国家公務員法違反事件無罪判決に関する会長声明
東京高等裁判所第5刑事部(中山隆夫裁判長)は、本年3月29日、社会保険事務所職員(当時)が休日に政党機関誌をマンションの郵便受けに配布した行為が国家公務員法違反(政治的行為の制限)にあたるとして有罪判決を下した一審判決を破棄し、無罪とする判決を言い渡した。
裁判所は、国家公務員の政治的行為について、猿払事件最高裁大法廷判決(1974年11月6日)以降、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、公務員の政治的行為を広く刑罰をもって禁止することを許容してきた。
しかし、今回の東京高裁判決は、国家公務員の政治的活動に対する規制をすべて違憲であるとすることは否定しつつも、当該職員の職務内容や職務権限には裁量の余地がなかったこと、当該職員が管理職でもなかったこと、休日に勤務先やその職務とかかわりなく職場から離れた自宅周辺で、公務員であることを明らかにせず無言で行った配布行為は、国民の法意識に照らせば、国の行政の中立的運営及びそれに対する国民の信頼の確保を抽象的にも侵害するものとは常識的に考えられないことから、これに罰則規定を適用することは国家公務員の政治活動の自由に必要やむを得ない限度を超えた制約を加えるものであって違憲であるとした。その上で、同判決は、わが国の国家公務員に対する政治的行為の禁止は西欧先進国に比べ非常に広範なものになっていることを指摘し、「刑事罰の対象とすることの当否、その範囲等を含め再検討され、整理されるべき時代が到来しているように思われる。」と付言している。
この東京高裁判決が無罪を言い渡したことは国際水準に照らし至極当然のことであるが、前記付言は、前記最高裁判決以来一貫して公務員の政治活動の自由の保障をなおざりにしてきた国に対しその転換を迫るものであり、高く評価できる。
当会は、2008年10月に国際人権(自由権)規約委員会が日本政府に対し、表現の自由に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきである旨の勧告をしたことなどを踏まえ、2009年10月3日に、シンポジウム「自由で民主的な社会を築くために-市民の表現の自由の危機を考える-」を開催した。その中で、表現の自由が民主主義社会にとって不可欠な人権であるとともに萎縮的効果を受けやすい性質があること、それ故、表現活動はできるだけ尊重され、それに対する規制は必要最小限度でなければならないこと(表現の自由の優越的地位)が確認された。
そして、このような観点から当会は、2009年12月16日付け「葛飾ビラ配布事件に関する会長声明」において最高裁第二小法廷の考え方を批判し、2010年2月27日付け「国際人権(自由権)規約付属の第一選択議定書(個人通報制度)の早期批准を求める決議」において表現の自由を含めた人権保障を国際水準にすることを訴えた。
以上を踏まえ、当会は、今回の東京高裁判決を高く評価し、最高裁判所をはじめとする各裁判所に対し、表現の自由に関する国際水準に合致する判断を示すよう求めるとともに、警察・検察に対して、今後表現の自由が民主主義社会にとって不可欠な人権であることを十分に踏まえた慎重な捜査・判断がなされることを求め、さらに政府・国会に対して、国家公務員法の政治的活動に対する不合理な制限を撤廃することを求めるものである。
2010(平成22)年4月7日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 新 里 宏 二