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緊急事態時に国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対する意見書

2023年07月20日

緊急事態時に国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対する意見書

2023年(令和5年)7月20日

仙 台 弁 護 士 会

会 長  野 呂   圭

第1 意見の趣旨
 現在衆議院憲法審査会で議論されている緊急事態時に国会議員の任期延長を可能とする憲法改正案は、国民の選挙権の行使を制限するものであるところ、その制限を正当化する理由(必要性)は認められない。緊急事態時における国民の選挙権の行使を十分に保障する観点からは、公職選挙法を速やかに改正し、緊急事態時でも早期の選挙が実施できるように整備することこそが肝要である。
むしろ、同改正案は、国会議員が自らその任期を延長する判断をする点でお手盛りの危険があるなど弊害が大きい。
よって、当会は、緊急事態時に国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対する。

第2 意見の理由
1 衆議院憲法審査会で出されている国会議員の任期延長案
衆議院憲法審査会では、現在、大規模災害や戦争等の緊急事態時に国会の権能を維持するために、国会議員の任期延長を可能とする憲法改正を求める意見が、自由民主党、日本維新の会、公明党、国民民主党及び有志の会から具体的に出されている。
 これら5つの会派の意見はそれぞれ異なる点もあるが、概ね、以下の点で共通している憲法改正案と言える(以下、この共通点を含んだ憲法改正案を「国会議員任期延長案」という。)。
① 国会議員任期延長の目的は、緊急事態時における国会の権能の維持、特に行政監視機能の維持。
② 国会議員任期延長の実体的要件は、大規模自然災害事態、テロ・内乱事態、感染症蔓延事態及び国家有事・安全保障事態等の緊急事態が生じ、選挙の適正な実施が困難であること。
③ 内閣が国会の事前承認(出席議員の3分の2以上の賛成)を経て行うことが、国会議員任期延長の手続的要件であること。
④ 国会議員の任期延長期間の上限は、70日ないし1年。
⑤ 国会議員の任期が延長された場合には、開会中の国会は閉会禁止、必要的臨時召集(召集義務又は自動集会)、衆議院の解散禁止、内閣不信任決議案の議決禁止の下で、国会審議が行われる。
 しかしながら、この国会議員任期延長案は、以下に述べるとおり、国民の選挙権行使を制限するだけの正当性は認められない。

2 国民の選挙権行使を制限するという問題であること
 国会議員の任期を延長することは、延長された期間中に国民は選挙権を行使できないことを意味する。つまり、国会議員任期延長案は、国民の選挙権行使の機会を遅らせるという方法により選挙権行使を制限するものである。
 憲法は、公務員の選定罷免権を国民固有の権利であると規定し(15条1項)、成年者による普通選挙を保障し(同条3項)、さらに、国会の両議院について「全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定めて(43条1項)、主権者である国民が国会議員を自ら選択する機会を保障している。このように、国民の選挙権は国民主権(前文、1条)と密接不可分のものである以上、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、制限することがやむを得ないと認められる事由がなければならない(在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件最高裁判所2005年9月14日判決も同旨)。
 したがって、国会議員任期延長案も、任期延長による選挙権行使の制限がやむを得ないと認められる事由がなければならない。
 しかし、後述するように、国会議員任期延長案には制限を正当化するだけのやむを得ない事由は認められない。

3 緊急事態が発生しても、国会議員が不在となり、国会の権能が維持できないという事態は生じないこと(必要性の不存在)
(1)国会議員任期延長案は、緊急事態により選挙が実施されず国会議員不在という事態が生じてしまうと、国会の権能が維持できないということを理由にしている。しかし、日本国憲法及び公職選挙法は、以下に述べるとおり、緊急事態に備えており、国会議員の不在を回避し、国会の権能は維持できる。仮に、現行法に不備があったとしても、それは公職選挙法の改正で対応可能であり、憲法改正の必要性は認められない。
(2)国会議員は不在にならないこと
憲法46条は、「参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。」と定めている。したがって、仮に、衆議院の解散と参議院議員の任期満了が同時となって、衆参同日選挙前に緊急事態が生じた場合であっても、参議院議員の半数は非改選議員として存在していることになるため、国会議員の不在は生じないし、会議の定足数(総議員の3分の1、憲法56条1項)も確保できている。
(3)衆議院解散後総選挙前に緊急事態が発生した場合
ア 被災地以外の選挙区は予定どおり選挙 を実施し、被災地の選挙区が予定どおり選挙を実施できない場合は繰延投票(公職  選挙法57条 )を実施することにより、衆議院議員の不在は回避できる。
 この場合、一時的に被災地の選挙区の衆議院議員が不在となる状態が生じるが、国会議員は「全国民を代表する」者であり(憲法43条1項)、選挙された議員が被災地のためにその役割を果たすことになるため、特段不都合はない。
 また、総選挙が実施され、特別会が召集されるまでの間では参議院の緊急集会で対応できる。すなわち、憲法54条2項は、「衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。」と定めている。また、同条3項は、「前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであって、次の国会開会の後10日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失う。」と定め、緊急時の措置に対する衆議院の関与の機会を保障している。
イ これに対して、日本全土にわたって予定どおり総選挙を実施できない場合には、参議院の緊急集会のみでは対応できないとして、国会議員の任期延長の必要性を説く意見がある。すなわち、衆議院解散による衆議院議員の不在期間が最長で70日と限定されていること との関係で、参議院の緊急集会の存続期間も衆議院解散の日から70日間に限定されると解釈し、それまでに総選挙が実施されず、特別会も召集されない場合には国会の権能が維持できなくなるとして、国会議員の任期延長を求める意見である。
 しかし、そもそも、日本全土において、衆議院解散後40日以内に総選挙を実施できない事態がどれほど想定できるのかは疑問がある。例えば、東日本大震災(2011年3月11日)があった2011年は統一地方選挙の年であったが、被災地以外は予定どおり選挙が実施された。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大していた2020年ないし2022年の間も衆議院総選挙(2021年10月31日投票)や参議院通常選挙(2022年7月10日投票)のほか各地で首長選挙が予定どおり実施された。さらに、遡れば、太平洋戦争最中の1942年4月18日に、米軍のB-25爆撃機による東京、横須賀、横浜、名古屋、神戸、大阪等への空襲がなされたが(ドーリットル空襲)、その12日後の同月30日には、任期満了による衆議院議員総選挙が実施された 。このような選挙実施の実績に鑑みれば、日本全土で選挙の実施が困難になるという国会議員任期延長案が想定する前提自体が根拠薄弱と言わざるを得ない。
 また、この点を置くとしても、参議院の緊急集会については、憲法上その存続期間は定められていないこと、立法及び行政監視という国会の代替機能を確保するという緊急集会の制度趣旨からすれば、衆議院総選挙が実施されて特別会が召集されるまでの間、たとえその期間が70日を経過した場合であっても緊急集会を存続させることは緊急集会制度の趣旨に適合すると言えることから、参議院の緊急集会の存続期間を衆議院解散の日から70日間に限定する必要性はない。そもそも、憲法54条が衆議院解散後の総選挙とその後の特別会召集の期限を定めたのは、衆議院解散後に総選挙を実施せずに、あるいは総選挙を実施したにもかかわらず特別会の召集を先延ばしして、新しい民意を反映しない従前の衆議院議員及び内閣が居座り続けるという事態を阻止する点にあり、参議院の緊急集会の継続期間を限定する趣旨ではない。
 もっとも、憲法が毎年の常会召集(52条)や決算審査(90条)、1年の会計年度を前提にした予算審議(86条)、予算についての衆議院の先議(60条1項)を定めていることを踏まえれば、衆議院の不在期間が1年を超えることは想定されていないと言え、その帰結として参議院の緊急集会も1年を超えて継続することは想定されていないと解される。ただし、緊急事態時においても早期に総選挙を実施すれば衆議院の不在は解消できるため、参議院の緊急集会が1年近く継続することは想定し難い。
 したがって、衆議院解散の日から70日を経過した場合であっても、参議院の緊急集会により国会の権能は維持できる。
(4)衆議院議員の任期満了の場合
ア 衆議院議員の任期満了における総選挙は、任期が終わる日の前の30日以内に行われる(公職選挙法31条1項)。そのため、任期満了の場合は衆議院議員が不在になることは基本的にはないが、上記30日間のうちに緊急事態が発生して総選挙が実施できなかった場合には、衆議院議員の不在が生じ得る。
もっとも、その場合でも、衆議院解散の場合と同様、被災地以外の選挙区は予定どおり選挙を実施し、被災地の選挙区が予定どおり選挙を実施できない場合は繰延投票(公職選挙法57条)を実施することにより、衆議院議員の不在は回避できる。
イ 衆議院議員の任期満了前に総選挙が実施できなかった場合に、参議院の緊急集会を開催できるかという問題がある。すなわち、憲法54条2項が「衆議院が解散されたとき」としていることから、衆議院議員の任期満了の場合に、参議院の緊急集会を開催することが可能なのかが問題となる。
この点については、衆議院解散の場合と任期満了前の総選挙実施不能の場合とでは、衆議院議員不在における国会の権能維持の必要性は共通しているため、任期満了前に総選挙が実施できなかった場合にも、「衆議院が解散されたとき」を類推適用して、参議院の緊急集会を開催することは可能であると解される。
ウ 任期満了前に総選挙が実施できなかった場合にも参議院の緊急集会の開催が可能であるとして、緊急集会の開催期間が別途問題となり得る。
 この点に関しては、任期満了前に総選挙が実施できなかった場合の参議院の緊急集会は、憲法54条2項の類推適用になるところ、開催期間を70日を超えて認めることは類推適用の不当な拡大にならないかとの懸念もあり得る。しかし、衆議院の解散の場合と任期満了の場合とで殊更に区別して取り扱う合理的理由は見出し難く、むしろいずれの場合においても国会の権能を維持するという必要性は共通している以上、解散の場合と同様に、参議院の緊急集会は70日を超えて開催することが可能と解すべきである。
(5)小括
 以上のとおり、緊急事態が発生しても、国会議員が不在となり、国会の権能が維持できないという事態は生じないため、国会議員の任期延長を可能とする憲法改正の必要性は認められない。

4 公職選挙法を改正して国民の選挙権行使を保障することこそが肝要であり、そうすれば国会議員の任期延長によらずとも国会の権能を維持できること
(1)緊急事態時における国民の選挙権行使の保障こそが肝要であること
例えば、大規模災害時においては、被災者の生活支援及び復興等に向け、被災地の現場の意見を国会に反映させることが必要であるため、災害後は、国会議員の任期延長ではなく、早期に選挙を実施し、災害後に選出された国会議員により国会が構成されるべきである。
 災害後、被災地での早期の選挙実施を阻害する要因は、①選挙人名簿に記載された住所地でない地域に避難した被災者が、被災地の投票所まで出向くことができないこと、②被災自治体が被害を受けながらも選挙管理事務を担うことが過大な負担となること、である。
 選挙に関する事項は法律で定めることができる(憲法47条)。そこで、公職選挙法の郵便投票制度(公職選挙法49条2項)を障害者等に加えて被災者にまで拡大適用することや、船員の不在者投票制度(同条7項)類似の制度を創設することにより、被災者が避難先の市長村で投票することを可能としつつ、被災自治体の負担を軽減することができる(日本弁護士連合会2017年12月22日付「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」参照)。
 さらに、被災自治体の負担の問題について、災害対策基本法の被災自治体への職員派遣制度を弾力的に運用し、また、費用を被災自治体と派遣自治体だけに負担させず国が負担することによって効果的な対処が可能である。
 そのほか、平時から選挙人名簿のバックアップを取ること、科学技術を活用した時代に即した投票管理を制度化することなど、憲法改正ではなく、選挙制度を拡充する公職選挙法の改正によって国民の選挙権を具体的に保障することを整備すべきである。このような整備をすることによって、緊急事態時において、民意を反映した国会議員で構成される国会による立法や行政監視機能を果たすことができる。
(2)大災害等の緊急事態時における対応の在り方
国会議員任期延長案は、緊急事態が発生した際に、任期を延長された国会議員が立法で緊急事態への対策を行う考えに基づいていると思われる。
しかし、災害対策をはじめとする緊急事態対策の原則は、「事前に準備していないことは緊急時にはできない」ということであり、事前の計画策定、訓練、法制度への理解といった事前準備こそが最も重視されるべきである。東日本大震災発災直後において明らかとなった様々な問題のほとんどは、既存の法制度に基づく事前準備が不十分であったことに起因していたものであり、この事前準備の不足は、国会議員の任期延長を認めることで克服できるものではない。南海トラフ地震や都市直下型地震など、今後予想される大災害等も、平常時からの地道な準備の積み重ねによってはじめて効果的な対策が可能となるのである。
したがって、現在検討すべきことは、緊急事態時でも早期の選挙が実施できるように公職選挙法の改正等による選挙制度の充実であり、決して国会議員の任期延長ではない。

5 国会議員任期延長案による弊害
(1)恣意的判断によるお手盛り
 国会議員の任期とは、国民が国会議員としての権限を付託する期間である。国会議員が自ら権限を付託される期間、つまり権限行使期間を定めることはお手盛りになるため、憲法において任期を明示してお手盛り防止を図っている。
 国会議員の任期延長案は、延長期間の上限を70日ないし1年とし(再延長を可能とする意見もある。)、任期延長の決定は国会の承認を経て内閣が行うこととしている。これは、国会の多数派の都合により任期延長による国会議員の固定化、ひいては内閣総理大臣の固定化を制度として容認するものであり、お手盛りによる濫用の危険が大きい。
 また、国会議員の任期延長案における「選挙の適正な実施が困難」という要件は、曖昧で抽象的であるため、内閣及び国会の多数派により濫用される危険がある。
 このようなお手盛りの危険が存在する国会議員の任期延長を、国民の選挙権行使を犠牲にしてまで認めるべきやむを得ない事由は見出せない。
(2)国会の権能の制限
 国会議員の任期延長案は、国会議員の任期延長期間中における内閣不信任決議案の議決を禁止している。
 しかし、内閣不信任決議(憲法69条)は、衆議院の内閣に対する民主的コントロールの一つであり、行政監視機能として重要な意義を有するところ、これを禁止することは国会の権能を著しく制限するものであり、国会の権能維持という国会議員の任期延長の目的と矛盾する。
 このように、国民の選挙権行使を制限するだけでなく、国会の権能をも制限してまで国会議員の任期延長を認めるべきやむを得ない事由は見出せない。

6 まとめ
 以上のとおり、国会議員任期延長案には、任期延長の必要性が認められない一方で、重大な弊害もある。また、緊急事態時における国民の選挙権行使を保障するためには、公職選挙法を速やかに改正し、緊急事態時でも早期の選挙が実施できるように整備することこそが肝要である。よって、国会議員任期延長案には、国民の選挙権行使に対する制限を正当化するだけのやむを得ない事由が存在するとは認められない。
 当会は、これまでに、東日本大震災において甚大な被害を受けた被災地の弁護士会として、災害対策を理由とする国家緊急権創設のための憲法改正に強く反対する意見を表明してきたが(2015年4月24日付「災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する会長声明」、2019年2月23日付「現在議論されている憲法改正案の問題を明らかにするとともに、憲法改正国民投票法の抜本的改正を行うことを強く求める決議」)、災害等緊急事態対応を理由とする憲法改正案は、国民主権や民主主義を後退させかねない内容を持つことに十分留意しなければならない。国会議員任期延長案も、かかる観点から検討されるべきである。
 よって、当会は、現在衆議院憲法審査会で審議されている、大規模自然災害事態等の緊急事態時において国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対する。

以 上

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