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「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有と行使の準備に強く反対する決議

2023年02月25日

「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有と行使の準備に強く反対する決議

 岸田内閣は、2022年12月16日、国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画(安保関連3文書)を閣議決定した。この安保関連3文書は、相手の領域に反撃する能力(反撃能力、敵基地攻撃能力)の保有などの軍事的整備を5年間で43兆円もの経費をかけて実行しようというものであり、我が国の安全保障政策を大きく転換するものである。
 憲法9条の解釈については諸説あるが、従前より政府は、憲法13条を踏まえて憲法9条を解釈し、「専守防衛」に限って個別的自衛権の発動は認められると説明してきた。この政府見解に立ったとしても、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有・行使は、以下に指摘するとおり、憲法9条に反する。
即ち、相手の領域内にある基地ないし指揮統制機能などを直接攻撃する点で専守防衛を逸脱する(地理的限界の逸脱)。また、政府は、相手が攻撃に着手した段階で行使可能と説明しているが、着手時を正確に把握することは困難であるため先制攻撃になってしまう可能性は否定できず、この点においても、専守防衛を逸脱し(時的限界の逸脱)、憲法9条に反する。専守防衛を逸脱する反撃能力(敵基地攻撃能力)のための攻撃兵器は、「戦力」にあたるため憲法9条2項にも反する(必要最小限度の実力保持からの逸脱)。
さらに、当会が繰り返し違憲性を指摘する、「存立危機事態」における集団的自衛権の行使として反撃能力(敵基地攻撃能力)が用いられた場合、我が国への攻撃すらない段階での相手の領域への攻撃であり(地理的限界、時的限界及び必要最小限度の実力行使からの逸脱)、明らかに憲法9条に反する。
 また、相手の領域内にある基地ないし指揮統制機能などを直接攻撃可能な能力を保有した場合は、相手の軍備増強を招き、際限なき軍備拡張競争につながる危険性がある。さらに、個別的自衛権の行使であれ、集団的自衛権の行使であれ、反撃能力(敵基地攻撃能力)がひとたび行使されれば、当然に相手の報復を招き、武力行使の応酬の結果、国民の多大な犠牲と広範な国土の荒廃をもたらしかねない。以上の危険性を内在する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有は、日本国憲法前文で掲げる恒久平和主義の原理と相容れないことは明らかである。
 政府が、このような憲法に反する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有・行使を、国会での議論すら経ずに強行しようとしていることは、立憲主義、法の支配及び民主主義を破壊する行為と言わざるを得ない。
 よって、当会は、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有を、国会での議論すら経ずに、閣議決定のみで強行しようとする政府の行為に対し強く抗議するとともに、立憲主義、法の支配及び民主主義を遵守する立場から、我が国が日本国憲法に反する反撃能力(敵基地攻撃能力)を保有すること及びその行使のための準備を進めることに強く反対する。

2023年(令和5年)2月25日

仙 台 弁 護 士 会

会 長  伊 東 満 彦

提案理由

第1 はじめに
 仙台弁護士会(以下、「当会」という)は、従前から立憲主義及び日本国憲法(以下「憲法」という。)の基本理念(基本的人権の尊重、国民主権、平和主義)を堅持する立場から適時に総会決議及び会長声明を通して意見を表明してきた 。
 2015年にいわゆる安保法制法案が国会に提出されて同年9月に可決される過程においては、繰り返しその違憲性と危険性を指摘し、これに反対する会長声明 、決議 を発するとともに、市民集会を開催して反対運動を推進し、安保法制法案が可決された後も当会としてその廃止を求める運動を続けてきた。
 当会は、このような立場から、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を進めようとしている政府の方針に対し、憲法の恒久平和主義の原理を損ね、日本の平和国家としてのありようを根本から変容させてしまう危険を指摘するものである。
第2 安保関連3文書の閣議決定と反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有
1 岸田内閣は、2022年12月16日、国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画(安保関連3文書)を閣議決定し、これまで保有を認めてこなかった敵基地攻撃能力を含む反撃能力を保有することを決定した。
2 安保関連3文書における「敵基地攻撃能力」及び「反撃能力」の記載について
今回閣議決定された安保関連3文書では「敵基地攻撃能力」という用語は用いられておらず、「反撃能力」という用語が用いられている。
 これらの文書において、反撃能力は「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力行使の3要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」と定義されている 。
3 「敵基地攻撃能力」及び「反撃能力」の用語と内容について
 まず、「敵基地攻撃能力」及び「反撃能力」の用語と内容について整理しておく。
(1) 相手の領域内にあるミサイル発射手段等に対する攻撃ないしそのための能力については、政府においてもまた社会的にも、長らく「敵基地攻撃(能力)」という用語で語られることが多かった。すなわち、1956年2月29日鳩山一郎内閣総理大臣答弁 で「誘導弾等の基地をたたくこと」と述べられて以来この表現が繰り返されると同時に、遅くとも2005年7月の自衛隊法改正で弾道ミサイル等の破壊措置を規定した際の政府国会答弁 及びその後の答弁でも「敵基地攻撃」の用語が使用されるようになっており、2021年12月6日の臨時国会での岸田内閣総理大臣の所信表明演説(以下、「岸田総理所信表明演説」という)でも「いわゆる敵基地攻撃能力」と表現されている。
(2) 他方、「反撃能力」という用法は、2022年4月26日の自由民主党(以下、「自民党」という)の「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」(以下、「自民党提言」という)によって打ち出されたものである。すなわち、「ミサイル技術の急速な変化・進化により迎撃は困難となってきており、迎撃のみでは我が国を防衛しきれないおそれがある。このような厳しい状況を踏まえ、憲法及び国際法の範囲内で日米の基本的役割分担を維持しつつ、専守防衛の考え方の下で、弾道ミサイル攻撃を含む我が国への武力攻撃に対する反撃能力を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処する。反撃能力の対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等も含むものとする。」 とされた。
その後、岸田内閣総理大臣も記者会見等や2022年10月3日の臨時国会における所信表明演説でも「反撃能力」という表現が用いられるようになり、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(以下、「有識者会議」という)の同年11月22日報告書でも「反撃能力」という用語が使われた。
(3) この「反撃能力」という表現については、以下の点を十分に留意し、注意を払う必要がある。
 まず、「敵基地攻撃能力」という場合には、相手国がミサイルを発射する特定の基地を標的として攻撃することが含意されているが、「反撃能力」という表現にはそのような限定はなく、上記自民党提言がいうとおり、標的は「基地」に限定されない。そのため、「反撃能力」という用語は、最初から、攻撃対象を相手国の特定のミサイル基地にとどまらない指揮統制機能(軍司令部、さらに政府関係機関)や軍事施設等一般への攻撃までも前提とする議論とされている。
 また、「反撃能力」という用語は、相手国からの先制攻撃に対する「反撃」という意味合いを持ち、「敵基地攻撃が先制攻撃にならないか」という重要な問題が、あたかも最初から解決されているかのような表現になっている。そのため、「反撃だから正当な武力の行使だ」という受け止め方につながりかねず、誤導を招きやすい。
4 本決議における表記について
 このような経緯があることから、本決議では、過去の議論の関係では引き続き「敵基地攻撃(能力)」という表現を用いるほか、安保関連3文書の検討においても「敵基地攻撃(能力)」という用語で議論されてきた経緯を踏まえて、「反撃能力(敵基地攻撃能力)」と併記することにする。
第3 「反撃能力(敵基地攻撃能力)」保有に至る経過
 岸田内閣が「反撃能力(敵基地攻撃能力)」を認める閣議決定をするに至る経過は、概要、以下のとおりである。
1 岸田内閣総理大臣は、2021年12月の岸田総理所信表明演説において、「いわゆる敵基地攻撃能力を含め、あらゆる選択肢を 排除せず現実的に検討」し、防衛力を抜本的に強化する、そのために概ね1年をかけて、新たな国家安全保障戦略、防衛大綱及び中期防を策定すると述べ、その後も同様の方針を表明してきた 。
2 2022年1月7日の日米安全保障協議委員会(2+2)の共同発表及び同年5月23日の日米首脳共同声明においても、日本は米国に対し、「ミサイルの脅威に対抗するための能力」を含めあらゆる選択肢を検討する決意を表明し、併せて日本の防衛力を抜本的に強化する決意をも表明している。同時に、この共同発表及び共同声明では、国際秩序と整合しない中国の行動に対する懸念や反対が表明され、台湾海峡の平和と安定の重要性が強調されている。
3 他方、自民党は、同年4月26日付け「自民党提言」を政府に提出したが、これは、「敵基地攻撃能力」という用語に代えて「反撃能力」との呼称を用いつつその保有を求め、しかも反撃能力の対象範囲は相手国のミサイル基地に限定せず「指揮統制機能等」をも含むとしている。なおこの提言は、中国を「重大な脅威」と位置付けたうえ、防衛費のGDP比2%以上の予算水準の5年以内の達成を目指すことを含め、「脅威対抗型の防衛戦略」に焦点を当てて防衛政策の在り方全体の見直しを求めるものとなっている。
4 政府は、新たな国家安全保障戦略等の策定に向け、同年1月から7月まで17回にわたり有識者を招いて意見交換を行い、さらに同年9月30日有識者会議を設けた。この有識者会議は、「我が国を取り巻く厳しい安全保障環境を乗り切るためには、我が国が持てる力、すなわち経済力を含めた国力を総合し、あらゆる政策手段を組み合わせて対応していくことが重要である」との観点から、「自衛隊の装備及び活動を中心とする防衛力の抜本的な強化」をはじめとした「総合的な防衛体勢の強化」をどのように行っていくかを議論する場とされた。同年11月22日に提出された同有識者会議報告書は、「5年以内に防衛力を抜本的に強化しなければならない」とし 、それをやり切るために必要な水準の予算上の措置をこの5年間で講じなければならない等としつつ、有事をも想定した政府としての様々な対応を提言するとともに、「インド太平洋におけるパワーバランスが大きく変化し、周辺国等が核ミサイル能力を急速に増強し、特に変速軌道や極超音速のミサイルを配備しているなか、我が国の反撃能力の保有と増強が抑止力の維持・向上のために不可欠である」とし 、さらに「国産のスタンド・ オフミサイルの改良等や外国製のミサイルの購入により、今後5年を念頭にで きる限り早期に十分な数のミサイルを装備すべきである」とまで踏み込んでいる 。
5 このような経過を経て、同年12月16日に上記安保関連3文書が閣議決定された。
第4 安保関連3文書による「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有に関する政府の憲法解釈の転換
1 自衛隊の発足以来、政府は、憲法は自衛権を否定していないとしつつ、憲法9条の下での自衛権の発動は、①他国からの武力攻撃があった場合に、②他に適当な手段がないときに、③これを日本の領域外に排除するための必要最小限度の実力行使に限られるとし(自衛権発動の3要件)、自衛隊の自衛行動は基本的に日本の領域及び必要な範囲の公海・公空に限られるとしてきた 。
 これまでのいわゆる敵基地攻撃に関する政府の解釈は、相手国のミサイル発射等による被害が発生する前でも、相手国がそれに着手した時点が日本に対する武力攻撃の発生時点であるとの前提に立ち、飛来するミサイルによる攻撃を防御するのに他に手段がないときは、相手の領域内であってもそのミサイル基地を攻撃して侵害を排除することが、法理的には自衛の範囲に含まれ可能であるとするものであった。これは、上記の自衛権発動の制限に対し、相手国の武力攻撃の着手があるから先制攻撃ではないとしつつ、海外における武力行使禁止原則に対する極めて例外的な場合を受動的・自己保存的なものとして位置付けようとするものといえる。それは、「座して自滅を待つ」ような国家存亡の危機における「自衛の本質」としての議論であった 。
 他方で政府は、実際に敵基地攻撃を目的とした装備を保有していないし、攻撃を行うことは想定していないと説明し 、相手国に直接脅威を与えるような攻撃的兵器の保有は憲法上許されないと繰り返し説明してきた。
2 このように敵基地攻撃能力の現実の保有ということが一貫して否定されてきたのは、それを一旦是認すれば、「自衛のため」として行われた敵基地攻撃が違法な先制攻撃に陥る危険性、相手の領域に対する直接的攻撃により戦火が拡大し、後戻りのできない武力の応酬に発展する危険性が極めて高いと考えられてきたからであると思われる。
3 今回岸田内閣は、安保関連3文書で「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有を認めたが、この政策転換によって、憲法9条に基づく日本の平和国家としての在り方が根底から変容してしまい、再び戦争の惨禍が起こることが危惧されるのである。
第5 「反撃能力(敵基地攻撃能力)」保有の憲法問題
1 問題の所在―憲法の平和主義と平和外交の必要性
(1) 憲法の規定
 憲法は、その前文において、日本国民は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」、「恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と規定した。これは、人類史上かつてない第二次世界大戦の惨禍を受け、とりわけ国の内外におびただしい犠牲者を出し、人類史上初めての原爆をも経験した日本が、二度と戦争を起こすことなく、国際協調主義の下で恒久平和を実現する決意を示したものである。
憲法9条は、これを受けて、第1項で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」、戦争及び武力による威嚇又は武力の行使を永久に放棄するとし、さらに第2項で、「陸海空軍その他の戦力」を保持せず、交戦権を否認することを定めた。
この憲法9条の、世界で初めて軍事力を排した徹底した恒久平和主義は、平和への指針として世界に誇りうる先駆的意義を有し、現実の社会や政治との深刻な緊張関係を強いられながらも、 平和主義の基本原理を確保するための現実的な機能を果たし、日本は戦後78年間一度も戦争の惨禍に見舞われることなく、平和な国家を築いてきたと評価し得る。
(2) 憲法における自衛権(自衛隊の憲法適合性)
1954年、自衛隊が発足した。
憲法における自衛権に関しては、自衛権放棄説、自衛権留保説など諸説あり、通説は、国家の固有権である自衛権自体は放棄されていないが、憲法9条2項で武力を放棄した結果「武力によらざる自衛権」のみが残ったとする。この説では、自衛権は外交交渉による回避や警察力による排除、民衆の実力による抵抗などによって行使されることになり、武力を行使する自衛隊は違憲である。この説では、武力による敵基地攻撃能力の保有も違憲となる。
他方、政府見解は、国家の固有権としての自衛権が放棄されない以上、自衛のために必要な自衛権の行使も認められるとするもので、他国から武力攻撃があった場合にこれを排除して国民の生命・財産を保全するための(憲法13条)必要最小限度の実力組織である自衛隊は「戦力」に当たらず、またそのような自衛のための武力の行使は「国際紛争を解決する手段」には当たらない、というものであり 、この政府見解は現在も維持されている。この政府見解では、自衛隊の武力の行使がどのような状況下で許容されるかが問題となり、自衛権発動の限界として政府が示したのが自衛権発動の3要件と称されるものであった 。
この従来の政府見解と自衛権発動の3要件に対しては様々な批判的意見があるが、以下、仮にこの政府見解に立ったとしても、敵基地攻撃能力保有は、専守防衛、そこから導かれる自衛権発動の3要件及び後述する安保法制化における「武力行使の3要件」に違反することを明らかにする。
 2 自衛権発動の3要件と反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有
(1) 自衛権発動の3要件と専守防衛
自衛権の発動要件、すなわち自衛のための自衛隊の武力の行使がどのような状況下で憲法上許容されるかという点に関して、従来、政府は、次の3要件を満たす場合に限られるとしてきた。そして、この3要件を厳格に適用することによって、自衛隊による自衛権の行使は専守防衛であると説明されてきた 。
①(第1要件)我が国に対する急迫不正の侵害があること、すなわち武力攻撃が発生したこと
ここで「我が国に対する武力攻撃」とは、国又は国に準ずる者の意思によって組織的・計画的に行われる攻撃であって、基本的には我が国の領土、領海、領空に対して行われるものに限られるとされてきた。また、その「発生」とはいかなる時点を指すかという問題があるが、これについては、武力攻撃のおそれがあるというだけでは、いまだ武力攻撃は発生していないが、武力攻撃の発生は必ずしも被害の発生を意味するわけではなく、相手国が武力攻撃に着手した時点が武力攻撃の発生時点であると解されてきた 。
②(第2要件)これを排除するために他の適当な手段がないこと
第2要件である「他の手段の有無」については、政治的な判断に俟つほかはなく、現に武力攻撃を受けている状況下で武力による防御・反撃を全く行わず、ひたすら外交交渉による解決を目指すということは想定し難いと指摘されている 。ただし、敵基地等への攻撃という手段が許されるかは、別途検討を要する。
③(第3要件)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
第3要件である実力行使の必要最小限度性については、自衛隊の実力行使が、専ら外国の軍隊等による我が国領域の侵犯を排除し、国民を保護することを目的とするのである以上、武力行使の目的をもって自衛隊を他国の領土・領海・領空に派遣することは許されず、我が国の領域内を中心になされることは当然であるとされる。また、領域内での実力行使のみでは外部からの不正な侵害を完全に排除できることは少ないと考えられ、こうした場合には、自衛隊は、必要に応じて領域外、すなわち公海又は公空において行動し、対処することも許容されると解されてきた 。
(2) 自衛権発動の3要件と反撃能力(敵基地攻撃能力)の関係
① 第1要件との関係
 敵基地等への攻撃と自衛権発動の第1要件との関係については、相手国が日本に向けてミサイル発射の「着手」をしたことが必要となる。
 この点については、相手国からのミサイルが日本に着弾して被害が発生する前でも、そのミサイルが日本に飛来する蓋然性が相当高いと判断される場合には、「着手」があったとして自衛権を発動し、ミサイルを迎撃することができるとされてきた 。
 しかし、さらに進んで、そのミサイル発射基地を攻撃できるかについては、現在のミサイル技術の発展の下で、相手国が「着手」したことの把握と判断はほとんど不可能であるから、第1要件充足の判断は不可能であり、「着手」後・発射前の敵基地攻撃は考えにくいことになる。
② 第2要件との関係
 第2要件である「他の手段の有無」について、弾道ミサイルへの対処手段としては迎撃システムがあり、対応可能な体制が現に存在している。他方、可変軌道の極超音速滑空ミサイル等の迎撃は現在のところ困難とされている。しかし、後者のミサイルに対処するために敵基地や指揮統制機能を攻撃することは既存の迎撃システムによる手段とは異質であるし、これらを攻撃して良いとすることは、「防衛手段」の議論としては論理の飛躍がある。
③ 第3要件との関係
 「必要最小限度の実力行使」という自衛権発動の第3要件に関しては、敵基地等への攻撃自体、本来外国領域に対する武力の行使として基本的にこの要件に反して許容されないと解される。
 しかも、現在ではミサイル技術の根本的な変化の下で、「ミサイル発射基地」を特定して攻撃すること自体が観念しにくくなっている。このような現状で所期の目的を達成しようとすれば、その攻撃対象は、固定された特定の基地にとどまらず、それ以外の基地・施設や、軍司令部・政府関係機関まで含む「指揮統制機能等」にまで広がりかねない。
 このような反撃能力(敵基地攻撃能力)は、他国に大な脅威を与えるものであり、憲法9条2項が保有を禁じている「戦力」に該当することになるし、このような攻撃能力の行使は、自衛権発動の第3要件の「必要最小限度の実力行使」からも逸脱したものとなる。
(3) 小括
 以上より、安保関連3文書による「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有は自衛権発動の3要件に照らして許されない。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有によって国是とされてきた「専守防衛」は名目と化し、自衛権行使の制限規範は画餅に帰することになる。
3 安保法制の内容と違憲性
(1) 安保法制を論ずる理由
 これまで自衛権発動の3要件のもとでの反撃能力(敵基地攻撃能力)保有の問題を検討してきたが、現在の事態は一層深刻である。2015年9月19日にいわゆる安保法制が成立し、個別的自衛権にとどまらず、一定の場合、集団的自衛権の行使が容認されるに至っているからである。
 安保法制には以下の重大な問題があり、当会は、安保法制は憲法9条に反し無効であることを指摘してきた。
(2) 安保法制の違憲性
 安保法制は、我が国に対する武力攻撃が発生していないにもかかわらず、他国間の戦争に加わっていくことを意味する集団的自衛権の行使を可能にするとともに、他国軍隊に対する兵站支援や武器防護のための武器使用などを認めるものである。他国軍隊への支援活動は、他国の武力行使との一体化が避け難いものである。また、安保法制の定める「存立危機事態」の概念の不明確性から、時の政府・与党の判断により歯止めのない集団的自衛権が行使される危険性も高い。集団的自衛権の行使を認める安保法制は、憲法の恒久平和主義の趣旨に反し、憲法9条に違反している。
 また、安保法制は憲法改正手続(憲法96条)を潜脱して実質的に憲法9条を改変する点で立憲主義及び国民主権にも反している。
 当会はこれらの点を繰り返し指摘してきた
(3) 安保法制による集団的自衛権の行使容認は憲法違反であるとの当会の立場からすれば、集団的自衛権に基づく反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有と行使も憲法9条に反することになる。
4 安保法制下での「武力行使の3要件」と反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有
(1) 安保法制下での「武力行使の3要件」
安保法制により、存立危機事態における集団的自衛権の行使が容認されたが、その中で反撃能力(敵基地攻撃能力)を保有又は行使することは極めて危険で問題が大きいので、以下詳しく論ずる。
安保法制では、以下の「武力行使の3要件」を充足する場合に、存立危機事態において日本が武力を行使できることとされた。
①(第1要件)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
②(第2要件)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
③(第3要件)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
(2) 「武力行使の3要件」と反撃能力(敵基地攻撃能力)の関係
① 第1要件との関係
存立危機事態における敵基地攻撃の問題について、2022年12月16日の国家防衛戦略は「この政府見解は、2015年の平和安全法制に際して示された武力の行使の三要件の下で行われる自衛の措置にもそのまま当てはまるものであり、今般保有することとする能力は、この考え方の下で上記三要件を満たす場合に行使し得るものである」(同国家防衛戦略10頁)としている 。
したがって、存立危機事態における武力行使の3要件の第1要件においては、例えば日本と密接な関係にあるA国に対するB国からの武力攻撃が発生して日本の存立が脅かされる等と判断された場合には、B国から日本に対する武力攻撃がなくても、日本は、当該A国に対する武力攻撃に着手したB国の領域に存在する基地等に対し、武力の行使を行うことになる。
これは、個別的自衛権の場合よりも、敵基地等への攻撃する機会をはるかに拡大することになり、日本はこの敵基地等への攻撃によってB国からの反撃を招くことになり、武力の応酬に突入することになる。しかも、B国のA国に対する急迫不正の侵害としてのミサイル発射の「着手」があったかなかったかの日本としての判断は、個別的自衛権の場合よりもさらに一層困難であり、A国の判断を鵜呑みにするような事態も考えられ、その危険性は極めて高い。
  ② 第2要件との関係
「他に適当な手段がない」という武力行使の第2要件については、そもそも日本と密接な関係にあるA国がB国から武力攻撃を受けても、日本がA国からの要請を断るという選択肢も当然考えられるところであり、B国に対して武力行使をする以外の方法がないかどうかは、個別的自衛権の場合よりもはるかに選択肢が多いと思われる。
しかし、現実には、日本の反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有も行使も日本と密接な関係にあるA国と連携して一体となったものとならざるを得ない。そしてそのA国から日本が相手国B国への敵基地攻撃の要請を受けた場合に、日本が独自の判断としてこれを断ることには、現実問題として大きな困難が伴うであろう。
③ 第3要件について
個別的自衛権の行使としての反撃能力(敵基地攻撃能力)の行使と異なり、存立危機事態における集団的自衛権の行使にあっては、本来の戦場は他国の領域である。したがって、この場合に日本の武力行使に地理的な限界があるとすることは、実務上も、法理上も、本来困難である 。したがって、集団的自衛権の場合は、「必要最小限度の実力行使」の要件で敵基地攻撃の範囲を制約することは不可能となる。
また実際、B国から武力攻撃を受けているA国のために日本が参戦した場合、B国の領域内では日本は武力行使をしないなどという理屈は、到底通用しないであろう(それをしなければ、そもそも何のための参戦かが問われることになる)。
したがって、武力行使の第3要件は、日本の敵基地等への攻撃の歯止めには全くならない。
 (3) 小括
以上のとおり、集団的自衛権の行使との関係で敵基地等への攻撃の問題を考えた場合、日本が他国防衛のために戦争当事国になる蓋然性が高くなることにより、日本が敵基地等への攻撃を行う機会も地理的範囲も拡大する一方、 実際に日本が戦争当事国になった場合に、その他国との関係で、敵基地等への攻撃を行う以外の選択をしたり、これを回避・中止したりすることも極めて困難である。すなわち、安保法制による集団的自衛権の行使容認は、日本が参戦し、敵基地等への攻撃を行う機会と危険を大きく拡大したものである。
当会は前記のように、安保法制についてはその違憲性を指摘し、その施行後もその廃止を求め続けており、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有及び行使についても、集団的自衛権の行使を容認した安保法制の下では、個別的自衛権の場合よりも一層、敵基地攻撃能力ないし反撃能力の保有と行使の危険性が拡大すること、そしてだからこそ安保法制は違憲であり危険であることを、引き続き指摘するものである
 5 「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有・行使と戦争の惨禍
以上のとおり、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有及び行使は、個別的自衛権の行使としても憲法9条に違反して許されないし、ましてや集団的自衛権の行使としても許容されない。そして敵基地等への攻撃が実際に行われた場合の結果の重大性が直視されなければならない。
ひとたび日本が敵基地等への攻撃に踏み切った場合、その相手国は当然に日本に対するミサイル攻撃その他の反撃をすることになり、日本はその相手国と武力の応酬を繰り返すことになる。想定される限りそれは他国と一体となった 共同行動でもあり、日本は引くに引けない事態に陥るであろう。こうして、敵基地攻撃能力ないし反撃能力の行使は、多大な国民の犠牲と広範な国土の荒廃を招き、再びこの国に戦争の惨禍をもたらすことが、真に危惧される。
第6 国会での議論すら経ていないこと
 政府は、国会での議論も経ずに、2022年12月16日、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有及び行使を盛り込んだ安保関連3文書を閣議決定した。2023年1月14日の日米首脳会談では、岸田首相が反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有など新たな安全保障戦略を説明し、バイデン米大統領が日本の防衛力強化を歓迎したと報じられている。
 しかし、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有及び行使は上記のとおり憲法に違反するうえ、これまでの我が国の安全保障政策を根本から大きく転換するものである。このような重要な政策転換をするのであれば、国民主権原理に基づき、民主的手続、特に国会での議論を経るべきである。閣議決定のみでこれまで憲法に違反するとして否定されてきた反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有・行使を容認し、対外的な約束までしてその準備を押し進めようとすることは、立憲主義、法の支配及び民主主義を破壊する行為と指摘せざるを得ない。
第7 結論
 以上より、当会は、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有を、民主的手続を経ずに、閣議決定のみで強行しようとする政府の行為に対し強く抗議するとともに、我が国が日本国憲法に反する反撃能力(敵基地攻撃能力)を保有すること及びその行使のための準備を進めることに強く反対する。

以上

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