生活保護基準引下げに反対する会長声明
1 現在,生活保護基準の引下げに向けた動きが進行している。
平成24年8月10日に国会で成立した社会保障制度改革推進法の附則第2条には「生活扶助,医療扶助等の給付水準の適正化」という文言が入れられ,同月17日に政府が閣議決定した「平成25年度予算の概算要求組替え基準について」では,「生活保護の見直しをはじめとして合理化・効率化に最大限取り組み,その結果を平成25年度予算に反映させるなど極力圧縮に努める」ものとされた。
これを受けて,生活保護制度を所管する厚生労働省は,平成25年度の予算概算要求の主要事項において「生活保護基準の検証・見直しの具体的内容については,予算編成過程で検討する」とし,平成24年10月5日に開催された社会保障審議会生活保護基準部会において,第1十分位(全世帯を10の所得階層に分けた場合,その最も低い所得の世帯の層)の消費水準と現行の生活扶助基準額とを比較するという検証方法を取ることを提案した。
この流れを受けて,生活保護基準を設定する厚生労働大臣が,当該基準の引下げを決定する可能性が高まっている。
2 しかし,このような生活保護基準引下げに向けた動きは到底看過することができないものである。
(1)まず,厚生労働省が提案している生活保護基準の検証方法には以下のような問題点がある。
我が国の生活保護の捕捉率(生活保護基準未満の低所得世帯の中で,現実に生活保護を受給している割合)は,厚生労働省が平成22年4月9日付で発表した「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」によれば2割から3割程度にとどまると推定されるのであって,その他の生活保護基準未満の低所得世帯は生活保護基準を下回る生活を余儀なくされている。このような「漏給」(生活保護を受給可能なものが受給できずにいること)が続く状況の中では,第1十分位の消費生活水準が生活保護基準を下回るのは当然である。
それにも関わらず,厚生労働省が提案するような方法で生活保護基準を決定していくとすれば,際限のない引下げが続くことになりかねず,妥当性を欠くものと言わざるを得ない。
(2)また,生活保護基準が引き下げられた場合の影響は,極めて大きい。
生活保護の受給が開始及び継続されるのは,生活保護基準を基に世帯構成に応じて算出される最低生活費を世帯全体の収入が下回る場合であるが,生活保護基準が引き下げられれば,支給される生活保護費が減少する世帯が出ることはもちろんであるが,生活保護制度から排除される世帯も出てくることとなり,それら世帯に与える影響は極めて大きい。
さらに,生活保護基準の引下げの影響は,生活保護受給者だけにとどまるものではない。
国や地方自治体の低所得者向けの施策の中には,その適用基準としての所得制限を定める際,生活保護基準を参照して定めている例が少なくない。例えば,地方税の非課税基準,国民健康保険の保険料・一部負担金の減免基準,介護保険の保険料・利用料の減額基準,障害者自立支援法による利用料の減額基準,就学援助の給付対象基準などである。
生活保護基準が引き下げられることになれば,こういった制度によって生活が支えられている生活保護受給者以外の低所得者世帯にも多大な影響を与えることになる。
この点,生活保護基準と最低賃金額・国民年金受給額との「逆転現象」の是正が主張されることがあるが,最低賃金について言えば,最低賃金法9条3項が「生活保護に係る施策との整合性」に配慮して最低賃金を定めるよう規定していることからすれば,生活保護基準の引下げはかえって最低賃金の引下げを招くおそれがあり,そうなれば最低賃金額で働く多くの労働者の生活を脅かしかねない。また,生活保護基準は憲法25条のいう「最低限度の生活」を保障するためのものであり,現にその役割を担っていることからすれば,「逆転現象」の是正は最低賃金額や国民年金支給額の引上げによって図られるべきものである。
(3)現在の財政事情を理由として生活保護基準を引き下げるべきという意見もあるが,生活保護基準の在り方については,上記のような生活保護制度の本質を踏まえ,専門的学術的見解や生活保護制度利用者の声などを考慮した真摯な議論・検討に基づいて決すべきであり,財政支出削減という観点のみから生活保護基準の引下げの結論を導くことは許されない。
3 以上のことから,当会は,生活保護基準の引下げに対して反対する意思を表明するものである。
2012(平成24)年12月13日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 髙 橋 春 男