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民事裁判手続のIT化に関する意見書

2019年07月25日


民事裁判手続のIT化に関する意見書

2019年(令和元年)7月25日

仙 台 弁 護 士 会

会 長 鎌 田 健 司

 
第1 意見の趣旨
  当会は,民事裁判手続のIT化(以下「民事裁判IT化」という)に向けた検討が進展している状況を踏まえ,裁判を受ける権利の実質的保障,民事裁判IT化に伴い懸念される弊害の防止等の観点から,下記の事項を要請する。
                 記
 1 民事裁判IT化を進めるにあたっては,利用者の立場に立って,裁判を受ける権利の実質的保障を図るべきであり,民事裁判IT化の進行段階如何にかかわらず,当事者にIT手続きの利用を法律上強制させる制度設計や,事実上強制させるような運用を行わないこと。
 2 民事裁判IT化の進展に伴い,大規模庁に裁判機能が集中することにより地方裁判所支部や支部管内の簡易裁判所・出張所等の機能が縮小しないようにすること。
3 ITによる裁判手続きへの非弁護士の関与を排除するために,ITによる裁判手続きの弁護士代理案件への限定や実施場所の制限等の実効的な防止策を講じること。
 4 ITを悪用した濫訴防止のための提訴要件の設定や,裁判所を詐称した「なりすまし」通知の増加を防ぐための仕組み等,市民が被害に巻き込まれることがないようにするための実効的な防止策を講じること。
 5 民事裁判IT化に関して指摘されている諸課題を克服し適正な制度及びシステムを構築するために,民事裁判IT化のための十分な予算措置を講じること。

第2 意見の理由
1 はじめに-民事裁判IT化に向けた動き
(1)民事裁判IT化は,訴訟提起からその後の手続までをオンラインで進めるとともに,訴訟記録の電子化を実現することにより,適正かつ迅速で国民にとって利用しやすい裁判の実現等を目的とし,2017年(平成29年)より内閣官房に設置された「裁判手続等のIT化検討会」(以下「検討会」という)で議論が進められてきた。検討会は,全8回の会議を経た結果,2018年(平成30年)3月30日に,その方針をまとめた「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ―『3つのe』の実現に向けて-」(以下「検討会取りまとめ」という)を公表した。その中では,IT化実施のプロセスについては,「《フェーズ1》として,法改正を要することなく現行法の下で,IT機器の整備や試行等の環境整備により実現可能となるものについて,速やかに実現を図っていくことが考えられる」,「《フェーズ2》として,関係法令の改正によりはじめて実現可能となるものについて,所用の法整備を行い,直ちに制度的実現を図っていくことが考えられる」,「《フェーズ3》として,関係法令の改正とともにシステム・ITサポート等の環境整備を実施した上で,オンライン申立てへの移行を図るイメージが考えられる」とされており(検討会取りまとめ20頁~21頁),利用者目線に立った上で,訴訟記録の全面的な電子化を目的とする「裁判手続き等の全面IT化」を目指すべきである,との方針が掲げられている(検討会取りまとめ5頁)。
(2)これを受けて,現在,法曹三者と研究者等による「民事裁判手続等IT化研究会」(以下「研究会」という)での議論が進行しており,各地の地方裁判所と弁護士会でITを活用した模擬裁判も実施されている。さらに,全国の高等裁判所所在地の地方裁判所を中心とする「特定庁」において,2020年(令和2年)2月より,現行法制下において可能な範囲でのIT化の運用(検討会報告書の「フェーズ1」)を試行的に開始するものとされている。

2 民事裁判IT化の意義と課題
(1)IT(情報技術)は,社会経済のあらゆる場面に拡大し,市民生活においても,パソコン,スマートフォン,タブレット端末等が広く普及している。このようなITの普及は,社会生活の様々な局面で利便性を向上させ,国民生活において有用な役割を果たしている。
これに対して,裁判手続はITの活用が立ち後れており,社会の潮流から取り残されているとの指摘がなされている。民事裁判手続においても,IT(ウェブ会議)を活用することで,裁判所に出頭する時間や費用の負担を軽減でき,これまで行われてきていた書面の直送や送達に代えてインターネットによる送信や電子化された訴訟記録の閲覧謄写が可能となれば,訴訟関係者は裁判情報の共有が可能となり,大量の記録の保管・管理から解放され,事務負担が大幅に軽減されることが期待できる。さらには,裁判所への出頭困難な遠隔地居住者や裁判所への移動が困難な障がい者等の裁判を受ける権利の確保,争点整理手続の充実,より開かれた審理の実現,電子化による判例の公開等の可能性等も認められる。
このように,ITの普及・拡大と現代社会において果たしている役割の増大とともに,民事裁判IT化は,民事裁判の審理の充実や効率化に資する側面があることに鑑みると,その導入という方向性自体は受け入れるべき流れと考えられる。
(2)しかし,民事裁判IT化による利点の例としてあげられるもののうち,例えば,当事者双方が同一のデータ(一覧表)に自らの主張を書き込むことにより争点整理を充実させる運用については,現在の制度の下でも,当事者間で同じデータをやりとりして争点整理表を完成させ,これを裁判所に提出することが可能であり,一部の裁判では実際にこのような運用が行われている。また,動画等の訴訟記録を共有できるという点についても,現行制度においても動画データを証拠として提出し証拠調べにおいて動画を再生することによって対応は可能である。このように,民事裁判IT化により導入されると予想される運用には,現行制度のもとにおいても対応可能なものが少なくないのであり,民事裁判IT化による利点は過度に強調されるべきではない。
(3)そして何より,裁判は大量画一的処理の要請が高い行政分野と異なり,独立した裁判官のもとで,当事者が個別的な事実関係に関し具体的な主張・立証を行うことにより,真実が探求され権利の実現が図られるものである。IT化により裁判の定型化・効率化が過度に進むと,以上のような裁判制度の本質が損なわれることになりかねないことから,その導入には慎重な配慮が必要である。
(4)さらに,民事裁判IT化には以下のような重要な問題点が指摘されており,その導入にあたっては,これらの点に十分留意し,懸念される問題点や弊害を解消・防止できるような制度やシステムが構築される必要がある。
以下,民事裁判IT化の議論の中で指摘されている主な問題点について,当会の意見を述べる。

3 市民の裁判を受ける権利への配慮
(1)裁判所が市民に身近で利用しやすい存在であることは,憲法が保障する裁判を受ける権利の保障(憲法第32条)を実質化するための不可欠の要請である。ITの活用が社会の趨勢であったとしても,多数者の利便性の追及に重きを置くあまり,ITに習熟していない者を置き去りにする施策は,裁判を受ける権利の保障の観点からこれを受け入れることはできない。総務省の「平成29年通信利用動向調査報告書(世帯編)」の年齢階層別インターネット利用状況(個人)によれば,高齢者や経済的困窮者ほどITの利用が低下する傾向が認められる。また,平成29年度司法統計によると,経済事件のうち当事者の一方又は双方が代理人を付けずに自ら訴訟追行する事件の割合が約55%にも及ぶとされていることから,当事者本人が,ITの利用を強いられるとすれば,ITに習熟していない者にとっては,民事裁判を利用する機会を奪われかねない。民事裁判手続においては,当事者に主張・立証の機会を確実に保障することが必要であるが,民事裁判IT化によって,ITに習熟しない高齢者,障がい者,そして本人訴訟を行う者に不便を強いる危険性があり,そのような事態とならない制度を創設することが必要である。
(2)また,IT化に対応するためには,インターネット環境が必要不可欠であるが,パソコンやスマートフォン等を購入すること自体が困難な経済的困窮者も相当数存在する。仮にパソコン等を所持していたとしても,IT化に対応するためには,インターネット環境が確保されていなければならないが,恒常的にインターネットに接続できる環境を維持するためには,月々の通信費を負担しなければならない。
このような負担ができないという理由で,経済的困窮者が,民事裁判手続の利用を断念することとなることも想定されるのであるから,民事裁判においてIT化を強制することは,その費用の負担が困難な者の裁判を受ける権利を制限することになり,許されないものと言わなければならない。
(3)以上のような点を踏まえ,上記のフェーズ2の場面(関係法令の整備によりIT化の実現を図る場面)においては,訴状,答弁書,準備書面,書証写し等の提出は,オンラインによることを強制せず,少なくとも当面は紙媒体による提出を併存させ,オンライン送信によるか,現行手続きと同様の紙媒体の提出によるかの選択を利用者に委ねるべきである。また,当事者が,現実に裁判所に出頭することを希望した場合,これを拒む理由は存しないのであり,裁判所の判断でウェブ会議による出頭を強制するような制度を採用するべきでない。
(4)殊に立証段階においては,真実発見の見地から充実した証拠調べ手続きが不可欠であり,ITの利用が相当でない場面も多い。形式的には契約書等の書類は存しながら,契約書等が偽造・変造されているという事案は,消費者被害事件や労働事件をはじめ,決して稀なものではない。裁判実務においては,当事者(代理人)が,契約書等の原本を確認し,筆圧・インクの相違等から偽造・変造を発見し,また,証人らの尋問においてその挙動を把握しながら,適宜に証言内容等の矛盾・虚偽等を指摘し明らかにすることによって,真実発見や被害救済を実現した例は数多く見受けられる。ところが,仮に民事裁判IT化において,契約書等の原本確認の場面で当該書面等が電子化されていたり,尋問までもがウェブ上等で行われるとすれば,上記真実発見・被害救済の重要な手段・機会が奪われることになりかねない。このような観点からも,文書についての原本の取調べや人証調べにおける証人や本人に対するIT機器を介さない直接の反対尋問の機会の保障は,IT化が導入された後も維持されるべきであり,ウェブ会議による人証調べは,あくまでも例外的な位置づけとし,当事者の一方が求める場合には,証拠の原本確認,尋問における当事者・証人在廷等が確保されることが不可欠である。

4 地域司法基盤の維持
(1)民事裁判IT化,特にウェブ会議の活用により,裁判所へ出頭しないで民事裁判手続を実施する場面が増えることから,出頭のための時間及び費用を削減し,期日調整を円滑にし,期日の開催頻度を増加させることができる等の利点が認められ,裁判所から遠隔地に所在する利用者にとっての司法アクセスの向上に繋がることが期待される。
(2)しかし,その一方で,民事裁判IT化により,訴訟当事者・代理人の出頭を要しない手続を大幅に拡充すれば,裁判所支部や支部管内の簡易裁判所・出張所等においては,裁判官の常駐ばかりか定期的な填補すらも不要となりかねず,将来的には,裁判所機能が,東京・大阪をはじめとする大規模庁に集約されることに繋がりかねない。そうなると,地域に法律事務所を設ける意義が乏しくなり,弁護士の偏在が一層加速するおそれがある。
 市民の裁判を受ける権利を実質的に保障するためには,裁判所は,地域に根差し地域住民に身近な存在でなくてはならないが,以上のように,裁判所への出頭の機会が減ることが契機となり裁判所の統廃合が進められるようであれば,それを契機として地域司法の衰退がますます加速することとなってしまう。地域住民の権利保障のためには,裁判所をはじめとする地域司法の機能を充実させていくことが重要な課題となっているにもかかわらず,民事裁判IT化が,この要請に逆行する結果をもたらすことになってはならない。
(3)以上のような観点から,民事裁判IT化の進展により,大規模庁に裁判機能が集中することにより地方裁判所支部や支部管内の簡易裁判所・出張所等の機能が縮小しないようにすることは,IT化を進める上で当然の前提と位置づけられるべきである。

5 非弁活動の防止
(1)民事裁判IT化に伴いウェブ会議やウェブによる期日間の調整等が導入され,広くその利用が許されるとなると,裁判官や訴訟関係者は直接当該当事者と対面することはなくなり,裁判所による当事者や訴訟関係者のチェックは限定的とならざるを得ない。そのため,裁判所や相手方当事者等のチェックが行われない状況下で,訴訟手続の支援を名目とした書面作成・提出代行,期日進行代行,尋問指導など,非弁護士による訴訟手続への関与が可能となる。
(2)例えば,期日進行や争点整理をネットワーク上で行い必要に応じてウェブ会議期日を実施する方法が採用された場合,訴訟当事者は裁判所にメールアドレス等をID等として事前に届け出ることが想定されるが,仮に,紛争の当事者が,「訴訟支援」を標榜する非弁護士に依頼した場合,当該非弁護士の指示により非弁護士が利用できるID等を設定することも可能となるし,ID等の届出に本人確認を必須として複数のID等の届出を禁じる措置をとったとしても,当事者が届出したID等の提供を受けた非弁護士が,自身の電子端末から当該ID等を用いてネットワークにアクセスすることを防ぐことまではできず,当事者の代わりにネットワーク上の期日進行や争点整理に関与することが可能となってしまう(その場合,ウェブ会議期日では形式上当事者が顔を出すこととなるものの,期日間のやりとりは実質的に非弁護士が行うこととなる)。このように,仮にIT化を進めるのであれば,それが非弁護士による実質的な訴訟関与を極めて容易にする弊害が大きいことを念頭に置く必要がある。
(3)弁護士法第72条が,非弁護士による法律事務の取扱を禁じた趣旨は,当事者その他の関係人らの利益を損ね,法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げ,ひいては法律秩序を害することとなるので,これを防ぐためとされているが(最高裁昭和46年7月14日判決・刑集第25巻5号690頁),IT化の導入により,非弁護士が訴訟に不当に関与する機会の増加を招くようなことは,断じて許されてはならないのであり,法的知識を持たない者が,非弁護士に報酬を支払いながら,さらに自らの正当な権利が害されるという二重の被害に巻き込まれることにもなりかねないことも踏まえて,慎重な制度設計が行われなければならない。
(4)以上のような観点から,非弁護士による被害を防止するためには,非弁護士による関与を確実に排除できる仕組みが不可欠であり,ITによる裁判手続きに非弁護士の関与を排除できる仕組みが構築されるまでは,ITによる裁判手続きの運用を,弁護士が代理人に就任している案件に限ったり,実施場所を裁判所その他の公的機関に限定するなど,非弁護士の活動を排除する実効的な方策が導入されるべきである。

6 濫訴や裁判所を謳う「なりすまし」通知の防止
(1)検討会においては,訴えの提起の場面では,訴状の提出をオンラインで行うという方針が示されているが,これが実現すれば,現行制度以上に,定型的かつ多数の同種訴訟を容易に提起できることとなり,不当な訴えを濫発する手段として活用されかねないとの問題点が指摘されている。この点については,IT化でそれほど提訴負担が軽減するとは思えず,IT化を契機に濫訴が増えることは杞憂であるとの見解もある。しかし,パソコンやスマートフォン等からいわば手軽な提訴が可能となれば,これまでよりも提訴手続きのハードルが下がるために,訴訟の濫発を誘発するおそれは否定できない。市民に利用しやすい裁判のために導入されるべきIT化が,多くの市民を巻き込んだ濫訴被害の温床になるようなことは決してあってはならない。
 このような濫訴防止に対する具体的な方策として,研究会ではオンラインによる訴え提起については手数料の同時納付を義務づけるとともに,訴訟救助申立ての場合には,申立て回数に届出義務を課すとともに,一定以上の回数を超えて申立てをする場合には,原告は訴え提起の際に一定の金額(少額)のデポジット(保証金)を納付しなければならないこととし,訴訟救助申立てが認められた場合にはこれを返金し,その申立てが認められない場合には提訴手数料に充当するという案が示されている。手数料の同時納付は,濫訴防止の一定の歯止めにはなることが予想されるが,訴訟救助が抜け道として悪用される事態を防止するために上記のような具体的な濫訴防止方策が併せて導入されることは不可欠の要請である。
(2)また,訴え提起受理後の送達については,これが電子メールによって認められると,裁判所を謳った「なりすまし」メールが多発する危険がある。訴状の送達については,被告とされた者に訴状を電子メールによって送達することには強く反対し,システム送達(裁判所が設ける事件管理システムへの登録者に対する同システムを通じた送達方法)のような「なりすまし」による被害を防止する実効的なシステムが採用されるべきである。

7 十分な予算措置の実施
(1)以上のような諸課題のほかにも,民事裁判IT化においては,十分なセキュリティ対策の仕組みの構築や,特定の業者のシステムを前提として制度化や運用を進めることへの懸念等,多くの課題や問題点が指摘されている。このような問題点を克服して,民事裁判IT化に関し適正な制度及びシステムを構築するために,IT化のための十分な予算措置を講じることが不可欠である。
(2)我が国の司法関連予算の国家予算に占める割合は,近年0.3%台で推移しており,国や最高裁判所は,司法基盤の整備拡充のために積極的に予算措置を講じてきたとは言えない状況にある。このような状況の中で,民事裁判IT化は,裁判実務に大きな変革をもたらすことが予想され,ことに最終段階とされるフェーズ3では,関係法令の改正とともに,システム構築などの環境整備が想定されている。
(3)以上のような状況を踏まえると,IT化に伴う司法基盤の整備は不可欠の要請であり,当会がこれまで求めてきた市民に利用しやすい司法の実現とともに,前記の諸課題を克服する民事裁判IT化の制度構築に向けて,国は現在の司法関連予算に加えて十分な予算措置を講じるべきである。

8 むすび
当会が民事裁判IT化を進めるにあたって求める事項は,以上の通りである。民事裁判IT化を進めるにあたっては,上記の問題点をはじめ様々な課題が指摘されている。当会は,このような状況を踏まえ,政府,最高裁判所をはじめとする関係諸機関等に対し,民事裁判IT化を進めるにあたっては,市民に利用しやすい裁判を実現する観点から充分な検討を行い,諸課題を克服した適正な制度やシステムを導入するよう要請する。

以 上

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