内閣府特命担当大臣決定「日本学術会議の法人化に向けて」の撤回を求め、日本学術会議の独立性と自律性の尊重を現在以上に徹底することを強く求める会長声明
1 政府は、2023年12月22日、内閣府特命担当大臣決定「日本学術会議の法人化に向けて」(以下「大臣決定」という。)を発表した。その内容は、日本学術会議の組織形態を、現在の国の「特別の機関」から、国から独立した法人格を有する組織へと根本的に変更するというものであった。
日本学術会議の在り方に関する有識懇談会は、大臣決定を踏まえ、2024年12月20日、「世界最高のナショナル・アカデミーを目指して~日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会最終報告書」(以下「最終報告書」という。)を取りまとめた。
政府は、これらを踏まえて、今期通常国会に日本学術会議改正法案を提出することを予定しているが、大臣決定とそれを踏襲した最終報告書の内容には、以下に述べるとおり、憲法23条よって保障される日本学術会議の独立性と自律性を脅かすおそれがあり、極めて問題である。
2 そもそも日本国憲法が思想良心の自由(19条)や表現の自由(21条)とは別に23条で学問の自由を保障した条項を設けたのは、学問研究の成果が社会の既成の価値観や時の政府の政策と対立することがあり、そのために社会や政治権力から攻撃されがちであることに鑑み、個人の学問の自由を保障することに加え、個人の学問の自由の存立基盤となる科学者のコミュニティ(学問共同体)の政府等からの独立性と自律性をも保障するためである。日本学術会議は、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させること」を目的とするナショナル・アカデミーであり(日本学術会議法2条)、普遍的・俯瞰的観点から勧告権に基づいて科学的助言を行うことを最重要の役割とする(日本学術会議法5条)。日本学術会議がそのような役割を果たすためには、憲法23条に基づいて、日本学術会議の独立性と自律性が保障されることが必要不可欠となる。
3 ところが、大臣決定の内容は、法人化は政府等からの独立性を徹底的に担保するためのものであるとしながら、以下に述べるとおり、憲法23条により保障されるナショナル・アカデミーとしての生命線である政府等からの独立性・自律性に対する重大な脅威ともなりかねないものであり、極めて問題である。
第1に、「ガバナンス」については、①日本学術会議の業務、財務及び幹事会構成員の業務執行の状況を監査する監事の任命権を主務大臣に付与し、②主務大臣が任命する外部の有識者で構成される「日本学術会議評価委員会(仮称)」(以下「評価委員会」という。)が、業務執行、組織及び運営等の総合的な状況について、中期的な計画の期間ごとに評価を行うとし、③新たな日本学術会議が中期的な計画を策定するに当たっては、評価委員会の意見を聴くものとするとしており、日本学術会議の独立性と自律性の尊重に逆行している。
第2に、「会員選考」については、選考に関する方針等を策定する際に外部の有識者からなる「選考助言委員会(仮称)」の意見を聴くこととされている。同委員会の構成員の任命権は会長にあるとされているものの、制度設計や運用次第で当該任命権が制限されるおそれがある。そして、主務大臣が任命する監事や評価委員会、さらに過半数は外部の者で構成される助言委員会の設置も併せて考えれば、日本学術会議の運営過程を通じて会員選考過程に間接的な介入がなされるおそれがある。
第3に、「財政基盤」については、日本学術会議に、財政基盤の多様化に努めることを求め、その上で、国が必要な財政的支援を行う、外部資金の獲得の支援に必要な措置も検討するとされているが、日本学術会議は事業実施主体ではないから外部資金獲得能力には自ずと限界があり、自助努力を過度に求めることは相当でない。国による財政支出が抑制され、政府への勧告等の日本学術会議の機能を果たすために必要な財政基盤が不安定になるおそれがある。
最終報告書は、「学術会議が求められる機能・役割を十分に発揮するためには国とは別の法人として独立性と自律性を高めることが適当であるとの方針の下で、法制化に向けた具体的な検討を進めてきた。」とするが、大臣決定の内容を踏襲し、ほぼそのまま具体化する内容となっており、以上の問題点について是正を求めてはいない。
4 日本学術会議が憲法23条で保障された独立性と自律性を確保し、その役割を果たすためには、法人化それ自体ではなく、2021年4月22日に日本学術会議が発出した「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」にて指摘する5要件(①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性)の制度的保障を徹底することこそが重要である。
これまで、日本学術会議は、独立して職務を行う(日本学術会議法3条)「国の特別の機関」(内閣府設置法40条3項)とされ、上記5要件がそれなりに充足されてきたのであり、現在の組織形態を変更することの必要性については重大な疑問がある。しかも、大臣決定とそれを踏襲した最終報告書の内容は、日本学術会議の独立性と自律性を現在よりも明らかに後退させるものであり、「法人化」の趣旨に反している。政府は、日本学術会議の政府等からの独立性を徹底的に担保するというのであれば、「法人」という形式ではなく、上記5要件の制度的保障の徹底にこそ努めるべきである。
5 よって、当会は、大臣決定に反対し、その撤回を求めるとともに、日本学術会議の独立性と自律性の尊重を現在以上に徹底することを強く求めるものである。
2025年(令和7年)2月7日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 藤 田 祐 子