離婚後の共同親権の導入を含む民法等の改正法案に反対する会長声明
1 2024年(令和6年)2月15日、法制審議会において、「家族法制の見直しに関する要綱」が取りまとめられ、これに基づき同年3月8日に民法の一部を改正する法律案(以下、「本件改正案」という。)が国会に提出され、本件改正案は同年4月16日に衆議院で可決されている。
しかし、本件改正案は、以下のとおり問題が多く、このような改正案を成立させることは反対である。
2 現行民法では、離婚をする際には父母の一方を親権者と定めなければならないところ(民法819条1項、2項)、本件改正案においては、離婚後に父母が共同して親権を行使することを可能にする、いわゆる離婚後共同親権が導入されている。
離婚後共同親権が導入されると、離婚後も、単独親権のほか、父母の双方を親権者と定めることができることになる。これは、協議離婚のみならず(本件改正案819条1項)、裁判離婚についても採用され(同条2項)、裁判離婚の場合には、家庭裁判所が、共同親権にするのか単独親権にするのかについての判断も行うこととなる。本件改正案においては、父母間に共同親権の合意がない状態でも家庭裁判所が共同親権を命じることができるとされており、裁判所が単独親権を命じなければならない場合は、子に対する虐待がある場合、または、父母間にDVがある場合等とされている。しかし、虐待やDVは密室で行われる事も多く、精神的DV等においては客観的証拠を取得しづらいことから、その立証は容易ではない。その結果、裁判所が虐待やDVを看過して共同親権を命じてしまうおそれがある。
3 また、当事者間の合意がないにもかかわらず、裁判所が共同親権を定められるとすると、共同親権の名の下で、高葛藤である父母の間でも、共同養育が強制される可能性が否定できない。この場合、子どもが両親の高葛藤状態にさらされることにより、子どもの成長発達に悪影響をもたらすことがあり得る。また、離婚後共同親権では、進学、医療同意、居所指定等の重要な事項に関し、父母双方の許可が必要とされるが、共同親権に合意できない夫婦が、子に関する事項だけ協力体制を築くということは決して現実的ではない。子が離婚前と同様に父母の紛争下すなわち両親の意思決定に支障が生じる状況下に置かれることは、子の成長発達にも悪影響を与え、子が精神的な負担を負い続けることになる危険性が高い。
4 これらのような懸念事項を解消し、子どもの利益を守るためには、家庭裁判所が適宜関与し、柔軟かつ充実した判断をする機能を果たすことが必須となり、その負担増大が見込まれるが、現在の家庭裁判所の人的・物的体制の強化はいまだ不十分である。
本件改正案819条7項には、家庭裁判所が共同親権とするか否かを判断するにあたっては「子の利益のため・・一切の事情を考慮しなければならない」とされている。また、改正法案824条の2の3項には、特定事項に関する親権行使について父母の協議が調わない場合に、家庭裁判所が父母の一方が単独で決定することができるとされている。
しかし、上記の通り、現状家庭裁判所にそれだけの役割を担わせることは困難である。特に、後者に関しては、2023年(令和5年)2月に最高裁判所事務総局家庭局・民事局より発出された「家族法制の見直しに関する中間試案に対する各高等裁判所、各地方裁判所及び各家庭裁判所の意見」において、判断に緊急を要する場合であっても「当事者双方の主張立証ないし意見聴取に加え、審問や子の意向調査等があり得るとすると、裁判所の審理・判断には相応の期間を要し、調停手続の利用を前提とすればその期間も要するほか、不服申立ての手続も考慮すると、親権の行使が必要となる時期までに適切な審理を尽くすことができる制度となるかについては慎重な検討を要する」と、実務上の観点から具体的な懸念が表明されている。また、裁判所が子の利益を守るためには、子ども本人の意見を尊重することも不可欠であるが、子どもの意見表明権の保障等も明記されておらず、不十分な内容と言わざるを得ない。
従って、現時点では裁判所が有効かつ十分に機能し、子どもの最善の利益を守ることは期待できない。
5 なお、協議の離婚であっても、早期の離婚を望むDV被害者が、離婚を急ぐあまり加害者の求めに応じて共同親権を選択せざるを得ない状況に追い込まれてしまい、加害者が子に関する重要事項の決定をするという名目で、DV被害者や子に関与し接触し続けることにより、被害者や子の心身が危険にさらされ続けるおそれがある。更に、共同親権下で特定事項に関する親権行使について父母の協議が調わない場合に、子の成長発達に悪影響を与え、子が精神的な負担を負い続けることになる危険性が存在することは協議離婚の場合であっても同様である。本件改正案では、こうした離婚後共同親権制度そのものにある問題点への対応がなされていない。
他方、現行の離婚後単独親権制では、養育費の未払いが生じやすくなる、非親権者と子との面会交流が十分に実施できないこと等から子の利益を害している、との指摘がなされることがあるものの、新たに共同親権制が導入されることによって養育費の支払義務が発生するわけでも、強固になるわけでもなく、また、支払いが確保されるものでもないし、共同親権を理由として子と面会しやすくなるという性質のものではなく、いずれも的外れな指摘である。
6 よって、当会としては、以上のような問題点を有する本件改正案については反対し、これを一旦取り下げた上で、離婚後共同親権の導入により影響を受け得る当事者及び関係者(離婚を選択した父母だけでなく、子ども及び子どもを取り巻くあらゆる関係機関を含む。)をはじめとする国民の意見を踏まえた十分な議論を重ねることを求める。
2024年(令和6年)5月16日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 藤 田 祐 子