1948年に制定された優生保護法(以下「旧優生保護法」という。)は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを「目的」とし、同法が1996年に母体保護法に改正されるまでに不妊手術約2万5000件、人工妊娠中絶約5万9000件、合計約8万4000件にも達する優生手術を行わせ、多くの被害者の尊厳を奪った。
2018年1月30日に優生手術を強制された宮城県在住の女性が、全国で初めて国家賠償法に基づく損害賠償請求訴訟を仙台地方裁判所に提起し、その後も優生手術の被害者らが国に対し、損害賠償を求める動きが広がる中、2022年3月11日、東京高等裁判所は、東京地方裁判所の判決を変更し、国に損害賠償を命ずる判決を言い渡した。同種訴訟において、除斥期間の適用を制限し損害賠償請求を認めた判決は、同年2月22日に出された大阪高等裁判所判決に続く2例目となる(以下2022年3月11日付東京高等裁判書判決及び同年2月22日付大阪高等裁判所判決を「両高等裁判所判決」という。)。
両高等裁判所判決では、旧優生保護法において強制不妊手術である優生手術を定めた優生条項が憲法13条、14条1項に違反することが明らかであるとし、優生手術の侵害する人権の重大性等に鑑み、本件に除斥期間の適用をそのまま認めることは著しく正義・公平の理念に反すると判断した。
国は、長年にわたって旧優生保護法を推進し、同法に基づく優生手術の被害者及び同法の対象とされる方々への差別や偏見を拡大させてきたにも関わらず、各地の同種訴訟において、除斥期間の主張をしてきた。これは、旧優生保護法が1996年に法改正されたにもかかわらず、2018年に仙台地方裁判所に初めての提訴がされるまで22年以上要していることや、冒頭にも述べた多数の被害者がいるにもかかわらず、優生手術被害者らが長年誰ひとりとして被害を訴えることができなかった過酷な被害実態を無視するものであるといわざるを得ない。
上記両高等裁判所判決も指摘するように、旧優生保護法における優生手術は明白に憲法13条、14条1項に違反するものであること、被害者らは高齢である者も多くできる限り早期の解決が望ましいことから、国は、最高裁判所の判断を待つことなく早急に政治的な解決を行い被害者らに対して謝罪と賠償を行うべきである。
一方、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」は対象者に320万円の一時金を支給することを定めているが、2022年3月末時点の認定件数は990件にとどまっており、現時点において対象者が同法による一時金支給を受ける環境の整備が十分であるとはいえない。
両高等裁判所判決後に全国弁護団が行った全国一斉相談では、全国で31件の相談があり、そのほとんどの方が一時金請求未了であった。
両高等裁判所判決においては、一時金の額を大幅に上回る賠償額が認められたこと、優生手術を受けていない配偶者に対しても慰謝料が認められたこと等の事情を踏まえ、全ての被害者について両高等裁判所判決が反映された補償を確実に受けることができるように同法を見直し、さらに周知方法についても被害者の権利行使の実情に配慮した方法に改めるべきである。
この点、上記東京高等裁判所判決に対する上告受理申立後、松野官房長官も、「全ての国民が、疾病や障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら、共生する社会の実現に向けて、引き続き、政府として最大限の努力を尽くしてまいります」、「今般、東京高裁判決・大阪高裁判決において、一時金の金額を超える認容額が示されたことを重く受け止め、一時金支給法が全会一致で制定された経緯も踏まえ、同法に基づく一時金の水準等を含む今後の対応のあり方について、国会とご相談をし、ご議論の結果を踏まえて対応を検討してまいりたいと考えております。」と会見で述べ、一時金支給法の改正を含め、旧優生保護法についてなお未解決の問題があるとの認識を示している。
よって、当会は、国に対し、両高等裁判所判決を受け、旧優生保護法の被害者らが受けてきた社会内の差別や偏見の除去に真摯に取り組むとともに、全ての被害者らの早急な被害回復について責任を果たすことを求める。
当会としては、宮城県において過去に「愛の十万人運動」の中で社会全体で優生手術を推進した歴史があることを決して忘れず、一人一人の基本的人権が尊重される社会の実現を目指して今後も活動していく所存である。
2022年(令和4年)5月19日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 伊 東 満 彦