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平成23年5月25日「東日本大震災への罹災都市借地借家臨時処理法の適用に関する意見書」

2011年05月30日

東日本大震災への罹災都市借地借家臨時処理法の適用に関する意見書


 

2011年(平成23年)5月25日

 

仙台弁護士会              

会 長  森  山     博

第1 意見の趣旨
政府は,
1 東日本大震災の被災地を罹災都市借地借家臨時処理法(以下,「罹災法」という。)第25条の2及び第27条第2項に基づく適用地区に指定すべきではない。
2 前項の意思決定を早急に行うべきである。
 
第2 意見の理由
1 罹災法の問題点
(1)罹災法の沿革と現状
罹災法は,1946年(昭和21年)に制定された戦災処理の臨時法であったが,その後の法改正を経て,政令で指定する災害及び被災地にも適用されることとなり(同法第25条の2,第27条第2項),大規模災害時における借地借家に関する特別法として位置づけられ,1995年(平成7年)1月17日発生の阪神・淡路大震災,2004年(平成16年)10月23日発生の新潟県中越地震にも適用されている。
しかし,罹災法は,もともと戦災処理のための臨時法であり,今日の借地借家関係を巡る社会情勢は戦災直後とは大きく異なるのであって,これをそのまま適用することについては多くの問題があることはかねてから指摘されてきた。
実際に,阪神・淡路大震災,新潟県中越地震に罹災法が適用された際には,その問題点が数々指摘され,実務において少なからぬ混乱を適用地域にもたらしたため,これまでに様々な改正提言等がなされてきたが,何ら改正等がなされないまま今日に至っている。
(2)罹災法の問題点
罹災法の問題点については,日本弁護士連合会の2010年(平成22年)10月20日付け「罹災都市借地借家臨時処理法の改正に関する意見書」に具体的に指摘されているところであるが,とりわけ優先借地権(第2条),借地権優先譲受権(第3条),優先借家権(第14条),建物滅失後の借地権の対抗力の存続(第10条)についての規定は,廃止ないし改正されなければ極めて重大な問題を生じさせるおそれがある。
ア 優先借地権の問題点
優先借地権は,滅失建物の罹災借家人が土地所有者に対し2年以内に申し出ることによって相当な借地条件で優先的に敷地を賃借できるとするものである(罹災法第2条)。
これは,従来借家人に過ぎなかった者が,借地人にいわば昇格するというもので,仮設住宅などの公的支援もない戦災直後において,土地価格や借地権価格も低く,一方でバラックを建てて住居を確保しようとした罹災借家人に敷地利用権を与えんがためにできた制度であった。
しかし,土地価格も借地権価格も高騰し,居住確保に一定の公的支援も期待できる現代にあって,罹災借家人に借地権という強力な権利を付与しなければならない背景事情はなく,もはや第2条を設けた趣旨は妥当していない。また,優先借地権は,特殊すぎる権利ゆえ,かえって被災地に混乱を招き,計画的な復興政策を阻害するおそれがある。
このような優先借地権の強力な権利に鑑みると,罹災借家人・土地所有者間での優先借地権をめぐる交渉において,優先借地権を主張した上で,優先借地権放棄の対価としての金員を土地所有者から取得するという経済的な利益獲得の駆け引きに利用されることが予想され,本来的に借家人の住居を確保しようとした罹災法第2条の趣旨と本末転倒の事態に陥ることも懸念されるところである。
さらに,阪神・淡路大震災では,優先借地権の申出拒絶の正当事由が広く認められるため成立する例が少なかったうえ,一旦成立する権利自体も抽象的で直ちに建物の建築等は行い得なかったし,成立した場合に支払う一時権利金も高額であり,実際上は借家人の住居確保には結びつかなかった。加えて,敷地に設定された抵当権等には劣後する点で権利自体が脆弱であったため,優先借地権は,権利行使する罹災借家人にとって必ずしも有効に機能しなかったのである。
イ 借地権優先譲受権の問題点
借地権優先譲受権は,滅失建物の罹災借家人が既に敷地に借地権が設定されていたときはその借地権者に対し2年以内に申し出ることによって相当な対価で優先的に借地権を譲り受けることができるとするものである(罹災法第3条)。
この借地権優先譲受権についても,借家権を借地権に昇格させるという点で優先借地権と同様の性格の権利であり,優先借地権と同様の問題を抱えている。
ウ 優先借家権の問題点
優先借家権は,滅失建物の罹災借家人は,その敷地に最初に築造される建物について,完成前に賃借の申出をすることによって他に優先して相当な借家条件で賃借できるとするものである(罹災法第14条)。
優先借家権は,優先借地権のような権利の昇格を伴うものではないが,実際には,阪神・淡路大震災の際にあまり活用されなかった。その理由は,罹災借家人にとっては,新たに築造される建物の種類・構造・建築時期について何ら申入れをすることができず,また,相当な借家条件が高水準の新規賃料となって従前の賃料で居住していた借家人には経済的に負担できなかったからである。一方で,建物の築造者にとっては,優先借家権の申出が建物の完成までいつでも可とされているので法的に不安定な立場におかれ,建物の再築を躊躇する事例さえあったからである。
また,優先借家権の本来の目的は住居を失った借家人の保護であるにもかかわらず,建物所有者から権利放棄の対価を取得する経済的戦略に利用されるという本末転倒の事例もあったようである。
エ 建物滅失後の借地権の対抗力の存続の問題点
これは,震災によって借地上の建物が滅失した場合,当該土地上に何らの公示をすることなく5年間にわたって借地権の対抗力を認めるものである(罹災法第10条)。
これに対し,借地借家法第10条第2項では,建物滅失後に土地上に再建築予定等を明記した看板等を掲示したときには2年間の借地権の対抗力を認めている。両者を比較すると,震災を考慮してもなお,何らの公示なくして対抗力を付与することは取引安全の見地から相当とはいえないし,あえて罹災法第10条の適用をしなくても,既存の借地借家法第10条第2項で十分対応することが可能であると思われる。
(3)小括
以上指摘してきたとおり,罹災法は重大な問題を孕んでおり,今後の被災地の復興の妨げともなりうることも懸念されることから,当会は,罹災法第25条の2及び第27条第2項に基づく適用地区に指定すべきではないことを提言する。
 
2 早期の意思決定の必要~被災地の実情
(1)当会では,東日本大震災発生後の2011年(平成23年)3月23日から被災電話相談を,同月25日から避難所等での出張相談を実施しているが,これまでに寄せられた相談は,被災電話相談については5500件を超え,出張相談については4100件を超えている(5月23日現在)。なかでも,借地借家問題に関する相談は,全体の約3割程度を占めている。
そして,実際に,罹災法が適用される否かの見通しが不明確なため,相談の現場では混乱を生じているとの報告もなされている。
(2)一方で,上記借地借家問題に関する相談事例は,従前から関係のあった貸主・借主間,隣人間のトラブルが圧倒的多数であり,いずれも話し合い等による円満解決が求められる事案である。とりわけ,東日本大震災に起因した事案については,互譲による話し合い,第三者の仲介による話し合いによって円満解決が図られると思料される事案も多く,また,話し合いによる解決が望まれるところである。
仮に,今後,東日本大震災の被災地に罹災法が適用されることとなった場合,上記罹災法の問題点が顕在化してしまい,話し合いによる紛争解決がかえって阻害され,無用の混乱を生じさせることが懸念される。
(3)今回の大震災では,巨大地震だけでなく巨大津波によって東北沿岸部の広域にわたって多くの人々の生活基盤が壊滅させられ,借地借家問題,住居・塀等の損傷,境界問題は被災地において極めて重要な問題であるところ,前記のとおり,実益も必要性も乏しく,かえって問題点が懸念される罹災法を適用することによって,これ以上の無用な混乱を生じさせることは絶対に避けなければならない。
また,罹災法の適用の見通しが不明確な状態が続くことは,被災地の生活再建,復興への取り組みを躊躇させるものであり,罹災法を適用しないという意思決定を早期にして,被災地の生活再建,復興を後押しすべきである。
 
3 結語
以上から,東日本大震災による被災地を,罹災法第25条の2及び第27条第2項に基づく適用地区に指定すべきではない。また,罹災法の適用地区に指定しないとの意思決定を早急に行うべきである。

以 上

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