夫婦同姓の強制による人権問題を解消するため選択的夫婦別姓制度の早期導入を求める決議
民法750条は婚姻による夫婦が同姓となることを規定しており、妻又は夫は、婚姻により氏の変更を余儀なくされる。しかし、氏名は「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であつて、人格権の一内容を構成するもの」(最高裁判所第三小法廷1988年(昭和63年)2月16日判決。以下「1988年(昭和63年)最高裁判決」という。)であるから、「氏名の変更を強制されない自由」も人格権の重要な一内容として憲法13条により保障されるものである。従って、婚姻に伴い一方配偶者に合理性無き氏の変更を強制する民法750条は、氏名の変更を強制されない自由を侵害し憲法13条に違反する。さらに、民法750条は法の下の平等を定め性別による差別を禁止した憲法14条1項、婚姻の自由及び夫婦間の本質的平等を定めた憲法24条1項、法律が個人の尊厳と両性の平等に立脚することを要請した同条2項に違反するほか、女性差別撤廃条約及び自由権規約にも反する。
法務大臣の諮問機関である法制審議会が1996年(平成8年)に選択的夫婦別姓制度を導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申してからすでに四半世紀が経過し、最高裁判所大法廷2015年(平成27年)12月16日判決(以下「2015年(平成27年)最高裁判決」という。)、最高裁判所大法廷2021年(令和3年)6月23日決定(以下「2021年(令和3年)最高裁決定」という。)においても繰り返し国会の議論が促されてきた。また、国際的には類を見ない同制度については、国連女性差別撤廃委員会からも法改正を求める再三の勧告を受けている。
2025年(令和7年)の通常国会において、1997年(平成9年)に旧民主党が法案を提出して以来28年ぶりに選択的夫婦別姓制度導入に向けた法案が審議入りしたものの、各党の足並みがそろわず、継続審議となり、2026年(令和8年)1月23日の衆議院解散に伴い廃案となった。
審議された法案には、夫婦同姓制度維持を前提とした旧姓の通称使用法制化案も含まれるが、旧姓の通称使用の法制化では夫婦同姓制度による人権侵害は解消されない。むしろ法的効力を有する氏名が二つ存在することになり、本来想定された使用方法を離れて、マネー・ローンダリング等の犯罪行為に悪用されるおそれも否定できない。また、旧姓に法的効力を持たせたとしても、正式な氏名ではない以上、旧姓を使用して社会活動を行う場合は、婚姻の事実というプライバシー情報を必要もないのに開示を余儀なくされる場面も随時生じうる。また海外における学術活動や企業活動等をする際に、旧姓に法的効力を持たせることができるわけではない。そもそも旧姓に法的効力を持たせようとする見解があること自体、婚姻に際して夫婦が同一の姓を用いることにより弊害が生じている旨の立法事実を認めている。
他方で、選択的夫婦別姓制度を導入すれば、国内において法的効力を持つ二つの氏名が発生することはなく、婚姻の事実を意図せぬ場所で明かす必要もなくなる。選択した姓は日本国内のみならず海外においても法的効力を有し、婚姻によって姓を変更したことによって学術活動や企業活動等のキャリアの分断を強いられることもない。
また、「家族の絆」を理由の一つとして夫婦同姓を強制することによって、夫婦が別姓を希望しているにもかかわらず、家族の構成員である夫婦の尊厳を奪うのは本末転倒である。「家族の絆」を何に見出だすかは人それぞれであり、必ずしも同一の姓でなければ保てないというものではない。現行法下でも、一方の親が外国籍の子ども、事実婚の両親の子どもなどは、夫婦・親子の姓が異なる。また、選択的夫婦別姓制度の導入により、戸籍制度自体が失われるということもない。
社会の動きをみても、2024年(令和6年)3月8日には、公益社団法人経済同友会が女性の職業活動上の不利益等を挙げて、選択的夫婦別姓制度の早期実現について賛同を表明した。同年6月18日には一般社団法人日本経済団体連合会が、旧姓の通称使用による社会生活を営む上でのトラブルの具体的事例を挙げながら、企業経営の視点からも無視できない重大な課題であるとして、選択的夫婦別姓制度の早期実現を求める提言を行っている。宮城県内の2町を含む全国の数多くの地方自治体でも、選択的夫婦別姓制度の導入を求める意見書を採択している。国内の最新の世論調査では、選択的夫婦別姓制度への賛成が過半数を超え、各種世論調査においても、49歳以下の世代の多数が選択的夫婦別姓制度の導入を支持するに至っているほか、「法律婚待機人数」が60万人近くに上るという推計もある。
これらの動きは、婚姻により氏名の変更を強制されない自由等を侵害する夫婦同姓制度が人権問題であり、社会生活を営む上で大きな問題が生じていること、夫婦同姓制度の維持を前提とする旧姓の通称使用法制化によっては、婚姻に伴う改姓を強いられる問題の解決にならないことを示しているといえる。
当会は、2022年(令和4年)2月26日、選択的夫婦別姓制度を速やかに導入することを求める総会決議を行ったところであるが、氏名の変更を強制されない自由、法の下の平等、婚姻の自由及び両性の本質的平等を侵害され続けている状況及びこの間の国会審議の状況等も踏まえ、改めて、夫婦同姓を強制する民法750条が人権問題であること、現行制度が維持される限り今後も同様の人権侵害が生じることを指摘する。そして、この人権問題は、夫婦同姓制度を前提とする旧姓の通称使用法制化では決して解決できないのであるから、民法750条及びこれに基づく事務規定を速やかに改正し、選択的夫婦別姓制度を導入することを国に強く求める。
2026年(令和8年)2月27日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 千 葉 晃 平
提案理由
1 はじめに
民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と定め、夫婦同姓を強制し、夫婦別姓を選択することを認めていない。
しかしながら、夫婦同姓を強制することは、憲法13条及び同24条が保障する個人の尊厳及び婚姻の自由、同14条1項及び同24条が保障する平等権を侵害し、さらには、女性差別撤廃条約及び自由権規約に反する。
民法750条の違憲性をめぐっては、2015年(平成27年)最高裁判決及び2021年(令和3年)最高裁決定においていずれも合憲とする判断が示されている。もっとも、2021年(令和3年)最高裁決定の反対意見では、「本件で主張されている氏名に関する人格的利益は、(中略)人格権に含まれるものであり、個人の尊重、個人の尊厳の基盤を成す個人の人格の一内容に関わる権利であるから、 憲法13条により保障される」(宮崎裕子裁判官、宇賀克也裁判官)として、憲法上の権利であると指摘された。また、結論において多数意見に賛同する裁判官からも、「婚姻の際に婚姻前の氏を維持することに係る利益は、それが憲法上の権利として保障されるか否かの点は措くとしても、個人の重要な人格的利益ということができる。」(三浦守裁判官個別意見)と指摘されている。
当会ではすでに、2022年(令和4年)2月26日の定期総会において、民法750条を改正し選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議を行ったところであるが、改めて、夫婦同姓の強制を定める民法750条が、憲法に違反する人権問題であることを指摘し、国に対し、選択的夫婦別姓制度を速やかに導入することを強く求めるものである。
2 憲法上の権利を侵害すること
⑴ 氏名の変更を強制されない自由(人格権)を侵害すること
2015年(平成27年)最高裁判決は、氏の法制度上の規律や社会の構成要素である呼称として意義等を指摘し婚姻に際し婚姻前の姓を維持する権利又は利益が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえないと判断した。この点、氏をめぐる権利性に議論があるとしても、1988年(昭和63年)最高裁判決は、「氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であつて、人格権の一内容を構成するものというべきである」と述べるところ、氏名は一体として識別性・人格の象徴となるものであり、少なくとも婚姻年齢(18歳)まで用いられ続けてきた氏名が、その者を「他人から識別し特定」し、個人の人格の象徴であることは明らかであるから、婚姻年齢に達した者に氏名の変更を強制されない自由が人格権の内容として保障されることも明らかである。
2015年(平成27年)最高裁判決は、婚姻に際し婚姻前の姓を維持する権利又は利益が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえないと判断しながら、同時に、婚姻によって改姓する者にとって、「そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり、従前の氏を使用する中で形成されてきた他人から識別し特定される機能が阻害される不利益や、個人の信用、評価、名誉感情等にも影響が及ぶという不利益が生じたりすることがあることは否定できず、特に、近年、晩婚化が進み、婚姻前の氏を使用する中で社会的な地位や業績が築かれる期間が長くなっていることから、婚姻に伴い氏を改めることにより不利益を被る者が増加してきている」と指摘しており、前記1988年(昭和63年)最高裁判決を前提とすれば、2015年(平成27年)最高裁判決も実質上は氏名の変更を強制されない自由を構成し或いは構成し得ることを認めているものとも把握し得る。
また、2021年(令和3年)最高裁決定において、宮崎裕子裁判官及び宇賀克也裁判官が、反対意見で、「本件で主張されている氏名に関する人格的利益は、(中略)人格権に含まれるものであり、個人の尊重、個人の尊厳の基盤を成す個人の人格の一内容に関わる権利であるから、 憲法13条により保障される」と、憲法上の権利であると指摘している。
さらに、2021年(令和3年)最高裁決定の結論において多数意見に賛同する裁判官からも、「婚姻の際に婚姻前の氏を維持することに係る利益は、それが憲法上の権利として保障されるか否かの点は措くとしても、個人の重要な人格的利益ということができる。」(三浦守裁判官個別意見)と指摘されている。
それにもかかわらず、婚姻に際して、同姓を希望する夫婦のみならず別姓を希望する夫婦も多数存在する中で、夫婦同姓を強制する民法750条は、氏名に関する人格的利益を侵害するものであり、憲法13条に違反する。
⑵ 両性の本質的平等を侵害すること
憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、事柄の性質に応じた合理的根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止している。
また、憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」、また同2項は「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」とし、婚姻における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めている。
すなわち、憲法は、14条1項において性別による差別を禁止し、重ねて24条1項で婚姻の自由と婚姻における夫婦間の権利の平等を定めている。その上で、24条2項は、家族に関する事項の法律が個人の尊厳と両性の平等に立脚することを要請している。
しかしながら、実際には94.1%の夫婦において女性が改姓している(2024年(令和6年)厚生労働省人口動態調査)。これは決して夫婦の自由で対等な話し合いによる合意に基づく結果でなく、女性は男性の家に嫁ぎその家の姓を称するものだという家父長的な家族観や婚姻観がいまだに国民の意識の中に持続し、事実上、女性に改姓を強制している結果であり、夫婦同姓の強制を定める民法750条は、多くの女性から実質的に姓の選択の機会を奪っているといえる。
2021年(令和3年)最高裁決定においては、4人の裁判官が意見及び反対意見において、民法750条は憲法24条1項及び2項に違反するとした。その中で三浦守裁判官は、個別意見で、「婚姻という個人の幸福追求に関し重要な意義を有する意思決定について、二人のうち一人が、重要な人格的利益を放棄することを要件として、その例外を許さないことは、個人の尊厳の要請に照らし、自由な意思決定に対し実質的な制約を課すものといわざるを得ない。」とし、さらに旧民法の家制度は廃止されたものの「男系の氏の維持、継続という意識を払拭するには至らなかった」とし、「夫婦同氏制は、現実の問題として、明らかに女性に不利益を与える効果を伴っており、両性の実質的平等という点で著しい不均衡が生じている。婚姻の際に氏の変更を望まない女性にとって、婚姻の自由の制約は、より強制に近い負担となっているといわざるを得ない。」と指摘した。
このように、民法750条は、憲法14条1項に違反することはもとより、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」すると定めた憲法24条1項に反し、また、婚姻における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた憲法24条2項にも反する。
3 女性差別撤廃条約及び自由権規約に反すること
⑴ 女性差別撤廃条約との関係について
女性差別撤廃条約(1979年(昭和54年)採択、1985年(昭和60年)批准)は、16条1項において、婚姻及び家族関係における差別の撤廃を締約国に義務付け、撤廃すべき具体的な差別として、「夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)」と明記した(同項(g))。
また、国連女性差別撤廃委員会は、1994年(平成6年)に採択した一般勧告21において、前記条約条文の分析として「各パートナーは、共同体における個性及びアイデンティティーを保持し、社会の他の構成員と自己を区別するために、自己の姓を選択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により、婚姻もしくはその解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には、女性はこれらの権利を否定されている。」と述べている。
そして、同委員会は、日本政府に対し、2003年(平成15年)7月、2009年(平成21年)8月、 2016年(平成28年)3月及び2024年(令和6年)10月、夫婦同姓を強制する現行制度の改正を求める勧告を繰り返している。
以上に照らせば、民法750条が、各配偶者には婚姻前の姓を選択する権利があるとする女性差別撤廃条約に反し、速やかに是正する必要がある。
⑵ 自由権規約との関係について
また、自由権規約(1966年(昭和41年)採択、1979年(昭和54年)批准)は、3条において規約上の権利の享有に関する男女の同等の権利を規定し、23条4項において婚姻中及び婚姻の解消の際における配偶者の権利の平等について規定しているところ、自由権規約委員会は、1990年(平成2年)に23条(家族の保護)に関する一般的意見19において、「7 婚姻に係る平等に関し、(中略)各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利又は平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利は、保障されるべきである。」と述べた。また同様に、2000年(平成12年)に3条(両性の平等)に関する一般的意見28において、「第23条4項の義務を果たすために、締約国は(中略)夫妻の婚姻前の氏の使用を保持し、又新しい氏を選択する場合に対等の立場で決定する配偶者各自の権利に関して性別の違いに基づく差別が起きないことを確実にしなければならない。」と述べた。
このように、民法750条は自由権規約にも反するというべきである。
⑶ 国際情勢にかんがみて許されない状況であること
女性差別撤廃条約及び自由権規約に反し、国連女性差別撤廃委員会からの再三にわたる是正勧告があるにもかかわらず、現行の民法750条の改正を怠ることは、国際社会の一員として許されない。
諸外国では、かつては同姓を義務付けていた国も法改正するなどし、法務省によれば、婚姻後に夫婦のいずれかの氏を選択しなければならないという制度を採用している国は我が国だけである。一刻も早く、国際社会からの要請に応えるべきである。
4 旧姓の通称使用法制化は選択的夫婦別姓制度の代替とはならないこと
2025年(令和7年)の通常国会においては、選択的夫婦別姓制度に代わる制度として旧姓の通称使用法制化を盛り込む法案も審議された。しかしながら、旧姓の通称使用法制化は、以下のとおり問題点を多数有するものであり、選択的夫婦別姓制度の代わりとして適切なものとは到底いえない。そもそも氏名の変更を強制されない自由の侵害が解消されるものではない。
正式な氏名ではない以上、旧姓を使用して社会活動を行う場合は、必要もないのに婚姻の事実というプライバシー情報の開示を余儀なくされる場面も随時生じうる。これは、旧姓を使用する者だけが負う大きな不利益であり、看過できない問題である。
また、旧姓に法的効力を持たせる制度が設けられた場合、その制度を利用する者は、①旧姓と②戸籍姓の2つの氏名を有することになる。法的効力を有する氏名が2つ存在することにより、本来想定された使用方法を離れて、マネー・ローンダリング等の犯罪行為に悪用されるおそれも否定できない。
さらに、旧姓に法的効力を持たせたとしても、日本国内で使用する限りで効力を有するのみであり、パスポートのICチップには、旧姓は記録されず、海外渡航の際の査証(ビザ)や航空券を旧姓で取得することは困難であり、戸籍姓を使用せざるを得ない。国際機関で働く場合には公的な氏名での登録が求められるため、旧姓に法的効力を持たせたとしても、旧姓において積み重ねたキャリアとの分断は依然として生じる。
そもそも、旧姓に法的効力を持たせるという法案が検討されること自体が、婚姻に際して夫婦が同一の姓を用いることにより、社会生活上看過できないほどの重大な支障が生じている立法事実があることを裏付けている。2015年(平成27年)最高裁判決の岡部喜代子裁判官、櫻井龍子裁判官、鬼丸かおる裁判官の個別意見において、「通称は便宜的なもので、使用の許否、許される範囲等が定まっているわけではなく、現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある上、通称名と戸籍名との同一性という新たな問題を惹起することになる。そもそも通称使用は婚姻によって変動した氏では当該個人の同一性の識別に支障があることを示す証左なのである。既に婚姻をためらう事態が生じている現在において、上記の不利益が一定程度緩和されているからといって夫婦が別の氏を称することを全く認めないことに合理性が認められるものではない。」と指摘され、同じく木内道祥裁判官も個別意見において「法制化されない通称は、通称を許容するか否かが相手方の判断によるしかなく、氏を改めた者にとって、いちいち相手方の対応を確認する必要があり、個人の呼称の制度として大きな欠陥がある。他方、通称を法制化するとすれば、全く新たな性格の氏を誕生させることとなる。その当否は別として、法制化がなされないまま夫婦同氏の合理性の根拠と成し得ないことは当然である。」と、旧姓の通称使用法制化法案の大きな欠陥をすでに指摘している。
この点、選択的夫婦別姓制度を導入すれば、上記の旧姓の通称使用法制化により生じる問題は当然のことながら発生しない。すなわち、国内において法的効力を持つ二つの氏名が発生することはない。選択した姓は日本国内のみならず海外においても当然に法的効力を有し、意に反して婚姻というプライバシー情報の開示を求められることもない。婚姻によって姓を変更したことによって、学術活動や企業活動等におけるキャリアの分断を強いられることもない。
5 別姓により「家族の絆」が変わるものではないこと
選択的夫婦別姓制度が導入されると、夫婦や親子の姓が異なることになり、家族の絆が失われるとの指摘がある。もっとも、夫婦が別姓を希望しているにもかかわらず、「家族の絆」の維持のために、家族の構成員である夫婦の尊厳を奪うのは本末転倒である。
そして、「家族の絆」を何に見出だすかは人それぞれであり、必ずしも同一の姓でなければ保てないというものではない。現行法下でも、一方の親が外国籍の子ども、事実婚の両親の子どもなどは、夫婦・親子の姓が異なるが、そうした家庭における「家族の絆」が失われているということはない。
このことは、2021年(令和3年)12月実施の内閣府「家族法制に関する世論調査」において、「夫婦・親子の名字・姓が違うことによる、夫婦を中心とする家族の一体感・きずなへの影響の有無について、どのように思いますか。」という質問に対して、「家族の一体感・きずなが弱まると思う37.8%」、「家族の一体感・きずなには影響がないと思う61.6%」と、影響がないと回答したほうが全体の5分の3以上を占めている事実からも裏付けられる。
実際に、両親・親子の姓が異なる家庭の子どもから「いじめられた経験もありません」「家族の一体感もあって幸せです」「『かわいそう』という意見は的外れです」などの声が上がっている(2020年(令和2年)6月「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」による座談会)。日本弁護士連合会が2025年(令和7年)10月に衆議院第二議員会館で開催した院内集会でも、「別姓家庭で育った子どもの声」として、複数人の当事者が同様の意見を強く述べた。
以上のとおり、同一の姓でなければ親子間の絆が失われるという主張は、こうした実態に基づかない家族観に過ぎない。姓が同一であることが家族の絆を維持すると考える者は、婚姻に際して同一姓を選択すればよいのであり、夫婦同姓を強制する現行制度及び現行制度を前提として旧姓に法的効力を持たせる法案は、選択の余地を奪う点で、別姓を望む夫婦や家族の構成員の尊厳を損なっているのである。
6 戸籍制度は失われないこと
選択的夫婦別姓制度を導入することにより戸籍制度が失われる等の意見もあるが、同制度の導入によっても戸籍制度は失われない。1996年(平成8年)の法制審議会の答申でも、戸籍制度はこれまでと同様とされ、別姓夫婦とその子どもについても一つの戸籍に在籍することが前提とされている。これによれば、戸籍簿の「戸籍に記載されている者」欄の【名】を【氏名】に改め、戸籍内の各人について氏名を記載すれば足りることになる(法務省のホームページに1996年(平成8年)の法制審議会の答申に基づく別姓夫婦の戸籍例が記載されている)。
7 社会の動き
⑴ 経済団体の賛同、提言
2024年(令和6年)3月8日、公益社団法人経済同友会が、選択的夫婦別姓制度の早期実現に賛同を表明した。同意見では、経済社会への影響として、女性の職業活動上の不利益や、行政・金融機関の変更手続に伴う負担を挙げている。旧姓の通称使用については、コスト増加のほか、安全保障上のリスク要因にもなり得るため、グローバル化に対応した政策とはいえないとしている。
同年6月18日には、一般社団法人日本経済団体連合会も、選択的夫婦別姓制度の早期実現を求める提言を行っている(2025年(令和7年)5月7日改訂)。提言の中では、改姓による負担が女性に偏っていること、家族観に対する国民の意識も変化していること指摘した上で、旧姓の通称使用による社会生活を営む上でのトラブルの具体的事例を挙げながら、女性活躍の着実な進展に伴い、企業にとってもビジネス上のリスクとなり得るため、企業経営の視点からも無視できない重大な課題であることが指摘されている。
⑵ 地方議会の動き
地方議会は、近年、国に対して選択的夫婦別姓制度の導入を求める意見書等を採択し続けている。この動きは2015年(平成27年)最高裁判決以後に加速している。市民団体の調査によると、同判決以前は50件だった意見書等の件数が、2026年(令和8年)1月26日時点では、確認できているもので宮城県内の柴田町及び蔵王町を含む585件ある。
⑶ 世論調査の動向
ア 内閣府「家族の法制に関する世論調査」の結果
2021年(令和3年)12月の内閣府「家族の法制に関する世論調査」における「選択的夫婦別姓制度」に対する質問(同調査21頁)において、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」とする回答(以下「維持」とする。)は27.0%にとどまる。「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」とする回答(以下「旧姓法制化」とする。)は42.2%であったが、他方で、「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」とする回答(以下「選択制」とする。)も28.9%であった。
もっとも、性別ごとにみると、男性の回答は、維持「30.5%」、 旧姓法制化「42.5%」、選択制「25.3%」であるのに対し、女性の回答は、維持「23.8%」、旧姓法制化「41.9%」、選択制「32.1%」であり、女性のほうが選択的夫婦別姓制度を支持する割合が多い。
年齢別にみると、40歳から49歳では、維持「16.8%」、旧姓法制化「43.0%」、選択制「39.2%」と、旧姓の通称使用法制化と選択的夫婦別姓制度を支持する割合は拮抗し、それ以下の年齢層でも選択制夫婦別姓制度を望む割合が4割近くを占めている。
なお、従前の内閣府の同調査に比べて「選択制」に賛成する割合が減少しているが、2021年(令和3年)の同調査は、①別の制度である「選択制」と「旧姓法制化」を同一の設問に盛り込んだ点、②「維持」と「選択制」の間に「旧姓法制化」を挟み込み「旧姓法制化」が中間的な選択肢であるような設問の立て方をした点、③「選択制」の賛否を聞く質問の直前に「選択制」を導入した際の「子どもへの好ましくない影響」を聞く設問も新たに作られるなど、世論調査の手法として問題があったという指摘がある(『朝日新聞』2022年(令和4年)8月26日、谷口将紀東京大学大学院教授)。
イ 「社会保障・人口問題基本調査第7回全国家庭動向調査」の結果
2022年(令和4年)の国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口問題基本調査第7回全国家庭動向調査」では、60歳未満の回答者における「夫、妻とも同姓である必要はなく、別姓であってもよい」への賛成割合(「まったく賛成」及び「どちらかといえば賛成」の合計)が、単身女性(未婚)で85.3%、離別女性で78.5%、有配偶者女性で71.4%、単身男性(未婚)でも61.0%となっている(同調査95頁)。
また、対象を有配偶者女性に絞った調査においては、夫婦別姓について、「夫、妻とも同姓である必要はなく、別姓であってもよい」への賛成割合(「まったく賛成」及び「どちらかといえば賛成」の合計)は61.0%に上り、2008年(平成20年)以降の統計で最大の数値となった(同調査81頁)。同調査では、2013年(平成25年)以降、統計を取るごとに顕著な上昇割合を示している。
「夫、妻とも同姓である必要はなく、別姓であってもよい」への賛成割合
2008年(平成20年)第4回調査 42.8%
2013年(平成25年)第5回調査 41.5%
2018年(平成30年)第6回調査 50.5%
2022年(令和4年) 第7回調査 61.0%
2022年(令和4年)調査について妻の年齢別で見ると、「29歳以下」、「30~39歳」及び「40~49歳」では73.7%~76.3%が賛成している(なお、「50~59歳」では65.9%、「60~69歳」では52.2%、「70歳以上」では42.3%である(同調査82頁))。
このように、婚姻に伴う改姓が自らの問題となることが多い単身女性の約85%、単身男性の約61%が「別姓であってもよい」と回答したこと、婚姻に伴って改姓した余儀なくされた層が含まれる有配偶者女性のうちの49歳以下の年齢層の75%前後が、選択的夫婦別姓制度について賛成している。
ウ 日本世論調査会「男女平等・ジェンダー」の全国世論調査の結果
2026年(令和8年)1月10日、日本世論調査会がまとめた「男女平等・ジェンダー」に関する全国郵送世論調査では、選択的夫婦別姓制度に賛成か反対かを問う設問に対して、賛成55%、反対42%、無回答4%と、選択的夫婦別姓制度の導入を求める声が過半数を超える結果であった。
また、選択的夫婦別姓制度の導入ではなく旧姓の通称使用拡大で改姓に伴うさまざまな問題や不便が解決すると思うか思わないかを問う設問に対しては、解決する49%、解決しない47%、無回答5%であり、旧姓の通称使用の拡大(法制化)では不十分であるという声が半数近くに上った。
もとより、夫婦同姓の強制が、人権を侵害する制度であり、日常の不便の問題だけではないことは言うまでもない。
エ 法律婚の待機人数が60万人近くに上る推計
一般社団法人あすにはと阪井裕一郎慶応義塾大学文学部准教授(家族社会学)が、2025年(令和7年)3月、全国の20歳から59歳の①事実婚、②法律婚、③未婚のそれぞれ約530人(合計1600人)に対して、「選択的夫婦別姓、事実婚当事者の意識調査」をインターネットによって実施した。
「選択的夫婦別姓」の導入の必要性については、全体では、「必要」40.3%、「必要ない」20.3%、「どちらともいえない」39.4%であり、必要と回答した割合が最も高かった。特に、事実婚をしている人では、「必要」44.0%、「必要ない」19.7%、「どちらともいえない」36.3%と、「必要」と答えた割合が半数近くにも上った。
さらに、事実婚をしている人の49.1%、中でも20歳代では62.3%が、選択的夫婦別姓制度が法制化された場合は婚姻届を提出すると回答した。
調査にあたった法人は、同調査結果を2025年(令和7年)3月の人口推計から推定した20歳代~50歳代の事実婚の人数(約122万6000人)にあわせると、選択的夫婦別姓制度が法制化された場合に婚姻届を提出する「待機人数」が、58万7000人いると推計している。
8 今、導入するべき制度であること
法務大臣の諮問機関である法制審議会が1996年(平成8年)に選択的夫婦別姓制度を導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申してから、すでに四半世紀が経過している。2025年(令和7年)の通常国会では、1997年(平成9年)に旧民主党が法案を提出して以来28年ぶりに関連法案が審議されたが、立憲民主党、日本維新の会及び国民民主党がそれぞれ独自の法案を提出したものの、自由民主党は法案提出を見送った。3つの法案をめぐり政党間での連携が進まず、継続審議となり、2026年(令和8年)1月23日の衆議院解散に伴い廃案となった。
上記7で述べた社会の動向をみれば、選択的夫婦別姓制度の導入を求める声が数多く存在する。夫婦同姓の強制によりキャリアの断絶その他社会活動における様々な不利益を被っている当事者からすれば、今解決しなければ意味をなさない極めて重要な社会問題である。何より、夫婦同姓の強制により望まぬ改姓を余儀なくされた者の人権を侵害している状態が長年にわたり継続し、また、現行制度が維持される限り、今後も同様の人権侵害が生じることに思いを致すべきである。
9 最高裁が国会の判断を重ねて求めていること
2015年(平成27年)最高裁判決は、夫婦同姓の強制を定める民法750条を合憲としたが、その多数意見において、婚姻に伴う改姓が女性に対して特に不利益を生じさせていることを認め、選択的夫婦別姓制度の導入については、これを否定せず、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」であるとした。
さらに、同判決で、5名の裁判官(3名の女性裁判官全員を含む。)は、「夫の氏を称することは夫婦となろうとする者双方の協議によるものであるが、96%もの多数が夫の氏を称することは、女性の社会的経済的な立場の弱さ、家庭生活における立場の弱さ、種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって、夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても、その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのである。そうすると、その点の配慮をしないまま夫婦同氏に例外を設けないことは、多くの場合妻となった者のみが個人の尊厳の基礎である個人識別機能を損ねられ、また、自己喪失感といった負担を負うこととなり、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度とはいえない。」(岡部喜代子個別意見)等として、民法750条が憲法24条に違反するとの意見を述べた。
2021年(令和3年)最高裁決定でも、「夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と、夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは、次元を異にするものである。(中略)この種の制度の在り方は、平成27年大法廷判決の指摘するとおり、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならないというべきである。」として、国会での議論を求めた。
また、同決定における深山卓也裁判官、岡村和美裁判官、長嶺安政裁判官の補足意見も、「法制度の合理性に関わる国民の意識の変化や社会の変化等の状況は、本来、立法機関である国会において不断に目を配り、これに対応すべき事柄であり、選択的夫婦別氏制の導入に関する最近の議論の高まりについても、まずはこれを国会において受け止めるべきであろう。」、「国会において、この問題をめぐる国民の様々な意見や社会の状況の変化等を十分に踏まえた真摯な議論がされることを期待するものである。」としており、国会での議論を強く要請している。
すなわち、最高裁は結論としては合憲としたものの、決して現状を容認しているものではない。このことを国は真摯に受け止め、選択的夫婦別姓導入に向けて、議論をさらに進めるべきである。
10 最後に
夫婦同姓を強制する民法750条は、氏名の変更を強制されない自由、法の下の平等、婚姻の自由及び両性の本質的平等を侵害し、憲法13条、14条1項及び24条に違反するほか、女性差別撤廃条約及び自由権規約にも反する。また、国際的には類を見ない同制度については、国連女性差別撤廃委員会からも法改正を求める再三の勧告を受けている。経済団体からも選択的夫婦別姓制度の早期実現に賛同する意見表明や提言があり、全国の地方議会では制度導入に向けて意見書が採択され続けている、国内の各種世論調査においても、特に49歳以下の年代の多数が、選択的夫婦別姓制度の導入を支持するに至っている。選択的夫婦別姓の法制化がなされないことにより法律婚に至れない者が60万人近くにも上るとされる。夫婦同姓を前提とする旧姓の通称使用法制化によっては、人権問題を解決することはできず、婚姻により改姓した国民の多くが強いられている負担、不便、不利益は解消できない。
当会は、2022年(令和4年)2月26日の総会決議において、選択的夫婦別姓制度を速やかに導入することを求めてきたが、その後の国の対応は、氏名の変更を強制されない自由、法の下の平等、婚姻の自由及び両性の本質的平等を侵害され続けている重大な状況を認識したものとはいえない。
以上の理由により改めて、国に対し、夫婦同姓の強制による人権問題を解消するため選択的夫婦別姓制度の早期導入を求め、本決議を提案する。
以上
















