「憲法改正問題に関する意見書」について
2005年10月、自由民主党の憲法改正草案と民主党の憲法提言が発表され、2006年には憲法改正手続法が成立しました。このような事態をふまえ、2005年に仙台弁護士会に設置された仙台弁護士会憲法改正問題対策本部(以下「対策本部」といいます)では憲法改正問題の調査・研究を行ってきました。
これまでに発表された自由民主党の憲法改正草案、民主党の憲法提言、あるいは読売試案などに対しては、一定の論評がなされておりますが、現憲法の基本的人権の擁護や平和主義の観点からこれらの改正案を検討したものは少数でした。
このような状況のまま憲法改正の発議が具体化してしまったならば、前述の憲法改正案の問題点について十分な議論のないまま、国会決議、国民投票が実施されてしまうおそれがあります。
そこで、対策本部では、前述の憲法改正案の中から、主として自由民主党の憲法改正草案と民主党の憲法提言を取り上げて、その内容を検討し、具体的な問題点に関して対策本部の考え方を「憲法改正問題に関する意見書」という形でとりまとめました。
本意見書の構成は、憲法改正に関するこれまでの議論を紹介した後に、自由民主党の新憲法草案と民主党の憲法提言に対して具体的評価を行っております。そして、憲法問題を論ずる場合に必ずと言っていいほど議論される憲法9条と国際貢献の問題に関して言及しております。
本意見書は、あくまでも対策本部のものですが、憲法改正問題の議論にきわめて有益であり、今後の検討資料として活用して頂きたいと考えお送りする次第です。
2009年3月17日
仙台弁護士会
会 長 荒 中
仙台弁護士会憲法改正問題対策本部
憲法改正問題に関する意見書
意 見 の 趣 旨
現在公表されている憲法改正案には,憲法前文の平和的生存権規定や憲法9条2項を削除して,「軍隊」を保持して海外での武力行使を可能とする改正案や,憲法を権力制限規範にとどめず,国民に対する行動規範の意味を持たせる改正案,さらに人権制約原理として人権調整原理とは異なる「公益」や「公の秩序」などを導入する改正案がある。しかし,これらの改正案は,立憲主義を変容させ,国民の基本的人権を大きく制約し,日本が再び海外において戦争を行うことにつながりかねない危険性を有するものである。
よって,仙台弁護士会憲法改正問題対策本部は,そのような内容の憲法改正には反対である。
意 見 の 理 由
(はじめに)
1947年5月3日日本国憲法が施行されてから,60年以上が経過した。施行後間もない頃から憲法改正論議がなされてきたが,いずれも具体的な段階には至らないできた。しかしながら,2005年10月,自由民主党が憲法改正を目指して新憲法草案をまとめ,民主党も憲法提言を発表した。また新聞社や経済団体等も憲法改正に関し見解を表明するなどしている。
そして,2007年5月には憲法改正手続法である憲法改正国民投票法案が成立し,2010年5月以降は,憲法改正の発議が可能な状況となっている。
仙台弁護士会憲法改正問題対策本部(以下「対策本部」という)は,2005年に設置されて以来現在まで,憲法改正の内容について憲法9条とそれに関連する事項を中心に調査・研究・提言を行なってきた。
現時点では,国会内に憲法審査会の設置がなされていない等,憲法改正の動向に関しては不確定な状況にあるものの,問題の重要性から,現時点で,当委員会がこの間調査・研究してきた憲法改正問題に関する成果を,対策本部の意見書という形式で発表するものである。
(本論)
1 日本国憲法の意義(立憲主義の理念と基本原理)
(1)日本は,満州事変から第二次世界大戦までのいわゆる15年戦争を遂行し,アジアを中心とした諸国民に甚大な被害を与えた。また,この戦争では,国内外においても民間人を含む多数の人命が失われ,最後には広島・長崎に人類史上初めて原爆が投下されるという悲惨な結末を迎えた。
日本国憲法は,これらの言語に絶する歴史的体験の下に誕生したもので,二度とこのような惨害を起こさないよう,立憲主義を基本理念とし,国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義を基本原理とした国のあり方を定めている。
(2)立憲主義とは,もともと権力者の権力濫用を抑えるために憲法を制定するという考え方のことをいい,広く「憲法による政治」のことを意味している,とされる。そして,近代以降に,国民主権・権力分立・基本的人権保障の基本原理を伴った近代憲法が成立して立憲主義が定着したため,これを近代立憲主義の意味で用いることが多い。(注1)要するに,近代立憲主義は,「法の支配」と「個人主義」が融合し,「個人」のために「法(憲法)」によって国家権力を制限するという考えを核とする思想である。(注2)
日本国憲法の根本にある立憲主義は,上記の歴史的体験の下,近代立憲主義の考え方を継承し発展させ,「個人の尊重(尊厳)」原理と「法の支配」原理を中核とする理念であり,国民主権,基本的人権の尊重,恒久平和主義などの基本原理を支えている。
「個人の尊重(尊厳)」とは,人間社会における価値の根源が個人にあるとし,何にも勝って個人を尊重しようとするものである。一方では利己主義を否定し,他方では全体主義を否定することで,すべての人間を自由・平等な人格として尊重しようとするものであり,個人主義とも言われる。日本国憲法も「すべて国民は,個人として尊重される」と規定している(憲法13条)。そして,憲法の基本原理である国民主権と基本的人権の尊重も,ともにこの「個人の尊重」に由来しており,さらに,個人の自由と生存は平和なくしては確保されないという意味において,平和主義も「個人の尊重」に由来するとともに国民主権及び基本的人権の尊重と密接に結びついている。(注3,4)
「法の支配」とは,専断的な国家権力の支配(人による支配)を排斥し,国家権力を法(憲法)で縛ることによって,国民の基本的人権を保障することを目的とするものである。日本国憲法も,基本的人権の永久・不可侵性を確認するとともに(憲法97条),憲法の最高法規性を確認し(憲法98条),公務員に憲法尊重擁護義務を課していること(憲法99条),また,裁判所に違憲立法審査権を付与していること(憲法81条)から,日本国憲法が「法の支配」に立脚していることは明らかである。
このように,日本国憲法は,「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする立憲主義に基づくものである。(注5)
(3)「個人の尊重」は,上記のとおり平和なくして確保されないものであるが,恒久平和主義に関し,憲法は,前文で「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生きる権利」(平和的生存権)を有することを明記し,平和的生存権実現の一方法として憲法9条で戦争や武力行使・威嚇の放棄,戦力の不保持,交戦権の否認を具体的に規定した。
憲法の規定は,軍隊の武力や戦力をもっては恒久的な平和を構築できないという戦争の本質的現実を直視したものであり,二度と戦争はすべきでない,戦争の加害者にも被害者にもなりたくない,という当時の国民に広汎に受け入れられた(憲法制定当時の毎日新聞世論調査では全体の70%が戦争放棄の条項が必要だと回答していた)。その平和主義は,今日の国民にも深く定着している(注6)。特に戦力の不保持と交戦権の否認を定めた9条2項は,平和的生存権を認めた前文とあいまって,人類史上初めての画期的な規定であり,恒久平和への指針として世界に誇りうる先駆的かつ今日的意義を有するものである。(注7)
核の時代における戦争は,究極において残酷な破壊力を持つ核兵器使用の応酬に至り,結局は勝者も敗者もない殲滅戦争として終わる可能性が大きく,「ヒロシマ」「ナガサキ」を出すまでもなく人類の滅亡の危機すら意味するものである。
日本は,憲法9条を持つことによって,先の大戦で大きな被害を与えた周辺諸国を含む多くの国からも平和を志向している国として一定の信頼を得,戦後60年以上にわたり他国と軍事的な紛争を起こすことなく基本的に平穏な国際関係を維持してきた。この間日本は驚異的な経済的発展を遂げてきたが,これも憲法9条によるところが大きいと識者から指摘されているところである。(注8)
(4)そして21世紀の今日,人口・食糧・水・貧困・格差・搾取・地球環境など世界が解決すべき問題は山積している。しかも,世界各地で発生している戦争や紛争も基本的には根底に貧困,格差,搾取,などの上記問題が横たわっている。これらは非軍事的・平和的手段で解決されるべき問題であり,徹底した平和主義の理念こそがこれらの解決の指針とされるべきである。(注9)
2 憲法改正問題に対する対策本部の基本的考え方
(1)弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命としており(弁護士法1条),その活動の拠り所となったのは日本国憲法に示された高邁な人権思想である。
日本国憲法は,「個人の尊重(尊厳)」原理に由来する基本的人権が,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり,過去幾多の試練に堪え,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与えられることを明らかにしており(11条,97条),憲法改正の限界を明らかにしている。
弁護士・弁護士会は,日本国憲法のもと,幅広い自治権を与えられる中で,国民の基本的人権の擁護や平和の確保,あるいは民主主義の維持のために,様々な活動を展開し,これまで国民の基本的人権を脅かし,あるいは平和の維持に脅威となる事項に関しては,日弁連人権擁護大会における宣言や決議,あるいは仙台弁護士会会長声明等において様々な意見を述べてきた。(注10)
憲法改正問題,とりわけ憲法9条の改正は,基本的人権尊重の基本原理を支える立憲主義の理念や,「個人の尊重(尊厳)」に由来する基本的人権の尊重原理が脅かされ,あるいは平和の維持に脅威となる危険がある。このような事柄に関して問題点や危険性を指摘し意見を述べることは,私達弁護士の社会的責務であり,国民から託された使命を果すためにも必要不可欠であると考える。
(2)また対策本部は,弁護士・弁護士会の過去の歴史と反省に照らし,現在の憲法改正,特に憲法9条(とりわけ9条2項)の改正に関して,決して無関心ではいられない。
弁護士・弁護士会は,第二次大戦前の苦い経験を持っている。旧憲法下,弁護士会の自治権は不十分であったが,国家機関の種々の監督を受けつつも,人権擁護活動に果敢に取り組んでいた。しかし社会が戦時色一色に染め上げられる中で,弁護士・弁護士会の人権擁護活動は制約され衰退していき,次第に戦争に積極的に協力し,最終的には弁護士・弁護士会も戦時翼賛体制の一翼を担うにいたった。(注11)
対策本部は,弁護士・弁護士会が,国内外に多数の死傷者を出した戦争遂行に加担協力し,自由にものが言えない社会の一翼を担ったという,旧憲法下の苦い経験を反省し,国民の基本的人権が軍事的な理由で侵害されたり,日本が再び海外での戦争を行うことは容認できない。
(3)憲法の改正,とりわけ9条の改正に関しては,平和の確保や基本的人権の尊重の観点から,十分な検討と論議がなされるべき事柄である。
9条が改正され,日本が,軍隊を持ち,かつ海外で米軍等と軍事行動を共にすることが可能となったならば,従来政府が採用してきた「専守防衛」政策,「武器禁輸3原則」,「非核3原則」,防衛予算抑制政策等は放棄されることになる。そして,憲法上容認された軍隊が海外での軍事行動に至る可能性が著しく高くなり,国内においては,「国家」目的・利益や「軍事」目的・利益が優先され,「個人」の尊重や,これに由来する基本的人権の保障がそれらの目的や利益のためで制限される社会になる危険がある。(注12)
(4)立憲主義の理念の中核をなす「法の支配」原理も,「個人の尊重(尊厳)」原理も,立憲主義が支える国民主権や基本的人権の尊重の原理も,平和が維持され,そして平和に生きるという条件が満たされない限り実現されないことは前記のとおりである。
基本的人権を擁護し,社会正義を実現するという対策本部の立場に照らせば,平和の維持や基本的人権の尊重の観点から脅威となる憲法改正,即ち立憲主義を危うくし,現在及び将来の国民に与えられた永久の権利である国民の基本的人権を大きく制約し,日本が再び海外で戦争をし,戦争に巻き込まれる危険性を持つ改正は容認できない。
3 憲法改正論議をめぐるこれまでの経緯と現状
(1)近時の改憲論の背景
1990年代以降の憲法改正論の特徴としては,日本とアメリカの同盟関係の緊密化の中で,憲法9条だけでなく憲法の骨組を大きく変更しようとする全面的改憲論が唱えられている点,自衛軍を設置し,海外に自衛軍を派遣した上,米軍等とともに武力の行使を可能とするため9条2項を削除しようとしている点があげられる。
日本とアメリカの関係に関しては,1978年に日米間で取り交わされた「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」は,日米の軍事的な協力の具体化を本格的に進めるものであった。その後,1996年4月日米安全保障共同宣言(安保条約再定義),1997年9月の新日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)策定,1999年5月新ガイドライン策定を受けての周辺事態法の成立という経緯の中で,国内の論議において1990年代前半期には国連決議による自衛隊の海外出動を強調するものがあったが,その後は国連決議を経ない日米同盟に基づく自衛隊の出動が目指されるようになった。(注13)
そして,2001年9月のアメリカ同時多発テロの後は,同年10月テロ対策特措法が成立し,同年12月,凍結されていた平和維持軍本体業務(PKF)の解除のための改正が行われ,2003年3月イラク戦争発生後は同年6月有事関連3法(武力攻撃事態対処法,国家安全保障会議設置法一部改正,自衛隊法一部改正),同年7月イラク特措法が成立し,2003年12月以降自衛隊がイラクに派遣された後に,2004年6月有事関連7法案(国民保護法,米軍支援法,武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律,武力攻撃事態における外国軍用品等の海上輸送の規制に関する法律,自衛隊法一部改正,国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律,武力攻撃事態における捕虜等の取り扱いに関する法律)・3条約案件(改正ACSA,1949年8月12日のジュネーブ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書,1949年8月12日のジュネーブ諸条約の非国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書)が成立している。
以上の経過に鑑みると,90年代以降の憲法9条の改正の目的は,自衛隊を単に軍隊と位置づけるだけでなく,自衛隊を海外に派遣し,アメリカ軍と共に軍事行動を行うことを可能にすることにあるといえる。
(2)最近の状況
この間,自衛隊の活動に関して,テロ対策特措法によって,周辺事態措置法にあった地理的限界が突破され,テロと認定されれば,自衛隊は世界中のどこにでも行けることになった。(注14)
そして,テロ対策特措法の目的が「国際社会の平和と安全」になったため,テロ撲滅という理由があれば,自衛隊は,多国籍軍(有志連合)に対する後方支援として出動できるようになり(同年11月9日,インド洋に護衛艦,補給艦が派遣された),武器使用基準が緩和され,後方支援中に攻撃を受けた場合の反撃の方法が拡大された。
イラク戦争発生後,有事関連3法が成立,そして,イラク特措法が成立し,2004年1月には陸上自衛隊がイラクに派遣(2月サマワ入り)され,重装備の自衛隊が海を渡ることになった。
また,同年12月10日に閣議決定された新防衛大綱では,「専守防衛政策」からの離脱が表現され,ミサイル防衛システム(MD)とテロなど新しい脅威への対処を防衛力の柱に加え,自衛隊の国際協力に重点が置かれるものとなっている。(注15)
そのような中,2005年10月28日,自民党新憲法草案が発表(11月22日に正式決定)され,また10月31日には民主党も「憲法提言」を発表した。また,前後して,読売新聞社や経済界,その他の諸団体等から,相次いで憲法改正に対し,改正案や見解が発表されている。
これら憲法改正案が公表されたことは,以上のようなアメリカとの軍事同盟の緊密化という歴史的経緯と無関係ではなく,これに対する注視を忘れてはならない。そして,2007年5月には,憲法改正国民投票法案が成立しており,憲法改正は現実的な段階に入っている。
4 憲法改正案の問題点
(1)自由民主党の新憲法草案
ア 自由民主党の新憲法草案の概要
(ア) 自由民主党(以下,「自民党」という。)が2005年に正式決定した新憲法草案は,前文と99条からなる現憲法の全面改正案となっている。そしてその内容は,現憲法の立憲主義の基本理念や,国民主権主義,基本的人権の尊重,恒久平和主義といった基本原理を大きく変容しようとするものである。
(イ) 草案では,前文において,「日本国民は,帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し」と規定し,国民には国家を守る責務があることを規定する。
2004年11月17日,自民党から公表された(但し,同年12月4日撤回)憲法改正草案大綱(たたき台)では,「21世紀における現代憲法は,国家と国民とを対峙させた権力制限規範というにとどまらず,『国民の利益ひいては国益を護り,増進させるために公私の役割分担を決め,国家と地域社会・国民とがそれぞれに協働しながら共生する社会をつくっていくための,透明性のあるルールの束』としての側面をも有することに注目すべきである。」等とされており,その延長線上で定められた草案においても上記前文の規定等から同様の考えが根底に存すると認められ,憲法に権力制限規範の意味だけでなく,国民に対する行為規範の意味を持たせるものになっている。
(ウ) また,自民党新憲法草案では,基本的人権の制約に関して,12条,13条,29条2項で現憲法において人権相互間の調整原理とされる「公共の福祉」に変えて,「公益及び公の秩序」が人権制約原理になることを明記してある。
「公益及び公の秩序」とは自民党新憲法起草委員会・要綱第1次草案(2005年7月7日)によれば,「共同体として,国家の安全と社会秩序を維持する概念」とされていたのであるから,「公益及び公の秩序」は,人権相互間の調整原理ではなく,人権規定より上位に位置づけられた国家的利益ないし社会全体の利益を意味すると考えられる。
(エ) 特に,平和主義については,現憲法前文の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」,「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する」部分および戦力の不保持や交戦権の否認を定めた9条2項を削除し,9条の2により自衛隊を自衛軍という正式な軍隊として位置づけるものである。
そして,自衛軍は,9条の2の3項で国連決議がなくても「国際的に協調して行われる活動」や「緊急事態における公の秩序を維持する活動」ができるとされており,イラク戦争の如き海外での武力行使や国民に向かっての治安維持活動を可能とするものである。(注16)
イ 自民党の新憲法草案の問題点(日本国憲法の立憲主義の理念や恒久平和の主義などの基本原理に対する危険性)
自民党の新憲法草案のような憲法改正がなされた場合,以下に指摘する重大な問題点や危険性が生ずるおそれが高い。(注17)
(ア) 立憲主義の変容の危険性
草案は,憲法の位置づけについて,国家に対する権力制限規範にとどまらず,国民の責務を定める国民に対する規範の性格を与えているもので,憲法の本質である制限規範性を後退させ,立憲主義を大きく変容させる危険性を含んでいるものとなっている。
立憲主義は,前記のとおり,権力者の権力濫用を抑えるために憲法を制定するという考え方で,近代にいたる歴史的な教訓のもとで確立した理念である。その立憲主義の内容たる憲法の制限規範性を後退させることは,草案における基本的人権の制約原理の変更や,憲法9条の改正による軍隊の保持と海外での武力行使が可能になるということと結び付いた場合,憲法が権力に対する制限規範としての役割を果たさず,国民の基本的人権が侵害される社会を招く危険性につながりかねないという極めて重大な危険性を持つものである。
(イ) 基本的人権の制約原理の変更の危険性
草案では,国民の基本的人権の制約に関して,12条,13条,29条2項「公益及び公の秩序」が人権制約原理になることを明記してある。「公益及び公の秩序」なる概念は,現憲法における「公共の福祉」に変わるものである。しかし,現憲法における「公共の福祉」の概念は,人権相互間の調整原理としてとらえられているところ,「公益及び公の秩序」は,人権相互間の調整原理ではなく,人権規定より上位に位置づけられた国家的利益ないし社会全体の利益を意味すると考えられる。
そのため,国家的利益ないし社会全体の利益が基本的人権の制約の根拠とされることになるが,草案が平和主義に関して9条を改正して軍隊を憲法上保持し,海外での武力行使を可能とする改正となっていることに照らせば,軍事的理由や国家的な理由が,基本的人権の制約原理の上位概念とされる危険性が現実化しかねないものである。(注12)
(ウ) 9条の改正に関する問題点と危険性
a 草案では,自衛隊を軍隊として憲法上明記することになるが,軍隊が憲法に位置づけられれば,自衛軍は公の存在となり,自衛軍の活動,即ち戦時の戦闘行為,或いは戦時を予測して行う諸々の行動が憲法上公益ないし公の秩序維持活動として当然認められることになろう。
b 更に草案は,9条を改正して,軍隊が海外で武力行使を行うことが可能となるが,そのような改正は,日本の平和と安全を実現する手段を,現憲法のように「諸国民の公正と信義」の下に互いの信頼関係を築いて平和・安全を確立するという方法ではなく,武力,軍事力により実現しようとする方向へ思想転換するものであり,軍事力強化が国家として優先課題となるおそれがある。
軍事優先の社会となれば,アメリカ,中国,ロシアの例を出すまでもなく,「敵に勝つ軍隊」を作るため軍産複合による軍事予算の肥大化を招き,「敵国」との関係で際限なき軍拡競争に突入する危険が大きくなる。
c 軍隊の行動が公益ないし公の秩序維持活動となり,かつ軍事力強化が優先の課題となれば,
(a) 軍隊の存在や軍事行動は,基本的人権の制約原理である「公益及び公の秩序」に該当するとされ,そうなれば,憲法13条の「個人の尊重(尊厳)」をはじめとする基本的人権は,軍事目的のため著しい制約を受ける可能性が高くなる。(注18)
(b) 軍隊の存在や軍事行動は,国家の安全や軍事機密を根拠に今以上に国会などの民主的コントロールの及ばない「ブラックボックス」とされる危険が大きくなり,国民主権の見地から大きな問題であろう。
(c) 軍隊や軍事行動に関する取材の自由は「国家的利益」に影響を与えるものとして制約され,国民の知る権利は大きく制限されるおそれが大である。
(d) また,反戦・平和・護憲など軍隊のあり方や行動に対し問題提起する表現の自由やその基礎にある思想・良心の自由という中核的な基本的人権も軍事目的・利益のため制約を受けざるをえない。
(e) この結果,国民主権主義の下,国民が取材の自由・報道の自由により裏打ちされた正しい情報により,表現の自由が保障されるなか言論を戦わせ,選挙などを介して国の将来を選択していくという民主主義的統治機構は大きく変容する危険が大きい。そうなった場合,少数意見が民主的手続によって多数意見になる契機が失われ,人権を大きく制約する社会構造を民主的手続により是正することが困難となる。
d 草案76条3項では「軍事に関する裁判を行うため,法律の定めるところにより,下級裁判所として,軍事裁判所を設置する。」としている。その具体的内容は明らかではないが,「軍事裁判所」は戦前の軍法会議のように規律を厳格化し,組織を強化するために軍人の犯罪はもちろん,一般人の軍に対する犯罪も通常裁判所の管轄に属さず,その管轄とすること,また,軍属・軍用船舶員・俘虜に対しても管轄権を有するものであるとすることが想定される。しかし,そのような制度は,軍事に関する事案を司法権の特例とし,裁判を受ける権利(32条)の大きな制約になり,国民の裁判を受ける権利が変質させられるだけではなく,人権保障の最後の砦である司法においてすら軍事を特別扱いすることにつながり,基本的人権は強く脅かされる。また立法,行政も司法同様軍隊に対し特例を設けざるをえなくなる危険が高まり,自衛軍が国民に対し治安維持活動ができるとする草案第9条の2の3項ともあいまって軍隊や軍事機構が,立法権・行政権を制約・変質させ,その結果国家全体の統治が軍事中心・軍事優先になる社会が出現する危険性がある。
e もし,自衛軍が,草案第9条の2の3項の改正により軍隊が海外に行くことになれば,日本の周辺諸国の日本に対する警戒心を呼び起こし,東アジアの安定を害するおそれがあるのみならず,イラク戦争のような戦争に参加することになれば,憲法9条という規範を持たない自衛軍は,非戦闘地域での後方支援にとどまらず,前線において,自ら軍事行動をとり,戦闘に加わり,あるいは軍事的紛争に巻き込まれる危険性がある。自衛軍が軍事目的のために他国民を殺す事態となれば,日本国憲法のもとで勝ち得た日本の平和国家としての信頼を著しく破壊してしまうことになる。そうなっては,日本に対する報復攻撃やテロ行為の危険も格段に高まり,日本の国内外の一般市民も報復攻撃やテロ行為の標的にされる事態が起こりうる。
f 軍事優先の社会では,軍事費が増大する反面,福祉,教育,医療,社会保障等の予算は削減され,憲法25条の理念を崩壊させる危険がある。その結果,現在進行している日本の貧困や格差問題の解決を著しく遠退かせることになりかねない。(注19)
(2)民主党の憲法提言
ア 民主党の憲法提言の概要
(ア) 民主党の「憲法提言」(以下「提言」という)は,条文形式をとらず,憲法改正の指針・理念を述べたものとなっている。
(イ) 提言では,平和主義に関して,「より確かな安全保障の枠組みを形成するために」という章題のもと,「日本国憲法は,国連憲章とそれに基づく集団安全保障体制を前提にしている」と述べ,これまでの「平和を享受する日本」から「平和を創り出す新しい日本」へ転換していくことが重要であるとしている。その上で,憲法の根本規範としての平和主義について,憲法の「空洞化」を許さず,「制約された自衛権」を明確にして,国際貢献の枠組みを確かなものにし,政府の恣意的な解釈に歯止めをかけるべきだとする。そのような基本的考えのもと,提言は,「国連の集団安全保障活動を明確に位置づける」などの「四原則・二条件」を提示している。
(ウ) また,提言では,立憲主義に関して,新しい憲法は,従来の憲法の本質である制限規範性のみならず,国民の意思を表明し世界に対して国のあり方を示すメッセージを発信する「宣言」としての意味をもたなければならないとする。そして,『国民の義務』に代えて『共同の責務』概念を提示して,国家と個人の対立や社会と個人の対立を前提に個人の権利を位置付けるのではなく,国家と社会と個人の協力の総和が『人間の尊厳』を保障するとしている。
イ 民主党の憲法提言の問題点
(ア) 提言は,これまでの「平和を享受する国」から「平和を創り出す新しい日本」へ「転換」することが重要であると述べている。
しかし,日本は,今までも平和を作り出すために9条のもとで非軍事的な国際貢献をしてきたものであり,このことで先の大戦で被害を与えた周辺諸国を含む多くの国から信頼を得てきたことは前記したとおりである。したがって,提言が,日本は専ら平和を享受してきただけと評価しているのであれば誤りである。提言は,「平和を創り出す新しい日本」へ「転換」をするとし,その具体的内容として,国連多国籍軍や国連平和維持活動(PKO)に参加し,積極的に活動するとしており,また現憲法9条2項の戦力の不保持・交戦権の否認を維持・継続するとは述べていない。それらのことからすれば,提言の内容は,実質的には「戦後培ってきた平和主義」を大きく転換し,今までの非軍事的貢献にととまらず軍事的貢献へ転換することを志向するものといえるものであり,このような軍事的な貢献が行われれば,日本が海外で戦争に巻き込まれ,また戦争に加担していく危険が大きいと言わざるを得ない。
提言は,この危険性を認識して「四原則・二条件」をあげ,これを日本が,国連多国籍軍や国連平和維持活動(PKO)に参加して活動する際の歯止めと位置づけている。しかし,現在の国連の実態は大国を始めとした参加各国の利害が厳しく衝突していて,国連に本来期待される機能が必ずしも適切に発揮されているとは言い難い。さらに,国連決議や国連安保理決議は必ずしも具体的かつ明確であるとは言えず,多様な解釈の余地を残していることから,日本の軍隊が武力行使するための要件充足も明確に判断できるとは言い難い。まして,我が国においては,9条2項の解釈が「解釈改憲」とまで評される経過をたどってきたことに照らせば,提言のように軍隊の存在や軍事活動が一旦憲法によって認められてしまえば,「四原則・二条件」が実質的な制限規範として機能するかどうかは疑わしい。むしろ,何ら歯止めにはならず,日本が海外での戦争や武力行使を行う危険性が増えていく危惧の方が大きい。
(イ) また,憲法に「宣言」としての意味をもたせるとしても,それは,当然,憲法の本質を損なわない限度でなされなければならない。しかし,提言で「共同の責務」を謳っている部分は,憲法の本質である制限規範性を後退させ,立憲主義を変容させる危険性を含んでいる。この立憲主義の変容が,上記の軍事的国際貢献と結びつけば,国民の権利自由は,軍事目的によって著しい制約を受けざるをえない。したがって,提言による憲法改正も,自民党新憲法草案と同様に,日本が再び海外において戦争を行う危険性を有し,国民の基本的人権が侵害される社会を招く危険性を払拭できない。
ウ その他の憲法改正案について
読売新聞社は,2004年5月3日読売改憲試案を発表した。同試案においては「21世紀にふさわしい憲法」を目指し,国民的議論を起こすたたき台として提言したとされているが,同試案では,憲法は国民が守るものであって,憲法が国家権力を制限して国民の人権を守るというという発想・視点が全く欠けており,立憲主義の原理を大きく変容するものとなっている。また現行憲法9条2項を削除し,同試案12条で軍隊の保有を認め,第14条で軍隊の海外派兵を認めているなど,日本の軍隊がアメリカ軍と軍事行動を共にするなど,海外で武力行使を行うことを可能にする内容になっている。
このように,同社の改憲試案は,自民党の草案と同様に,日本が海外で武力行使できる途を開くとともに,基本的人権の保障を危うくする内容となっている。
また,社団法人日本経済団体連合会,社団法人経済同友会,日本商工会議所の経済三団体はそれぞれの意見書や憲法提言を出している。また,同時期にPHP総合研究所および社団法人日本青年会議所等も憲法提言(改正私案)を提出している。
各団体の提言内容は,団体ごとに少しずつ主張が異なり,特に国際貢献を果たすことを強調する一方で近隣諸国への配慮もせざるをえない経済団体の提言と,文字通りの私案にすぎないその他の団体の提言とではニュアンスの違いが見られるが,両者の主張をすべてあわせれば,平和主義の部分に関しては,軍隊の保持を認めたり,海外での活動を認めていくなど,ほぼ自民党の新憲法草案の主張と同様の方向をなっているというものが多く,その場面では基本的には,自民党の草案に対する問題点や危険性の指摘があてはまるものである。
5 憲法9条と「国際貢献」
(1)憲法9条の改憲論の理由の一つとして,「平和のためには,軍事的な国際貢献も必要である」「一国平和主義でいいのか」等,世界の平和のためや日米同盟の重要性から,武力行使を伴う軍事的「国際貢献」が必要であるとの主張が存する。
(2)たしかに,現憲法も国際社会との協調を掲げており,また過去の戦争の反省からも国際社会で孤立することは避けなければならない。
しかし,国際社会との協調を果たし,「国際貢献」を行っていく必要があるとして,その手段方法において,軍事的な貢献が必要であるかといえばそれは間違いであるといわざるをえず,「国際貢献」は,平和的手段・非軍事的な手段によるべきである。
国際紛争において,武力をもって相手を屈服させようとすることは紛争の真の解決とはならず,紛争の拡大や長期化,複雑化を招来する危険が大きい。このことは過去の戦争の歴史が証明しており,最近においてもイラク,アフガニスタン,パレスチナ,チェチェン,南北オセチア等々の現状に見られるように,武力行使は互いの憎悪を募らせ,武力・暴力の応酬を招き,紛争の根本解決に結びつかず,逆に紛争を拡大させ,混迷を深める結果となっている。
また,「国際貢献」の実情に関して述べれば,「大量破壊兵器阻止」をスローガンに掲げた有志連合によるイラク戦争に大義がなかったことが既に明らかになっている。スローガンを掲げて戦争を正当化しても後にそれが虚偽や誤りであったという歴史は現在でも繰り返されており,イラクにおいては,誤りが分かっても戦闘行為は続けられ,長期間自衛隊も撤退できない状況に置かれた。
このような自衛隊イラク派遣の問題はあるものの,日本は歴史の教訓に学び,第二次世界大戦後60年以上の現在まで平和外交を行ってきた。そのため,朝鮮戦争,ベトナム戦争,イラク戦争等があったにもかかわらず,日本は民間人からはもちろん自衛隊員からも1人の戦死者も出していない。
また,核兵器を初めとする大量破壊大量殺戮兵器が出現した現代においては,武力をもって相手を屈服させようとすることは,これらの兵器の使用等による殲滅戦争を誘発しかねない。唯一の被爆国の日本は,武力をもって相手を屈服させようとすることに加担すべきではない。むしろ,理性に基づくねばり強い交渉等の平和的手段によって,国家間の対立や紛争が真に解決されるよう最大限の努力をすべきである。
(3)ところで,我国の衆議院では,戦後50年以降,相次いで決議をあげて,平和的手段によって国際紛争の解決を目指すことを宣言している。
衆議院では,1995年6月9日「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」(「戦後50年決議」=「不戦決議」),2000年5月30日「戦争決別宣言決議」をあげ,そして2005年8月2日には「国連創設及びわが国の終戦・被爆60周年に当たり,更なる国際平和の構築への貢献を誓約する決議」として,「政府は,日本国憲法の掲げる恒久平和の理念のもと,唯一の被爆国として,世界のすべての人々と手を携え,核兵器等の廃絶,あらゆる戦争の回避,世界連邦実現への探究など,持続可能な人類共生の未来を切り開くための最大限の努力をすべきである」ことを表明した。
これらは,衆議院が日本の歴史の教訓と日本の世界で果すべき役割を重く受け止め,世界の平和を真摯に希求して決議したものである。これらの決議は日本の「国際貢献」を考えるにあたり基本的な方針とされるべきものである。
(4)世界の人々も,武力によらない平和構築こそが必要であると考えはじめている。1999年5月にオランダのハーグで世界各地のNGOが結集して開催された世界市民会議で「公正な世界秩序のための基本10原則」の第1に「各国議会は,日本の憲法9条のように,自国政府が戦争をすることを禁止すること」が掲げられた。2005年7月ニューヨーク国連本部で採択されたGPPAC(武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ)暴力紛争予防のための世界行動提言,2006年6月カナダのバンクーバーで開催された「世界平和フォーラム」宣言,2007年11月に開かれたナショナル・ロイヤーズ・ギルド(アメリカの人権救済団体)総会決議,2008年5月日本で開催された「9条世界会議」の「戦争を廃絶するための9条世界宣言」においても,武力によらない平和構築の理念や価値が評価され,これこそが21世紀の今日,世界が向うべき指標であると再確認された。
(5)現在,世界には貧困・飢餓対策や南北格差を含む格差問題,人口問題・食糧問題,水問題,感染症対策,そしてそれらの問題を今以上に悪化させる地球温暖化を含む環境問題など,数多くの課題が山積している。また,核軍縮の促進,国際紛争を予防し処理する調停機構や国際刑事司法機構の充実,民族紛争などから発生する難民救済といった解決すべき問題も多い。これらを解決するために日本は最大限の努力をすべきであるが,武力行使を伴わない手段によってこそ,日本は国際社会において適切な役割を果たせる。なぜなら,日本は平和憲法のもとで国際的に一定の信頼を得つつ戦後復興を遂げ,世界有数の技術力を獲得した国であり,その技術を平和的に活用すれば,効果的かつ説得的に国際貢献を行うことができるからである。これこそが国際社会が日本に期待していることである。日本が武力行使を伴う軍事的な「国際貢献」に踏み込んでしまうと軍事的紛争の当事国になる恐れがあり,かえって非軍事的活動を効果的・説得的に行えなくなる恐れがある。
(6)以上を踏まえれば,日本は武力行使を伴う軍事的なものではなく,非軍事的な「国際貢献」をすべきである。世界からも武力行使を伴わない「国際貢献」こそが求められているし,それでこそ日本の力を十分に発揮できるというべきである。
6 結論
日本は,過去に悲惨な戦争を遂行し,国内外に多大な損害を被らせたという苦い歴史体験を持つ。その深刻な反省の上に立って日本国憲法が成立し,そのもとで日本が国際的信頼を得てきたことは重視されるべきである。
日本国憲法のもとで戦後60年以上を経過し,この間国内はもとより,世界の状況は大きな変化を遂げている。しかし,日本の国民が,平和を守り二度と戦争をしないとした決意は,今も変わることはなく,平和が維持され,基本的人権が守られる社会を築いていくという努力が続けられるべきである。
現在公表されている憲法改正案の中で,上記のとおり自民党新憲法草案は,憲法によって国家権力を縛り,基本的人権を保障するという立憲主義の理念や立憲主義が支える国民主権主義,基本的人権の尊重,恒久平和主義という基本原理を根本から変える内容となっている。また民主党「憲法提言」も,立憲主義や平和主義の変容の点に関して同様の問題を有している。
憲法に「国民の人権を守るため,憲法により,国家権力を制限する」という権力制限規範としての意味合いだけでなく,国民に対する行動規範の意味を持たせるような改正がなされれば,憲法により国家権力を縛る意味は大きく減殺され,その反面として基本的人権の擁護等の観点から大きな危険性を生ずることとなる。また,軍隊が憲法上の存在として位置づけられ,海外で軍事活動を行えば,他国からの軍事攻撃の対象になる可能性が高くなり,戦争の当事国となる危険性が増大する。そして,国内的には,日本はそれに対応するためさらに軍事力を強化する必要に迫られかねないし,前記のとおり軍の活動は国家の公益活動に位置づけられ,軍事目的達成のため国民の基本的人権が制限され国民に対する統制が強化されるという軍事中心・軍事優先の国になってしまう危険がある。
以上,自民党新憲法草案や民主党「憲法提言」等に掲げられた内容で憲法改正がなされた場合には,人権擁護や平和の維持の観点からみて様々な問題が発生すると思われ,強い危惧を抱かざるを得ない。
従って,現在公表されている憲法改正案には,憲法前文の平和的生存権規定や憲法9条2項を削除して,「軍隊」を保持して海外での武力行使を可能とし,憲法に権力制限規範の意味合いだけでなく,国民に対する行動規範の意味を持たせ,基本的人権の制限に関して人権調整原理である「公共の福祉」に換えて,人権制約原理として「公益」や「公の秩序」などを導入するものがあるが,現時点においてこのような内容で憲法が改正された場合,立憲主義を変容させ,国民の基本的人権が大きく制約され,日本が再び海外において戦争を行うことにつながる危険性が存するものと考える。
対策本部としては,基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命に立ち返って考えた場合,そのような危険性を有する憲法改正には反対である。
以上
(注1)
辻村みよ子「憲法(第3版)」P9以下
(注2)
日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P49~P51,P54以下
(注3)
日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P67,68
「平和主義が立憲主義の体系の中に取り込まれていったのは当然である。なぜなら,戦争…特に総力戦となった現代の戦争にあっては,すべての価値観が「国家が勝つこと」のみに集約され,「個人」そのものあるいはその権利の徹底的な制限・破壊をもたらし,議会制民主主義も麻痺させてしまうからである。つまり戦争こそは立憲主義の最大の敵であり,その防止は,現代にいたってもなお,立憲主義に課せられた最大の課題であるともいえる。」
(注4)
佐藤幸治「憲法(第三版)」P11は現代立憲主義に関し以下のとおり指摘する。
即ち,
「(6)平和国家への志向
元来戦争は立憲主義にとって最大の敵である筈である。とりわけ現代戦争は総力戦であって,人権(私的領域)の徹底的な制限・破壊を伴い,立憲主義体系に壊滅的な打撃となる。…」
(注5)
2005年11月日弁連第48回人権擁護大会(鳥取)「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」(鳥取宣言)
(注6)
2008年5月2日付朝日新聞によれば,憲法9条改正反対66%,賛成23%となった。
2008年4月8日付読売新聞によれば,憲法改正賛成42.5%,反対43.1%となった。
(注7)
・2005年11月同第48回人権擁護大会(鳥取)「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」(鳥取宣言)
(注8)
・浦田賢治「日本国憲法の平和主義」(早稲田法学56巻2号)
・長島直樹「公共投資と防衛費支出」(富士通総研。FRI Review 2000年4月)
・暉峻淑子「私たちの生活はどうなるのか」(「有事法制批判」岩波書店P164以下)
(注9)
ブッシュ政権時代,アメリカは問題の軍事的解決を最優先させてきたが,そのアメリカの現状については堤未果「ルポ貧困大国アメリカ」(岩波書店),田城明「戦争格差社会アメリカ」(岩波書店)により紹介されている。
また,予防的先制攻撃論(戦争政策)が採られたブッシュ政権時代のアメリカにおける人権状況については後記(注16)菅野昭夫レジメ参照。
(注10)
(日弁連)
・2008年10月日弁連第51回人権擁護大会(富山)「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」(富山宣言)
・2005年11月同第48回人権擁護大会(鳥取)「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」(鳥取宣言)
・2002年11月同第45回人権擁護大会(郡山)「有事法制3法案の廃案を求める決議」
・1997年10月同第40回人権擁護大会(下関)「国民主権の確立と平和のうちに生きる権利の実現を求める宣言」(下関宣言)
(仙台弁護士会,東北弁連)
・2008年7月 東北弁連「日本国憲法の恒久平和主義を堅持する宣言」
・2008年10月 仙台弁護士会「新テロ特措法延長法案に反対する会長声明」
・2008年4月 同「名古屋高裁自衛隊イラク派遣差止訴訟判決に関する会長声明」
・2007年12月12日 同「イラク特措法廃止法案を支持する会長声明」
・同年同月同日 同「新テロ特措法の制定に反対する会長声明」
(注11)
1934年には東京弁護士会が治安維持法改正に対する賛成決議をあげたほか,1940年には日本弁護士協会が政府の「国民精神総動員本部」の活動に協力する決議をあげ,同協会の協力のもと東亜新秩序建設をうたう「東亜法曹協会」が設立された。1941年には在野法曹時局協力連盟が設立され,1944年には「大日本弁護士報国会」が結成された。仙台弁護士会でも,1942年2月8日に当会会長以下全会員が神社に出向いて戦勝祈願を行ったほか,1943年には「仙台弁護士報国会」「勤労報国隊」を結成している(日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P13,P23~P24,仙台弁護士会会史P232,233)。
(注12)
日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P115以下,特にP120以下(「4人権制約原理としての軍事的公共性の誕生」「5 軍事目的による人権制約の展開」)
(注13)
日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P37以下など
(注14)
周辺事態法では,自衛隊が米軍に対して後方地域支援を行う地域は,「我が国領域」と「我が国周辺の公海及びその上空」となっていたが,テロ特措法では,自衛隊が行う協力支援活動の活動範囲は,「我が国領域」と「公海」,「外国の領域」(ただし,当該国の同意が必要)となった(小沢隆一「はじめて学ぶ日本国憲法」大月書店P195以下。日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P36)。
(注15)
新防衛大綱では,「今後のわが国の防衛力については,即応性,機動性,柔軟性,及び多目的性を備え,高度の技術力と情報能力に支えられた,多機能で弾力的な実効性のあるものとする」という表現を使っている。「多機能で弾力的防衛力」とは,非国家主体を含む「新たな脅威や多様な事態に向けたものとされており,「いつでも」「どこへでも」「何に対してでも」対処できる防衛力を意味するとされている。また「国際社会が協力して行う活動に主体的かつ積極的に取り組む必要がある」という表現がある。これは,国連の平和維持活動だけでなく,アメリカ中心の有志連合への意欲をにじませるものであるとされている。そして自衛隊の海外派遣方式を現在の「特措法」方式(テロ特措法,イラク特措法)から一般法に変更させることを示唆するものと受け取られている(日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P37以下)。
(注16)
・日弁連第51回人権擁護大会第1分科会基調報告書P131以下
(注17)
・菅野昭夫「愛国者法(上・下)」(法と民主主義2004年5月号)
・菅野昭夫「2001年9月11日事件後のアメリカ政府による人権蹂躙の数々と背景」(仙台弁護士会第14回連続市民講座レジメ)
は2001年10月成立した愛国者法制以降のアメリカの人権状況を的確に紹介している。
(注18)
・日弁連第48回人権擁護大会第1分科会基調報告書P115以下,特にP120以下(「4 人権制約原理としての軍事的公共性の誕生」「5 軍事目的による人権制約の展開」)
(注19)
・堤未果「ルポ貧困大国アメリカ」(岩波書店)
・田代明「戦争格差社会アメリカ」(岩波書店)