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岡口基一裁判官に対する罷免判決についての会長声明

2024年06月19日

岡口基一裁判官に対する罷免判決についての会長声明

1 裁判官弾劾裁判所(以下「弾劾裁判所」という。)は、本年4月3日、岡口基一裁判官(仙台高等裁判所判事兼仙台簡易裁判所判事)を罷免する判決(以下「本件罷免判決」という。)を言い渡した。これにより岡口裁判官は、裁判官としての身分を失っただけではなく、弁護士や検察官としても欠格事由とされることからおよそ法曹として活動する資格を失うこととなった。
2 2021年6月16日、裁判官訴追委員会は、岡口裁判官が行ったSNS上での各投稿や発言等(以下「本件投稿等」という。)に関し、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当する事実があったとして、岡口裁判官の罷免を求めて弾劾裁判所に訴追をした。これに対し、2021年10月21日、当会は、罷免事由を厳格に解釈した上で罷免しないとする裁判をされるよう求める会長声明を発出した。当該会長声明は、本件投稿等が岡口裁判官の私的な表現行為であること及び表現の自由(憲法21条)の重要性を踏まえ、表現行為を理由に法曹資格を喪失させるためには、当該表現行為に法曹資格を喪失させてもやむを得ないと評価できるだけの重大な違法性が必要であると指摘して、過去の事例を紹介しつつ行為と結果の均衡からすれば、本件投稿等は「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」には該当しないとして、罷免しないよう求めた。また、仮に罷免の裁判がなされた場合、このような先例の存在は裁判官の一市民としての私的な表現活動に強い萎縮効果をもたらすほか、裁判官の身分保障(憲法78条)、ひいては裁判官の独立(憲法76条3項)に対する重大な脅威となりうると指摘した。
 しかし、本件罷免判決は表現の自由(憲法21条)の重要性や行為と結果の均衡を十分に尊重することなく岡口裁判官を罷免した。
3 本件罷免判決は、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」(裁判官弾劾法2条2号)に該当するかの判断過程において、本件投稿等が「非行」に該当するか否か、また、その「非行」が「著しい」程度に達するほどの悪質性を有するか否かという二段階の検討を経ており、とりわけ後者の「著しい」程度に達しているか否かの判断にあたっては、裁判官の身分保障の趣旨を踏まえ、国民が裁判官に与えた負託に背反する行為があったと認められる場合に限るとして一定程度歯止めをかけた判断過程を用いている。
 また、具体的な判断においても、犬の返還請求等に関する訴訟にかかるSNS上の投稿については「著しい」程度には達していないと判断し、かつ、刑事事件被害者遺族に関するSNS上の投稿のうち司法府内部又は裁判官訴追委員会を批判する意図と認められる投稿についても「著しい」程度には達していないと判断した。
 しかし他方で、刑事事件被害者遺族に関するSNS上の投稿13件のうち11件を一連の行為と評価して、被害者遺族を積極的に傷つける意図までは認められないものの、執拗かつ反復して被害者遺族の心情を傷つけ結果として被害者遺族の尊厳及び名誉感情を侵害したこと等を指摘して、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するとの結論を出した。
 確かに、本件投稿等の一部は、結果的に被害者遺族の心情を深く傷つけた不適切なものと評価せざるを得ない。また、本件罷免判決が指摘するとおり、本件投稿等の一部が、SNSという不特定多数の人に拡散されその過程において発信者が想定していた趣旨とは異なる趣旨に受け止められる危険を有していたことも確かである。しかし、本件罷免判決が「積極的に遺族を傷つける意図をもって投稿したわけではない」と認定しているところ、表現の自由(憲法21条)の重要性に鑑みるならば、本人の意図しない結果を生んだことや、本人の意図しない拡散や解釈をされたことをもって、法曹資格を喪失させてもやむを得ないと評価できるだけの重大な違法性があるとすることはできない。よって、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」があったと評価したことは不当である。
 過去の罷免訴追事件において、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と認定されたのは、職権濫用的な行為、収賄的な行為、政治的な謀略への関与といった明らかに裁判の公正を疑わせるような行為や、児童買春、ストーカー行為、女性のスカート内の下着を盗撮するといった裁判官としての威信を失墜させるような破廉恥な犯罪行為であった。本件投稿等は私的な表現行為であり、それらとは異質であり、行為と結果の均衡に照らせば、罷免の結果は重きに失すると言わざるを得ない。
4 今般、岡口裁判官は私的な表現行為により結果として被害者遺族を傷つけたことで「司法に対する国民の信託に対する背反」があったとして罷免されたが、「司法に対する国民の信託に対する背反」があるか否かという判断基準は規範としては曖昧である。規範が曖昧だと恣意的な判断がなされる危険があり、しかも、本人の意図しない結果を重視されて責任を問われるとすると、行為者にとっての予測可能性を害し、裁判官の表現活動に対し強い萎縮効果をもたらす。
5 よって、当会は、本件罷免判決を受け、あらためて、行為と罷免という結果の均衡を欠いた厳罰の不当性、恣意的判断の危険、裁判官の一市民としての私的な表現活動に対する強い萎縮効果、裁判官の身分保障(憲法78条)ひいては裁判官の独立(憲法76条3項)に対する脅威となることへの重大な懸念を示すとともに、本件罷免判決に対して強い遺憾の意を表明するものである。

2024年(令和6年)6月19日

仙 台 弁 護 士 会

会 長  藤 田 祐 子

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