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個人通報制度の早期導入と国内人権機関の早期設置を求める決議

2020年02月22日

個人通報制度の早期導入と国内人権機関の早期設置を求める決議

 国際社会は、二度の世界大戦の惨劇を経て、基本的人権と個人の尊厳の普遍的価値を確認するとともに、歴史上の人権侵害がその当事国内では合法的なものとして扱われてきたという苦い経験から、人権問題を当事国の自律のみに委ねるのではなく、国際的に解決することの重要性を共有するようになった。こうしたことから、国際連合は、1948年に、世界人権宣言を採択し、同宣言でうたわれた人権保障をより具体化するための20を超える各種国際人権条約を順次採択してきた。そして、これらの国際人権条約には、国際人権条約で保障された権利を侵害された者が国内の救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に、人権条約機関に直接救済の申立ができる手続(個人通報制度)が付された。また、世界では、国内における人権保障を充実させ、促進していくために、「人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)」に合致した、政府から独立した国内人権機関の創設が潮流となっている。

 しかし、日本においては、条約機関からの度重なる勧告にもかかわらず、個人通報制度と国内人権機関は未だ導入・設置されていない。そして、日本における人権状況をみると、立法、行政、司法のいずれにおいても、各条約が定める国際水準の人権保障が十分に実施されていない状況にある。

 例えば、表現の自由を巡る状況をみると、日本は、これまで、国際人権(自由権)規約委員会から、表現の自由を巡る問題について懸念や勧告を繰り返し表明されている。しかし、そこで示された、ビラ配布者が逮捕起訴された問題についての懸念や特定秘密保護法の問題点はその後も解消されていない上、最近では、2018年12月の内閣官房長官の記者会見における特定記者の質問制限問題や、2019年7月の札幌市内における参議院議員選挙応援演説中に野次を飛ばした人物が現場から排除された問題も発生するなど、日本における表現の自由は危機的状況を脱していない。

 また、社会保障制度を巡る状況をみても、生活保護や年金は低所得者や低年金者らにとって生存の条件そのものであるところ、2018年5月、国連人権理事会の特別報告者らから、2018年10月からの生活保護費引き下げ措置について、日本が批准する国際人権(社会権)規約上の義務に違反するとの声明が発表され、日本の社会保障には国際水準に照らし重大な問題があることが指摘されているが、問題は解消されていない。

 さらに、障害者を巡る人権問題としても、旧優生保護法下において本人の同意なしに施された優生手術による人権侵害の問題がある。この問題については、国際人権(自由権)規約委員会からも繰り返し勧告が為され、また、女性差別撤廃委員会からも、2016年に、強制的な優生手術の被害者に対する措置を講ずるよう勧告が為されている。国は、2019年4月、被害者への一時金の支給等を定める立法措置(いわゆる「一時金支給法」の制定)を講じたが、一時金支給法は、旧優生保護法が憲法違反であることを前提にしておらず、その支給額も非常に少ない金額であり、被害者の被害回復は十分に進んでいない。

 このような現状が生まれている重要な要因の一つに、日本に先述した個人通報制度及び国内人権機関のいずれも導入・設置されていないことが挙げられる。個人通報制度の導入と国内人権機関の設置は、国際水準の人権保障を実現するために必要不可欠である。即ち、個人通報制度の導入は、国際的な人権保障の考え方を日本に浸透させて裁判を充実させ、国内人権機関の設置は、国際的な人権保障の考え方に基づきながら、迅速にしかも幅広い人権救済の手立てを実現することになる。

 当会は、これまで、2010年2月の定期総会において、「国際人権(自由権)規約付属の第一選択議定書(個人通報制度)の早期批准を求める決議」を採択し、2011年7月の臨時総会において、「各種人権条約に基づく個人通報制度の早期導入及びパリ原則に合致した政府から独立した国内人権機関の設置を求める決議」を採択したが、日本における人権保障の深刻な状況をみると、個人通報制度の導入とパリ原則に合致した国内人権機関の設置の必要性は一層高まっている。

 よって、当会は、日本における国際水準の人権保障を確保するため、政府及び国会に対し、次のことを強く求める。

1 「国際人権(自由権)規約」や「国際人権(社会権)規約」など、日本が批准している計8条約の全てについて、条約に付帯する個人通報制度を定める選択議定書を早期に批准すること、あるいは、条約本体に定められた個人通報条項の受諾宣言を早期に行うこと

2 1993年の国連総会において採択された「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に合致する、人権救済機能、政策提言機能、人権教育機能及び国際協力機能のすべてを付与され、真に政府から独立した国内人権機関を早期に設置すること

 2020年(令和2年)2月22日

仙 台 弁 護 士 会

会 長 鎌 田 健 司

提案理由

第1 国際水準に達しない日本の人権保障
 1 国際社会における人権保障の潮流
   国際社会は、歴史上の人権侵害がその当事国内では合法的なものとして扱われてきたという苦い経験を踏まえ、人権問題を各国の自律に委ねるのではなく、人権を国際的に保障していくことが不可欠であるという認識を共有することとなった。このような認識から、各種国際人権条約は、国と国との合意ではあっても、その条約により、個人が締約国に対して人権保障を請求する地位を獲得すると考えられるようになり、締約国において条約が実施されるためには、人権保障を国際的に確保するためのシステムの構築が不可欠であると強く自覚されるようになった。そして、1948年には、世界人権宣言が採択され、同宣言でうたわれた人権保障をより具体化する作業として、これまで20を超える国際人権条約が採択されてきた。
 2 日本における人権保障のシステムの課題
(1) 人権保障を国際的に確保するためのシステム
 人権保障を国際的に確保するためのシステムとしては、主に、①締約国の責務としての国際人権基準の国内法体系への組み入れ、②条約機関による締約国審査と総括所見の公表、③国連人権理事会による国別普遍的定期的審査(UPR)における各国による勧告、④国際連合の人権理事会の特別報告制度、⑤個人通報制度と通報内容についての見解(Views)の表明、⑥国内人権機関の活動などがある。
(2) 日本における人権保障のシステムの課題
 ところが、日本では、各種国際人権条約上の人権を国内で実現する上記①から⑥のシステムが十分に機能しているとは言い難い。
 ①については、新たな立法整備が為されたこともあるが、立法整備が不十分に終わる場合も少なくない。また、日本の裁判所は、各種国際人権条約の実体規定の直接適用や間接適用について消極的であり、国内法の解釈において、国際人権条約をほとんど判断の基準として採用せず、批准した国際人権条約が日本の裁判で十分に活用されていない現状がある。行政機関に至っては、裁判所以上に国際人権条約の活用に消極的である。
     そのため、各種国際人権条約の定める国際水準を達成できない日本の人権課題については、条約機関等による締約国報告審査や普遍的定期的審査(UPR)において有益な勧告が繰り返され、数多くの人権課題についての懸念が表明されている(上記②、③及び④における勧告や所見の公表)。
    しかし、残念ながら、日本は、これらの勧告の多くについて履行できておらず、むしろ、勧告や懸念を表明された課題の多くを履行しない点についてさらに懸念を表明されるという状況に陥っており(2014年国際人権自由権規約委員会第6回定期報告審査における総括所見)、国際水準に合致した人権課題の解決が為されているとは言い難い状況にある。
    そこで、日本の人権課題を打開するための制度として極めて有力であるのが、個人通報制度(⑤)と、「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に合致した国内人権機関(⑥)である。

第2 個人通報制度と国内人権機関
 1 個人通報制度
(1) 個人通報制度とは
 個人通報制度とは、国際人権条約で保障された権利を侵害された者が、国内で裁判などの救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に、人権条約機関(以下「条約機関」という。)に直接救済の申立てができる手続きである。これは、世界人権宣言の後、数多くの国際人権条約が採択されたにもかかわらず、必ずしも国際人権条約が締約国で実施されてこなかった反省を踏まえ、条約の実施措置を有効に機能させるために、1965年「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(以下「人種差別撤廃条約」という。)採択の際に導入されたものである。
(2) 個人通報制度を定める各種国際人権条約と日本の態度
 日本が批准している国際人権条約のうち、個人通報制度を定めるものは、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下「国際人権(自由権)規約」という。)、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(以下「国際人権(社会権)規約」という。)、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(以下「女性差別撤廃条約」という。)、「子どもの権利に関する条約」(以下「子どもの権利条約」という。)、人種差別撤廃条約、「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」(以下「拷問等禁止条約」という。)、「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」(以下「強制失踪条約」という。)、「障害者の権利に関する条約」(以下「障害者権利条約」という。)の計8条約である。この内、国際人権(自由権)規約、国際人権(社会権)規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約及び障害者権利条約については、本条約に付帯する選択議定書に個人通報制度が定められ、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約及び強制失踪条約については、条約本体の中に個人通報制度を定める条項が設けられている。
 しかし、日本は、これらの各種国際人権条約に付帯する個人通報制度をいずれも導入していない。そのため、日本では、裁判所で条約違反を主張したとしても、それに重きを置いて判断されることは少ない。すなわち、もし、個人通報制度が導入されたならば、裁判所は、自分の下した判決が条約に違反していないかどうかを審査される可能性が生まれることになり、そうなれば、条約違反の主張についても重きを置いてより慎重に判断することが期待でき、ひいては、日本における国際水準の人権保障の確保につながる。各種国際人権条約ないしこれに付帯する選択議定書が個人通報制度を定めているのも、各種国際人権条約が定める国際水準の人権保障を締約国内で実施するためにこのような枠組みが必要不可欠だからである。
(3) 各条約機関から個人通報制度の導入を勧告されていること
 このように、個人通報制度の導入が国際水準の人権保障の実現に不可欠であることから、世界では、既に約150か国が何らかの個人通報制度を導入している。とりわけ経済先進国であるG7では、日本を除くすべての国が何らかの個人通報制度を導入しており、経済協力開発機構(OECD)加盟36か国では、ほとんどすべての国が何らかの個人通報制度を導入している。
    にもかかわらず、日本は個人通報制度を全く導入していないことから、各条約機関は、個人通報制度を導入するよう何度も日本に勧告している。さらに、国連人権理事会においてなされる普遍的定期的審査(「UPR」。国連加盟国すべての国の人権状況を国連憲章、世界人権宣言及び当該国が締結している国際人権条約に基づいて審査する枠組み。)においても、日本に対し、多くの国から勧告がなされてきた。2017年11月に行われた日本に対する第3回普遍的定期的審査では、10か国という多数の国から、女性差別撤廃条約や障害者権利条約等について、個人通報制度を導入するよう日本に対し勧告がなされている。
 (4) 日本が個人通報制度の導入を躊躇する理由はないこと
何故、日本は、個人通報制度を導入しないのか。その理由として、政府は国家の主権と司法権の独立との関係で問題があるとしている。しかし、そもそも各締約国における国際水準の人権保障を実現するための国際人権条約に加盟しながら、その条約の権利を実現するための制度を導入しないことは背理である。個人通報制度を導入しても、日本には、条約機関に対し締約国としての考え方を書面で述べることが保障され、日本政府の立場を明確に主張することができるし、更に言えば、個人通報制度に基づき条約機関によりなされる勧告には法的拘束力はないとされていることからしても、個人通報制度は、締約国の主権と司法権の独立に十分に配慮した制度であり、日本の主権に何らの問題を及ぼすものでもない。
したがって、日本が個人通報制度の導入を躊躇する理由はないというべきである。
(5) 小括
このように、国際社会は、日本の人権保障が国際水準に達していないことを踏まえ、あるいは締約国の義務として、個人通報制度の導入を強く求めており、日本が個人通報制度の導入を躊躇する理由もないというべきであるから、国は、早期にこれを導入すべきである。
 2 国内人権機関
(1) 国内人権機関とは
    国内人権機関とは、人権保障と促進のために設置される国家機関であり、当該国に居住する者であれば国籍の有無にかかわらず、侵害された人権の回復を求めていくことのできる公的機関である。各種国際人権条約の保障する人権は、締約国の国内問題ではなく、個人が締約国に対してその保障を直接求めるものであるから、その保障水準を国際水準に合致させ、締約国における人権保障を実効的なものにするためには、国からの独立性が担保された人権救済手段として、国内人権機関の設置が必要とされている。
日本においては、人権侵害に対する救済制度として、法務省の人権擁護制度、裁判制度、弁護士会の人権救済制度等が存在する。しかし、法務省の人権擁護制度は、法務省に設置された機関であるため政府からの独立性がなく、人権救済手続を定めた法律もないため、公権力による権利侵害に対して十分な救済力を有するとは言えない。また、裁判制度は、救済は主として金銭賠償であり、人権救済の抜本的な解決に適しているとは言い難い。弁護士会の人権救済申立制度も、公権力に対して勧告等を行うことはできるが、警察等の公権力が調査に協力しない場合が少なくなく、有効な人権救済機関として活動できているとは言い難い。
そのため、日本は、公権力から独立した権限を有する人権救済機関の設置が国際連合及び諸外国から求められている。
(2) 国内人権機関の果たす役割と機能
    国内人権機関は、その性質として、㋐人権保障のため機能する既存の国家機関とは別個の公的機関であり、㋑憲法又は法律を設置根拠とし、㋒人権保障に関する法定された独自の権限を持ち、㋓いかなる外部勢力からも干渉されない独立性を有する機関であること、という各要素を備えるものとされている。そして、国内人権機関の在り方については、1993年の国連総会において、人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(以下「パリ原則」という。)が決議された。パリ原則は、国内人権機関について、その意義を十分に発揮しうるよう、その任命手続、権限、構成及び財政等のあらゆる面において政府から独立して職務を行うべきことを求めるとともに、国内人権機関に次のような機能と役割を付与すべきとしている。
   ① 人権救済機能として、人権侵害の被害者は、国内人権機関に対して人権救済の申立てを行うと、国内人権機関は事実関係を調査の上(公的機関に対しても調査を行うことができる。)、調停、勧告等の救済措置を採る。
   ② 政策提言機能として、国内人権機関は、人権の保護及び促進の観点から、国や地方自治体の立法、行政機関に対して、法案に対する意見、法律の改廃・立法や政策の提言等、人権保障を制度的に進める措置を採る。
   ③ 人権教育機能として、国内人権機関は、学校や企業、裁判官・検察官・警察官・刑事拘禁施設職員等、法の適用・法の執行に携わる者、弁護士等に対して、人権教育プログラムを行う。
   ④ 国際協力機能として、国内人権機関は、人権の保護及び促進を担う国連及び関連機関や、他国の国内人権機関と協力する。
 (3) 各条約機関から個人通報制度の導入を勧告されていること
    国内人権機関の導入は、国際水準の人権保障の実現にとって不可欠なものであり、国際社会では、既に120か国以上の国で設置されているが、日本ではいまだに設置されていない。
    そのため、国連人権理事会が、日本に対し、2008年6月30日付け決議により、早急に人権機関を設置することを勧告したほか、各条約機関からも、パリ原則に準拠した国内人権機関を設置するようにとの勧告が何度もなされており、普遍的定期的審査においても多くの国から勧告がなされている。とりわけ2017年11月に行われた日本に対する第3回普遍的定期的審査では、31か国にも及ぶ多数の国から、パリ原則に則った国内人権機関を設置するようにとの勧告が日本に対しなされている。
    以上のような勧告に加えて、日本が2014年に批准した障害者権利条約第33条第2項は、障害者権利条約の履行確保のための人権救済機関として国内人権機関の創設(パリ原則にのっとった条約の実施を促進し、保護し、監視する枠組み、すなわち、障害者権利条約に関する国内モニタリングシステムの創設)を締約国に求めている。
(4) 日本が国内人権機関の設置を躊躇する理由はないこと
 日本において国内人権機関が設置されない理由については、必ずしも明確ではない。
 しかし、例えば、裁判所との関係を考えても、国内人権機関が人権侵害を認定して勧告等の措置を講じた場合には、人権侵害を主張された相手方としても、裁判所で争うことができるし、特定の行為が人権侵害に該当するかどうかの最終判断は裁判所に委ねられていから、最高裁判所の職責を妨げることにはならない。
 また、国内人権機関を設置すると、言いがかり的な申し出による人権侵害などの新たな人権侵害を生みかねないとする理由も考えられるが、国内人権機関は、人権侵害事案とされる事件の双方から言い分を聞き、憲法、法律、日本が批准する各国際人権条約及び国際慣習法によって認められる権利自由の侵害の有無を中立的な立場から判断するのであるから、言いがかり的な申し出による人権侵害が生じる危険性は低いとみるべきである。
 したがって、日本が国内人権機関の設置を躊躇する理由はないというべきである。
(5) 小括
    このように、国際社会は、日本の人権保障が国際水準に達していないことを踏まえ、あるいは障害者権利条約のように締約国の義務として、パリ原則に則った国内人権機関の導入を強く求めており、日本が国内人権機関の設置を躊躇する理由もないというべきであるから、国は、早期にこれを設置すべきである。

第3 日本における人権課題の状況
 1 日本の人権保障は国際水準に達していない
 この間、日本における人権保障は、決して国際水準に達しているとは言えない状況にあり、個人通報制度の早期導入と国内人権機関の設置を政府及び国会に求める必要性は益々高まっている。
 2 表現の自由を巡る状況
 表現の自由に関しては、その保障を取り巻く状況はより深刻化していると言わざるを得ない。
 もとより、表現の自由(憲法21条)は、内心の思想等の自由な表現活動によるコミュニケーションが個人の人格の発展に不可欠であるとともに、その自由で豊かな表現の流通を確保することが民主主義社会の維持・発展に資するものとして、極めて重要な権利である。
 ところが、例えば、最高裁判所は、ビラ配布を行った市民が逮捕、起訴されたいわゆる自衛隊立川官舎ビラ配布事件判決(2008年4月)や葛飾ビラ配布事件判決(2009年11月)において、住居侵入罪での処罰が憲法21条1項に違反しないとした(これに対しては、当会を含む各地の弁護士会から強い批判の声があがった。)。2013年12月には特定秘密保護法の制定、2015年4月には自由民主党情報通信戦略調査会による特定のテレビ番組の内容に関する事情聴取問題がおきるなど、その保障が脅かされる事案が発生した。
 このような表現の自由の危機的状況を踏まえ、当会は、2016年2月27日の定期総会において、「表現の自由の危機的状況に対する懸念を表明するとともに表現の自由の確立に全力を挙げて取り組む宣言」を採択し、特定秘密保護法の問題をはじめ、表現の自由を取り巻く環境が危機的状況にあることに懸念を表明してきた。
 しかし、その後も、表現の自由を巡る問題は後を絶たない。
 2018年12月には、首相官邸が、官邸報道室長名で、内閣官房長官の記者会見における東京新聞の特定記者の質問行為について、「事実誤認」、「度重なる問題行為」とし、事前に質問を制限するような申し入れを内閣記者会に行った。これは、国民の知る権利に奉仕する記者の質問する権利を過度に制限したものと評価せざるを得ないものである。
 2019年7月には、札幌市内における参議院議員選挙の応援演説中に野次を飛ばした人物が警察官によって取り押さえられた事例など、公職選挙法が禁じる「演説妨害」に該当しないにもかかわらず強制的に現場から排除される事案が発生した。
   2019年8月には、開幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、テロ予告や脅迫によって中止に追い込まれるという事案が発生した。
   表現の自由については、国際人権(自由権)規約委員会の2014年第6回総括所見において、「公共の福祉」の概念が曖昧かつ無限定であることに懸念を表明されるとともに、国際人権(自由権)規約第18条第3項及び第19条に定める厳格な要件を満たさない限り、思想、良心、宗教の自由又は表現の自由を享受する権利に対して、いかなる制限も課すことを差し控えるよう、強く求められている。
   また、2008年の国際人権(自由権)規約委員会第5回定期報告審査における総括所見においては、ビラを私人の郵便受けに配布した者が住居侵入罪で逮捕起訴されたことについて懸念が表明されている。
   さらに、特定秘密保護法についても、2014年の国際人権(自由権)規約委員会第6回定期報告審査における総括所見において、「特定秘密保護法が、秘密指定の対象となりうる事項の定義が曖昧かつ広汎であること、秘密指定の要件が漠然としていること、及びジャーナリストや人権活動家の活動に対して萎縮効果をもたらしかねない重い刑罰が規定されている」などの懸念が表明されている。
   にもかかわらず、日本では、ビラ配布の問題にしても、特定秘密保護法の問題にしても、条約機関からの懸念表明や勧告によっても問題の改善がなされないどころか、表現の自由の保障を脅かす事象が引き続き発生しており、日本における表現の自由を取り巻く危機的状況は深刻化している。
   個人通報制度が導入された場合には、通報により各条約機関等に見解を求めることができるようになり、各条約機関から条約違反の有無についての見解が示される結果、個々の人権救済に資する上、裁判所においても国際人権条約への適合性を慎重に判断せざるを得なくなることが予想される。例えば、ビラ配布事件の場合には、最高裁判所の判断によってその処罰が憲法21条に反しないとされた者が、国際人権(自由権)規約委員会に直接通報すると、当事者双方から提出された情報に基づき、自由権規約違反の有無が検討される。そして、「見解(Views)」と呼ばれる国際人権(自由権)規約委員会の最終決定が下され、国際人権(自由権)規約違反の認定がされれば、併せて救済措置が求められることにより、人権侵害に対する救済に結びつくとともに、裁判所もまた、このような経過を踏まえ、自らの判断が国際人権(自由権)規約に適合するか否かを慎重に判断するようになる、ということが期待できるのである。
   また、国内人権機関が設置された場合には、市民にとっても安価、容易かつ迅速に人権救済を図ることが期待できるほか、国内人権機関が、表現の自由の保障を前進させるために国や地方自治体などに政策提言や助言を行ったり、学校や企業で人権教育プログラムを行ったりすることも考えられる。例えば、特定秘密保護法については、その制定前の法案が審議されている時点で、国際人権(自由権)規約委員会が示した所見や勧告等に照らし、当該法案が自由権規約に準拠しているかどうかを国内人権機関が調査、検討し、国や政府に対する助言を行うことも考えられる。また、特定秘密保護法に限らず、内閣官房長官の記者会見における特定の記者の質問制限問題や、選挙演説中の野次を発した者の現場からの排除問題などについても、国内人権機関があれば、表現の自由の保障が国際水準に照らして十分に保障されているかという観点から、国や政府に対する助言や、人権状況改善のための勧告等を行うことで、人権の救済を図ることが期待でき、また、日本国内における人権状況について監視、調査及び研究を継続的に行うことで、これらの問題を含めた表現の自由全般を巡る危機的状況を改善していくことも期待できる。
このように、これらの表現の自由を巡る問題の改善においても、個人通報制度の導入と国内人権機関の設置が必要不可欠であると考えられる。
 3 社会保障制度を巡る状況
 社会保障制度に関しては、例えば、生活保護費・年金額の引き下げ問題がある。
 2018年5月、国連人権理事会の特別報告者らは、2018年10月からの生活保護費引き下げ措置について、日本が国際的に負っている義務に違反するとの声明を発表した。この問題については、国際人権(社会権)規約委員会の2013年第3回定期報告審査の総括所見も、社会保障への予算分配の大幅な削減について懸念を示し、社会保障に関する後退的措置については利用可能な資源を最大限に活用した状況でのみ講じられることを確保するよう要求している。
 生活保護費・年金額の引き下げ問題は、低所得者や低年金者らの生存の条件そのものに影響する重大な問題である。このような問題について、立法や行政に広い裁量が認められている現状を踏まえると、司法手続きによってその救済を図ることが困難なことが予想される。
 そのような場合に、簡易かつ安価で人権救済を求めうる国内人権機関は有用であると考えられる。例えば、国内人権機関があれば、国内人権機関は、日本における生活保護費や年金額の引き下げが日本の批准する社会権規約に適合しているか否かを審査し、2018年5月24日の国連人権理事会の声明等を踏まえ、生活保護基準や年金額の引き下げが社会権規約違反であることを表明し、政府に対してその是正を求めることができる。
 また、個人通報制度についても、2019年9月の当会のシンポジウムでもテーマとなったが、障害福祉年金と児童福祉年金の併給を禁止する規定の合憲性が争われたいわゆる堀木訴訟を例にとると、最高裁判所は、年金手当の併給は立法裁量であり憲法14条及び25条に違反しないとしたが、個人通報制度が導入されていたならば、国際人権(社会権)規約委員会に通報することで権利救済を求める途が残され、ひいては、最高裁判所が上記併給禁止規定の人権侵害の有無を判断するにあたり、国際人権(社会権)規約を念頭において人権侵害の有無(憲法違反の有無)について裁判するようになることも期待できたといえる。
 このように、社会保障制度を巡る問題の改善においても、個人通報制度の導入と国内人権機関の設置は必要不可欠であると考えられる。
 4 障害者の権利を巡る状況
 障害者を巡る人権問題としては、旧優生保護法の下で行われた優生手術問題が挙げられる。
 旧優生保護法下においては、本人の同意なしに優生手術が施され、その手術件数は、1946年から1996年までの間に約1万6500件とも言われているほか、優生思想の影響下において、旧優生保護法の規定にすら則らずに行われた子宮摘出手術などの人権侵害事例も報告されている。
 この問題については、国際人権(自由権)規約委員会からも繰り返し勧告が為され、また、女性差別撤廃委員会からも、2016年に、強制的な優生手術の被害者に対する措置を講ずるよう勧告が為されているところである。
 個人通報制度や国内人権機関の導入がなされていれば、これらの制度を通じ、より早期の救済と被害回復措置が講じられた可能性もありえたところである。
 昨年4月には、国会において、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(いわゆる「一時金支給法」)が成立した。しかし、この一時金支給法は、旧優生保護法が憲法違反であることを前提にしておらず、その支給額は320万円と非常に少ない金額であり、被害者の被害回復としては極めて不十分である。また、優生手術等の被害に遭ったことさえ知らない被害者が依然として多数存在する実態がある一方で、被害回復を行うべき国は、こうした被害者にアクセスする方策を整備していないことから、その不十分な補償でさえ、被害者のもとに届いていない状況にある。
 国内人権機関があれば、旧優生保護法による被害者救済のための政策提言や、一時金支給法についての意見表明等により、被害者の被害回復のための措置を推進していくことが期待できたところである。
 また、優生思想を日本の社会から払拭し克服することも重要な人権課題の一つである。そのためには、優生思想に基づく人権侵害を救済するため、国内人権機関が設置されたならば、事実関係を調査し、社会から優生思想を払拭していくための持続的な人権教育を実施し、勧告等の救済措置を講ずるなど、優生思想に基づく人権侵害を救済するための活動が期待され、その点においても、国内人権機関を設置することは極めて有用と考えられる。
 5 その他の人権を巡る問題
 現在、深刻な問題となっている子どもの人権、女性差別、障害者差別、外国人の人権など、日本における人権に関する諸問題の解決を大きく前進させるためにも、個人通報制度の早期導入及び国内人権機関の早期設置は必要不可欠と考えられる。
 6 小括
このように、日本の人権保障は、国際水準に達しているとは言い難い現状にあるが、このような現状が生まれている重要な要因の一つとして、個人通報制度の導入と国内人権機関の設置が国際水準の人権保障を実現するために必要不可欠であるにもかかわらず、日本がこれらをいずれも導入していないことが挙げられる。

第4 当会のこれまでの活動
当会は、これまで、日本が抱える人権問題の解決にとって極めて有効な手段になり得る個人通報制度と国内人権機関の導入を繰り返し求めてきた。
  2010年2月の定期総会では、ビラ配布を行った市民が住居侵入罪により逮捕、起訴されたいわゆる自衛隊立川官舎反戦ビラ配布事件や葛飾政党ビラ配布事件において表現の自由の優越的地位が十分に配慮されなかった問題、代用監獄の問題を指摘するなどした上で、「国際人権(自由権)規約付属の第一選択議定書(個人通報制度)の早期批准を求める決議」を採択した。
  さらに、2011年7月の臨時総会では、「各種人権条約に基づく個人通報制度の早期導入及びパリ原則に合致した政府から独立した国内人権機関の設置を求める決議」を採択した。その中で、日本における人権保障を推進し、国際人権基準の実施を確保するため、政府及び国会に対し、国際人権(自由権)規約等における個人通報制度の導入と、パリ原則に合致した真に政府から独立した国内人権機関の設置を求めてきた。
  2019年9月には、日本弁護士連合会第62回人権擁護大会のプレシンポジウムとして、「今こそ、国際水準の人権保障システムを日本に!!~年金受給引き下げと生活保護費削減問題を通じて国内人権機関・個人通報制度の導入を考える~」を開催し、社会保障分野において日本が抱える人権課題の解決のためには個人通報制度と国内人権機関の導入が極めて有用であることを確認したところである。
しかしながら、既に述べたとおり、日本における人権保障の深刻な状況をみると、国際水準の人権保障を実現するために必要不可欠である個人通報制度の導入とパリ原則に合致した国内人権機関の設置の必要性は、一層高まっている。

第5 結語
  以上のとおり、日本は、国際人権条約を多く加入又は批准しながら、その人権保障は国際水準に達しておらず、また、個人通報制度及び国内人権機関といった国際水準の人権保障を確保するためのシステムが構築されていないことで、世界の潮流から大きく立ち後れている。
  このような日本の状況を打開し、日本における人権保障を前進させ、国際水準に至らせるため、当会は、国際水準の人権保障を確保する手段として、あらためて個人通報制度の早期導入と国内人権機関の早期設置を求めるべく、本決議に及ぶものである。

以 上  

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