令和元(2019)年5月16日
日本司法支援センター 御中
仙 台 弁 護 士 会
会 長 鎌 田 健 司
意 見 書
意 見 の 趣 旨
日本司法支援センターは,災害援護資金貸付に関する償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予の交渉を弁護士が行う場合,これを民事法律扶助における代理援助の対象とするべきである。
意 見 の 理 由
第1 災害援護資金貸付制度とその現状
1 東日本大震災における災害援護資金貸付制度
未曾有の大災害であった東日本大震災の発生後,被災者には,生活再建のために,被災者生活再建支援金や義援金などの給付が為された。しかし,東日本大震災の被災者が失ったものはあまりに大きく,これらの給付金だけでは生活再建のための資金繰りに窮する被災者も多かったことから,災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき,低収入の被災者を対象として,災害援護資金貸付が為された。
かかる災害援護資金貸付については,東日本大震災における甚大な被害に対処するため,東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律及び東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律の厚生労働省関係規定の施行等に関する政令が制定されており,東日本大震災における災害援護資金貸付を利用した被災者については,その償還を貸付から6年間(特別の場合8年間)猶予されるとともに,償還期限を貸付から13年以内へと延長される措置が講じられた。
2 災害援護資金貸付の償還開始とそれに伴う滞納の問題
上記償還猶予期間の延長及び償還期限延長は,東日本大震災における個々の被災者に無理な償還を強いることのないようにするための必要な措置であったが,東日本大震災から8年が経過し,災害援護資金貸付を利用した被災者の多くは,その償還開始の段階にある。例えば,宮城県内では,仙台市で約1万5000件,石巻市で約3000件の貸付が行われているところ,内すでに償還開始の段階に至っている件数は,仙台市では約1万件,石巻市では約2500件にのぼり,災害援護資金貸付を利用した被災者の約7割程度が償還開始の段階にある(平成31年3月末日現在)。
しかしながら,災害援護資金貸付は,そもそも低収入の被災者を対象としたものであるため,当該貸付を利用した被災者の中には,既存の給付型ではどうにも生活再建を果たせる見通しが立たず,やむなく災害援護資金貸付を利用した被災者も少なくない。そのような被災者には,東日本大震災から8年余りも経過した今日においてなお生活再建道半ばの者も多く,災害援護資金貸付の約定どおりに償還できないケースは多数に上っている。現に,当会の調査したところによれば,仙台市においては,償還開始の段階に至っている貸付約1万件の内およそ半数の約5000件超が約定どおりの返済をできず滞納の状態にあり,石巻市においても,上記のとおり,貸付約3000件の内の約2500件が償還開始の段階にあるところ,約1300件が約定どおりに償還できず延滞している。このように,災害援護資金貸付を利用した被災者が直面している償還の開始は,被災者の復興を阻害しかねない状況となっており,個々の被災者が生活再建を進めていく上で,極めて深刻な問題となっている。
3 法律家である弁護士の助力が必要不可欠であること
もとより,借入れをした市町村は,災害援護資金貸付を受けた者が償還不可能となった等の場合には償還の全部又は一部の免除(災害弔慰金の支給等に関する法律第13条第1項)を,償還が著しく困難となった場合には償還の猶予(災害弔慰金の支給等に関する法律施行令第11条)をすることができるものとされている。しかし,災害援護資金貸付は,法的には,あくまで市町村から被災者に対する貸金であって,公債権(地方自治法第231条の3第1項)ではなく,単なる私債権として位置づけられる。そして,私債権とは,地方公共団体(債権者)と債務者とが法律的に対等な関係(契約関係)に立ち,双方の合意のもとに発生する債権であるから,貸付を受けた被災者が,貸付をした市町村から償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予を受けるためには,当該地方公共団体と対等な立場で交渉を行わなければならない。現在,一部自治体においては,償還猶予の手続に関する書式を作成する等して対応に努めているが,被災者の中には,書類作成そのものが困難な者もいるほか,いかなる場合に猶予を認めるかなどの償還猶予の獲得に向けた調査・交渉が必要な者も少なくなく,このような被災者が災害援護資金貸付について償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予を受けることは,法律の専門家である弁護士の助力無しには著しく困難である。このような背景もあり,約定通りの償還ができていない被災者が貸付件数の約43%を占めている石巻市については,同市の災害援護資金貸付を所轄する部署から,当会に対し,相談会を共同で開催したいとの要望が為され,本年3月17日,石巻市役所において,災害援護資金貸付の償還に関する相談会を,当会と石巻市とが共同で開催している。
このように,被災者が,市町村に対し,災害援護資金貸付について,償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予を求めることは,類型的にみて,弁護士の助力が必要であるというべきであるが,災害援護資金貸付を受けた被災者は,経済的に困窮したからこそ貸付を受け,困窮しているからこそその免除や猶予を望むのであるから,かかる被災者がその償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予についての交渉事務を弁護士に委任し,法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられるようにするためには,日本司法支援センターの業務である民事法律扶助(代理援助)の利用が可能でなければならない。
第2 償還免除・猶予の交渉代理は,民事法律扶助の対象であること
1 日本司法支援センターの現在の運用
民事法律扶助事業は,総合法律支援法に基づき,日本司法支援センターが実施している制度であるところ,日本司法支援センターは,現在,災害援護資金貸付に関する償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予の交渉が民事法律扶助における代理援助の対象となるか否かについての判断を保留している。
しかし,以下に述べるとおり,災害援護資金貸付に関する償還の全部または一部の免除若しくは償還の猶予の交渉について,民事法律扶助における代理援助の対象とすべきである。
2 災害援護資金貸付は純然たる私債権であること
民事法律扶助は,総合法律支援法第30条第1項第2号から第4号までの業務及びこれらに附帯する業務がその対象であるところ,前記のとおり,災害援護資金貸付は,法的には,純然たる私債権であり,貸主が市町村であるとしても,当該債権の償還に関する市町村との交渉の性質は,民間の金融機関に対する債務整理交渉と本質的に異なるところはない。そして,災害援護資金の償還が滞り,貸付を受けた被災者が履行遅滞に陥れば,違約金が発生するほか(災害弔慰金の支給等に関する法律施行令第10条),訴訟手続きによる債務名義の取得等の一般の私債権と何ら異ならない債権回収手続きが採られることとなるのであるから,償還期限が既に到来している災害援護資金貸付についての償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予の交渉は,総合法律支援法にいう「民事裁判等手続」の「準備及び追行(民事裁判等手続に先立つ和解の交渉で特に必要と認められるものを含む。)」(同法第30条第1項第2号イの柱書,同イ(2))に該当するというべきである。実質的にみても,災害援護資金貸付は特定金銭債権であるから(債権回収業に関する特別措置法第2条第1項第1号ヌ,同法施行令第1条第3号),同債権が滞納した場合には,他の私債権と同様,貸付した市町村は債権回収会社(サービサー)に督促から強制執行まで委託することも可能であり,このような市町村から委託を受けたサービサーによる督促や法的手続に関する交渉事務については民事法律扶助における代理援助の利用が認められるところ,サービサーへの委託前には代理援助の利用を認めないというのは明らかに不合理であって,災害援護資金貸付に限って他の私債権の債務整理と区別して取り扱う理由は見出しがたい。
3 総合法律支援法の趣旨
以上からも明らかなとおり,災害援護資金貸付に関する償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予の交渉について民事法律扶助における代理援助の対象とすることができないとする理由はない。
むしろ,総合法律支援法第2条は,「総合法律支援の実施及び体制の整備は,…(中略)…,あまねく全国において,法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現することを目指して行われるものとする。」と定めているのであるから,かかる法の趣旨からするならば,困窮している被災者を救済するための災害援護資金貸付に関する償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予については,これを民事法律扶助における代理援助の対象としなければならない。
第3 結語
以上の通り,純然たる私債権である災害援護資金貸付に関する償還の全部又は一部の免除若しくは償還の猶予の交渉について,民事法律扶助(代理援助)の対象とすることができないという合理的理由は無いので,かかる交渉を弁護士が行う場合,日本司法支援センターにおいては,総合法律支援法の趣旨に悖ることのないよう,これを民事法律扶助における代理援助の対象とするべきである。
以 上