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日本国憲法の基本原理及び立憲主義が守られるよう取り組む宣言

2018年02月24日


報道によれば,政権与党である自由民主党は,本年の通常国会又は臨時国会で憲法改正の発議を目指す方針であるとのことであり,発議がなされれば国民投票が実施されることになる。
1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法は,全ての価値の根源は個人にあるという「個人の尊厳」を基礎として,基本的人権の保障,国民主権及び恒久平和主義を基本原理としている。
これらの基本原理は,先の大戦により国内外の人々に甚大な惨禍をもたらしたという反省を踏まえて制定されたものであり,その重みを忘れてはならない。そして,これらの基本原理を支えているのが,国家権力を制限することにより国民の基本的人権を保障しようという立憲主義の思想である。
憲法改正を議論するにあたっては,これらの基本原理及び立憲主義の意義を確認しながら,そもそも憲法改正が必要なのか,憲法改正によって何がどのように改変されうるのか等,それぞれの問題点について,憲法の基本原理との関係を十分に検討する必要がある。そして,その検討にあたっては,国民に対する十分な情報公開と議論が必要であり,拙速に憲法改正手続を進めることは許されない。
例えば,自由民主党が改憲項目として挙げている緊急事態条項は,その内容によっては法律によらずに人権を制限することが可能となり,基本的人権の保障や立憲主義と強い緊張関係に立つことになるが,そのような条項を設ける必要があるのか,人権侵害を生じさせないための手当は十分か等といった点が検討される必要があろう。
また,憲法9条の改正を議論するにあたっては,同条は日本国憲法の基本原理たる恒久平和主義を具体化した規定であることから,同条の改正によって恒久平和主義の実質が失われる帰結とならないよう,慎重な議論がなされるべきである。
当会は,これまで,憲法の基本原理と立憲主義を堅持すべく,自衛隊の海外活動や日本の安全保障法制について,多数の決議・会長声明を発出してきた。また,憲法に関するシンポジウムや市民集会のほか,2005年(平成17年)以来,46回にわたって憲法連続市民講座を開催し,さらに憲法出張講義・出前授業として各種学校や団体等に多数回講師を派遣し,憲法の精神を広く伝え,市民とともに考えるための活動を展開してきた。
憲法改正論議が盛んとなりつつある今,当会は,憲法の基本原理と立憲主義に照らして改正議論をどのように見るべきかをさらに検討し,憲法連続市民講座・憲法出張講義・出前授業等の活動を行い,市民とともに十分な議論を尽くしていく所存である。
当会は上記のような諸活動を通し,今後も,日本国憲法の基本原理である基本的人権の保障,国民主権及び恒久平和主義,並びに立憲主義が守られるよう,全力で取り組むことを宣言する。

2018年(平成30年)2月24日

仙 台 弁 護 士 会

会 長 亀 田 紳一郎

提案理由

1 今年,憲法改正論議が盛んとなる見通しであること
(1)憲法改正の動き
現在,政権与党である自由民主党(以下,「自民党」という)が憲法改正発議に向けた動きを開始している。
最終的に憲法改正発議がなされるにせよ,そうでないにせよ,2018年(平成30年)は,憲法改正に関する論議が,近年になく盛んとなり,また具体的なものとなることが予想される。
(2)当会の憲法改正に対する対応
憲法改正案は現状のところ,自民党憲法改正推進本部が2017年(平成29年)12月20日付け「憲法改正に関する論点取りまとめ」において,いわゆる改憲4項目(自衛隊,緊急事態,合区解消・地方公共団体,教育充実)を公表している以外は,具体的な案が国民に提示されておらず,当会としても,改正案の内容にまで踏み込んで詳細な意見を述べる段階にはない。
しかし,今後,各々の政党等が提示する具体的な憲法改正案がいかなるものであったとしても,憲法改正論議を行うにあたっては,不可欠な視点がある。
2 日本国憲法
(1)日本国憲法の基本原理と立憲主義
日本国憲法は,1947年(昭和22年)に施行された。
日本国憲法は,大日本帝国憲法から一転して,全ての価値の根源は個人にあるという「個人の尊厳」を基礎とし,基本的人権の保障,国民主権及び恒久平和主義を基本原理としている。これらの基本原理は,先の大戦により国内外の人々に甚大な惨禍をもたらしたという反省を踏まえて制定されたものである。
そして,これらの基本原理を支えているのが,国家権力を制限することにより国民の基本的人権を保障しようという,戦後日本における立憲主義の思想である。これもまた,国家権力,特に軍部の暴走を防ぎきれなかった大日本帝国憲法時代の反省に立つものと言える。この甚大な惨禍と反省の重みは,憲法改正論議をするにあたって,決して忘れてはならない。
(2)日本国憲法の果たしてきた役割
日本国憲法は,上記の通り「自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し,ここに主権が国民にあることを宣言」(前文第1項)し,基本的人権の尊重・国民主権・恒久平和主義を基本原理としている。
2017年(平成29年)7月7日東北弁護士会連合会「日本国憲法施行70年にあたり,日本国憲法の基本原理及び立憲主義の堅持を求める決議」が指摘するとおり,「日本国憲法の下で,私たちは自由で民主的な社会を追求し,また歴代政府は専守防衛政策により他国と武力紛争を起こすこともなく,国際社会においても政府やNGO(非政府組織)などが貧困・飢餓対策や教育支援等による紛争の原因除去に努めるなどして,世界から平和国家としての信頼を得てきた。また,憲法第9条は日本の防衛力強化や日米の軍事的結びつきの強化という現実政治との深刻な緊張関係を強いられながらも自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし,海外における武力行使及び集団的自衛権行使を禁止するなど,憲法規範として有効に機能していた」のである。
3 憲法改正論議について
(1)最初に,改正の必要性から議論すべきこと
日本国憲法は,上記の通り,日本の平和的発展に大きく寄与してきたと言える。
その憲法を改正する必要があるのか否か。これは,憲法改正を論じる際に最初に議論されなければならない事項である。
例えば,憲法について,敗戦国に対する押しつけ憲法であるという意見がある。その「押しつけ」の評価が正しいかどうかは論者により見解が異なる。しかし,押しつけだから改正する必要があると短絡することはできない。日本国憲法の制定過程に対する批判が妥当するかどうかはともかく,その批判の論拠は必ずしも改正の必要性を根拠づけるものではないということは踏まえておくべきである。
立憲主義的な意味の憲法は,国家権力を制限し,国民の基本的人権を保障するためのものである。現行憲法では国家権力を十分に制限できないという場合,または国民の基本的人権が十分に保障され得ないという場合には,それをより良くするための改正が必要となることもあろう。
しかし,そうでないのであれば,本当に改正の必要性があるのか。この点は慎重に議論されるべき事柄である。
(2)基本的人権の保障が最優先課題であり道徳観・倫理観の強制はあってはならない
なお,自民党の2012年(平成24年)4月27日付け日本国憲法改正草案には,国民に対して国を守ることを要求する条項や,国民に対して家族を尊重することを要求する条項が存在するほか,国民の自由及び権利が「公益及び公の秩序に反してはならない」とする条項も存在する。
しかし,前述した通り,国を守るという美名のもとに多くの命が犠牲となった先の大戦の反省を踏まえて,日本国憲法は,個人の尊厳を前提とした基本的人権の保障を最重要の基本原理としているのである。
国家が特定の行動規範を国民に強制し,または強制に至らないまでも要求するかのような内容の改正や,「公益及び公の秩序」を人権に優先させるかのような改正を行うとすれば,それは日本国憲法の基本原理や立憲主義の思想からの後退である,と言わざるを得ない。日本弁護士連合会が2014年(平成26年)2月20日「日本国憲法の基本的人権尊重の基本原理を否定し,『公益及び公の秩序』条項により基本的人権を制約することに反対する意見書」にて指摘している通りである。
(3)改正議論に関する情報公開の必要性
なお,当会が2016年(平成28年)2月27日「表現の自由の危機的状況に対する懸念を表明するとともに表現の自由の確立に全力を挙げて取り組む宣言」で述べたとおり,憲法改正を議論するにあたっては,情報公開により正しい情報が国民に周知されることが必要である。
例えば,憲法9条の改正を議論するにあたっては,国際情勢・軍事情勢等に関する情報の公開と,(国民の知る権利も含めた)表現の自由・報道の自由の保障は必須であろう。国民は,国際情勢・軍事情勢等については政府の情報公開や報道で知るよりほかないことがほとんどであるためである。
しかし,実際には,情報公開や知る権利に逆行する動きがある。例えば,特定秘密保護法については,当会が2014年(平成26年)2月22日に「特定秘密保護法の廃止を求める決議」で述べた通り,①国民の知る権利の保障及び国民主権の原理にもとる,②刑罰の広範化・重罰化による国民やメディアに対する萎縮効果がある,③国民のプライバシーや思想・良心の自由を侵害する危険を有する,④被疑者・被告人の防御権及び裁判を受ける権利を侵害しかねない,⑤国会・国会議員の活動を制約しかねない,⑥立法事実が存在しない等の多数の問題があるにも関わらず,現在もなお廃止される動きはない。
最近でも,当会が2016年(平成28年)10月20日に「憲法違反の安保法制の廃止を求めるとともに南スーダンPKOに対する運用・適用に反対する会長声明」にてその問題性を指摘した南スーダン共和国のPKO問題について,現地の自衛隊が日報に記録したはずの「戦闘」行為が国会に報告されず,PKO五原則が守られていたのか否かということに疑問が生じている。由々しき事態というほかない。
憲法は国家の基本法であるから,不十分または不正確な情報しか得られない中で拙速な議論がなされたとすれば,取り返しのつかない事態を招来することになる。情報公開及び表現の自由・報道の自由の保障は,議論の前提として不可欠である。
4 緊急事態条項について
(1)緊急事態条項とは
緊急事態条項とは,戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において,国家の存立を維持するために,立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限(国家緊急権)を認める条項であると一般的に説明されている。これは自民党憲法改正推進本部2017年(平成29年)12月20日付け「憲法改正に関する論点取りまとめ」において改憲議論の主要な対象項目として挙げられており,また,同党の2012年(平成24年)4月27日付け日本国憲法改正草案においては,内閣総理大臣がこの権限を行使しうるとされている。
(2)緊急事態条項に関する検討
緊急事態条項(国家緊急権)について,万が一国会が機能しなくなった場合の対応規定が存在しないことはかえって立憲主義維持のために危険であるという理由から,その新設を否定しない見解もある。
しかし,緊急事態条項が,憲法の基本原理である国民主権及び基本的人権の保障の重大な例外であり,ひいては憲法秩序の例外でもあること,ドイツにおいてはナチス時代に,ワイマール憲法が定めた大統領の非常措置権限が濫用され,多数の回復不可能な人権侵害に繋がった歴史があるということを考えれば,その必要性は十分慎重に議論されるべきである。
(3)特に災害対策を理由とした緊急事態条項は必要ないこと
災害対策を理由とした緊急事態条項(国家緊急権)の必要性が説かれることもあるが,災害対策は緊急事態条項が存在せずとも十分になしうるということは,当会が2015年(平成27年)4月24日「災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する会長声明」にて述べたとおりであり,災害対策を理由とした緊急事態条項は必要ない。
5 恒久平和主義と憲法9条
(1)憲法9条は恒久平和主義の具体化であること
日本国憲法はその前文において恒久平和主義を,基本的人権の保障,国民主権と並んで基本原理としている。その恒久平和主義を具体化した条文が憲法9条であり,9条1項で戦争・武力による威嚇・武力行使の永久放棄を,9条2項で戦力の不保持と交戦権の否認を定めている。
(2)憲法9条をめぐる議論
憲法9条については,改正の要否や内容について様々な見解が示されているところである。
どのような議論をするにしても,憲法9条は恒久平和主義の具体化であり,憲法の基本原理や立憲主義との関係で,きわめて重要な条文であることは踏まえなければならない。もし憲法9条が改正されるとすれば,改正後の条文の内容や,またその条文がいかに解釈されるかによって,憲法の基本原理である恒久平和主義を大きく毀損する可能性がある。
そのような問題のある可能性を踏まえたうえで,憲法の基本原理である恒久平和主義が,形式だけのものとなってしまい実質が失われてしまうことのないように,改正の必要性の有無も含めて,きわめて慎重な議論がなされるべきである。
6 当会の取り組み
(1)憲法に基づき,数々の決議・会長声明を発してきたこと
当会は,これまで,憲法の基本原理と立憲主義を堅持する観点から,本提案理由の中で引用したものの他にも,自衛隊の海外活動や日本の安全保障法制について,多数の決議・会長声明を発出してきた。
(2)憲法連続市民講座,出張講座・出前授業
また,当会は,憲法に関するシンポジウムや市民集会のほか,2005年(平成17年)以来,46回にわたって憲法連続市民講座を開催し,毎回多くの市民とともに,時宜に適った論点を幅広く検討してきた。特に昨年である2017年(平成29年)9月2日開催の第45回憲法連続市民講座は,初めて宮城県気仙沼市にて開催し,多くの市民の参加と好評をいただいた。
さらに,憲法出張講義・出前授業として小学校・中学校・高等学校等の各種学校や団体等に講師を派遣し,憲法の精神を広く伝え,市民とともに考えるための活動を展開してきた。
7 結論
憲法改正論議が盛んとなりつつある今,当会は,憲法の基本原理と立憲主義に照らして改正議論をどのように考えるべきかということについて,さらに研鑽と検討,議論を重ねつつ,シンポジウムや市民集会,憲法連続市民講座・憲法出張講義・出前授業等の活動を行い,市民とともに十分な議論を尽くしていく所存である。
当会は,今後も憲法の定める基本的人権の保障,国民主権及び恒久平和主義,並びに立憲主義が守られるよう,全力で取り組むことを,ここに宣言する。

以上

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