現在、日本には約34万床の精神病床があり、約32万人の患者が入院している。このうち、1年以上の長期入院患者は約20万人、10年以上の入院患者は約6万5000人にのぼる。入院患者数や入院期間は諸外国と比較すると極めて多く、この中には受け入れ条件が整えば退院可能な患者(社会的入院患者)が多数存在する。この現状は、国による精神障害者に対する隔離収容政策が招いた人権侵害である。
このような中、2014年(平成26年)7月、厚生労働省の「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会」(以下、「検討会」という)において、「病床の適正化により将来的に不必要となった建物設備を有効活用する」として、精神科病院の病棟をグループホーム等の施設(病床転換型居住系施設)に転換することを認める方向性が取りまとめられた。厚生労働省は、今後、方策の具体化に取り組む予定としている。
本年1月に日本が批准し、2月に発効した障害者権利条約は、障害のある人が、障害のない人と等しく、居住地及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有し、特定の生活施設で生活する義務を負わないこと、地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し、地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な地域社会支援サービスを利用する機会の確保を締約国の義務としている。精神科病棟をグループホーム等の居住系施設に転換して入院患者の退院先としても、生活の場は病院の敷地内に留まり、精神障害者を地域社会から分離している現状を存続させることになるのであり、病床転換型居住系施設は、条約が求める「地域社会への包容・共生」に逆行するもので容認できない。
検討会では、精神障害者本人の自由意思に基づく選択の自由が担保されること、地域移行に向けたステップとしての支援とし、基本的な利用期間を設けることなどの条件付けを行うとしている。しかし、地域資源が不足している現状では選択の自由を担保する前提に欠けるし、2004年(平成16年)8月の精神保健医療福祉の改革ビジョンにおいて、達成目標として設定されたとおりに精神病床が減少していない経緯を鑑みれば、病床転換型居住系施設も一度整備されれば恒久化してしまい、形だけの地域移行になる危険性が否定できず、真に地域に根差した生活への移行を骨抜きにしてしまうおそれがある。
国は、これまでの地域移行に対する取り組みの遅れを反省し、病床転換型居住系施設整備により病床数や長期入院患者を減らすのではなく、地域福祉サービスの充実、地域における住環境整備、地域医療の充実等、地域の受け皿づくりの実現という真の地域移行に直ちに取り組むべきである。
当会は、精神科病院の病棟を居住系施設に転換することに強く反対し、国に対し、障害者権利条約等に従い、精神障害者が退院して地域社会で生活することを保障する施策を図るよう求めるものである。
2014年(平成26年)8月27日
仙 台 弁 護 士 会
会長 齋 藤 拓 生