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民法の成年年齢引き下げに反対する意見書

2017年01月26日


第1 意見の趣旨
民法の成年年齢を現行の20歳から18歳に引き下げることについては、多くの弊害が生じるおそれがあるとともに、その必要性も認められないため、成年年齢の引き下げを内容とする民法改正には反対する。

第2 意見の理由
1 はじめに
平成27年通常国会において選挙権年齢を18歳以上に引き下げる公職選挙法改正案が成立した。同法附則では、民法等の法令の規定について検討し、必要な措置を講ずるとされている。このため、政府は民法の成年年齢を18歳に引き下げる改正案を、近い将来、国会に提出する可能性が極めて高い。
しかし、以下に述べるとおり、成年年齢の引き下げについては多くの問題点があると言わざるを得ない。この点について、当会では平成27年8月27日に成年年齢引き下げに反対する会長声明を発しているが、これを補足し、再度成年年齢の引き下げに反対するため、本意見書を提出する。
2 未成年者取消権喪失による消費者被害増加の問題
(1)消費者被害が18歳、19歳に広がるおそれ
民法は、5条2項で、未成年者の法律行為の取消権を定めており、成年年齢が18歳に引き下げられた場合、18歳、19歳の若者が取消権を奪われることになる。
18歳、19歳という年齢は、進学や就職により、初めて親元を離れて一人暮らしを始める者が多い年齢である。それまでと全く違う環境で、相談できる第三者が周囲にいない状態に初めて置かれた若者が消費者被害を受けやすいことは明らかであり、このような年代こそ未成年者取消権によって保護されなければならない。
実際、全国の消費生活センターに寄せられた消費生活に関する相談情報のデータベースであるPIO-NETのデータを分析した結果、18歳、19歳の未成年が当事者となっている相談は毎年4000件~6000件程度である一方、当事者が20歳の相談は毎年1万件~1万2000件と、未成年者取消権を失った20歳を境に消費者被害に遭う件数が倍増している。
20歳の誕生日を狙って勧誘を行う悪質業者の存在も指摘されており、未成年者取消権の存在が若者を消費者被害から守る抑止力となっていることは明らかである。
このような現状を踏まえれば、成年年齢を引き下げた場合、未成年者取消権を失った18歳、19歳の若者の消費者被害が増加することが容易に想定される。
(2)クレジットカードやフリーローン・消費者金融の使用による若者の多重債務件数の増加及び消費者被害の被害額の増大のおそれ
ア 現状
未成年者がクレジットカードを作成する際には親権者の同意が必要とされていること、20歳を境にクレジットカードの使用が増加するとの報告も存在していることなどから考えると、未成年の間はクレジットカードの作成、使用が抑制されていると思われる。
また、フリーローンや消費者金融については、未成年者取消権が存在するために、基本的に未成年者には貸付がされない運用となっている。
イ クレジットカードによる被害の増加
ところが、成年年齢が引き下げられた場合、新たに成年となった18歳、19歳の若者のクレジットカードの作成、使用が大幅に増加することが予測される。特に、就職をしておらず資金力の乏しい若年者にとって、手元の現金や預貯金が無くとも高価な商品を購入することができるクレジットカード使用の誘惑は非常に大きい。
現代社会ではクレジット決済を利用した電子商取引により、非常に簡単に高額商品を購入することができる。さらにクレジットカードを使用した上で、支払い方法をリボルビング払いとすれば、毎月の返済金額が低額なため気が付かないうちにいつの間にか高額の債務を負担することになりやすい。上記のとおり資金力の乏しい18歳、19歳の若者にとって、毎月の返済金額を抑えられるリボルビング払いは極めて魅力的な支払い方法であり、18歳、19歳の若者がクレジットカードを使用する場合、支払い方法としてリボルビング払いを選択する可能性が十分に存在する。
これらの事情を総合すると、18歳、19歳の若者のクレジットカードの作成、使用が増加すれば、高額商品の購入、さらにはリボルビング払いの使用によって債務が膨れ上がり、高校生を含む若者の多重債務や、消費者被害の被害金額が増大する危険性が高い。
実際に、PIO-NETに寄せられた相談では、契約当事者が18歳の場合、契約購入金額の平均は約16万円、19歳の場合は約17~21万円であるのに対して、クレジットカードが使用できるようになった20歳以上では、購入金額の平均は約27~39万円と倍近くに跳ね上がっており、クレジットカードの使用が可能になったことによって、消費者被害の金額が増大していることが非常に強く推認される。
ウ 多重債務の増加
また、成年年齢の引き下げを行った場合、18歳、19歳の若者によるフリーローンや消費者金融の利用が増加することも予測される。
実際にPIO-NETのデータによれば18歳、19歳の未成年が当事者となる相談ではフリーローン・消費者金融に関する相談は全く見られないにも拘わらず、20歳を超えた途端にそれらに関する相談が一気に増大しており、このような懸念が裏付けられている。
(3)現状の消費者教育が極めて不十分であるという問題
ア 必要とされる施策
上述のような、成年年齢引き下げに起因する若年者の被害を防ぐためには、若年者に対して十分な消費者教育が実施される等、消費者被害の拡大を防止するための施策が十二分に採られなければならない。
実際、成年年齢の引き下げを求める平成21年10月28日付の法制審議会の意見(以下「法制審議会意見」とする。)でも、成年年齢の引き下げ前に、若者の自立を促す施策や消費者被害の拡大防止のための施策が実施されるべきとされている。
イ 消費者教育の現状
しかし、現状の消費者教育は、成年年齢の引き下げによって生じる弊害を防ぐには程遠い内容である。
上記で述べた、18歳、19歳の若年者が未成年者取消権を失うことで生じる問題を防ぐためには、①消費者被害の実例、②勧誘を受けた場合の対処法、③購入してしまった場合の対処法④相談窓口などについて、具体的かつ実践的な教育が施されなければならない。
また、⑤クレジットカード取引の仕組み(現金がなくても購入できるが、後で結局は支払わなければならない、延滞した場合に遅延損害金が発生すること等)、⑥リボルビング払いの仕組み、⑦多重債務の危険性、⑧収入と支出のバランス等についても学んでいることは必須と言える。
そして、成年年齢を引き下げたことにより生じる被害を防止するための施策がとられたと評価するには、全国民が、上記の①~⑧を18歳に達する前に学んでいなければならない。高校が義務教育でなく、中学を卒業した後には社会人となる国民も多数存在することからすれば、上記①~⑧については、中学校卒業時までに指導が終えられている必要がある。
この点、現行の学習指導要領によれば、中学で学習するのは上記③、④のみであり、成年年齢を引き下げたことにより生じる被害を防止するための施策としてはあまりに不十分であることは明らかである。
現状の消費者教育が不十分なものであることは、平成27年9月17日の自由民主党政務調査会の「成年年齢に関する提言」(以下「自民党提言」とする。)において「現状の消費者教育等の充実強化と国民への周知の徹底」が必要とされていることからも裏付けられている。
このような現状が法制審議会意見の求める条件を満たしていないことは明白であり、このまま成年年齢を引き下げれば、十分な消費者教育を受けないままに新たに未成年者取消権を失った18歳、19歳の若者の消費者被害が増大することは明らかである。
3 養育費支払が求められる期間が短縮されてしまう問題
養育費は未成熟子に対する監護費用の分担とされており、成年に達した後は打ち切られることが多い。他方、成年に達した子自身が大学に進学した場合の学費等を扶養料として親に請求することは、法律上可能であるが、実務上の困難があるとみられている。そうした状況において成年年齢が引き下げられるならば、家庭の経済事情等により将来を選択する幅が狭まる若者が増加することは明らかである。
4 未成年後見が終了することに伴う問題
成年年齢が引き下げられることになると、両親がいないために未成年後見が開始されている未成年者、中でも専門職後見人のみが選任されている場合については、現在よりも早い段階で第三者の支援自体が打ち切られることになる。特に、被後見人(未成年者)が高校に通学していて大学進学を考えている場合、満18歳に達する誕生日で後見が終了することになると、高校卒業前に後見が打ち切られてしまい、その後の進学に関わる支援が断ち切られるという問題が生じる。
5 成年年齢引き下げにより得られる利益の検討
(1)挙げられている利益
法制審議会意見や自民党提言によれば、成年年齢を引き下げるべき理由は、①公職選挙法の選挙権年齢引き下げを受けて社会的に「大人」としてみなされる年齢は一つであることが法制度としてシンプルで望ましい、②「大人」として扱われる事により18歳、19歳の若者の自覚を高め個人及び社会に活力をもたらす、③18歳になると何らかの形で就労する者が増加することから、そうして獲得した金銭等を法律上も自らの判断で費消できるようにしてもよい等とされている。
(2)上記に対する反論
しかし、これらはいずれも非常に抽象的な目的であり、かつ、成年年齢と選挙権年齢を一致させなかった際に具体的な弊害が生じる訳でもない。
そもそも法制審議会意見も自民党提言も、民法の成年年齢引き下げに合わせて、少年法の適用や飲酒喫煙が許される年齢も一律に引き下げることには慎重で、各法律で「大人」として扱われる年齢が異なることは当然の前提としており、①が数多くの不利益が予想される成年年齢引き下げの理由とならないことは明らかである。
②については、法制審議会意見それ自体が民法の成年年齢を引き下げるだけで若者の自覚が高まるわけではないことを認めており、成年年齢引き下げという手法は若者の自覚を高めるという目的達成のために有効と言い難いことは明らかである。
③に至っては、これによってどのような利益が具体的に想定されるのかすら明らかではない一方、まさに未成年者が自由に金銭を費消できるようになるために消費者被害が増加する危険性があるのであり、利益より不利益の方が大きいことが明らかである。
(3)まとめ
以上より、成年年齢を引き下げる必要性を基礎づける立法事実は存在しないと言わざるを得ず、現時点で成年年齢を引き下げなければならない必要性は認められない。
第3 結論
公職選挙法の選挙権年齢の引き下げと異なり、民法の成年年齢の引き下げには以上のような様々な問題が生じ、若者に具体的な多くの不利益を及ぼす。
そのような状況で、具体的に成年年齢の引き下げを必要とする立法事実も無いにもかかわらず引き下げを行うことは、弊害のみ大きく不当な法改正と言わざるを得ない。
よって、当会は、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることに反対するものである。

2017年(平成29年)1月26日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 小野寺 友 宏

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