民主主義社会においては、政治上の意思決定は、最終的に市民によって行われるものであり、適切な意思決定をするためには、その前提として、市民に対し十分な情報が提供されると共に、それに基づく自由な議論がなされることが必要不可欠である。その意味で、マスメディアの報道の自由を含む表現の自由及びその保障のもとでの自由な意見表明は、まさに民主主義、国民主権の根幹を為すものである。それ故、日本国憲法は、基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」と定めた上で(第11条、第97条)、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」(第21条第1項)と定めている。
ところが、今、この表現の自由を取り巻く環境は、危機的状況にあるものと言わざるを得ない。
政府は、2013年(平成25年)12月6日、特定秘密保護法を強行採決により成立させた。同法は、表現の自由の大前提ともいうべき国民の知る権利を大きく制限する点において、表現の自由に対する重大な脅威である。この採決に先立ち、当時の自由民主党石破茂幹事長は、国会前で行われていた法案反対デモに対し、同年11月29日の自身のブログに、「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」とのコメントを掲載している。しかしながら、特定秘密保護法案の拙速な強行採決が為されようとする状況下において、多くの市民が国会周辺で成立阻止を訴える行動に出ることは、表現手段の選択肢が限られている主権者たる国民にとって、表現の自由として行使し得る重要な活動であって、かかる評価は、表現の自由の本質を全く理解していない発言と言わざるを得ない。
この1年を振り返ってみても、2015年(平成27年)4月、自由民主党情報通信戦略調査会が特定のテレビ番組の内容に関して放送局幹部を呼び出して事情聴取を行ったことや、同年6月、自由民主党若手議員らの勉強会において、出席者である元NHK経営委員が特定の地方新聞について「潰さないといけない」などと発言したことに続き、会合に参加していた複数の与党議員からも、いわゆる安保関連法案を批判する報道に関し、「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」などと、マスメディアに対する威圧とも言うべき発言が相次いでなされたことなどが報じられている。政府と密接な関係にある与党におけるこれらの動きは、表現の自由に対する事実上の圧力となりかねず、ひいては表現の自由に対する萎縮的効果を生ぜしめるものとして、看過できない。同年11月には、放送業界の第三者機関である放送倫理・番組向上機構(BPO)も、自由民主党の上記事情聴取について、「放送の自由とこれを支える自律に対する政権党による圧力そのものであるから、厳しく非難されるべきである」と警鐘を鳴らしているところである。
このような中、報道番組において、安倍政権や安保関連法案に批判的だった著名キャスターらが相次いで降板する事態に対し、一部報道によれば、放送局の報道現場の自粛・自制や、放送局内における政権の意向を忖度する空気感も指摘されているところである。これが事実であるとすれば、まさに報道の自由の衰退であり、民主主義の重大な危機であると言わざるを得ない。最近では、自由民主党高市早苗総務相が、放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に電波停止を命じる可能性に言及したが、これは「政治的な公平性」を理由として、政権による報道の自由への恣意的かつ不当な介入を許すことにも繋がり兼ねない。
近時、安倍晋三首相は、災害対策を理由とする緊急事態条項の創設を含む憲法改正を志向し、最近の報道では、夏の参議院選挙の争点として、憲法改正を掲げる意向である旨が報じられている。このような情勢からして、今後、憲法改正論議が高まることも十分に予想される。憲法改正には様々な角度からの多種多様な意見があるが、かかる我が国の戦後の大きな政策転換が議論されるこの時期においては、何にも増して、表現の自由が尊重され、十分な情報の中、国民・市民らが自由に意見を表明し、自由闊達な議論・討論のもとで、民主的な合意形成が行われることが必要不可欠である。
このような時期である今だからこそ、民主主義社会における表現の自由の重要性が再確認されなければならない。
他方で、自由で民主的な社会を実現するためには、市民が社会に関する事実や他者の意見を正しく知ることが保障されなければならないが、市民の知る権利の保障、特に権力に対する監視は、マスメディアの報道の自由なくしては実現され得ない。マスメディアは、報道の自由が市民の知る権利に奉仕し、権力を監視するために保障されていることに重要な意義があることを再認識し、権力からの不当な干渉に動じることなく、政権に対する批判、異論を含む多様な報道を行う責務を担っていることを、改めて、強く自覚すべきである。
当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律家の団体として、今まさに、表現の自由を取り巻く環境が危機的状況にあることに懸念を表明し、政府、与党及びマスメディアに対し、以下のとおり求める。
1 政府及び与党は、民主主義社会における表現の自由の重要性に鑑み、市民の表現の自由及び知る権利を最大限保障するため、市民の表現行為、及び、マスメディアの報道の自由を脅かす不当な干渉・妨害を行わないこと。
2 マスメディアは、報道の自由が市民の知る権利に奉仕し、権力に対する監視を役割とすることを改めて認識し、権力による不当な干渉を排除して、批判、異論を含む多様な報道を実現する責務を果たすべく努力すること。
当会は、民主主義社会における表現の自由の重要性を改めて広く市民に訴えるとともに、今後も一致団結して、自由で多様な言論が保障された社会を実現すべく、表現の自由を確立するために全力を挙げて取り組んでいく決意であることを、ここに表明するものである。
以上のとおり宣言する。
2016年(平成28年)2月27日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 岩 渕 健 彦