨の終局判決も間近いとされています)。

政治の世界の力量に期待したいものです。

(注)米国文化財保護法(直訳すると国家歴史保存法)は,もともと米国先住民の文化や歴史財産を守るため1966年作られた法律でしたが,その後世界遺産条約(顕著な普遍的価値を有する文化財及び自然遺産の保護を目的として1972年11月パリで開かれたユネスコ総会で採択され,1975年12月発効した。日本は1992年6月批准。2008年10月現在185ヶ国が加盟。)の締結に伴い,この条約を実現していくための国内法としての性格が加わりました。そのため米国内外の市民の積極的な参加を保証・奨励しており,「ジュゴン裁判」では同法の存在により沖縄の人々が訴訟やジュゴン保護に主体的にかかわっていけた,と言われています。


(写真説明)辺野古・大浦湾を背景にした参加者一同


以 上

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