弁護士会ホーム > 罹災都市借地借家臨時処理法の見直しに関する意見書

罹災都市借地借家臨時処理法の見直しに関する意見書

2012年08月22日

罹災都市借地借家臨時処理法の見直しに関する意見書

 

平成24年8月22日

法務省民事局参事官室 御中

仙 台 弁 護 士 会
会 長  髙 橋 春 男

  御庁からの平成24年8月1日発表にかかる「罹災都市借地借家臨時処理法の見直しに関する担当者素案」(以下「素案」という。)に関する意見募集につき,以下のとおり意見を申し述べる。
なお,素案に添付された「罹災都市借地借家臨時処理法の見直しに関する担当者素案の補足説明」を以下「補足説明」と略称する。

 

第1 優先借地権制度及び借地権優先譲受権制度
1 素案
優先借地権制度(現行法第2条)及び借地権優先譲受権制度(現行法第3条)は,いずれも廃止するものとする。
2 意見
いずれも廃止することに賛成である。
3 理由
(1)優先借地権及び借地権優先譲受権については,東日本大震災発生以前から,①借家権を有するに過ぎなかった借家人に過大な保護を与えることになる一方,締約強制によって借地権を負担せざるを得ない土地所有者等に多大な不利益を強いる,②権利内容や借地条件等重要な部分が不明確であるため借家人と土地所有者等との間でいたずらに紛争を生じさせるおそれがある,③特殊な権利であるためかえって被災地に混乱を招いて計画的な復興都市施策を阻害するおそれがある,④罹災借家人の居住権の保護を私人であり何ら帰責性のない土地所有者等の一方的負担により解決しようとするもので法政策上の合理性を欠いている,といった問題点が指摘されていた(平成22年10月20日付け日弁連意見書参照)。
(2)当会は,東日本大震災発生後の平成23年5月25日付け「東日本大震災への罹災都市借地借家臨時処理法の適用に関する意見書」において,東日本大震災の被災地を罹災都市借地借家臨時処理法(以下「罹災法」という。)の適用地区に指定すべきではない旨の意見を述べたが,その主たる理由として,優先借地権制度及び借地権優先譲受権制度には上記のように様々な問題点があること,また,罹災法が適用されることになると,罹災借家人と土地所有者等との間の交渉において,罹災借家人が優先借地権等を主張した上で,優先借地権等放棄の対価として金員を土地所有者から取得するといった経済的な利益獲得の駆け引きに利用される懸念があることなどを指摘していたところである。
結局,東日本大震災に罹災法は適用されないこととなったが,その後,被災地からは,優先借地権や借地権優先譲受権が必要であったという意見は聞こえてこない。
(3)優先借地権制度が締約強制を認めていることに伴う問題点を解決するために,成立する借地権を短期のものとした上で制度を存置することも考えられるが,なお特殊な権利であるため,かえって被災地に混乱を招くおそれなどは払拭できず,補足説明が指摘する集合賃貸建物の滅失の場合に生ずる問題も,やはり解決困難なものとして残ることとなる。
滅失建物の借家人等の保護と罹災都市の復興という優先借地権制度及び借地権優先譲受権制度が目指したものは,公的施策のより一層の充実により図られるべきであり,優先借地権制度及び借地権優先譲受権制度についてはいずれも廃止とするのが相当である。

 

第2 被災地一時使用借地権(仮称)
1 素案
【甲案】被災地において設定される借地権に関し,以下の制度を設けるものとする。
① 政令の施行の日から起算して〔1年/2年〕が経過する日までの間に存続期間を〔5年以下〕として借地権を設定する場合については,借地借家法第3条から第8条まで,第13条,第17条,第18条及び第22条から第24条までの規定は,適用しないものとする。
② ①に規定する借地権の設定に当たっては,①の規定による旨を合意しなければならないものとする。
③ ①に規定する借地権の設定を目的とする契約は,書面によってしなければならないものとする。
④ ①に規定する借地権は,当事者の合意によって更新することができないものとする。
【乙案】特段の規律を設けないものとする。
2 被災地一時使用借地権の制度を設けるか否か。
(1)意見
甲案(被災地一時使用借地権を設けること)は十分検討に値するものと思料する。
もっとも制度の策定にあたっては,以下で述べる点について,引き続き検討する必要がある。
(2)理由
補足説明で述べられている被災地(特に都市部)での需要に応じた土地の有効活用や仮設建物建設のための短期借地権の必要性といった制度理由は十分首肯できるものである。
後述する問題点・検討事項の議論が十分になされるのであれば,反対をする理由は特に存在しない。
(3)問題点及び検討事項
① 実態に則した制度とするために,制度理由の根拠となるデータ(例えば,被災地における借地権設定事例の数,内容等)を十分に示す必要がある。
② 借地借家法25条の「一時使用目的」の認定基準が不明確であるという点が,本制度策定理由の一つである以上,本制度は解釈の余地が少なくなるように,できるだけ明確化を図る必要がある。
③ 存続期間満了時に明渡しに関する紛争が予想されるため,存続期間終了に係る説明を十分尽くさせる制度設計が必要である。
④ 罹災法は建物を失った者を保護し,建物を借りようとする人を救済するために適用されるものであるところ,被災地一時使用借地権は,借地人として行政機関等も含まれる点で対象の範囲が広すぎるのではないか,なお検討を要すると思料する。
3 被災地一時使用借地権を定めた場合の論点について
(1)借地権を設定することのできる期間
ア 意見
政令が施行された日から,1年以内という期間制限に賛成する。
もっとも,復興の進展度合によって,設定期間の延長を可能とする措置を講じるべきである。
イ 理由
・復興までの例外的措置である以上,期間制限を設けることに異論はない。
・期間制限は,例外的措置である以上,謙抑的に設定すべきである。また大震災に至らない場合(大雨等の災害)にも罹災法が適用されることを考えると,期間を2年と定めるのは少々長いと思われる。
もっとも期間については,仮設店舗建築の場合に,1年くらい店舗設置の需要があるかどうか様子を見て,建築にいたる場合も考えられるということで,設定期間を延ばした方がよい(2年)という意見も存在した。
・設定期間が短いという場合には,復興の進展度合に鑑み,政令によって延長を可能とする措置を講じるべきである。
この点,政令による延長を認めることは,法的安定性を害し,制度適用の明確性という点で問題が生じるという意見もある。しかし,本制度は被災という緊急事態に一時的な借地の確保を容易にすることを趣旨とする以上,制度運用場面においても,被災の現状を重視すべきであって,延長を認めた上で柔軟な運用を認めるべきであると思料する。
・期間の制限(1年とするか,2年とするか)については,復興の進展具合を想定した上でのデータ・統計をもとにして判断する必要があり,できるだけ客観的な根拠を示す必要がある。
(2)借地権存続期間の上限・下限
ア 意見
存続期間の上限は5年以下ではなく,少なくとも7年以下とすべきである。
なお下限は設ける必要はないと思料する。
イ 理由
・復興までの例外的措置である以上,上限を設けることに異論はない。
・例外措置ということに鑑み,できるだけ短くすべき(5年以下)という意見も理解できるが,あまりに短くした場合には,生活再建がままならないまま,仮設住宅を出なければならないということが想定される。その場合にはかえって明渡等の問題が生じると考えられ,上限として現段階で検討されている最長の7年が望ましいと考える。
もっとも復興に必要な期間としてどれくらいが妥当かということは,引き続き諸々のデータを検討する必要がある。
・下限は規律を設ける理由に乏しいため,必要はない。
(3)借地権の設定方式
ア 意見
書面性を必要とする一方,公正証書までは必要としないことに賛成する。
イ 理由
被災地において公証人役場が散在することも考えられ,契約書として公正証書を要求することは酷な場合が十分想定できる。
(4)合意更新の可否
ア 意見
合意更新を原則として認めないことに賛成する。
ただし,借地権存続期間の上限の範囲であれば,当事者の合意によって更新をしても不都合は生じないと考えられるため,認めても問題はない。
イ 理由
・復興までの例外的な措置である以上,借地権存続期間以上に一時使用借地権を引き延ばすという態度はとられるべきではない。
・仮に合意更新を原則として認めた場合に,更新をめぐって紛争が生じることが懸念される。
・上限期間が7年であれば,生活再建など復興のための期間として十分である。

 

第3 借地権保護等の規律
1 借地権の対抗力
(1)素案
借地権の対抗力の特例に関する規律(現行法第10条)を見直し,以下の制度を設けるものとする。
① 土地の上に借地権者が登記されている建物を所有し,これをもって借地権を第三者に対抗することができる場合において,政令で定める災害により建物の滅失があったときは,政令の施行の日から起算して〔6か月〕を経過する日までは,当該借地権は,なお第三者に対抗することができるものとする。
② ①に規定する場合において,借地権者が,滅失した建物を特定するために必要な事項及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときも,当該借地権は,なお第三者に対抗することができるものとする。ただし,政令の施行の日から〔3年/5年〕を経過した後にあっては,その前に建物を新たに築造し,かつ,その建物につき登記した場合に限るものとする。
(2)意見
借地権の対抗力に関する規律(現行法第10条)を見直し,素案の提示する制度を設けることには賛成である。
ただし,①災害発生よりも前に別の原因で建物が滅失したため借地借家法第10条第2項の掲示をしている場合も保護の対象とすること,②対抗力を認める期間については,上限を定めた上で,政令で定める範囲で延長できるとすることも,規律に加えるべきである。
(3)理由
ア 対抗力の特例を認める期間について
(ア)掲示がない場合
被災直後は,借地人が借地上に掲示を行うことができない状況にある可能性があることから,一定期間は掲示なしに対抗力を認める現行法の規律を維持すべきである。他方で,5年間もの長期にわたり,何らの公示なく対抗力を認めることは取引の安全を害する。
そこで,掲示なしに対抗力を認める具体的な期間が問題となるが,通常,現地に赴き,掲示をするために必要な期間としては,政令施行日から6か月で十分であると考える。もっとも,災害の内容や規模等によって現地に行けるか否かに差異が生じることから,上限を設けた上で,政令で期間を延長できるものとして柔軟に対応すべきである。
(イ)掲示がある場合
借地借家法第10条第2項で存続期間を2年と定めるに際しては,平時において,建物の除去と再築に要する期間は,木造在来工法の住宅で約18週,鉄筋コンクリート造りの住宅で14か月ないし17か月が標準的であるとの情報が参考とされている。
しかし,災害時は,災害による混乱により平時よりも資金調達等の再築の準備に時間が掛かることに加え,今回の震災のように建設業者に仕事が殺到し,再築開始までに1年近く待たされるという事態も十分に想定されることからすれば,政令施行日から3年という期間では十分とはいえないであろう。そこで,政令施行日から5年を基本線としつつ,さらに災害の内容や規模等によってはその期間内に再築が困難である場合も予想されることから,上限を設けた上で,政令で期間を延長できるものとして柔軟に対応すべきである。
イ 借地権の対抗力の特例を認める範囲について
基本的には,補足説明のとおり,建物が滅失した時点において借地借家法第10条第1項の対抗力を備えていた場合に限るべきである。
なぜなら,災害を契機として災害以前には認められなかった対抗力を生じさせることは通常時との均衡を欠くし,借地借家法第10条第1項の対抗力を備えていなかった借地権者の保護については,背信的悪意者排除の法理又は権利濫用の法理によって保護されることもあり得ると考えられるからである。
もっとも,新しい規律が借地借家法第10条第1項の特例であるとすると,災害前に建物が滅失し,同条第2項の掲示をしていた場合にも,対抗しうる期間について同等の保護を与える必要があることから,その場合の規律を明記すべきである。
2 借地権の存続期間の延長
(1)素案
借地権の存続期間の延長に関する規律(現行法第11条)は,廃止するものとする。
(2)意見
廃止することに賛成である。
(3)理由
現行法11条の規律では,借地権設定者及び借地権者の土地の使用を必要とする事情等を問わず,政令施行の際に現に罹災建物の敷地にある借地権の残存期間を一律10年に延長するものとされている。これは,建物の滅失により,借地権設定者に正当事由がない限り借地契約が更新されるという借地借家法第5条及び第6条による保護を受けられなくなった借地権者の保護を図ったものである。
しかし,補足説明の示すとおり,10年という期間は借地権更新後の存続期間と同じであるところ(借地借家法第4条),借地権上の建物の滅失があった場合でも,同法第7条,第8条第2項,第18条の規律により,借地権設定者において存続期間について異議を述べる機会が確保されており,かつ,土地の使用について意欲を有する借地権者が建物の再築についての承諾を受けて,借地権の存続期間を延長することができるのであるから,借地権者の保護としても十分である。
したがって,存続期間が満了する前に借地上の建物が滅失した場合については,借地借家法の規律に委ねることとし,借地権の存続期間の延長に関する現行法11条の規律を廃止することに賛成である。
3 借地権設定者の催告による借地権の消滅
(1)素案
借地権設定者の催告による借地権の消滅に関する規律(現行法第12条)は,廃止するものとする。
(2)意見
廃止することに賛成である。
(3)理由
現行法12条の規律では,土地所有者は,借地権者に対し,借地権を存続させる意思の有無について催告することができ,催告期間内に借地権者が存続の意思を申し出ないときは,催告期間満了時に借地権は消滅するものとされている。これは,存続させる意思の認められない借地権を整理し,もって土地の有効利用を図ったものである。
しかし,やはり補足説明の示すとおり,そもそも借地権を整理することが,必ずしも土地の有効利用につながるとは限らないし,催告のみによって借地権が消滅するとすることは,借地権に相当の価値が認められる現代の社会事情にそぐわない。また,仮に借地権を整理する有用性が認められたとしても,被災地が混乱している際には,借地権者において確実に催告があった旨を知ることは困難である。
したがって,借地権設定者の催告による借地権の消滅に関する現行法12条の規律を廃止することに賛成である。
4 借地権者による土地の賃貸借の解約等
(1)素案
政令で定める災害により建物が滅失した場合においては,政令の施行の日から起算して〔1年〕を経過する日までの間は,その建物の敷地である土地の借地権者は,地上権の放棄又は土地の賃貸借の解約の申入れをすることができる旨の制度を設けるものとする。
(2)意見
新設することに賛成である。
(3)理由
補足説明のとおりである。
すなわち,借地権者の解約権は,原則として,①借地借家法8条1項=契約の更新後に建物の滅失があった場合,②借地契約において解約権を留保していた場合,のみにしか認められないところ,震災により借地上の建物が滅失し借地権者に建物を再築する資力がない場合には,借地権者は土地の利用ができないにもかかわらず賃料を負担し続けることとなり問題である。
この点,借地権設定者の同意・承諾が得られない場合には,事情変更等の一般的規律によるしかなくなり,そのような対応を図るのでは法的に不安定である。
また,被災地においては,使用する見込みのない土地を未使用のまま放置するよりは,借地権を解消し,建物を再築する資力のある者がその土地を使用する権利を得る機会を与えることが被災地の復興に資するとも考えられる。
(4)その他の論点について
ア 借地権の解約等が認められる期間
一方的に不利益を受け得る借地権設定者を長期間不安定な地位に置くのは相当ではない一方,借地権者は被災直後から契約を維持するか否か検討することが想定されるため,「1年」程度が相当とも考えられるが,継続して検討すべきである。
イ 解約等の申し入れから借地権が消滅するまでの期間(=賃料を負担する期間)
特例として借地権の解約が認められるのであるから,借地借家法第8条第3項「3か月」よりも長くすべきではないか(例えば,6か月)との意見があるが,災害により土地が使えないにもかかわらず賃料を支払い続けさせる合理性があるとまでは言えず,借地権者が被災者である可能性が高いことを鑑みると,解約申出があった日に借地権が消滅するものと規律された方が相当と考える。
ウ 強行法規性
本規定の目的,すなわち,「借地権者を賃料の負担から解放し,もって借地権者の保護を図ること」からすれば,本規定を強行法規と考え,これに反する借地権者に不利な特約は無効とすべきである。
5 土地の賃借権の譲渡又は転貸
(1)素案
政令で定める災害により建物が滅失した場合について,以下の制度を設けるものとする。
① 借地権者が政令で定める災害により滅失した建物の敷地である土地の賃借権を第三者に譲渡しようとする場合又はその土地を第三者に転貸しようとする場合において,その第三者が賃借権を取得し,又は転借しても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず,借地権設定者がその賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは,裁判所は,借地権者の申立てにより,借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができるものとする。この場合において,当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは,賃借権の譲渡若しくは転貸を条件とする借地条件の変更を命じ,又はその許可を財産上の給付に係らしめることができるものとする。
② ①の申立ては,政令の施行の日から起算して〔1年〕を経過する日までにしなければならないものとする。
(2)意見
新設することに賛成する。
(3)理由
補足説明のとおりである。
すなわち,現代においては借地権に相当な経済的価値が存するが,借地権の譲渡・転貸ができないことによって,建物の滅失により被災した借地権者はその換価が困難となる(借地権の換価のためには建物を再築する必要がある。)。
また,再築する意欲のある者が存在するにもかかわらず,借地権設定者の同意・承諾が得られないことにより,借地権の譲渡・転貸ができないことによって再築の機会を奪うことは,復興の障害となり得る。
他方,借地権設定者は,借地借家法等の規律の下では,災害により建物が滅失した借地権者が建物を再築できなければ,本来予定されていた期間よりも短期間に借地権の負担から解放されることとなり,震災によって借地権設定当時には想定していなかった利益を得ることとなる。このような利益は,災害により建物が滅失した借地権者の状況と比較すれば,保護に値するものとは言い難い。また,新設する規定によっても,借地権の譲渡・転貸が認められるのは「借地権設定者に不利となるおそれがない」場合に限られている。
したがって,素案の提示する制度は相当なものといえる。
なお,上記4の「借地権者による土地の賃貸借の解約等」と同様に,裁判所への申立の期間は1年程度とするのが相当である。

 

第4 優先借家権制度の在り方等
1 素案
【甲案】優先借家権制度(現行法第14条)は廃止し,これに代わる特段の規律を設けないものとする。
【乙案】優先借家権制度に代わり,以下の①から③までのような制度(借家人事前交渉制度(仮称))の一つ又は複数を設けるものとする。
政令で定める災害により建物が滅失した場合において,建物が滅失した当時における建物の賃貸人が,建物の敷地である土地の上に賃貸する目的で建物を新たに築造するときについて,
①賃貸募集前の通知
政令の施行の日から起算して〔3年〕を経過する日までの間に賃借人の募集を行う場合には,建物が滅失した当時における建物の賃貸人は,賃借人の募集に先立ち,建物が滅失した当時建物を使用していた賃借人(一時使用のための賃借をしていた者を除く。)のうち知れている者に対し,その旨を通知しなければならないものとする。
②誠実交渉義務
建物が滅失した当時建物を使用していた賃借人(一時使用のための賃借をしていた者を除く。)から,政令の施行の日から起算して〔3年〕を経過する日までの間に新たに築造する建物につき賃借の申出があった場合には,建物が滅失した当時における建物の賃貸人は,信義に従い誠実に交渉しなければならないものとする。
③第三者への賃貸禁止
②に規定する場合には,当該申出があった日から〔2週間〕の間は,建物が滅失した当時における建物の賃貸人は,正当な理由がない限り,当該申出があった部分を建物が滅失した当時建物を使用していた賃借人(一時使用のための賃借をしていた者を除く。)以外の第三者に賃貸してはならないものとする。
2 現行の優先借家権制度(現行法14条)を廃止させることについて。
(1)意見
廃止することに賛成である。
(2)理由
確かに,優先借家権制度の制度目的とされる,①被災により借家人が住宅等に困窮することの防止及び②借家人が地域に戻り居住や事業を継続することによるコミュニティーの維持は,今日においても実現されるべきものである。
しかしながら,戦後の混乱期と異なり,現在では仮設住宅や公営住宅等の各種公的支援が充実しつつあり,上記目的はこれらによっても一定程度実現可能なものとなっている。実際,東日本大震災においても,仮設住宅に加えてみなし仮設制度の実施等により,滅失建物の借家人の住宅等の困窮回避や住民のコミュニティー維持が一定程度実現されている。
また,補足説明で指摘されている,仮設住宅等の公的支援が充実しつつある中で私人間の権利調整によることの限界,大型の集合賃貸建物といった現代的な土地・建物利用特有の問題,阪神大震災時に適用した際の各種問題の発生といった,現行制度の各種問題は,基本的に的を射たものである。実際,東日本大震災において政府が現行法を適用しなかったことによる大きな問題は生じていないと思われる一方,当会からの意見(平成23年5月25日付「東日本大震災への罹災都市借地借家臨時処理法の適用に関する意見書」)も含め,むしろ被災地からは不適用を求める意見が当初から出され,政府が適用しなかったことが評価されている。
以上の状況からすれば,現行の優先借家権制度は,代替制度による目的実現が一定程度可能である一方で,適用した場合に弊害の大きい制度と言わざるを得ず,廃止させることが必要かつ相当である。
3 優先借家権制度に代わる規律の設置
(1)意見
甲案(特段の規律は設けない)に賛成である。
(2)理由
ア現行制度の目的自体は今日でも実現される必要がある一方で,公的支援が充実しつつある現状や,新制度が賃貸人に与える影響の重大性等といった,補足説明でもあげられた多種多様な指摘に鑑みれば,優先借家権制度に代わる規律を設置すべきかどうかについては,以下の点が考慮されるべきである。
(ア)賃貸人への不合理な負担
コミュニティー維持の要保護性等につき確立した概念が無い一方,大規模災害時には賃貸人も被災者である場合が多いことや大規模災害に伴う大規模かつ継続的な混乱の発生に鑑みれば,賃貸人に建物再建時に新たな法的義務を課すのは少なからぬ負担であり,また,災害への的確な予測の困難,平時や他の震災関連法制との均衡からすればその負担の程度は不合理と言わざるを得ない。さらに,同負担を理由に再建が躊躇された場合,かえって目的実現が遠のく恐れがある。
(イ)義務違反をめぐる新たな紛争発生の恐れ
義務違反の効果として契約締結義務等の特別な効果を定めるのが困難である一方,不法行為や債務不履行等の一般規定に基づくとした場合,損害の有無・内容等をめぐって新たな紛争の発生が予想される。
(ウ)適切な制度設計の困難性
多様な適用対象(地域(都心・農村),家屋種類(一戸建て・大規模集合住宅),貸主(地方公共団体・一般市民),用途(事業用・居住用))に対し,一律に適用できかつ利益調整として妥当となりうる制度の設計は,極めて困難と考えられる。
(エ)新規律の実効性に対する疑問
契約締結義務までは定めないこと,集団移転や建築制限,他地区への自主転居等の住宅に生じうる被災後の多種多様な事態に鑑みて非適用対象の発生可能性やコミュニティーの変動可能性は決して低くないことからすれば,新規律の実効性に疑問を持たざるを得ない。
(オ)被災地からの要望の少なさ
当会が東日本大震災以降行ってきた法律相談や自治体調査等の各種活動においても,現行制度の存続や借家人保護のための新たな制度設計を求める声は確認されていない。
(カ)公的施策等による目的の実現
現行制度の目的は,仮設住宅等の適切な各種公的施策により一定程度実現可能であると同時に,同目的は,私人かつ帰責性無き建物所有者の一方的負担ではなく,公的施策により実現されるべきものである。
イ以上の事実からすれば,現行制度の目的はなお今日においても実現されるべき目的であるものの,これらの実現は被災規模・状況に応じて公的支援やその運用がなされること等により,適切に行われるべきである。
(3)補足(建物が公営住宅の場合について)
なお,上記意見では,賃貸人に一定の義務を課すことの不合理性を主要な判断根拠の1つとして挙げているところ,建物が公営住宅である場合,公営住宅が低所得者を対象とする点で要保護性が相対的に高い一方,賃貸人が地方公共団体である点で過大な負担とまでは言えないこと,などから,公営住宅の場合に限って賃貸人に一定の義務を課す制度を新設することには,検討の余地がある。
但しこの場合も,前記(2)で述べられた点の大部分が当てはまると同時に,賃貸人が公共団体ゆえの特有の視点,すなわち多数の被災者に対する公平な住居供給が求められる中での不公平性,行政の再建計画が制限され硬直化するリスクが考えられるため,やはり制度の新設には慎重であるべきと考える。

 

第5 賃借条件の変更命令制度
1 素案
貸借条件の変更命令制度(現行法第17条)は,廃止するものとする。
2 意見
廃止することに賛成である。
3 理由
補足説明も述べているとおり,過去に遡って借賃や条件変更をし,敷金返還も命じられるような制度は,現代において穏当性を欠くものであるし,強権力による遡及介入は,運用によっては予測可能性を基礎とする意思自治の原則に対する不当な侵害となりうる。一方で,借地借家法等において,借地借家条件の変更等の制度や問題となる場面に応じた要件,効果,手続を定めた規律があり,かかる個別紛争類型ごとの解決によるのが法的安定性として優れている。

 

第6 見直し後の新たな制度の適用の在り方
1 政令による災害の指定
(1)素案
見直し後の新たな制度を適用する政令で定める災害は,大規模な火災,震災,風水害その他の災害とするものとする。
(2)意見
賛成である。
(3)理由
補足説明も述べているとおり,被災時においては,本規律を適用する災害を法律で定めるものとすることは相当でなく,現行法と同様,災害の指定は,政令によることが相当である。また,現行法は,近年では,阪神・淡路大震災や新潟県中越地震に適用されるなど,多数の建物が滅失するなどした大規模な災害にのみ適用されるものと解されており,このような現行法の解釈を維持することが相当である。
2 政令による地区の指定
(1)素案
見直し後の新たな制度は,政令で指定する地区に対し適用するものとする。
(2)意見
賛成である。
(3)理由
補足説明も述べているとおり,制度の適用場面は,できる限り明確であることが望ましく,とりわけ被災地一時使用借地権(仮称)の規律は,適用対象を災害により滅失した建物の敷地に限定していないことから,この制度を設ける場合には,適用対象を限定するために適用地区を指定する必要があることなどから,現行法と同様,政令で地区を指定するものとすることが相当である。
3 政令による制度の指定
(1)素案
見直し後の新たな制度の適用に当たっては,政令で一部の制度を指定してこれを適用することができるものとする。その指定の後に他の制度を適用する必要が生じたときは,当該他の制度を政令で追加して指定すること(制度の分割適用)ができるものとする。
(2)意見
賛成である。
(3)理由
ア 補足説明にも記載があるとおり,被災地の実情を踏まえて復興の進捗状況等を見定めつつ,適用の要否や時期を検討することが相当であり,被災地の復旧,復興に資するものといえる。
イ この点,新法制の分割適用を認めることで,かえって混乱を招くおそれがあることが懸念されるが,適用地区,適用法制及び適用時期等を明確に周知すれば,上記混乱は回避できる。
ウ 被災地の実情を踏まえた柔軟な対処という観点から,分割適用を認めないという消極的発想は相当でなく,分割適用を明文で可能とした上で,適用を被災地及び被災者にわかりやすく行えば十分に効果が発揮できる。要するに,被災地の立場からすれば,分割適用を認めた方が,デメリットよりもメリットの方がはるかに大きいのであるから,積極的に捉えるべきである。
エ もっとも,分割適用による混乱回避のためにも,分割適用の要件や手続等については,要領等を定めて明確にし,迅速に対応できるようしておくことが望ましい。

以上

ホームへ

  • 紛争解決支援センター
  • 住宅紛争審査会
  • 出前授業・出張講座
  • 裁判傍聴会のご案内
  • 行政の方はこちら
仙台弁護士会の連絡先
〒980-0811
宮城県仙台市青葉区一番町2-9-18
tel
  • 022-223-2383(法律相談等)
  • 022-223-1001(代表電話)
  • 022-711-8236(謄写関係)
FAX
  • 022-261-5945