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給付型奨学金制度の早急な導入と拡充,貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書

2016年11月17日

2016年(平成28年)11月17日

仙 台 弁 護 士 会

会長 小野寺  友 宏

 

当会は,高等教育における学費と奨学金制度につき,全ての子ども及び若者の等しく教育を受ける権利が保障されるよう,以下のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

1 (1)国は,奨学金の規模を維持した上で,給付型奨学金の支給を原則とする制度設計をすること

(2)国は,給付型奨学金を早急に導入し,その規模を拡充すること。

2 第1項が実現するまでの間,以下の対応を行うこと。

(1)国は,貸与型奨学金につき,返済の負担を所得に応じて変動させる所得連動型返済制度を創設し,すでに返済を開始している者にも適用すること。

所得連動型返済制度は,所得が一定額未満の者に返済を求めない閾値を設定する,返済開始から一定期間経過した後は残額を免除する返済終了期限を設けるなど,利用者負担の少ない適切な制度にすること。

(2)ア 国は,返済困難者に対する救済制度につき,返済猶予期間の制限や延滞者に対する利用制限を撤廃するなど,返済困難者を救済から排除するような利用条件の設定と運用を改め,返済困難者の実情に合った適切な救済制度を構築すること。

イ 独立行政法人日本学生支援機構は,業務方法書及び延滞金の減免に関する施行規則作成にあたり,返済猶予期間の制限や延滞者に対する救済制度利用制限を撤廃するなど,返済困難者を救済から排除するような利用条件の設定と運用を改め,返済困難者の実情に合った適切な救済制度を構築すること

ウ 独立行政法人日本学生支援機構は取扱要領を作成するにあたり,申請時には無かった制限を過去に遡って適用することなく,個々の返済困難者の事情に配慮した柔軟な対応をすること。

(3)国及び独立行政法人日本学生支援機構は,延滞金制度を速やかに廃止すること。および延滞金制度を廃止するまでの間,返済金の充当を元金から行うこと。

 

第2 意見の理由

1 総論

(1)現在,大学の学費の高騰と,親世代の収入の低下が原因で大学生の2人に1人が奨学金を借りている。また,将来の返済が負担になるため,大学進学を諦める若者も増えてきている。

親の経済力という子ども自身の意思や能力と関係のない要素によって子どもの教育機会が左右されるのは極めて不条理であり,子ども及び若者の教育に係る費用は,子どもの教育を受ける権利(憲法第26条),親の経済力により教育を受ける機会を差別されない平等原則(憲法第14条),教育についての児童の権利(子どもの権利条約第28条)の観点から,社会全体で負担すべきである。

(2)現在の大学(短期大学および大学院を含む),高等専門学校,専門学校などの高等教育進学者向けの奨学金には(企業や大学等が限られた対象に対して行っているものを除き)給付型のものはなく,学生に将来の返済を求める貸与型しかない。返済が困難になった場合でも,独立行政法人日本学生支援機構(以下「機構」という。)の奨学金では,日本学生支援機構法及び同法3条の目的を具体化するために策定された業務方法書上,返済困難者に対する救済制度の利用条件がかなり限定されている。

また,平成26年12月26日に機構は理事長決裁で「返還期限猶予制度の運用に関する取扱要領」を定め,機構が訴訟など法的措置を実施した場合(生活保護受給者等は除く),確定した判決などの債務名義を取得した場合,保証会社が代位弁済した場合,利用者が消滅時効を主張した場合等は,延滞分を据え置いた猶予が認められない運用をするとした。この取扱事項は,平成26年4月1日に遡って適用されるとされている。しかし,申請時には無かった制限を遡及的に適用することは極めて問題であるとともに,消滅時効などの正当な権利行使をすると救済制度の利用が制限されるというのは極めて不当である。

(3)そこで当会は,国及び機構に対し,奨学金は給付型を原則とし,これを早急に導入・拡充するよう求め,それが実現するまでの間,貸与型奨学金については,利用者の負担の少ない適切な所得連動型返済制度を創設するとともに,返済困難者の実情に合った適切な救済制度の構築と,個々の返済困難者の事情に配慮した柔軟な対応をするよう求め,意見を述べるものである。

2 給付型奨学金の早急な導入と拡充

(1)日本の高等教育の学費が高騰していること

我が国の高等教育進学者向けの公的な奨学金制度は,給付型ではなく,貸与型奨学金のみによって担われている。

我が国の大学授業料は,1970年代から上昇を続け,現在では,アメリカ,韓国などと並んで,世界的に最も高額な水準に達している。文部科学省が発表した「国公私立大学の授業料等の推移」によると,国立大学の学費は昭和50年から平成27年までの間に約15倍も高騰している。また,私立大学の学費も昭和50年から平成27年までの間に約5倍高騰していることがわかる。

これら修学に必要な費用を貸与型奨学金で賄おうとするならば,学生は大学修了までに非常に高額な奨学金返済債務を負うこととなる。

教育の受益者は社会全体であるという理念からすれば,学生に過剰な負担を求める貸与型ではなく,給付型奨学金が原則でなければならない。また,給付型奨学金が原則といえるためには,奨学金の規模を縮小させることは許されない。

(2)就職をしても高所得を得ることのできない現状があること

平成26年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況(厚生労働省)によると,非正規雇用労働者の比率は,全体の4割近くに達している。非正規雇用労働者の9割以上が年収300万円未満の収入である。また,正規雇用労働者でも年収300万円以下の周辺的正規労働者と呼ばれる労働者は正規雇用労働者全体の3割にも達している。年収300万以下というのは奨学金の返済猶予が認められる「経済困難」事由に当たるほどの低収入であり,若者の多くは就職しても経済的に奨学金を返すことができないことがわかる。

(3)奨学金の存在が大学卒業後の若者の生活を脅かしていること

日本弁護士連合会が昨年11月18日「奨学金問題ホットライン」を実施したところ,1日で773件の相談が寄せられており,多くの者が奨学金の返済に悩んでいることが浮き彫りになった。

また,平成28年6月2日放送の「クローズアップ現代+」によると奨学金を返済することができず,自己破産に追い込まれる人の数が累計1万件に上っているとの報道がなされている。

そもそも大学に進学することが経済的に困難な学生を支援するために奨学金制度があるのである。奨学金の返済ができずに自己破産を選択せざるを得ない者が出てくるというのは,奨学金制度の趣旨に反する事態と言わざるを得ない。また,自己破産には至らないとしても,返済を要する奨学金債務の存在は大学卒業後の生活を圧迫している。

奨学金の平均貸与額は無利子の第1種が約300万円,有利子の第2種が約350万円である。奨学金を借りている者同士が結婚すれば,単純に考えると夫婦で600~700万円の債務を負うことになる。このような多額の債務を背負い続けることが若者の結婚,出産を躊躇させる一因になっている(労働者福祉中央協議会「奨学金に関するアンケート調査」参照)。

さらに,奨学金を返済しなければならない不安から,大学・大学院への進学や資格試験への挑戦を諦めて就職を選択せざるを得ない若者もおり,奨学金の返済が若者の夢の実現を阻害している実態がある(労働者福祉中央協議会「奨学金に関するアンケート調査」参照)。

(4)国際的にみても日本の奨学金制度は整備が遅れていること

高額授業料といわれるアメリカや韓国のみならず,授業料を無償とする国でさえ,給付型奨学金によって,学生への経済的負担の軽減を図っており,我が国のように,高等教育の機会と引き換えに,ここまでの金銭的負担を課す国はまれである。日本も加盟しているOECD加盟国34か国中,大学授業料が有償でかつ給付型奨学金が無いのは日本だけである。

(5)小括

以上のとおり,我が国で奨学金制度を貸与型のみに頼って運営することには限界がある。国は,高等教育の経済的負担を適切なものにするため,早急に給付型奨学金制度を導入し,より多くの学生に支給されるよう給付型奨学金の支給規模を拡充すべきである。

この点,本年10月には,自由民主党の給付型奨学金に関するプロジェクトチームが,原則として高校時の成績が5段階評定で平均4以上であることを条件に月3万円を給付する方向で検討している旨の報道がなされている。この原案によると給付型奨学金を受ける対象者は7万5000人規模になる予定である。

給付型奨学金創設に向けて具体案が示されたことは評価すべきであるが,平成27年の大学在学者は286万210人であることからすると,給付型の奨学金が支給される学生はわずか2パーセントに過ぎないことになる。

政府・与党は上記原案を基に11月にも最終方針をまとめる予定であるが,子どもの教育を受ける権利(憲法第26条),親の経済力により教育を受ける機会を差別されない平等原則(憲法第14条),教育についての児童の権利(子どもの権利条約第28条)の観点からすると,上記原案では給付型奨学金の支給規模が不十分と言わざるを得ない。国は経済的支援を必要とするより多くの学生に奨学金を支給すべきであり,当会は国に対し,さらなる給付型奨学金の支給規模を拡大するよう求める。

そして,それが実現するまでの間,貸与型奨学金については,以下の対応をすべきである。

3 利用者負担の少ない適切な所得連動型返済制度の創設

貸与型奨学金は,返済が長期に及ぶことから,借入時に将来の収支状況を見通すことができないという,避けがたい問題がある。オーストラリア,アメリカ,イギリス等を始めとする先進諸国では,返済額を返済可能な範囲にとどめ,これにより経済的困難を理由とする延滞を防止することを目的として,個々人の年間所得に応じて返済額を変動させる所得連動型返済制度を導入している。我が国でも,このような所得連動型返済制度を導入すべきであるし,その適用はすでに貸付を受けた者に対してもなされるべきである。

諸外国で導入されている所得連動型返済制度では,多くの場合,一定額未満の所得の対象者に対しては返済を求めないという閾値の設定,一定年数以降は返済義務を免除する返済終了期限の設定がなされている。

この点,我が国でも,文科省に設置された所得連動返還型奨学金制度有識者会議の議論を踏まえ,来年度からの制度の導入が検討されているところである。

しかし,当会が平成28年5月19日に出した「『新たな所得連動返還型奨学金制度の創設について』(第一次まとめ)に対する会長声明」のとおり,現在検討されている案では,①閾値の設定,②返済終了期限の設定,③既に借りた者への遡及的な適用の点について不十分な制度となるおそれがある。

所得連動型返済制度の実現に当たっては,上記の点を踏まえた利用者の負担が少ない,適切なものとする必要がある。

4 返済困難者の実情に合った適切な救済制度の構築と個々の返済困難者の事情に配慮した柔軟な対応

(1)各種救済制度の充実

返済困難者に対する各種救済制度につき,返済困難者の実情に合わない制度上・運用上の利用制限をやめ,利用しやすい救済制度に改めるべきである。

機構の返済困難者に対する救済制度として最も多く利用されているとされる「返還期限の猶予」の期間は,「経済困難」を理由とした場合には10年間に限定されているが,「経済困難」を理由として猶予を求めるのに,その利用期間に制限を設けることは適当ではない。したがって,このような利用期間の制限は撤廃すべきである。

(2)延滞金制度を廃止すること

現在,延滞金の利率は年5パーセントである。機構は返済金を延滞金,利息,元金の順に充当するため,返済者が少しずつ返済しようと考えても延滞金を解消しない限り,元金を減らすことは困難である。また,返還期限の猶予以外の救済制度は,延滞金が発生していると延滞金を解消しない限り利用することができない。利用者は経済的に困窮しているからこそ救済制度の利用を求めているのであり,延滞金を解消し無い限り救済しないというのは利用者に不可能を強いることになる。

以上より,延滞金制度については速やかな廃止を求める。

以上

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