世田谷ビラ配布国家公務員法違反事件に関する会長声明
東京高等裁判所第6刑事部(出田孝一裁判長)は、2010年5月13日、厚生労働省課長補佐が、休暇日に、職場及び自宅から離れた場所の警視庁職員住宅の集合郵便受けに政党機関紙を投函したという国家公務員法違反被告事件について、被告人の控訴を棄却し、第一審どおり有罪判決を言い渡した。
本判決は、1974年の猿払事件最高裁大法廷判決を踏襲し、国家公務員の政治的活動を包括的かつ一律に禁止する罰則規定の合憲性を認めた。さらに、その罰則規定の適用において、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、勤務時間外に職場とは無関係な場所で行われる政治的行為であっても、それが累積していく場合には、行政の中立的運営を害し、党派的な政治的介入や干渉を招くおそれが発生するなど、行政組織に弊害が生じるとして、罰則規定を適用することが憲法21条1項、31条などに反しないとした。
国際人権(自由権)規約委員会は、2008年10月、日本政府に対し、政府を批判するビラを郵便受けに配布したことによって公務員が逮捕・起訴されたことに懸念を示し、表現の自由に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきである旨の勧告をした。当会は、このことなどを踏まえ、表現の自由が民主主義社会にとって不可欠な人権であり、それに対する規制は必要最小限度でなければならないことを訴え続けてきた。
本年3月29日、本件と同種事案(いわゆる堀越事件)において、東京高等裁判所第5刑事部(中山隆夫裁判長)は、社会保険事務所職員が休日に政党機関紙を郵便受けに投函した行為が国家公務員法違反にあたるとして有罪判決を下した一審判決を破棄し、無罪判決を言い渡した。この判決は、当該職員の行為は、行政の中立的運営やそれに対する国民の信頼等を抽象的にも侵害するものとは常識的に考えられず、罰則規定を適用することは国家公務員の政治的活動の自由に必要やむをえない限度を超えた制約を加えるものであって違憲としたものである。
これに対し、本判決は、表現の自由の重要性が深まりつつある時代の流れに逆行するものであり、猿払事件最高裁判決を安易に踏襲し、政治的表現活動について、行政の中立的運営に対する国民的信頼の侵害の有無を個別具体的に検討することなく、形式的かつ硬直な判断に終始するものであって、その問題性は極めて大きい。
よって、当会は、改めて、最高裁判所をはじめとする各裁判所に対し、表現の自由に関する国際水準に合致する判断を示すよう求めるとともに、警察・検察に対して、今後表現の自由が民主主義社会にとって不可欠な人権であることを十分に踏まえた慎重な捜査・判断がなされることを求め、さらに政府・国会に対して、国家公務員法の政治的活動に対する不合理な制限を撤廃することを求めるものである。
2010(平成22)年5月31日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 新 里 宏 二