宮城県知事 村井嘉浩 殿
2018年(平成30年)8月22日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 及 川 雄 介
宮城県消費生活審議会において、訪問販売を拒むステッカーに法的効力を持たせる消費生活条例改正の検討が予定されていることについて、当会は、改正内容につき第1記載のとおり意見を述べるとともに、改正の検討方法に関して第2記載のとおり要請する。
第1 宮城県消費生活条例改正に関する意見
1 意見の趣旨
宮城県消費生活条例(以下「本件条例」という。)について、以下の趣旨の改正が行われるべきである。
⑴ 勧誘を受けることを拒絶し、または契約を締結しない旨の意思を示している(以下、これらを「勧誘拒絶の意思表示」という。)消費者に対し、事業者が訪問販売を行うことを禁止すること。
⑵ 消費者が、玄関やマンションの入り口等に「セールスお断り」又は「訪問販売お断り」のステッカー(いわゆる「訪問販売お断りステッカー」)を貼付することは、勧誘拒絶の意思表示に該当することを、条例の文言上明らかにすること。
2 意見の理由
⑴ はじめに
消費者の要請なき勧誘行為(いわゆる「不招請勧誘」。)は、私生活の平穏を害し、勧誘される者にとって、多くの場合、それ自体が迷惑な行為であること、不招請勧誘が、消費者被害の温床となっていることから、規制の必要性が高いこと、諸外国においてはすでに不招請勧誘が規制されていることについては、当会の平成27年8月27日の「特定商取引法に事前拒否者への勧誘禁止の導入を求める意見書」(以下「平成27年特商法意見書」という。)において述べたとおりである。
また、当会でも、平成29年11月25日に「地域で防ごう!消費者被害in 宮城」と題したシンポジウムを開催し、悪質な訪問販売等の防止のため、宮城県内においても大崎市が訪問販売お断りステッカーによる取組を行っていることなどを紹介し、不招請勧誘に関する規制の必要性について訴えてきた。
そうした折、宮城県議会平成29年11月定例会において、村井嘉浩宮城県知事は、訪問販売お断りステッカーに法的効力を持たせるため本件条例の改正を検討する旨の答弁を行った。当会としては、この答弁を評価し、同制度導入を積極的に推進していくべきであると考え、本意見を述べる。
⑵ 訪問販売被害の実態
全国消費生活ネットワークシステム(PIO-NET)によれば、2008年の特定商取引法改正以降、訪問販売の相談件数は増加傾向にあり、とりわけ60歳代以上の高齢者の相談件数が半数以上を占めている。
宮城県消費生活センターには、毎年400件を超える訪問販売に関する相談が寄せられている(2015年度は531件、翌2016年度は490件、昨年2017年度は459件である。)。この相談件数の3分の1は、70代以上の相談が占めている。また、仙台市消費生活センターにおいても、訪問販売に関する昨年度の相談件数は564件に及び、このうち、70代以上の相談の占める割合は47%にのぼる。これは、訪問販売の被害が依然深刻であり、とりわけ断る力が低下した高齢者が被害に遭うケースが多いことを示している。
住居という閉鎖的な空間で、不意打ち的に行われる訪問販売では、事業者による勧誘行為が一旦始まってしまうと、消費者が冷静な判断力をもって契約を拒否することは難しい。契約をしないと事業者が帰ってくれないように感じた消費者が根負けして契約に至ってしまうことも多い。また、勧誘を望まない消費者にとっては、事業者に住居を訪問されること自体が、生活の平穏を侵される行為にほかならない。さらに、不当な勧誘がなされたとしても、録音等がなければ検証は困難であり、事業者に言い逃れの余地を残すことになる。
そこで、訪問販売による消費者被害の発生を防止するためには、条例に、事業者は訪問販売を拒絶する旨の意思を表示している消費者の住居をそもそも訪問してはならないとの規定を設けるとともに、消費者が容易かつ明確な形で拒絶の意思を表示することを可能とすることが重要である。
⑶ 現行の本件条例の規定
現行の本件条例14条は、「事業者は、消費者との間で行う商品等の取引に関し、次のいずれかに該当する行為で規則で定めるもの(以下「不適正な取引行為」という。)を行つてはならない。」と規定し、当該2号において、「消費者を威迫し、執ように説得し、心理的に不安な状態に陥らせる等不当な方法を用いて、契約の締結を勧誘し、又は消費者の十分な意思形成のないまま契約を締結させる行為」を禁止している。
当該2号の具体的行為について、本件条例の規則3条2号は、「消費者の意に反して、早朝若しくは深夜に、又は消費者が正常な判断をすることが困難な状態の時に、電話等の電気通信手段を用いて連絡し、又は訪問して、契約の締結を勧誘し、又は契約を締結させること。」と規定し、指導・勧告又は公表の対象となる不適正な取引行為として掲げている。
⑷ 意見の趣旨⑴について
ア 本件条例の問題点
上述した本件条例の規定の体裁からすれば、早朝・深夜でないか、もしくは、消費者が正常な判断をすることができれば、消費者の意に反する訪問販売自体を規制するものではないとも解釈され得る。
この点、特定商取引法は、平成24年の改正の際、訪問販売に関し、勧誘に先立って消費者に勧誘を受ける意思があることを確認するように努めなければならず、消費者が契約締結の意思がないことを示したときには、その訪問時においてそのまま勧誘を継続すること、その後改めて勧誘することを禁止した(再勧誘の禁止、特定商取引法3条の2。)。
本件条例は、同様の規制が盛り込まれていない点で不十分な規制である。
イ 他の地方公共団体の規制状況
訪問販売業者からの勧誘に先立ち、消費者から勧誘拒絶の意思表示がされていた場合、それを無視して勧誘する行為を「不当な取引行為」に該当すると条例において定めている地方公共団体は、複数存する。
例えば、北海道消費生活条例では、「消費者が勧誘を受けることを拒絶し、又は契約を締結しない旨を示しているのにも拘わらず、契約の締結を勧誘し、又は契約を締結させること」と定めている。この他、滋賀県、京都府、奈良県等で同様の規制が存する。
ウ 小括
契約締結の意思がないことを示すか、もしくは、勧誘を拒絶する者に対する勧誘は、特定商取引法でも規制されており、上述した訪問販売による消費者被害の実態に鑑みても、規制の必要性は明らかである。
そして、他の複数の地方公共団体においても、同様の規制がなされている。
したがって、当会においても、訪問販売による消費者被害の実態に鑑みても、事前拒否者に対する訪問販売の規制がなされるべきである。
⑸ 意見の趣旨⑵について
ア 訪問販売お断りステッカーの必要性・有用性
また、事前拒否者に対する訪問販売の規制がなされたとしても、実効性が伴うものでなければならない。そのため、消費者が容易かつ明確な形で拒絶の意思を表示することを可能とすべきである。
この点、訪問販売お断りステッカーを玄関ドアや門扉等に貼ることは高齢者にとっても容易である。ステッカーの貼付により、事業者にとっても消費者の勧誘拒絶の意思が明確となり、消費者とのトラブル回避に繋がる。そして、口頭による拒絶の場合と異なり、ステッカーの内容や貼付の事実は客観的に明らかであり、事実認定も困難ではない。
このように、訪問販売お断りステッカーの貼付を「拒絶の意思を表示したこと」に含めることは、消費者の保護に繋がる。
したがって、消費者が訪問販売お断りステッカーを貼った場合が「拒絶の意思を示したこと」に該当することを、条例上明記するべきである。
イ 訪問販売お断りステッカーを用いた訪問販売の事前拒否の規制状況
消費者庁は、訪問販売お断りステッカーの貼付を、「特定商取引法第3条の2第2項の『契約を締結しない旨の意思』の表示には該当しない」との解釈を示している。一方で、地方自治体がその消費生活条例に訪問販売の事前拒否者に対する勧誘禁止を定め、その解釈として訪問販売お断りステッカーも勧誘拒否の意思表示に該当するという解釈をとることは当然に可能であると表明している。(消費者庁平成21年12月10日通知書、特定商取引法ハンドブック第5版161~163頁。)。
既に条例で規制している地方公共団体(明文ではないが解釈や事例集等で明示する場合を含む。)も複数ある。上述した、北海道、滋賀県、京都府、奈良県、大阪府、兵庫県は、訪問販売お断りステッカーによる拒絶の意思表示の効力を認めている。奈良県においては、2017年4月から、条例の指定告示で、訪問販売お断りの張り紙を無視した訪問勧誘が、県消費生活条例で禁止する「不当な取引行為」にあたることを明記し、事業者が訪問販売お断りステッカーを貼付した家庭を訪問した場合には、条例違反にあたり、違反した場合は勧告ができ、勧告に従わない場合は公表の対象になるとした。
また、市区町村レベルでは、堺市(施行規則)、熊本市(条例、努力義務規定)、葛飾区及び国分寺市(区長ないし市長が、被害救済委員会の意見を聴いた上で定める不適正な取引行為の基準)等において、訪問販売お断りステッカー等の貼付が消費者の拒絶の意思表示に当たることが定められている。
その他、条例の規定は別としても、独自の訪問販売お断りステッカーを作成し、普及推進に努めている自治体や弁護士会は多い。
ウ 反対意見について
本件条例の改正内容については、営業の自由に対する過度な規制との観点から慎重な検討を要すべきとし、或いは反対する方向の意見もみられるところではある。
しかし、消費者から訪問勧誘や電話勧誘を拒絶する意思が表明された場合に限って、当該消費者に対する訪問や電話による勧誘を禁止する規制方式(いわゆる「オプト・アウト方式」)は、訪問勧誘・電話勧誘を一律に禁止し、行政による許可や消費者の同意を必要とする規制方式(いわゆる「オプト・イン方式」)よりも緩やかな規制である。営業活動への影響も小さくなり、上記規制の必要性に鑑みれば手段に合理性も認められるから、営業の自由に対する過度な規制であるとの批判は当たらない。
そもそも、既に、特定商取引法第12条の3、同第36条の3、同第54条の3には、電子メール広告に対して事前の同意がある場合のみ送信ができるという規制が定められている。オプト・アウト方式より強度なオプト・イン方式の規制が定められているのであって、当該批判は当たらない。
また、当該制度は、事前に勧誘行為を拒否する者を事業者が判別することが可能となるのであるから、事業者が無駄な勧誘行為をしないこととなって、むしろ効率的な営業にも資する。上述のとおり、消費者から訪問販売に関する多くの相談が寄せられている現状も踏まえれば、このような営業活動によって利益を得る営業方法は見直されるべきであって、事業者の経済活動をより適正な方向へと導くものとなる。
⑹ まとめ
このように、宮城県内の近時の訪問販売の消費者被害の実態を踏まえれば、消費者の意に反する勧誘自体を規制するとともに、消費者の訪問販売勧誘拒絶の意思表明の手段として、訪問販売お断りステッカーを利用することは非常に有用であって、宮城県においても早期に同様の規制を整備すべきである。
具体的には、本件条例規則第2条第1項に、「消費者が拒絶の意思を示したこと(ステッカー等により拒絶の意思を表示している場合を含む。)に反して勧誘し、又は契約を締結すること」等の条項を追加することが考えられる。
第2 本件条例改正の検討方法に関する要請について
宮城県におかれては、既に訪問販売お断りステッカーに法的効力を付与する条例改正について検討を開始しており、各地の条例を調査した上宮城県消費生活審議会において審議を行うべく準備中と聞いている。
今回の改正は、県民の消費者被害を防ぐための施策として重要な事項であることから、十分な検討が行われるべきであり、県民の意見聴取も行われる必要があると思われる。
しかしながら、消費生活審議会(以下、「審議会」という。)の開催は通常年1回程度であり、平成29年12月19日開催の審議会において、「『必要に応じてもう1回くらい』増やすことはできる、『それをどのあたりに入れるか相談しながら進めたい』、『随時、情報等がありましたらペーパーを委員の皆様に送るとかしながら対応したい』との説明がなされているが、当該議案に割ける審議時間も限られるであろうし、ペーパー説明と審議会における審議だけで十分な検討ができるか、疑問である。
平成16年から平成17年にかけて、本件条例の全面改正が検討された際は、審議会内に「条例検討部会」を設置し、検討部会の「中間とりまとめ」に対してパブリックコメントを実施するなどの手続を取っている。条例は消費者被害の予防救済の根拠法規となるものであることから、消費者被害の実態と被害救済の実務に詳しい法律実務家の意見が反映されることが必要と考えられるところ、この条例検討部会にも、弁護士が委員に選任されている。
本件では不招請勧誘に関する法令や条例の法的効力など専門的な事項が問題となることからすると、検討の方法として、例えば、平成16年の条例改正時のように「専門部会」を設けること、その専門部会員に法律実務家(弁護士)を選任することなどが考えられてよいと思われる。
以上、本件条例の改正においては、十分な検討が行われるよう、検討方法についても考慮頂きたく要請する。
以上