法務省民事局商事課 御中
2024年(令和6年)1月25日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 野 呂 圭
「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見募集に関して、当会は以下のとおり意見を提出する。
記
第1 意見の趣旨
弁護士が迅速に代表取締役の住所を知り得るための措置が設けられること、具体的には、弁護士による職務上請求制度が創設されること、及び弁護士によるオンラインによる登記事項証明書の交付請求により代表者の住所地の記載された登記事項証明書を取得できることがいずれも手当てされない限り、本改正案に反対する。
第2 意見の理由
1 本改正案は、株式会社の代表取締役、その他の法人の代表者等(以下、「代表取締役等」という。)の登記簿に住所が表示される者について、その住所につき行政区画以外のものを記載しない措置を講ずるよう申し出れば、代表取締役等の氏名及び住所と同一の氏名及び住所が記載されている市町村長その他の公務員が職務上作成した証明書等が提出され、登記官が適当と認める場合は、これを認めるというものである。
上記改正内容は、代表取締役等のプライバシー保護への配慮などを立法事実とするものであると思われる。
2 確かに、氏名や住所は、個人情報の保護に関する法律上、「個人情報」として保護すべき利益であり、インターネット上のサービスを利用して、その自宅やその周辺の状況を容易に把握することができ、不特定多数の者が閲覧できる登記簿に、住所地が記載されることにより、私生活上のプライバシーが害され得るため、これを保護する必要がある。
3 しかしながら、商業登記において、代表取締役の氏名だけでなく住所も登記することとされている趣旨は、その住所を、会社に事務所や営業所がない場合の当該会社の普通裁判籍を決する基準とし(民事訴訟法第4条第4項参照)、また、代表取締役が会社の代表権を有することから(会社法第349条第1項、同条第4項参照)、登記簿上の会社の本店所在地への送達が不能となった場合において、送達場所とすることを可能とする(民事訴訟法第103条第1項)ことにある。 私人の裁判を受ける権利(憲法第32条)と密接に関連する点で、代表取締役の住所地を把握する必要性は高く、従前、代表取締役の住所は登記事項として一般に開示されてきたものである。
4 また、株式会社は、詐欺商法といった消費者被害をもたらす犯罪の隠れ蓑としても多く利用されている実態もあり、被害救済のために法人の代表取締役等をも法的措置の対象としなければならない場合がある。特に、加害業者を特定するために、株式会社の代表者の住所を把握し、代表者の特定を先行させなければならない事例も多くある(例えば、加害業者の正確な探知のために、同名の会社や、又は表には出てこないものの関連する会社を網羅的に探索し、代表者の住所地と他に収集した情報と突き合わせて会社の同一性や関連性を把握する必要性がある場合がある。加害業者を追っていくために、代表取締役の住所を含む多くの登記情報を確認しければならないことは決してまれなことではない。)。法人の代表取締役等を法的措置の対象としなければならない場合があることは、消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事裁判手続の特例に関する法律が近時改正され、特定適格消費者団体において行う消費者被害の集団的な回復のための訴訟手続に関する被告適格が、その被用者たる代表取締役等の個人も被告となりえるように拡大されたこと(改正特例法3条1項5号イ~ハ)も裏付けられる。
5 このような状況において、迅速に代表者の住所を知り得ない場合、消費者被害案件等では、相手方たる会社を特定できなかったり、特定が遅延する結果訴訟を提起することができなかったり、さらには訴訟提起が遅れたために被害回復ができないといったことにもなりかねない。これでは、現在の実務に悪影響をもたらし、ひいては消費者被害にあった国民等の利益に反することとなる。
6 そこで、懲戒手続(弁護士法第51条)に裏付けられた法制度上の倫理規律に服する弁護士がその職務として行う場合には、迅速に住所情報にアクセスできる仕組みを設けることで調整を図ることが妥当であると考える。住所よりも情報量の多い戸籍や住民票について、既に弁護士による職務上請求が認められている(戸籍法第10条の2及び住民台帳基本法第12条の3参照)。したがって、弁護士による職務上請求制度の創設がなされること、及び戸籍や住民票の職務上請求と同様の要件を満たす場合には、オンラインによる登記事項証明書の交付請求により代表者の住所地の記載され た登記事項証明書を取得できることのいずれもの措置が取られない限り、本提案には反対せざるを得ない。特に消費者被害事案等においては、迅速な法的措置を講じる必要性・重要性があるが、本改正案は、迅速な法的措置の大きな妨げになるものであり、消費者被害救済だけでなく国民一般の裁判を受ける権利(憲法32条)にも大きな悪影響がある。また、行政サービスのデジタル化を推進しようとする方針に合致するとも言い難い。
7 改正案提案にあたり、上述のような実効性のある代替措置は見当たらない。そうすると、本改正案は、代替案の提案もないままプライバシーの保護のみを推し進めるものであり、必要性及び相当性がないと言わざるを得ない。
8 よって、当会は、弁護士が迅速に代表取締役の住所を知り得るための措置が設けられること、具体的には、弁護士による職務上請求制度が創設されること、及び弁護士によるオンラインによる登記事項証明書の交付請求により代表者の住所地の記載された登記事項証明書を取得できることがいずれも手当てされない限り、本改正案に反対する。