消費生活相談体制をはじめとする地方消費者行政の維持・強化を求める意見書
2024年(令和6年)10月25日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 藤 田 祐 子
第1 意見の趣旨
1 国は、地方消費者行政推進事業に対する地方消費者行政強化交付金の交付期限を延長すべきである。並行して、消費生活相談員の人件費にも充てることができるような財政支援を早急に行うべきである。
2 全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO―NET)の刷新及び消費生活相談のデジタル化の構築・運営のための経費は、国が全額ないし相当額について費用負担すべきである。
3 国は、PIО-NET登録事務など国の事務の性質を有する消費者行政費用について、恒常的に財政負担をするべきであり、地方財政法第10条をしかるべく改正すべきである。
第2 意見の理由
1 消費者被害の現状等
2008年以降の10年間の消費生活相談の消費生活相談件数はおおむね90万件前後と高止まりし、2023年の消費生活相談件数も90.9万件と前年・前々年よりも増加した。また、宮城県においても依然として1.8万件程度で高止まりしている。
消費者トラブルの形態も多様化・高度化し続け、2023年は、全国で、インターネット通販の「定期購入」に関する相談件数は9万8101件、SNSをきっかけとした相談件数は8万404件となり、いずれも過去最多となった。消費者被害・トラブルに遭った経験があった人のうち、消費生活センター及び消費生活相談窓口に相談した顕在化率は約3.4%程度にとどまることから、実際の消費者トラブルは相談受付件数の20倍を大きく超えると推計されている。さらに言えば、2023年の被害額の推計額は、過去最高の約8.8兆円(前年約6.5兆円)となった。
このように、消費生活相談件数は高止まりのまま消費者トラブルが多様化・高度化している。消費者トラブル防止・救済の施策は国を挙げて取り組むべき課題であり、国だけでなく、消費者にとって身近な地方公共団体(以下「自治体」という。)における相談体制の整備・充実が不可欠であることは誰の目にも明らかである。
2 地方消費者行政の現状と問題点
2009年度に消費者庁及び消費者委員会が創設された。国は、自治体の消費者行政、特に消費生活相談の充実強化に向け、2009年度から地方消費者行政活性化交付金、2012年度から地方消費者行政推進交付金(以下「推進交付金」という。)を設け、2018年度から現行の地方消費者行政強化交付金(以下「強化交付金」という。)に移行し、財政支援を続けてきた。強化交付金は、原則的に補助率50%とし自治体の自主財源による負担も求めるものとなっていたが、強化交付金のうち地方消費者行政推進事業に対する強化交付金(以下「推進事業に対する強化交付金」という。)は、補助率が100%とされた(前身である推進交付金の交付期限までとの限定であるが)。
2018年度以降、地方消費者行政予算について、自治体の自主財源が少しずつ増加しているものの、未だ不十分であり、特に小規模自治体の多くは交付金に依存しているところが多い。2023年度でも消費者行政本課及び消費生活センター以外の部署も含めた自治体全体の消費者行政予算の中で自主財源のない市区町村が224(市町村数における13.0%、2万人未満の自治体では205)あり、消費者行政の自主財源がゼロの小規模自治体もまだ多数存在している。
消費者被害防止・救済の施策は国民が安心して暮らすため不可欠であるにもかかわらず、自主財源が十分(あるいは全く)確保できない自治体が未だ多い。自治体の財政力の格差によって、消費者行政の体制や施策に格差が生じている。
3 消費生活相談員の人材確保の困難化
さらに近年、特に問題となっているのが、消費生活相談員の担い手不足の深刻化である。各地から、新規人員を募集しても適任者が確保できない、若い人材が確保できないという切実な声があがっている。担い手不足の原因として、会計年度任用職員制度が導入されたことにより再任用がされないケースも出てきていること、同制度では専門性が高い業種に見合う賃金になっていないなどの問題があること、専門職としての処遇改善・安定雇用が確保されていないことなどが指摘されている。消費生活相談員の人材確保ができなければ、消費生活センター及び相談窓口における相談体制自体が維持できなくなるおそれがあり、ひいてはPIO-NETの相談情報の集約に支障を来す事態となりかねない。
4 地方消費者行政推進事業に対する交付金の交付期限到来による影響と国の財政支援継続の必要性(意見の趣旨1について)
推進交付金と現行の推進事業に対する強化交付金は、国の補助率が100%であり、消費生活相談員の人件費にも充てることができた。同制度が、消費者庁創設後に新設・増設された相談体制を下支えしてきた。しかし、現行の推進事業に対する強化交付金の活用期限の多くは2024年度、2025年度に終了することとなっている(2027年度で全て終了する)。相談員人件費に充てられる推進事業に対する強化交付金が途切れてしまうと、財政力の弱い自治体では一般財源で消費生活相談員を任用する財政基盤がなく、消費生活相談員の任用できず、専門的な相談体制を維持すること自体が危うくなる。専門的な消費生活相談体制の維持が困難となる自治体が増加すると、全国の消費生活相談情報の集約率が低下し、悪質事業者規制や法制度の見直し等の国全体の消費者施策の低下をも招く。
また、推進事業に対する強化交付金は人件費のほか、消費者被害予防啓発・消費者教育等にも充てられてきた。これらについても活用期限の終了により今後実施が困難となる自治体が発生することが容易に想像でき、国が進める消費者教育の推進にも支障が生じる。
宮城県においても、推進交付金を人件費として活用している自治体は2017年には24であったが、その後強化交付金に移行後、推進事業に関する強化交付金を人件費として活用している自治体が2022年度にはわずか3までに減少した。県内市町村(仙台市を除く)消費生活相談員の数も、2017年度には48人だったのが強化交付金に移行後の2022年度には40人と8人減少した。相談員が不在の市町村は2017年度には2だけだったが、強化交付金に移行後の2022年度には6に増加した。我が県でも財源不足等による専門的な消費生活相談体制維持の問題が現に生じている。さらに、宮城県下35市町村のうち、推進事業に対する強化交付金の活用期限を迎える自治体が、2024年度に4、2025年度に2、2026年度に4あることから、その影響が懸念される。
自主財源比率がまだまだ低い状況にある現状において、人件費にも活用できた推進事業に対する強化交付金の終了等により消費者行政の後退を招くこと、特に、財政基盤の弱い小規模自治体の消費者行政が縮小してしまうことは誰の目にも明らかである。
消費者被害防止・救済の施策は国民が安心して暮らすため不可欠である以上、消費者地方自治体の自主財源が相当程度の比率に達するまでの相当期間、推進事業に対する強化交付金の交付期限を延長するべきである。並行して、同交付金と同様消費生活相談員の人件費にも充てることができる交付金等の財政支援を早急に行うべきである。
5 PIO-NET刷新及び消費生活相談のデジタル化における国の費用負担の必要性(意見の趣旨2について)
消費者庁は、現在、PIO-NETシステムを刷新し、消費者向けウェブサイトや相談支援システム、相談分析、情報提供システム等のシステム基盤の整備を行うというデジタル化計画を進めている。新システムの導入により効率化等が図られることは有意義であるが、これに関する自治体の費用負担の問題が顕在化している。
現行システムのPIO-NETでは専用の端末が国民生活センターから必要台数貸与され、その端末を維持するための通信費・消耗品・保守費用も含めて国が負担していたが、新システムの導入に必要な端末(パソコン)の設備費用は強化交付金の対象とならず、地方自治体が負担するとされており、システム利用に係る経常的経費(通信費や保守費等)も自治体負担とされた。消費生活相談は「自治事務であり地方交付税措置をしている」ことがその理由であるという。
しかし、PIO-NETに登録される情報は、相談現場における助言・あっせんのための情報としての役割以外に、法執行の端緒や立法政策の根拠ともなるものである。できるだけ広く・多くの自治体がPIO-NETを活用できる環境を作り、全国的に被告情報収集・集約をすることが国にとって望ましいはずである。しかし、地方自治体に全額の負担を求めると、財政負担能力が低い自治体は新システムの導入ができなくなりPIO-NETの導入を止めるおそれがある。そうなっては全国の消費者がどこにいても最新の情報に基づく適切な相談・助言を受けられる体制にならず、消費生活相談情報を一元的に集約し国の消費者行政施策に活用する仕組み全体の機能低下が免れない。
かかる結果を招かないよう、新システム構築は全国の自治体においてあまねく導入されるよう体制を整えるべきであり、全部ないし相当額について国が費用負担すべきである。
6 国の事務の性質を有する消費者行政費用の国による恒常的財政負担の必要性(意見の趣旨3について)
地方財政法第10条は、「地方公共団体が法令に基づいて実施しなければならない事務であって、国と地方公共団体相互の利害に関係がある事務のうち、その円滑な運営を期するためには、なお、国が進んで経費を負担する必要がある次に掲げるものについては、国が、その経費の全部又は一部を負担する。」として、全国的に影響する事項や地域格差を解消し最低限の水準を確保すべき事項を同条各号に列挙している。しかし、現在、消費者行政費用はこれに規定されていない。
前述のとおり、消費者被害防止・救済の施策は国を挙げて取り組むべき課題である。消費生活相談情報の登録・維持管理事務についていえば、PIO-NETに登録される情報は、国の消費者行政の情報源(法執行の端緒や立法政策の根拠)として活用されるものであり、PIO-NETがその目的役割を十分果たせるようにするためには、全国各地の消費者相談情報の収集が適時・適切・安定的に行われることが必要である。PIO-NETに精度の高い情報が入力蓄積されているのは、自治体が、相談窓口を設置・広報し、専門性の高い消費生活相談員を雇用して聞き取りや整理分析を行っているからである。各自治体が多大なコストを掛けて収集した貴重な情報によって全国各地の消費者救済がなされていることを国はまずもって認識すべきである。
全国の消費者被害防止・救済は各自治体の活躍によって維持・発展されることからすれば、消費者行政のうち、国全体の消費者被害の防止の意義を有する事務については、国が恒常的に財政負担する事務として位置づけるべきであり、地方財政法第10条をしかるべく改正すべきである。
全国の消費者被害PIO-NETシステムの目的・役割をよりよく果たせるようにするためにも、貴重な情報を蓄積するために地方が負担しているコストの分担という意味でも、地方自治体の情報登録業務(これにかかる人件費や維持管理費用)について、国の恒常的な費用負担が行われるべきである。
以上