政府は,2017年(平成29年)の通常国会に,「テロ等準備罪」に関する法案(以下,「本法案」という)を提出する方針である。
本法案は,名称は変更されているものの,その内容は,犯罪の実行に至らない「計画(共謀)」それ自体を処罰の対象とするという点において,過去に3度国会に提出され,いずれも廃案となったいわゆる「共謀罪」法案と本質は変わらない。
現在までの報道等によれば,本法案は,法定刑が一定以上の犯罪の実行を目的とする組織的犯罪集団において,当該犯罪の計画(共謀)を二人以上で行い,その計画をした者のいずれかが当該犯罪の実行のための準備行為をした場合に,その計画行為を処罰の対象とする,という内容になるとされている。現に,政府は,処罰対象が組織的犯罪集団における行為であるという点,及び犯罪の計画(共謀)だけでなく一定の準備行為が行われた場合に処罰されることになるという点で,従来の「共謀罪」法案とは内容を異にするとの説明をしている。
しかし,上記のような要件を定めたとしても,従来の「共謀罪」法案の問題として指摘されていた,処罰範囲が過剰に拡大しうる危険性は払拭されていない。まず「組織的犯罪集団」という要件が定められるとしても,法定刑が一定以上の犯罪を目的とする継続的結合体であるとされれば,これに該当することになるのであって,対象の限定としては不十分である。また,「準備行為」が行われることを処罰の条件とするとしても,「準備行為」の概念が曖昧かつ広範にすぎて限定の意味をほとんど持ち得ず,何ら対象の明確化・対象拡大の歯止めにならない。すなわち,本法案は,誰のどのような行為が犯罪として処罰されるのかが極めて不明確であり,罪刑法定主義及びその派生原則である明確性の原則等に反するものである。
さらに,本法案が成立した場合には,共謀(テロ等準備)の嫌疑によって,民間の団体や,同団体を構成する個人間における話し合いの内容が捜査の対象とされうることになる。その場合,集会・結社等の表現の自由が侵害されるおそれがあることはもとより,思想・良心等の内心の自由までも侵害されるおそれがある。共謀(テロ等準備)の捜査のために2016年(平成28年)の法改正により適用対象が大幅に拡大されることとなった通信傍受(盗聴)が行われる場合,その人権侵害のおそれはさらに大きいものとなるであろう。
上記の通り,本法案は,これまでの共謀罪法案にはなかった一定の処罰要件を定めるものであったとしても,人権保障の観点から見て,容認しうるものではない。
政府は条約批准の必要性,及びテロ対策の必要性を強調する。しかし,政府が批准しようとしている「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」は,国際マフィアの資金洗浄に対抗する趣旨の条約でありテロ対策とは関係ない上,条約批准のために共謀罪の制定が必須であるとはされていない。また,テロ行為に関しては現状の各種立法によっても準備段階での処罰が相当程度可能となっている。現状に加えて新しい類型のテロ行為に対応する必要がある場合には,個別に相当性を吟味しつつ立法を行うべきなのであり,一定以上の法定刑を有する犯罪を網羅的に,テロ行為に繋がる蓋然性の有無を問わず処罰対象とする本法案を正当化することはできない。
既に政府は廃案となった共謀罪法案に対する批判を受けて対象犯罪数を絞り込んだとされるが,数を絞ったとしても,どのような場合に処罰されるかが不明確なまま,共謀段階の行為の広範な処罰を可能にするという共謀罪の本質的な問題は変わらない。
当会は,これまで2005年(平成17年)7月,同年10月,2006年(平成18年)5月,2015年(平成27年)3月及び2016年(平成28年)12月に,それぞれ共謀罪法案に反対する会長声明を発して,共謀罪法案が市民生活に制約を及ぼすこと,基本的人権の保障と深刻な対立を引き起こすおそれがあることを訴え,共謀罪法案を批判してきた。本法案にも同様の批判が当てはまる。
よって,当会は,改めて本法案に反対するとともに,本法案を国会に提出しないよう求めるものである。
以上の通り,決議する。
2017年(平成29年)2月25日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 小野寺 友 宏
提 案 理 由
第1 はじめに
政府は,2017年(平成29年)の通常国会に,「テロ等準備罪」に関する法案(以下,「本法案」という)を提出する方針である。
本法案は,名称は変更されているものの,その内容は,犯罪の実行に至らない「計画(共謀)」それ自体を処罰の対象とするという点において,過去に3度国会に提出され,いずれも廃案となったいわゆる「共謀罪」法案と本質は変わらない。
現在までの報道等によれば,本法案は,法定刑が一定以上の犯罪の実行を目的とする組織的犯罪集団において,当該犯罪の計画(共謀)を二人以上で行い,その犯罪計画をした者のいずれかが当該犯罪の実行のための準備行為を行った場合に,その計画行為を処罰の対象とする,という内容になるとのことである。現に,政府は,処罰対象が組織的犯罪集団における行為であるという点,及び犯罪の計画(共謀)だけでなく一定の準備行為が行われた場合に処罰されることになるという点で,従来の「共謀罪」法案とは内容を異にするとの説明をしている。
しかし,上記のような要件を定めたとしても,従来の「共謀罪」法案の問題として指摘されていた,処罰範囲が過剰に拡大しうる危険性は払拭されていない。
以下,本法案の問題点を指摘する。
第2 共謀罪と人権侵害の危険性
1 犯罪の着手に至っていない段階での広範な処罰を可能とすること
犯罪の成立を肯定するためには,法益(法的な保護に値する利益)に対する加害行為(法益侵害行為,法益侵害の現実的危険性を生じさせる行為)が,法律によって事前に犯罪として定められていなければならない(罪刑法定主義,憲法第31条)。この罪刑法定主義は,何が犯罪の対象になるのかを法律で事前に定めることにより,国民の予測可能性とそれに基づく自由な活動を保障する(自由主義の原理)。それ故,犯罪を法定する場合には,何が犯罪となるのかを明確にしなければならない(明確性の原則)。また,法益侵害の現実的危険性のない行為を犯罪と定めたり,規制目的に照らして過度に広範な処罰規定を定めることも,国民の自由を不当に侵害するものであって罪刑法定主義に反し,許されない。
共謀罪は,法益侵害の現実的危険性が生じない段階での合意(概括的なものや黙示的な合意も排除されない)を処罰の対象とするため,その範囲は自ずと広くなり,明確性を失わせ,憲法に定める集会・結社の自由等の表現の自由を侵害し,さらには思想・良心の自由をも侵害するおそれがあり,憲法に違反するおそれが大きい。
2 現行刑法の予備罪よりもはるかに広範囲の行為が処罰対象となること
現行刑法にも予備罪,すなわち,法益侵害の現実的危険性がある犯罪の着手に至っていない段階での行為の処罰を予定する規定は存在する。
しかし,現行刑法は予備罪を総則において規定しておらず,一般的な可罰性が与えられているわけではない。各則の中でも「内乱」等の一定の重大な犯罪について,例外的かつ個別的に予備を処罰することを定めているのみであり,適用対象を厳格に絞り,かつ予備の成立には結果発生との具体的関連性において,当該犯罪に直接役立つかどうか等の客観的・実質的な危険性を要求することで,過度に広範な処罰にならないよう制限していると言える。
このように現行の予備罪は,特定の構成要件に着目してその謀議行為を処罰するものであるのと比して,共謀罪は,一定以上の法定刑を有する犯罪全体について,個々の犯罪の特性は考慮せずにその計画(共謀)を処罰するものであって,極めて広範囲の行為が処罰対象となるものである。
第3 共謀罪が導入された場合に生じ得る問題点
1 処罰範囲はテロ準備行為だけではないこと
本法案に関し,政府は,本法案がテロ対策を目的としたものであることを強調し,「テロなどの準備行為があってはじめて罰する法案であり,従来の『共謀罪』とは全く違う」「厳格な組織犯罪の要件が課されており,国民の一般的な社会生活上の行為が本罪に当たることはあり得ない」と説明している。
しかし,この説明は国民に対する誤導である。テロ対策が目的であれば,テロ行為を目的とした集団の結成を処罰する等の規定の新設を,個別に検討すべきなのである。
組織的犯罪等処罰法では,「団体」の定義は,「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって,その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき,あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるもの」とされており,さらに,本法案では,対象を「組織的犯罪集団」として法定刑が一定以上の犯罪を目的とする団体に絞り込むことが予定されているようである。
しかし,いずれにしても規制及び処罰の対象はテロ行為に限られるものではない。
本法案によれば,詐欺集団や,未成年者で結成する不良集団等,テロ行為を行う蓋然性が低い集団も共謀罪の適用対象に含まれうる。更には,例えば,政府や企業の行おうとしている施設建設に反対する住民運動のような,それ自体は全く違法性のない活動をしている人々が,組織的な威力業務妨害罪(組織犯罪処罰法第3条第1項第12号)を共謀している団体であるとされて,適用対象になるおそれさえ否定できないのである。
また,後述するように,捜査に関しては事前の司法審査が十分に及ばないため,犯罪と全く無関係の団体が摘発対象となる可能性も否定できない。
政府の説明は,あたかも共謀罪の対象となるのがテロリスト集団,またはそれに相当する重大な犯罪を目論む集団だけであり,市民生活に影響は全く出ないかのような誤解を招来するものであり,誤導というほかない。
2 「準備行為」という処罰要件の導入によっても処罰対象は限定されないこと
上記の政府の説明においては,「準備行為」という要件の導入が示唆されている。
これは,「準備行為」という処罰要件の導入により,単なる謀議だけで処罰されることはなくなるから,処罰範囲の不当な拡大は起こり得ず,構成要件の明確性も保たれる,という趣旨と解される。
しかし,「準備行為」は,具体的にどのような行為がこれに該当するのかは明確でない。すなわち,武器の調達等に限らず,預金口座への振込等,本来は適法で危険性のまったくない行為も「準備行為」に含まれうるし,実務の運用によっては,インターネットによる情報収集等も「準備行為」に含まれる可能性もある。
したがって,「準備行為」という処罰要件を設けたとしても,その要件では限定の意味をほとんど持ち得ず,何ら対象の明確化・対象拡大の歯止めにならないのである。
政府の説明は,「準備行為」要件の導入によって,提出予定法案が従前否決されてきた共謀罪法案と別個のものに生まれ変わったかのような誤解を国民に与えるものであり,この点でも誤導というほかない。
3 捜査機関による人権侵害の危険が増大すること
また,いかに処罰要件を旧来の共謀罪法案よりは限定したとしても,捜査の現場において共謀罪に該当する行為が存在したか否かの第一次的な判断は警察が行うのであり,警察に捜査を開始する権限があることを看過すべきではない。
ある複数の人間の集まりが「組織的犯罪集団」と言えるか,何をもって犯罪の「計画」とするか,何をもって「準備行為」と捉えるか,これらの判断は,最終的には裁判所が行うところである。しかし,最初に犯罪の構成要件に該当する可能性のある行為があるか否かを判断し,捜査を行うのは警察・検察等の捜査機関であり,実際には多くの場合,警察である。多くの事件では逮捕や捜索差押の前段階において警察が対象者を任意同行して事情聴取する等のことが現実的に行われている。
共謀罪が導入されるならば,現場の警察官が,他の犯罪に関するものと同じく,共謀罪の捜査に関して第一次的な判断権を有することになる。しかし,その結果として,無実の人間に共謀罪の疑いをかけて任意同行したり事情聴取したりする等の事態が生じる危険性が否定できない。
この場合,逮捕や起訴に至ることがなくとも,その可能性を提示されながらの任意同行や事情聴取は,大きな不安感を対象者及び当該対象者の周囲の人間に与えることとなる。その結果として,本来憲法上保障されているはずの,市民の社会的活動や権利主張を萎縮させ,表現の自由を阻害するおそれが大きい。2016年(平成28年)の法改正により対象範囲が拡大し,手続が簡略化されることとなった通信傍受(盗聴)捜査と組み合わされた場合,その脅威はより大きいものとなる。また,逮捕時の実名が報道されるなど事実上相当の不利益を被る日本の現状においては,対象となった個人の社会的名誉や人間関係が破壊されることにもなりかねない。
共謀罪の構成要件は通常の刑法犯よりも曖昧かつ広範な解釈の余地を残すものであるから,警察が誤った解釈や恣意的な運用を行い,人権が侵害される危険は,通常の犯罪に比してもより大きなものとなる。
第4 政府による正当化の説明について
1 条約締結との関係及びテロ対策の必要性との関係について
(1)政府は,共謀罪提案の根拠として,国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(パレルモ条約・TOC条約)を締結するために必要だと説明してきた。しかし,この政府の説明は,以下に述べるとおり,共謀罪提案の正当化理由にならない。
まず,同条約は,国際マフィアの資金洗浄に対抗することを主目的とした条約であり,現在政府が強調しているテロ対策とは必ずしも関連がない。
次に,同条約は共謀罪法案を成立させなくとも締結が可能である。すなわち同条約は,「締約国は,この条約に定める義務の履行を確保するため,自国の国内法の基本原則に従って,必要な措置をとる」(第34条第1項)と規定しており,締約国は,条約の文言をなぞる必要はなく,条約の精神に忠実であれば,かなり広い範囲の裁量が認められているのである。実際に,同条約を批准するために新たな立法を行った国は2カ国(ブルガリアとノルウェー)しか存在しておらず,ほとんどの国は,既存の国内法で条約の要求を満たしていると判断して批准していることが判明している。また,国連薬物犯罪事務所(UNODC)が2002年に作成した「国際組織犯罪防止条約を実施するための立法ガイド」のパラグラフ51においても,共謀罪を導入しなくても組織的な犯罪集団に対する効果的な措置をとれば条約締結が可能とされている。日本では,重大犯罪や組織的な犯罪については既に予備罪や準備罪,共謀罪が個別に定められており,効果的な措置はとられている。
なお,フランス,ドイツ,オーストリア,スイス,イタリア,韓国等においては従前から刑法典において犯罪的組織の結成や犯罪的組織への参加が規制されており,アメリカ合衆国の一部の州やイギリスの刑法典においては共謀罪そのものが定められている。このことを理由にして,日本においても共謀罪処罰を導入すべきであるとする意見もある。しかし,外国法に共謀罪やそれに類似した規定があることは,日本における共謀罪の新設の理由にはならない。日本法を外国法と比較するに際しては,個別規定の文言を単純に取り出して論ずるべきではなく,ある規定を各国の刑事実体法に組み込んだ場合に,刑事手続も含めて裁判及び刑罰のシステムがどのようにはたらきうるかという点を全体的に考察して,その適否を検討すべきである。
(2)政府は,2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催にあたり,テロ犯罪を防止する必要があり,そのために本法案がどうしても必要である,と主張している。
しかし,日本は現在すでにテロ行為を防止するために作成・発効された13の条約すべてを締結し,「航空機の強取等の処罰に関する法律」や「サリン等による人身被害の防止に関する法律」等を制定しており,テロ行為の準備段階での処罰は共謀罪を新設しなくとも可能となっている。さらに新しい類型のテロ行為の防止に関しても,個別の法律の改正,立法等によって対処が可能であろう。共謀罪の成立によらなければテロ行為が防止できない,という事実は全くない。
したがって,テロ対策の必要性は本法案提出を何ら正当化するものではない。
2 対象犯罪数を減少させたとしても,本法案の危険性はなくならないこと
政府はまた,懲役・禁錮4年以上の全ての罪を対象とするとしてきた従来の方針を変え,対象となる犯罪の数を減少させたとも報道されている。
しかし,対象犯罪数が従来の案より減少したとしても,上記で述べてきたような本法案の基本的な危険性がなくなるものではない。共謀罪は,罪刑法定主義及びそこから派生する明確性の原則等の原則に反し,人権を侵害するおそれがあるものなのであって,対象となる犯罪の数が減少すれば許容されるというような問題ではない。
第5 まとめ
政府の提出しようとしている共謀罪法案には,上記の通り,犯罪の着手以前の行為を広範囲にわたって処罰対象とすること,構成要件が不明確であることなど,罪刑法定主義及びそこから派生する原則に反する大きな問題があり,処罰範囲の不当な拡大を招くおそれが大きく,結果として憲法で保障された国民の人権を侵害する危険が大きい。このような法案を提出することは,基本的人権の擁護及び社会正義の実現を使命とする弁護士会として断固として許すことができない。
よって,当会は共謀罪(テロ等準備罪)法案に反対する。
以上