住居を失った状態等にある者に対する生活保護等の支援のあり方に関する意見書
第1 意見の趣旨
当会は、生活保護制度の運用について、県内の自治体に対し、以下の対応を求める。
1 住居を失った状態の者及び不安定な住居形態にある者(以下「住居を失った状態等にある者」という。)からの相談が福祉事務所にあった場合、生活困窮者自立支援法に基づく施策を紹介することに加え、生活保護を受けてアパートに入居できる場合があることやアパート入居までの間は民間宿泊所、ビジネスホテル、カプセルホテル等に宿泊して待機することができることについても十分に説明し、当事者に選択肢を与えるべきである。
2 生活困窮者自立支援法に基づく一時生活支援事業を実施する場合は、住居を失った状態等にある者の有する個別のニーズ、例えば集団生活への適応が難しいなどの事情に対応できる施策を、現状よりも整備・拡充するべきである。
3 住居を失った状態等にある者からの生活保護申請が福祉事務所にあった場合、収入や資産の調査に時間を要するなどの理由で開始決定を遅らせることなく、直ちに保護を開始すべきである。
第2 意見の理由
1 はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大によって生活に困窮した者がホームレス状態になった場合に、生活保護の申請を直ちには受け付けられない、路上生活者等自立支援ホーム等の施設の利用を事実上強制されているのではないかとの懸念から、当会は令和2年5月21日に「ホームレス状態での生活保護適用に際し、生活保護法に基づく急迫保護の実施と住宅扶助としてのホテル等への宿泊費の支給を求める会長声明」を発出した。
新型コロナウイルスの影響は、本年度においても続いており、失業などによって新たに住居を失う者が出てくることが予想される。住居を失うことや不安定な住居に住むことはその者の生命と健康に多大な悪影響を与える。そのため、安定した住居を早急に確保させることが、福祉事務所に求められる。
本意見書は、宮城県内の各福祉事務所に対し、住居を失った状態等にある者への対応について、生活保護の迅速な開始とアパート等の安定した住居確保までの民間宿泊所等の活用を求めるとともに、相談現場においてそれらの選択肢を示すことを求めるものである。
2 住居を失った状態等にある者について
令和2年7月22日に厚生労働省が発表した「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)」によれば、令和2年1月に実施された調査で確認された「ホームレス」の人数は全国で3992人であった。これは平成31年の調査よりも563人減少したことになる。
このような減少が何年も続いており、「ホームレス」が減少する傾向があると考えられる一方、調査の限界も指摘されている。
まず、厚生労働省の調査は、昼間に目視で行われるところ、昼間は仕事に出るなどしていて把握されない「ホームレス」もいる。また、令和2年の調査でも「防寒具を着込んだ状態等により性別が確認できない者」が136人もいたが、性別すら確認できないという、このような目視に頼った調査方法からすると「ホームレス」かどうかの判断を誤ったケースも含まれていると思われる。
また、ここでいう「ホームレス」は「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」第2条が定義する「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場とし、日常生活を営んでいる者」であるところ、住む家を失った広義の「ホームレス状態」はこれに限られない。例えば、インターネットカフェなどを起居の場としているいわゆる「ネットカフェ難民」や車上生活者のような不安定な住居形態にある者は広義の「ホームレス状態」に含まれるが、厚生労働省の調査では捕捉されない。
このように「ホームレス状態」にある者=住居を失った状態等にある者の実態の把握は難しい状況である。
そのような状態である中、新型コロナウイルスの蔓延による影響がどのように及ぶかについても不透明であり、今後、住居を失った状態等にある者が増加していくことも想定しておく必要がある。
3 住居を失った場合や不安定な住居形態である場合に被る不利益
住居を失って「ホームレス状態」となった場合には、様々な困難に直面することになる。
住居を失って時間が経てば、住民票上の住所を失うことになる(職権消除されることになる)。そうなれば、住民登録を前提としたさまざまな公的サービス、例えば国民健康保険の給付を受けることができなくなる。また、新型コロナウイルスの影響を受けて実施された特別定額給付金のような給付についても、一定の救済策は取られたが、住民票上の住所を失ったことで受給できなかった者も存在した。
そして、住所を失うことでの不利益は公的サービスに留まらず、就職活動が困難になること、携帯電話を持つことができないことなど私的な領域でも不利益を生じさせる。
また、住む家を失って生活することは、その者の心身に大きなダメージを与える。
襲撃を受けて路上生活者が亡くなる事件は昨年も複数起きている。このような襲撃の恐怖を感じながらの生活では、睡眠を十分に取ることはできない。河川敷で生活をし、水害の被害に遭うケースも報告されている。このように路上で生活をするということは常に危険と隣り合わせである。
また、周りを遮るものも無く、プライバシーを確保することも困難である。
ネットカフェや車上で生活をする場合も、様々な困難があり、健康で安定した生活を送ることができる住居ということはできない。
このように住居を失った状態や不安定な住居形態で生活をすることは、人として生活するための基盤が奪われている、極めて憂慮すべき状態であることが明らかである。
4 生活保護の利用
(1)現在地保護
住居を失った状態等にある者が、生活を立て直すにあたって利用することが考えられるのは生活保護制度である。生活保護法は「日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする」(1条)ものである。そして、「この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」(3条)とされており、住居を失った状態等にある者はこのような生活水準にはないのであるから、それを保障すべきことになる。
この点、従来は住居を失った「ホームレス状態」の者が生活保護申請をした場合には、保護の申請を断念させるような誤った運用がなされることも多く見られた。しかし、生活保護法19条1項2号は「居住地がないか、又は明らかでない要保護者であって、その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの」についても保護を行うよう求めており、住所が無いことを理由として保護申請を拒絶することは許されない。
(2)居宅の確保
住居を失った状態等にある者から生活保護の申請が行われた後、居宅の確保をどのように行うべきかが次の課題となる。
この点、厚生労働省は生活保護実施要領局長通知第7-4(1)キにおいて「保護開始時において安定した住居のない要保護者(保護の実施機関において居宅生活ができると認められる者に限る)が住宅の確保に際し、敷金等を必要とする場合」に敷金等を支給するとしている。また、「居宅生活ができると認められる」か否かの判断基準について生活保護実施要領課長通知第7の78で「(答)居宅生活ができるか否かの判断は、居宅生活を営むうえで必要となる基本的な項目(生活費の金銭管理、服薬等の健康管理、炊事・選択、人とのコミュニケーション等)を自己の能力でできるか否か、自己の能力のみではできない場合にあっては、利用しうる社会資源の活用を含めできるか否かについて十分な検討を行い、必要に応じて関係部局及び保健所等関係機関から意見を聴取した上で、ケース診断会議等において総合的に判断すること」としている。
また、平成21年12月25日付け保護課長通知「失業等により生活に 窮する方々への支援の留意事項について」では「失業等により住居を失ったか、又は失うおそれのある者に対しては、まず安心して暮らせる住居の確保を優先するという基本的な考え方に立ち「居宅生活可能と認められる者」については、可能な限り速やかに敷金等を支給し、安定的な住居の確保がなされるよう支援すること」としている。
このようなことからすれば、少なくとも失業等によって一時的に居所を失ったが、それまでも居宅において生活をしてきており、厚生労働省の示した「居宅生活可能と認められる者」に当たる者については、早期に敷金等を支給して居所の確保をさせることが必要である。
(3)住居を確保するまでの居所について
ただ、敷金等を給付できるとしても、生活保護の申請と同時にアパート等に入居できるケースは少なく、生活保護の申請後にアパートを探すことになるケースが多いものと考えられる。このような場合に、アパートを見つけて入居するまでの間に一定の期間が生じることとなる。
この場合について、平成21年10月30日付け保護課長通知「『緊急雇用対策』における貧困・困窮者支援のための生活保護制度の運用改善について」(以下「平成21年10月30日付け通知」という。)は、「生活保護の申請者が、やむを得ず一時的に上記の民間宿泊所等を利用し、生活保護が開始された場合は、その後に移った一般住宅等の家賃に要する住宅扶助費とは別に、日割等により計算された必要最小限度の一時的な宿泊費について、保護の基準別表第3の2の厚生労働大臣が別に定める額の範囲内で支給して差し支えないこととする」としている。ここでいう「保護の基準別表第3の2の厚生労働大臣が別に定める額」とは住宅扶助として支給できる金額のことである。つまり、民間宿泊所、ビジネスホテル、カプセルホテル等の宿泊費を、その後に借りることになるアパート等の家賃とは別枠で、1か月の賃料上限の範囲内で支給できるとするものである。
(4)住居を失った状態等にある者に対し、速やかに保護を行うべきであること
平成21年10月30日付け通知は、一時的な宿泊費を支給できるのは「生活保護が開始された場合」としているが、通常、住居を失った状態等にある者が収入・資産を有していて保護申請が却下されることは想定しがたい。
そこで、ビジネスホテル等を利用する段階で保護を開始し、一時的な宿泊費を支給すべきである。仮に住居を失った状態等にある者が収入・資産を有していたことが後から分かった場合は、生活保護法63条によって費用徴収を行うことができるのであって、この段階で保護を開始することに問題は無い。
この点に関しては、自治体が「居宅を有しない要保護者については,居宅保護を行うことができないとの法解釈を前提とした事務処理を行っていた」のに対し、「法には,居宅を有しない要保護者について,住宅扶助との併給としてでなければ居宅保護を行うことができない旨を定めた規定や,居宅保護のみを行うものとした保護開始決定がされた後に,居宅保護と住宅扶助とを併給する旨の保護変更決定をすることができない旨を定めた規定はない。以上のような点に照らすと,法が,居宅を有しない要保護者について,住宅扶助を行わずに居宅保護のみを行うことを禁じていないことは明らかである」とした大阪高判平成15年10月23日・平成14年(行コ)第34号も存在する。
以上のとおりであって、住居を失った状態等にある者に対して居宅確保前に保護を開始することが可能であること、住居を失った状態等にある者が「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条1項)を営むことができない状況にあることを踏まえ、直ちに保護を開始すべきであることは明らかである。
5 生活困窮者自立支援法に基づく施策に対する評価と課題
(1)生活困窮者自立支援法
生活困窮者を支援する法律としては平成27年4月1日から施行された「生活困窮者自立支援法」が存在する。生活保護制度が「最後のセーフティネット」と言われるのに対し、それに至る前の段階で自立を支援することを目的とする法律である。
生活困窮者自立支援法では、都道府県等が生活困窮者の自立の促進を図ることを目的として、生活困窮者自立相談支援事業等のほか、宿泊場所の供与や食事の提供等を行う生活困窮者一時生活支援事業を行うことができるとされており(同法7条2項1号)、各自治体において一時宿泊所が設置・提供されている。
(2)清流ホーム
例えば仙台市では、一時的に宿泊し衣食の供与を受けられる一時生活支援事業として仙台市路上生活者等自立支援ホーム(清流ホーム)が設置されている。同施設の入所資格は「仙台市内で路上生活を余儀なくされている方で自立意欲のある方」とされているが、近年はネットカフェなどで生活をし、路上生活を経ずに入所する者も受け入れるなど、幅を広げて対応を行っている。
同施設の入所期間は原則として90日間で、その間、就労支援のほか、居宅を探す支援や福祉サービス(生活保護や障害者認定等)を受けるための支援、医療や法律相談につなぐ支援などあらゆる支援を行っている。実際に入所者の多くは就労での自立を目指しており、履歴書作成や面接についてのアドバイスを受けて就労に結びつくケースが多く、就職して資金を貯めてアパートを借りて退所する者もいる。退所者に対しても、来所・訪問・電話・メール等の様々な手段でフォローを継続しており、再び困難な状況に陥らないようにする支援が行われている。
以上のように、清流ホームは住居のない者への支援として大きな役割を果たしていると評価できる。そのため、住居が無い者から生活保護の相談があった際に、各区の保護課が清流ホームへの入所を積極的に紹介している。
しかし、清流ホーム以外の選択肢が示されなかったとして支援団体等に相談があったケースもあり、支援を受ける当事者の自己決定が十分に尊重されていたか疑問がある。
(3)仙台市生活困窮者等住まいの確保緊急支援事業
また、仙台市はコロナ禍において住居を失った状態等にある者が増加する事態に対応するため、昨年7月、一時生活支援事業の一環として「仙台市生活困窮者等住まいの確保緊急支援事業」を開始した。この事業では民間のアパートの居室を借り、住居を失った状態等にある者からの相談があった場合に一時的に入居をさせる仕組みである。
昨年度の利用は累計で81名と多くの利用があり、今年度は20室に増 やして事業を継続している。
清流ホームとは異なり、アパートの個室を利用していることから、「集団生活が難しい」という事情がある当事者も利用をしている。自治体としては、このような当事者の個別のニーズに対応することが、コロナ禍の収束後にも引き続き求められる。
6 各福祉事務所に求められる姿勢
各福祉事務所は、住居を失った状態等にある者が支援を求めてきた場合には、以上に述べてきた支援策を提示することができる。
そのような場面で重要なことは「選択肢を示す」ことである。例えば、一時生活支援事業の支援が充実しているとしても、金銭の給付は無く最低生活費を下回る収入しかない場合も想定されることからすれば、一時生活支援事業を他法他施策として扱うことはできない。
そうだとすれば、住居を失った状態等にある者から生活保護について相談があった際には、一時生活支援事業を紹介することに加え、従前アパートでの生活を継続してきた等の事情があって「居宅生活可能と認められる者」と判断できる者には、アパート入居とそれまでに民間宿泊所等を利用しつつ生活保護を受給する方法があることも示した上で、その選択に委ねることが必要である。
また、住居を失った状態等にある者の置かれた状況を考えれば、申請があれば速やかに保護を開始すべきである。
7 結論
以上のことから当会は、県内各自治体に対し、①住居を失った状態等にある者からの相談が福祉事務所にあった場合に、生活保護を受けてアパートの入居できる場合があることやアパート入居までの間は民間宿泊所等に宿泊して待機することができることについて十分に説明し、当事者に選択肢を与えること、②生活困窮者自立支援法に基づく一時生活支援事業を実施する場合には、集団生活への適応が難しいなどの個別の事情・ニーズに対応できる施策を整備・拡充すること、③住居を失った状態等にある者からの生活保護申請があった場合、直ちに保護を開始すること、を求める。
2021年(令和3年)8月26日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 鈴 木 覚