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現在議論されている憲法改正案の問題を明らかにするとともに,憲法改正国民投票法の抜本的改正を行うことを強く求める決議

2019年02月23日


現在議論されている憲法改正案の問題を明らかにするとともに,憲法改正国民投票法の抜本的改正を行うことを強く求める決議

2019年(平成31年)2月23日

仙 台 弁 護 士 会

会 長 及 川 雄 介

現在議論されている憲法改正案の問題を明らかにするとともに,憲法改正国民投票法の抜本的改正を行うことを強く求める決議

 日本国憲法は本年5月3日に施行から72年を迎える。第二次世界大戦の惨禍に対する痛切な反省に基づいて制定された日本国憲法は,立憲主義の理念の下,基本的人権の保障,国民主権,恒久平和主義を基本原理として採用し,戦後日本が自由で平和な社会を築く礎となってきた。
 与党である自由民主党(以下「自民党」という。)憲法改正推進本部は,2018年(平成30年)3月26日に①安全保障に関わる「自衛隊」,②統治機構のあり方に関する「緊急事態」,③一票の較差と地域の民意反映が問われる「合区解消・地方公共団体」,④国家百年の計たる「教育充実」の4項目について「条文イメージ(たたき台素案)」(以下「素案」という 。)を公表し,今後,この案を基に議論を深めて憲法改正原案を策定し,憲法改正の発議を目指すとしている。
当会は,同年2月24日定期総会において「日本国憲法の基本原理及び立憲主義が守られるよう取り組む宣言」を採択し,そもそも憲法改正の必要性の存否から議論がなされ,憲法の基本原理と立憲主義に照らして改正議論をどのように見るべきかをさらに検討するとともに,日本国憲法の基本原理である基本的人権の保障,国民主権及び恒久平和主義,並びに立憲主義が守られるよう,全力で取り組むことを宣言した。
本決議は,その後示された素案も踏まえ,日本国憲法の立憲主義及び基本原理を堅持する観点から,改正の必要性が厳しく問われるべきとの基本的視点のもとに,国民の間で憲法改正の意味が十分に理解され,議論が深められるよう,上記宣言に基づき検討してその問題点を明らかにするとともに,国民投票が国民の意思を適切に反映できるものとなるよう日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正国民投票法」という。)の抜本的改正を行うことを強く求めるものである。

第1 現在の憲法改正案に関する問題点
1 自衛隊及び自衛の措置の明文化について
素案は,憲法9条1項及び2項の規定はそのままに,9条の2として「前条[9条]の規定は,我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず,そのための実力組織として,[中略]自衛隊を保持する。」「自衛隊の行動は,法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制に服する」との条文を追加するというものである。
素案9条の2は,憲法9条において「必要な自衛の措置」をとることが認められていることを,念のために確認したものであると説明されているが,「前条の規定は,(中略)妨げず」との規定ぶりからすれば,素案9条の2が憲法9条の禁止規定の例外に位置付けられ,憲法9条に優先するとの解釈も可能である。また,「必要な自衛の措置」の内容が限定されていないため,「必要な自衛の措置」として存立危機事態はもとより集団的自衛権行使を全面的に認める解釈も可能となりうる。すなわち,素案は,政府がこれまで維持するものとしてきた専守防衛政策や,他国軍隊の武力行使の一体化を含む海外での武力行使の禁止など,憲法9条が規範として有効に機能してきた意義を喪失させ,従来の恒久平和主義の内容を大きく変容させるおそれがある。
また,素案は,「必要な自衛の措置」としての武力行使の限界を憲法に定めていないため,その判断は内閣又は国会に委ねられることになる。そして,自衛隊の行動は,「法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制」に服するとされており,国会の承認の対象となる事項や,その他の統制手段の内容について憲法に定めはなく,専ら法律に委ねられている。これでは,国家権力の行使を憲法に基づかせ,国家権力を制約し国民の権利と自由を保障するという立憲主義の立場からも問題がある。
2 緊急事態条項について
素案の緊急事態条項は,「大地震その他の異常かつ大規模な災害」が発生し,かつ「国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるとき」は,内閣が国会の判断を待たずに政令を制定することができるとするものである。
緊急事態条項とは国家緊急権を実定法化するものであるところ,国家緊急権とは,戦争,内乱,恐慌,大規模な自然災害など,平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において,国家の存立を維持するために,国家権力が,立憲的な憲法秩序を一時停止して,非常措置をとる権限とされるものである。このような国家緊急権(ないしそれを実定法化した緊急事態条項)は,権力分立と人権保障を内容とする立憲主義と強い緊張関係に立つものである。ゆえに,憲法秩序を破壊する危険性が高い緊急事態条項の創設については,濫用のおそれがないか等の観点から,極めて慎重に検討される必要がある。
素案には,「大地震その他の異常かつ大規模な災害」,「特別の事情」という包括的・抽象的な文言が並んでおり,その適用範囲はあいまいで,緊急事態の存続期間の定めもなく,国会の承認も事後的である上,承認が得られなかった場合の規定も存在しないため,時の内閣による恣意的な適用の危険性が大きい。また,大地震などの自然災害で重要なのは事前準備であり,既に日本では緻密な災害法制が整備されており,災害対策として緊急事態条項を憲法に明記する必要はない。東日本大震災の経験からも,対策の要となるのは災害の現場に身を置く地方公共団体であり,内閣の権限強化により対処しようという発想は適切でない。
当会は,2015年(平成27年)4月24日,「災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する会長声明」を発表し,緊急事態条項は立憲主義を破壊する大きな危険性を孕んでいるとの意見を述べてきたところであるが,素案の緊急事態条項も,政府による濫用のおそれが大きく,立憲主義に基づく憲法秩序を破壊する危険を内包するという問題がある。
3 参議院選挙における「合区」解消について
素案47条1項前段は,「選挙区を設けるときは,人口を基本とし」としながらも,「行政区画,地域的な一体性,地勢等」を総合的に勘案して選挙区割り・定数を定めると規定しており,同項後段は「参議院議員の全部又は一部の選挙について,広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には,改選ごとに各選挙区において少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる」と規定している。
上記のうち特に後段は,地方の声が反映しにくくなるなどとし,参議院選挙における「合区」(選挙区選出議員の選挙について二つの県を一つの選挙区にすること)を解消するための改正と説明されている。
たしかに,投票価値の平等を実現した場合,人口減少が続く地方の声が国政に反映されにくくなるのではないかという危惧感は理解しうる。
しかし,国民主権とそれに基づく代表民主制(憲法前文,15条,43条等)の下で,投票価値の平等(憲法14条,44条)は,基本的かつ重要な権利である。
「合区」は,投票価値の著しい不平等が違憲状態にある旨判示した最高裁判決を踏まえて,公職選挙法の改正により導入された手法であり,憲法改正により単に「『合区』を解消」するとすれば,上記著しい不平等状態に戻り,またかかる不平等状態が拡大する可能性もある。
したがって,投票価値の平等の内実を後退させかねない改正については,地方の声の国政への反映方法等も含めて,極めて慎重な検討が必要である。
4 教育の充実について
素案は,憲法26条の1項・2項は維持しつつ,3項として「国は,教育が国民一人一人の人格の完成を目指し,その幸福の追求に欠くことのできないものであり,かつ,国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み,各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め,教育環境の整備に努めなければならない」という文言を加える内容となっている。
素案において,教育が「国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものである」とされていることには重大な問題がある。この文言によって,教育の,個人の幸福追求や成長発達のためのものであるという本来の性質が薄められ,国家による教育への不当な干渉・介入が行われ,個人の尊厳に最高の価値を置き人権を保障する日本国憲法の基本原理に反する結果となりかねない。すなわち,「国の未来を切り拓く」との価値判断により国家が教育の内容に介入し,国民の教育を受ける権利が侵害される結果を招きかねない。
教育を受ける権利が重要な権利であって,個人の経済的理由にかかわらない教育を受ける機会の確保を含めた教育環境を整備し,教育を充実させることが必要であり重要であることはいうまでもない。しかし,教育の重要性は憲法26条によって既に明らかにされており,また,憲法の「教育を受ける権利」には当然に個人が国家に対して教育環境の整備を求める権利を含んでいると解される。高等教育無償化等の教育環境の整備は法律を変えて予算を確保すればできることである。
以上のとおり,素案26条3項の改正は,個人の尊厳及び教育を受ける権利を後退させるおそれがあるという大きな問題がある。
5 憲法の理念及び基本原理を踏まえた十分な議論がなされるべきこと
以上のとおり,素案には,立憲主義,基本的人権の保障,国民主権,恒久平和主義など,日本国憲法の理念や基本原理に深く関わり,日本の国の在り方の基本を左右する問題が含まれている。そこで,同案により,平和の在り方や基本的人権にいかなる影響を及ぼすのかについての情報が国民に対して十分に提供され,国民が憲法の理念及び基本原理を踏まえた十分な議論を尽くすことが出来る機会が保障されなければならない。

第2 憲法改正国民投票法の抜本的改正の必要性
  憲法改正案が国会で発議されれば国民投票が行われることになる。
しかし,その手続等を定める憲法改正国民投票法には,当会の2018年(平成30年)3月13日「憲法改正国民投票法を抜本改正せずに国民投票を行うことに反対する会長声明」で指摘するとおり,①最低投票率の定めがなく,投票権者のうち極少数の賛成により憲法が改正されるおそれがあること,②国民投票運動のための有料広告放送が投票期日の15日前までは自由であり(105条),資金力のある者による扇情的かつ大量の有料広告放送により国民の冷静な判断が阻害されるおそれがあること,③公務員・教員の地位利用による国民投票運動の禁止(103条)について,禁止される行為と許容される行為の区別が明確ではなく,表現の自由等に対する萎縮効果が生じ得ること,④発議後投票日まで最短で60日という期間(2条1項)は憲法改正の重要性に照らし短すぎることなど,多くの重大な問題がある。
  このような憲法改正国民投票法の下での憲法改正は,主権者である国民の意思を適切に反映できないおそれがあり,憲法改正国民投票法の抜本的改正が必要である。

第3 結論
よって,当会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として,立憲主義及び日本国憲法の基本原理を堅持する立場から,国民の間で憲法改正の意味が十分に理解され,議論が深められるよう,現在議論されている憲法改正案の問題点を明らかにするとともに,国民投票が国民の意思を適切に反映できるものとなるよう憲法改正国民投票法の抜本的改正を行うことを強く求めるものである。
 以上のとおり決議する。

2019年(平成31年)2月23日

仙 台 弁 護 士 会

会 長 及 川 雄 介

提案理由

第1 憲法改正への動きと当会の立場
1 憲法改正への動き
 日本国憲法は本年5月3日,施行から72年を迎える。第二次世界大戦の惨禍に対する痛切な反省に基づいて制定された日本国憲法は,立憲主義の理念の下,国民主権,基本的人権の保障,恒久平和主義を基本原理とし,戦後日本が自由で平和な社会を築く礎となってきた。
 近時,政権与党である自由民主党(以下「自民党」という。)が主導する形で憲法9条等の改正に向けた議論が進められつつある中で,自民党憲法改正推進本部は,2018年(平成30年)3月26日,①安全保障に関わる「自衛隊」(9条の2追加),②統治機構の在り方に関する「緊急事態」,③一票の較差と地域の民意反映が問われる「合区解消・地方公共団体」,④国家百年の計たる「教育充実」の4項目について憲法改正の「条文イメージ(たたき台素案)」をまとめ(以下「素案」という。),今後,この案をたたき台として「憲法改正原案」を策定し,国会に提出するとしている。
2 当会の立場
 当会は,2018年(平成30年)2月24日定期総会において「日本国憲法の基本原理及び立憲主義が守られるよう取り組む宣言」を採択した。同宣言では,「憲法改正を議論するにあたっては,基本原理(基本的人権の保障,国民主権及び恒久平和主義)及び立憲主義の意義を確認しながら,そもそも憲法改正が必要なのか,憲法改正によって何がどのように改変されうるのか等,それぞれの問題点について,憲法の基本原理との関係を十分に検討する必要がある。」と指摘した。そこで,素案についても,この観点から検討する。

第2 自衛隊及び自衛の措置の明文化について
1 素案の条文イメージ
 素案の自衛隊(9条の2追加)に関する条文イメージ(たたき台素案)は,次のとおりである(以下,同案を「自衛隊条項創設案」という)。

第9条の2
1 前条の規定は,我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず,そのための実力組織として,法律の定めるところにより,内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は,法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制に服する。

 憲法改正の必要性について,自民党憲法改正推進本部からは,自衛隊について,「①防衛の分野では,『専守防衛』の枠内で自衛隊を創設し,国と国民の安全を守るための諸法制を着実に整備するとともに,②国際貢献の分野においても,憲法の枠内で武力行使を伴わない支援活動に自衛隊を活用することにより,特に近年積極的に責任を果たしてきた」とし,「このような自衛隊の諸活動は,現在,多くの国民の支持を得ている」として,他方,自衛隊については違憲論も多いことから,「憲法改正により自衛隊を憲法に位置付け,『自衛隊違憲論』は解消すべきである。」との説明がされている。
2 日本国憲法の恒久平和主義の意義
(1)政策としての戦争が国際的にも違法化されたこと
かつて戦争は国家の主権的自由に委ねられていたが(無差別戦争観),総力戦として戦われた第一次世界大戦を経て,国際連盟規約(1919年署名)や不戦条約(1928年署名)に見られるように,国家の政策として行われる戦争は違法とされるようになった(戦争の違法化)。
さらに第二次世界大戦後は,国際連合憲章は紛争の平和的解決(前文)をうたい,武力行使を原則として禁止した(2条4号)。例外的に武力行使が認められるのは,集団安全保障体制における軍事的措置(42条)と個別的自衛権及び集団的自衛権の行使(51条)などに限られ,戦争の違法化が徹底された。
(2)第二次世界大戦への反省と日本国憲法
日本国憲法は,この世界の平和主義を継承すること(98条2項)に加えて,全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免かれ平和のうちに生存する権利を有することを確認し(前文),武力不行使(9条1項),戦力不保持,交戦権否認(9条2項)を定めたところに特徴があり,世界の平和主義の系譜において最も徹底した平和主義を基本原理とするものである。これは,第二次世界大戦において甚大な犠牲者を出し,国内外に深い惨禍をもたらしたことへの反省を踏まえて制定されたものである。
(3)日本国憲法が果たしてきた機能
この恒久平和主義の下,歴代政権は専守防衛政策によって他国と武力紛争を起こすこともなく,国際社会においても政府やNPO等が貧困・飢餓対策や教育支援等による紛争の原因除去に努めるなどして,世界から信頼を得てきた。また,憲法9条は,日本の防衛力強化や日米の軍事的結びつきの強化など,現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも,自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし,海外における武力行使及び集団的自衛権行使を禁止するなど,憲法規範として有効に機能してきた。
3 恒久平和主義と自衛隊条項創設案の関係
(1)自衛隊条項創設案(素案9条の2)の特徴
自衛隊条項創設案の特徴として,①憲法9条1項及び2項を維持していること,②憲法9条の規定は「必要な自衛の措置」をとることを「妨げず」と明記したこと,③「必要な自衛の措置」をとるための実力組織としての自衛隊の保持を明記したこと,④自衛隊の最高指揮監督者を「内閣の首長たる内閣総理大臣」としたこと,⑤自衛隊の行動は「国会の承認その他の統制」に服するとしたこと,⑥自衛隊の行動に対する統制は「法律の定めるところにより」としたことを挙げることができる。
(2)憲法9条と素案9条の2との関係
自衛隊条項創設案は,素案9条の2で「前条の規定は,…必要な自衛の措置をとることを妨げず」と定めている。この点,憲法9条において「必要な自衛の措置」をとることが認められていることを,素案9条の2で念のために確認したものであると説明されている。しかし,この条文に対しては,「必要な自衛の措置」に関し,素案9条の2は憲法9条の例外規定と捉え,憲法9条の規定に優先すると解することも可能である。
そして,「必要な自衛の措置」には「我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つため」との目的が定められているが,この目的の定めにより「必要な自衛の措置」の範囲が一義的に確定できるものではなく,必要最小限度という文言も削除され,他にその内容を限定する定めもない。
したがって,その内容として,我が国に対する直接の武力攻撃を排除するための必要最小限度の実力行使を超える武力行使や,当会がその違憲性を指摘してきた2014年(平成26年)7月1日閣議決定及び安全保障法制に基づく「存立危機事態における自衛の措置」としての集団的自衛権の行使はもとより,それ以外の場面での集団的自衛権の行使を容認するとの解釈もありうることとなる。すなわち,憲法9条による歯止めを受けることなく,「必要な自衛の措置」として武力行使の範囲を拡大することが可能となるのである。この場合,憲法9条は規定としての意味をなさず空文化し,憲法前文と9条1項2項で構成されてきた日本国憲法の恒久平和主義は実質的に失われる。
このように,自衛隊条項創設案は,日本国憲法の恒久平和主義が憲法規範として有効に機能してきた意義を喪失させてしまうおそれのあるものである。
もとより,これまで日本国憲法の恒久平和主義が果たしてきた役割を評価しつつ  も,今日の安全保障環境を理由に,日本の恒久平和主義の在り方を変更させるべきであるとの見解もある。
しかし,その場合には,日本の恒久平和主義の内容を変更させるために憲法を改正する必要があるのかが厳格かつ慎重に検討されなければならないし,憲法上許される自衛権行使の範囲についても明確に提示されなければならない。
そして何よりも,主権者である国民が,憲法改正により何がどのように変わるのか,変わらないとするならなぜかを明確に理解して選択できるような内容の憲法改正条項案でなければならない。
(3)「国会の承認その他の統制」の法律への委任
自衛隊条項創設案は,自衛隊の行動は,「法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制」に服するとされていることから,統制手段は「国会の承認」に限定されていない。すなわち,国会の承認の対象となる事項や,その他の統制手段の内容について憲法に定めはなく,専ら法律に委ねられている。
一般に,軍隊は兵器を有する組織であるため,その権限が濫用されたときの人権侵害は計り知れないものがある。そのため,諸外国では,憲法上軍隊の活動を統制するための規定を設けている国がある。特に,ドイツ連邦共和国基本法は,戦前の歴史への反省から憲法上防衛に関する詳細な規定を設けている。
それら諸外国の規定に比べると,自衛隊条項創設案は,自衛隊の行動に対して,自衛隊の編制,武力行使の開始・継続・終了の事項など統制制度の規定が憲法上置かれておらず,包括的に法律に委任されている。憲法上の統制を受けることなく「必要な自衛の措置」の判断が内閣又は国会に委ねられることになり,自衛隊の行動に対する実効性のある統制を実現することに疑義が生じ,権力の行使を憲法に基づかせ,国家権力を制約し国民の権利と自由を保護するという立憲主義の観点から問題がある。
(4)まとめ
以上のとおり,自衛隊条項創設案は,日本国憲法の恒久平和主義が有効に機能してきた意義を喪失させるおそれのあるものである。
また,憲法9条1項及び2項が残されているとはいえ,「必要な自衛の措置」の限界の判断は内閣又は国会に委ねられており,しかも自衛隊の行動を統制する制度の具体的内容も憲法ではなく法律に委ねられている。このため,自衛隊の行動に対する実効性のある統制を実現することに疑義が生じ,権力の行使を憲法に基づかせ,国家権力を制約し国民の権利と自由を保障する立憲主義の観点から問題がある。

第3 緊急事態条項について
1 緊急事態条項及び新たな条文案
緊急事態条項とは国家緊急権を実定法化したものであり,国家緊急権とは,戦争や内乱など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において,国家の存立を維持するために,立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限と解され,行政府への強度の権力集中と基本的人権の制限を内容とするため,立憲主義を破壊する大きな危険性を孕むものである。
自民党が,東日本大震災時の災害対応不備を理由に,日本国憲法に緊急事態条項すなわち「国家緊急権」の新設を含む憲法改正の国会発議を行う方針を固めたとの報道がされた際,当会は,2015年(平成27年)4月24日,「災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する会長声明」を発表し,緊急事態条項が国民の基本的人権を不当に制限するおそれがあるとの意見を述べた。
今回の素案にも,以下のとおり,緊急事態条項を創設する73条の2及び64条の2が含まれている。

第73条の2
1 大地震その他の異常かつ大規模な災害により,国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは,内閣は,法律で定めるところにより,国民の生命,身体及び財産を保護するため,政令を制定することができる。
2 内閣は,前項の政令を制定したときは,法律で定めるところにより,速やかに国会の承認を求めなければならない。
第64条の2
大地震その他の異常かつ大規模な災害により,衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは,国会は,法律で定めるところにより,各議院の出席議員の3分の2以上の多数で,その任期の特例を定めることができる。

自民党憲法改正推進本部からは,憲法改正の必要性について,「わが国では有史以来,巨大地震や津波が発生しており,南海トラフ地震や首都直下型地震などについても,想定される最大規模の地震や津波等へ迅速に対処することが求められている。このため,憲法に『緊急事態対応』の規定を設けることにより,『国民の生命と財産の保護』の観点から,①緊急事態においても国会の機能を可能な限り維持すること,②国会の機能が確保できない場合に行政権限を一時的に強化し迅速に対処する仕組みを設けることが,適当であると考える。具体的には,①選挙実施が困難な場合における国会議員の任期延長等,②個別法に基づく緊急政令の制定の規定を設けることができる旨規定しておくことが,立憲主義の精神にもかなうと考えられる。」との理由が挙げられている。

2 素案73条の2について
(1)素案73条の2の内容
 素案73条の2の内容を実体的要件・手続的要件・対象範囲に分類すると,概ね以下のとおりとなる。
① 大地震その他の異常かつ大規模な災害により,国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときに,内閣が,法律で定めるところにより,政令を制定することができる(実体的要件)。
② 政令を制定したときは,法律で定めるところにより,速やかに国会の承認を求めなければならない(手続的要件)。
③ 政令は,国民の生命,身体及び財産を保護するために制定する(対象範囲)。
(2)災害対策のために国家緊急権を創設する必要性がないこと
日本の災害対策基本法は,緊急政令について定めており,これを活用することによって災害時の緊急対応が可能である。したがって,緊急時に必要な非常措置を取るためには,現在の災害対策基本法での対応,もしくは同法の改正をすれば足り,緊急事態条項を設ける必要性(立法事実)はない。同法の緊急政令があるにもかかわらず,災害対策のために憲法に緊急事態条項を創設しなければならない必要性(立法事実)は乏しい。
(3)国家緊急権発動の実体的要件が不十分かつ不明確であること
素案73条の2においては,国家緊急権が発動される状況として「大地震その他の異常かつ大規模な災害」との文言が採用されている。この「災害」という文言は意味が漠然としており,具体的にどのような場合に国家緊急権が発動されるのかが不明確である。 
例えば,武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律2条4項では,「武力攻撃災害」という概念が用いられており,「武力攻撃災害」とは,「武力攻撃により直接又は間接に生ずる人の死亡又は負傷,火事,爆発,放射性物質の放出その他の人的又は物的災害」を意味するとされている。
ここからすると,素案73条の2にいう「災害」との文言にも,当該「武力攻撃災害」を含むという解釈がなされる可能性がある。このように「災害」という概念自体もあいまいであり,これを広く解すると,災害の場合のみならず,例えば局地的なテロ等の場合においても,「その他の異常かつ大規模な災害」との文言のもと,国家緊急権を発動できることになりかねない。
しかし,いかなる場合に国家緊急権を発動できるかという実体的要件は,明確に定められなければならない。有事の際に国家緊急権を発動できるかどうかは,解釈に委ねるのではなく,条文自体から明確になっていなければ,時の政権の恣意的な運用を許すことになってしまう。
(4)内閣のみが発動の判断主体とされていて,三権分立に反すること
素案では,「国会による法律の制定を待ついとまがないと認める」か否かを評価し判断する主体は,内閣とされている。つまり,国会の機能不全が実体的要件とはされていないから,国会での論議が可能な状況であっても国家緊急権を発動することは制限されていない。
そのため,一定の論議を尽くす必要が客観的に明らかであっても,国会論議において野党との合意形成に時間がかかる事が予想される場合に,内閣が「国会による法律の制定を待ついとまがないと認め」たとして,国家緊急権を発動することができることになる。
すなわち,内閣の恣意的な運用によって国会の立法機能を形骸化させるおそれが大きく,三権分立の原則に反する。
なお,災害対策基本法の定める災害緊急時の緊急政令は,その実体的要件として,「国会が閉会中又は衆議院が解散中であり,かつ,臨時会の召集を決定し,又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないとき」(災害対策基本法109条)との要件を付加している。これと比しても,素案73条の2は,恣意的運用の危険性が大きいものとなっている。   
(5)国家緊急権の効果の期限がないこと
素案73条の2においては,国家緊急権が発動された後,その効力がいつまで継続するかの定めがない。
そのため,国家緊急権が内閣の恣意的な判断によって発動されるおそれがあるだけでなく,いつまで国家緊急権が用いられるのかについても,内閣が恣意的に決定できてしまう。
自民党日本国憲法改正草案(以下「憲法改正草案」という。)98条においては,緊急事態宣言という手続を要するとした上で,国家緊急権の発動は,緊急事態宣言から100日に限定されるとの制限を設け,100日を超えて継続をするためには国会の承認を要するとの枠組みを定めていた。この枠組みについてすら,国民主権や基本的人権の保障などの観点から様々な批判があったところではあるが,これと比しても,枠組み自体を全く設けていない素案は,より内閣による恣意的な運用の危険が大きいものとなっている。
(6)事前の手続的要件の定めがなく,事後の手続的要件も不十分であること
素案73条の2には,事前の手続的要件の定めがなく,事後の手続的要件も不十分である。
この点,自民党改正草案は,その98条において,内閣総理大臣による緊急事態の宣言,国会による事前及び事後の承認,緊急事態宣言解除など手続きについて定めをおいていた。
しかし,素案73条の2においては,事前の手続きについては何らの定めもなく,また,事後の手続きについても国会による承認を求めることを定めるのみである。さらには,内閣が制定した政令について,国会が承認をしなかった場合についても何らの定めも置いていない。
なお,憲法54条3項は,参議院の緊急集会で執られた措置については,次期国会の後10日以内に衆議院の同意を得なければならないとされ,同意がない場合には,その効力を失うことが明記されている。素案に同様の定めがない以上,国会緊急権の発動により定められた内閣の政令は,国会の承認がなくとも,効力は失われないと解釈されるおそれがあり,結果として国会の立法機能を著しく形骸化させることとなりかねない。
(7)制定できる政令の範囲の限定が不十分であること
素案73条の2は,内閣が制定できる政令の対象が具体的に限定されておらず,目的として「国民の生命,身体及び財産を保護するため」と規定されているのみである。これでは対象の範囲が曖昧で不明確であり,具体的にどのような政令が制定できるのかが判然としない。
災害対策基本法109条,109条の2では,緊急政令において制定できる事項は,生活必需物資の配給等,物価の最高額等の決定,金銭支払いの延期等,外国の支援の受け入れの4つに限定されている。これは,緊急政令が,国会のみが立法機能を有するという憲法の大原則の重要な例外に当たるため,その範囲は可能な限り限定する必要があるからである。
素案の文言では,全く対象が限定されず,内閣が「国民の生命,身体及び財産を保護するため」の政令であるとの名目を付しさえすれば,極めて広範囲の事項について政令を制定することが可能とされてしまう。  
(8)小括
以上のとおり,素案73条の2は,どのような場合に国家緊急権が発動し,どのような事項に関して政令が制定され,その効力がどのような要件のもとで,どのくらいの期間継続するのかということについて,曖昧不明確で具体的に想定することができないものとなっている。
このような文言の条文は,内閣によって恣意的に解釈されるおそれが大きく,いわばフリーハンドの権力を内閣に与えるものである。これでは,憲法により国家権力を制限し,国民主権に基づき基本的人権を保障し適正な国家運営を実現しようとする,近代憲法の大原則である立憲主義の観点から問題である。
3 素案64条の2
(1)素案64条の2の内容 
素案64条の2は,国会議員の任期延長に関するものであり,「大地震その他の異常かつ大規模な災害により,衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは,国会は,法律で定めるところにより,各議院の出席議員の3分の2以上の多数で,その任期の特例を定めることができる」と定める。
(2)任期の特例を定める必要性がないこと
緊急事態時の国会の対応については,現行法で既に相応の対策が講じられており,議員の任期を延長するために,新たに憲法を改定して特例を定める必要はない。
まず,参議院は議員の改選が定数の半数ずつ行われるため(憲法46条),通常選挙が困難であっても非改選議員が常に2分の1存在する。したがって,定足数3分の1の要件(憲法56条1項)を非改選議員にて満たすことができるので,議決を行うことが可能である。次に,衆議院が解散された場合は,参議院の緊急集会が憲法54条2項但書に定められており,緊急集会が国会に代替して議決を行うことが可能となっている。そのため,任期延長の必要性が想定されるのは,衆議院の任期満了後に選挙の実施が困難となる場合に限られる。しかし,これまで衆議院の総選挙はほとんどが衆議院の解散を受けて実施されており,現行憲法下において衆議院の任期満了に伴う選挙が行われたのは1回のみである。
これらのことからすれば,上記必要性と指摘される事情は,立憲主義に基づく憲法秩序を破壊する危険を内包する緊急事態条項の創設の立法事実とは言い難い面がある。
(3)特例を定める実体的要件が不十分かつ不明確であること
素案64条の2では,任期の特例を定め得る状況として,素案73条の2と同じく「大地震その他の異常かつ大規模な災害」との文言が採用されているが,この「災害」という文言は意味が漠然としており,具体的にどのような場合に議員の任期が延長されるのかが全く不明確であることは,素案73条の2のところで指摘したとおりである。
こうした実体的要件は,条文自体から明確になっていなければ,判断者により恣意的な運用をされてしまうおそれがある。
(4)任期延長の必要性について判断する主体が国会とされていること
素案64条の2では「通常選挙の適正な実施が困難であると認め」「任期の特例を定める」のは国会ということになっている。すなわち,国会議員が自らの任期延長の必要性を判断することになるのである。
これでは,国会の多数派の議員が,自己の利益または党利のためにこの条文を濫用し,「選挙の適正な実施が困難である」との名目の下に任期の延長を決定してしまうおそれがある。このような濫用を防止するための手段は,何ら定めがない。
(5)任期延長の期間がいつまで継続するかについて何らの定めもないこと
素案64条の2は,任期延長をした場合に,延長がいつまで可能であるかについて,何ら期限を定めていない。そのため,数年ないし数十年にわたって任期が延長されることも,条文上は許される。
そのようなことになれば,内閣の判断により国会に民意が長期間反映されないこととなり,立憲主義及び民主主義に反する事態となることは明らかである。
5 緊急事態条項は自然災害対策としても不要かつ有害であること
当会は,自然災害対策のために緊急事態条項を定める必要は全くなく,むしろ有害ですらあることをこれまでも繰り返し述べてきた。理由は以下のとおりである。
(1)事前に準備していないことは緊急時にできないこと
   自然災害対策においては,「事前に準備していないことは緊急時にはできない」という大原則が存在する。これは事前の計画策定,訓練,法制度への理解などの準備こそが重要であるということを示している。当会の調査でも,実際の災害時に,災害に関する法制度への理解が行政機関に不足していたために,必要な支援が実施されていなかったという実態が浮き彫りになっている。このような課題は,緊急事態条項を創設することで克服できるものではない。
(2)災害対策の要は中央主権の強化ではないこと
自然災害対策の要は,中央権力たる内閣ではなく,災害の現場に身を置く地方公共団体にある。災害の直後,一番に状況を把握し,情報を収集できるのは地方公共団体である。そのため,内閣に権限を集中させて災害に対処しようとする緊急事態条項の発想自体,必ずしも適切とは言えない。
災害対策基本法も,地方公共団体の役割を重視し,地方公共団体の主張に多くの権限を委譲する枠組みをとる。
なお,日本弁護士連合会は,2015年(平成27年)9月に,被災三県(岩手・宮城・福島)の自治体に対して,アンケートを実施した。回答のあった24自治体のうち,災害対策及び災害対応について市町村と国の役割分担をどうすべきかという質問について,19自治体(79%)が市町村が主導すべきと回答し,3自治体(13%)が場合による,1自治体(4%)が国主導,残る1自治体(4%)が未回答であった。また,憲法が障害になったかという質問については,23自治体(96%)が障害にならないと回答し,1自治体(4%)が障害になったと回答をした。このように,直接の当事者たる被災自治体の殆どは,国ではなく自治体が災害対策及び災害対応を主導すべきと考えており,かつ,憲法は障害にはなっていないと考えている。
6 まとめ
以上のとおり,緊急事態条項は,自然災害対策としては必要なく,素案の緊急事態条項は,「大地震その他の異常かつ大規模な災害」,「特別の事情」という包括的・抽象的な文言が並んでおり,その適用範囲はあいまいで,政府による恣意的運用ないし濫用のおそれが大きく,立憲主義に基づく憲法秩序を破壊する危険性が高いものである。

第4 参議院選挙における「合区」解消について
1 素案の内容
素案の「合区解消・地方公共団体」部分に係る改正案は,以下のとおりである(下線部分が改正部分)。

第47条
1 両議院の議員の選挙について,選挙区を設けるときは,人口を基本とし,行政区画,地域的な一体性,地勢等を総合的に勘案して,選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について,広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には,改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。
2 前項に定めるもののほか,選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定める。
第92条
地方公共団体は,基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし,その種類並びに組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基づいて,法律でこれを定める。

自民党憲法改正推進本部は,上記改正の理由として,「今後の日本社会を展望しつつ,これからの代表民主制や両議院の選挙区の在り方を考えた場合に,果たして人口比例のみを尺度として判断してよいのか否かが問われている。地方・都市部を問わず,選挙において「地域」が持つ意味に改めて目を向け,憲法において『地域の民意の適切な反映と投票価値の平等との調和』を図ることが必要である。特に,4県2合区の導入にまで至った参議院の在り方ということでは,政治的・社会的に重要な意義を持つ都道府県の住民の意思を集約的に反映することが重要であり,合区を解消し,都道府県単位の選挙制度を維持することができるよう,憲法改正による対応が不可避である」と主張するとともに,「選挙区の基盤となる基礎的な地方公共団体(市町村)と広域の地方公共団体(都道府県)について,現代における分権型社会の在り方も念頭に置きつつ,憲法に明記し,市町村と都道府県の基盤の安定化や地方自治の強化を図っていくことも必要である」との理由を挙げている。
2 投票価値の不平等の拡大と参議院選挙における「合区」の導入
自民党が改正理由として解消の必要性を挙げる参議院選挙における「合区」の導入とは,以下のような経緯によるものである。
参議院議員選挙は,全国を1選挙区とする仕組み(比例区,96議席)と,都道府県を選挙区とする仕組み(146議席)を,組み合わせて行われている。後者については,参議院が3年ごとに半数ずつ改選されることから,各都道府県に,人口を考慮して,偶数の議席が配分されてきたが,議員1人あたりが代表する人口(有権者数)の較差(投票価値の不平等)が問題となってきた。
最高裁判所は,かつては,参議院の独自性を理由に,最大5倍を超える較差も憲法に違反しないと判断していたが(1983年大法廷判決),ようやく最大較差が6倍を超えたところで,憲法違反の状態が生じていると判断した(1996年大法廷判決)。
その後,国会は小幅な定数の振り替えを繰り返し,最大較差は5倍前後で推移してきたが,最高裁判所は,2012年(平成24年),最大較差が1対5.00の状態で行われた2010年(平成22年)参議院選挙について,「選挙区間における投票価値の不均衡は,投票価値の平等の重要性に照らしてもはや看過し得ない程度に達しており,これを正当化すべき特別の理由も見いだせない以上,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていた」と判断するに至り,「憲法の趣旨,参議院の役割等に照らすと,参議院は衆議院とともに国権の最高機関として適切に民意を国政に反映する責務を負っていることは明らかであり,参議院議員の選挙であること自体から,直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い」「単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる前記の不平等状態を解消する必要がある。」と判示した(2012年大法廷判決)。また,2013年(平成25年)参議院選挙についての2014年大法廷判決も「平成24年改正法による改正後も前回の平成22年選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった」と判示した。
これらを受け,国会は2015年(平成27年)の公職選挙法改正で,鳥取県と島根県,及び徳島県と高知県をそれぞれ一つの選挙区とする「合区」を導入し,2016年(平成28年)参議院選挙においてはじめて「合区」による選挙が行われた。
3 「合区」に対する不満の声と素案
「合区」の導入に対しては,対象となった4県の関係議員・首長その他自治体関係者や,今後「合区」が行われかねない地域の議員・関係者などから,不満の声が上がったと言われている。
その内容は,これまで参議院は都道府県ごとに集約された意見を国政に反映させる場となってきたが,「合区」の導入によってそのような機能は後退し,地方の人口が減少傾向にある中でますます地方の声が国政に反映されにくくなる,「合区」の対象となった県のみが県単位の民意を国政に届けることができなくなるという点において,一票の価値とは異なる不平等が生じるなどというものである。
自由民主党憲法改正推進本部は,このような「合区」に対する不満の声を根拠として,「合区」解消のための憲法改正の必要性を述べている。
4 素案は投票価値の平等の重要性等から慎重な検討を必要とすること
(1)投票価値の平等の重要性
憲法前文は,「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,(中略)主権が国民に存することを宣言」するとともに,「国政は国民の厳粛な信託によるものであって,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使」する旨述べて国民主権とそれに基づく代表民主制の原理を明らかにしている。
そして,憲法は,43条1項で「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定めるとともに,14条に加えて44条で選挙権の平等を定めている。この選挙権の平等には,数的平等のみならず,各選挙人の投票の価値の平等も含まれると解されているところ,国民主権とそれに基づく代表民主制の下で,選挙における投票価値の平等は,国会の正統性にも関わる最も基本的かつ重要な権利である。
(2)素案は投票価値の著しい不平等状態を容認する結果につながること
前記2のとおり,「合区」は,最大較差が1対5.00という投票価値の不均衡が,投票価値の平等の重要性に照らしてもはや看過し得ない程度に達しており,これを正当化すべき特別の理由も見いだせない以上,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているとする最高裁判決を踏まえて導入されたものである。
自民党憲法改正推進本部は,「地域の民意の適切な反映と投票価値の平等との調和」を図ると述べているが,改選ごとに各都道府県から少なくとも1人が選出されることとして「合区」を解消するとすれば,上記のような投票価値の著しい不平等状態を容認することになり,今後不平等が復活し,さらに拡大する可能性もある。
自民党改憲推進本部が改正の理由に挙げる「地域の民意の適切な反映」について,たしかに,人口の偏在が進む中で,地方の声を国政にどう反映させるかというのは重要な課題である。
しかし,「地域の民意」や「地方の声」といっても,同じ都道府県内ですらその内実は多様であり得るのであり,かかる多様性等も踏まえ,国会における議論と判断が求められているものである(憲法47条)。都道府県単位の選挙制度を前提とした上で,憲法改正により合区を解消すれば上記課題が解決するというものではない。
地域の民意を適切に反映する選挙制度や参議院の在り方については,投票価値の平等という基本的かつ重要な権利の実現が,地域の民意の反映という要求と相反するものであるのかも含めて,十分な議論と検討が必要である。
(3)まとめ
以上のとおり,国民主権とそれに基づく代表民主制(憲法前文,15条,43条等)の下で,選挙における投票価値の平等(憲法14条,44条)は,最も基本的かつ重要な権利であり,素案に基づく改正は,その不平等状態に戻り,またかかる不平等状態を拡大する事態ともなりかねないのであるから,極めて慎重な検討が必要である。

第5 教育の充実について
1 素案の内容
自民党憲法改正推進本部は,「教育の充実」のための日本国憲法の改正案として,憲法26条の1項及び2項は現行のままで,以下のとおり素案26条3項を追加することを提案している。
  また,同時に,憲法89条を以下のとおり変更し,現行の「公の支配に属しない」という文言を「公の監督が及ばない」という文言に改正することも提案している。

第26条 
3 国は,教育が国民一人一人の人格の完成を目指し,その幸福の追求に欠くことのできないものであり,かつ,国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み,各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め,教育環境の整備に努めなければならない。
第89条
公金その他の公の財産は,宗教上の組織若しくは団体の使用,便益若しくは維持のため,又は公の監督が及ばない慈善,教育若しくは博愛の事業に対し,これを支出し,又はその利用に供してはならない。(下線部が改正部分)

自民党憲法改正推進本部は,上記改正案の理由を以下のように説明する。すなわち,「国家百年の計」である「教育の重要性」について,国の理念として,国民の共通理解を図ることが必要であるところ,憲法26条においては国の責務や関与については「義務教育の無償化」があるのみで理念に関する記述が見あたらないこと,さらに,近時,教育の格差の拡大が指摘される中で,誰もが家庭の経済事情に左右されることなく,質の高い教育を受ける機会を享受することができる社会を作る必要が高まっていることから,「教育の重要性」を国の理念として位置づけるとともに,国が教育環境の整備に努めるべき旨を規定することが必要であると説明する。
そして,憲法89条については,現行の文言では,私学助成が禁止されていると読めることから,表現を現状に即したものに改正する必要があると説明する。
2 素案は教育に対する国家の介入の危険性が増すおそれがある
憲法26条の改正案たる素案26条3項には,教育が「国の未来を切り拓く上で重要な役割を担うものである」との文言がある。しかし,日本国憲法は個人の尊厳を基底としており,そこでいう教育は,個人である国民ひとりひとりのためのものであり,国のためのものではない。
憲法は,国民の権利・自由を守るために,国家権力を制限するものでもあり,教育を受ける権利という個人のための権利を保障するための条文に,「国の未来を切り拓く」という,国のための目的を記すのは適切ではない。
国が教育の重要性や国家の責務を強調して,教育に積極的に関与しようとすると,「国の未来を切り拓く」との価値判断により,教育の内容に対して国家が不当に介入し,結果として,教育の中立性,自主性,自立性,公平性,適正を損ない,国民の教育の自由を侵害することになってしまうおそれがある。この文言は,教育の内容に対して国家が介入する理由とされてしまう危険が大きい。
国家が教育に対して介入干渉することについて,当会はこれまでもその懸念について繰り返し指摘してきた(2006年(平成18年)5月18日「教育基本法の『改正』に反対する会長声明」,2014年(平成26年)6月12日「地方教育行政法改正案に反対する会長声明」,2015年(平成27年)3月12日「道徳の教科化に反対する意見書」等)。今回の素案についても,自民党憲法改正推進本部は,平成18年の改正教育基本法の規定を参照することを明言し,国家が直面する課題の克服や社会変化への対応などのために「人づくり」が重要であるとし,教育が「国家百年の計」であるとするなど,個人よりも国家を強調する表現が多く見受けられる。2006年の教育基本法の改正から現在までの教育法制の改正の流れや,自民党憲法改正推進本部から説明されている改正の必要性の内容を見ても,教育が「国の未来を切り拓く上で重要な役割を担うものである」との文言が付け加えられることにより,教育の内容に対して国家が介入する理由とされるおそれがあるという問題が存する。
3 教育の充実は憲法のもと実現可能である
(1)教育の重要性及び国の義務については現行憲法上既に明らかにされている
教育が重要であること,すなわち教育を受ける権利が国民にとって重要な権利であって,誰もが家庭の経済事情に左右されることなく,質の高い教育を受ける機会を享受できるようにする必要性があることは,言うまでもなく当然のことである。
こうした教育を受ける権利の重要性に鑑みて,憲法は「すべての国民」が「その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利」を保障している。つまり,教育を受ける権利は,経済事情によらない国民全体の権利として保障されなければならないことは既に憲法において明言されているのである。
そして,憲法のもとにおける「教育を受ける権利」とは,単なる自由権(国の干渉を受けない自由)ではなく,国家に対して合理的な教育制度の設備及び適切な教育環境の整備を要求できるという社会権としての性格を併せ有するものであると既に広く理解されているのである。
したがって,教育が重要であることは憲法において既に明らかにされている。
また,国民が経済事情に左右されずに質の高い教育を受ける機会を享受できるような教育環境の整備に努めるべき国の義務も,憲法の規定から当然に導かれるものである。
教育に関する格差の是正のためには,憲法の下で関係法令を整備した上で予算化をして対策を行ってゆく事が可能であり,かつそうするべきなのである。
(2)高等教育の無償化について
そもそも憲法は国家を規律する法であって,国家が,憲法で明言されているもの以上に国民に対する支援等を充実させることは何ら問題がない。
また,日本は,1966年12月16日にニューヨークで作成された「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)の批准書の寄託の際に,同規約第13条2(b)及び(c)の規定の「特に,無償教育の漸進的な導入により」という文言に拘束されない権利を留保していたところ,2012年9月11日に同留保を撤回する旨を国連事務総長に通告しており,その解釈上,高等教育無償化は上記規約により,憲法上の義務になったとも指摘されている。
そのため,教育の無償化の充実にあたっても,憲法の下で関係法令を整備した上で予算化をして対策を行っていけば足りるものである。
(3)私学助成について
私学助成については,憲法の下での現行法が既に,私立学校に対して公的な助成ができる旨を定めている(私立学校59条,私立学校振興助成法)。
私立学校が「公の支配」に属すると言えるかどうかという点については,憲法が制定されて以降の70数年の間,憲法学界も政府も,私学に対して公的助成することが現実に憲法89条に抵触するおそれがあるとの見解は示しておらず,また,「公の監督の及ばない」としても直ちに素案が説明する結論が導かれるわけでもない。
4 まとめ
以上,教育が「国の未来を切り開く上で重要な役割を担うものである」とする素案は,国家による教育への介入及び干渉を,「国の未来のため」との理由から強化させ,個人の尊重の後退を招き,国民の教育の自由が侵害されるおそれがある。
また,教育が重要であることは当然であり,国が教育環境の整備につとめるべきことは大切なことであるが,それらは憲法によって既に明らかにされている。
以上のとおり,素案26条3項の改正は,個人の尊重及び教育を受ける権利を後退させるおそれがあるという問題がある。

第6 憲法改正国民投票法の改正
1 憲法改正国民投票法に関する当会のこれまでの意見
当会は,2007年(平成19年)に憲法改正国民投票法が成立した当時,国民主権主義などの憲法の基本原理を尊重する見地及び硬性憲法の趣旨から,同法に最低投票率の定めがないこと,公務員及び教員の投票運動を禁止していること,憲法改正の発議後投票日15日前までの有料意見広告を可能にしていること,発議後投票日までの期間が短すぎること等,多くの重大な問題点があることを指摘し,憲法改正権者は国民であるという視点に立ち,国民投票に真に国民の意思を反映することができるような法律にするべく,同法の抜本的な見直しがなされることを強く要請した(2007年(平成19年)2月24日定期総会決議,同年5月16日「憲法改正手続法の抜本的見直しを求める会長声明」など)。また,2018年(平成30年)3月13日「憲法改正国民投票法を抜本改正せずに国民投票を行うことに反対する会長声明」を公表した。
2 憲法改正国民投票法の問題点
(1)最低投票率が定められていない
   最低投票率の定めが導入されなければ,例えば投票率40%の場合には投票権者の20%超程度の賛成で足りることになり,投票権者のうち極少数の賛成により憲法が改正されるおそれがある。このように投票権者の3分の1にも満たない少数の賛成で憲法改正が承認されるのは,改正憲法の正当性・信頼性に疑義が生じ,きわめて不当といわざるを得ない。そのため,日本弁護士連合会においても当会においても,少なくとも3分の2以上の最低投票率を定めることを強く求めてきた。
(2)有料広告放送の制限が不十分である
   また,同法によれば,国民投票運動のための有料広告放送は,投票期日前14日間のみ禁止しているにとどまり,投票期日15日前までは自由に有料広告放送ができることになっている(105条)。そもそも,有料広告放送は,資金力の差により,放送時間帯や放送回数・期間,広告の質に圧倒的な差を生じさせうるものであり,資金力のある側が煽情的かつ大量の有料広告を放送することで国民の冷静な判断が阻害され,国民投票の結果に民意が正しく反映されなくなるおそれがある。かかる弊害を防止するために,表現の自由に対する脅威とならないような考慮を払いつつ,広告の公平性と適正さの確保のための方策を検討する必要がある。
(3)地位利用犯罪の定めは学問の自由・教育の自由を萎縮させる
   さらに,公務員・教員の地位利用による国民投票運動の禁止についても,「国民投票運動を効果的に行いうる影響力又は便宜を利用して」というきわめて曖昧な規定の仕方であり(103条),禁止される行為と許容される行為の区別が明確でなく,表現の自由や,学問の自由・教育の自由等に対する萎縮効果が生じうるという問題がある。
(4)最短投票期間が過度に短い
   そして,発議後投票日まで最短で60日という期間(2条1項)は憲法改正の重要性からして明らかに短すぎる。
3 憲法改正国民投票法に関して十分な審議がなされていないこと
  このように,憲法改正国民投票法には多くの重要な問題点があるため,参議院においても,同法の成立にあたり,当会が指摘した問題点と重なる内容の18項目もの付帯決議がなされていた。
その後,憲法改正国民投票法は,2010年(平成22年)5月18日に施行され,その後投票年齢を18歳とする改正等がなされたが,上記の問題点は何ら解消されていない上,国会で十分な審議もなされないまま,現在に至っている。
このような重大な問題を有する現行法のもとでの憲法改正は,主権者である国民の意思を真に反映するものとは認められない。
4 結論
  当会は,以上のような見地に基づき,2018年(平成30年)3月13日「憲法改正国民投票法を抜本改正せずに国民投票を行うことに反対する会長声明」を公表し,現行法のもとで国民投票を行うことに反対したところではあるが,憲法改正へ向けての議論が進む中,未だ憲法改正国民投票が抜本改正される様子はない。国会は,憲法改正の発議の前に,上記のような重大な問題を有する憲法改正国民投票法の抜本的改正を行うべきである。

第7 まとめ
以上のとおり,素案には,立憲主義,基本的人権の保障,国民主権,恒久平和主義など,日本国憲法の理念や基本原理に深く関わり,日本の国の在り方の基本を左右する問題が含まれている。そこで,同案により,平和の在り方や基本的人権にいかなる影響を及ぼすのかについての情報が国民に対して十分に提供され,国民が憲法の理念及び基本原理を踏まえた十分な議論を尽くすことが出来る機会が保障されなければならない。
よって,当会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として,立憲主義及び日本国憲法の基本原理を堅持する立場から,国民の間で憲法改正の意味が十分に理解され,議論が深められるよう,現在提示されている憲法改正案の問題点を明らかにするとともに,国民投票が国民の意思を適切に反映できるものとなるよう憲法改正国民投票法の抜本的改正を行うことを強く求めるものである。
 以上のとおり決議する。

以 上

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