宅地被害者の救済のための自己負担なき支援制度の実施を求める意見書
2012年(平成24年)7月26日
仙台弁護士会
会長 髙橋春男
第1 意見の趣旨
当会は,東日本大震災による宅地被害者の救済のため,宮城県及び仙台市に対し,宅地被害救済にかかる宅地復旧事業,助成金支援制度等について,被災者の自己負担なき制度設計及び運用を実現することを求める。
第2 意見の理由
1 今なお続く深刻な被害実態
(1)宅地被害とは,一般に,地滑り,地割れ,沈下及び液状化等により,宅地への立入りが危険とされ,あるいは立入りに十分な注意を要するものを言う。
(2)東日本大震災(その後の地震,台風等も含む。)による宅地被害の件数は,2011年9月時点で,13県において,宅地被害件数(液状化被害以外)で5467件,液状化被害で2万6914件にのぼると言われている(国土交通省・同月27日時点・マンション等の被害は1棟を1件として把握)。宮城県内では,2012年1月末時点で被災宅地として5047件が把握され,このうち仙台市が4031件,仙台市以外が1016件とされている(宮城県建築宅地課)。さらに,同年6月末時点で,仙台市において約5080件にのぼる状況になっている(仙台市宅地復興部)。
(3)当会は,東日本大震災後の無料法律相談において多数の相談を受けるとともに,被災地域の現地調査,地盤専門家等からの継続的なヒアリングを行ったほか,2011年7月17日には仙台市青葉区や名取市の現地調査,同年8月21日には仙台市の宅地被害者からのヒアリング等を重ねてきた。
現地調査においては,地域一帯が地滑りで崩壊状態にあること,建物には大きな損傷がないにもかかわらず宅地の崩落によって居住不能となっていること等の被害を目の当たりにした。
また,ヒアリングにおいては,「土地購入時に盛土と切土の混在状況の説明はなかった。」「昔水田があったそうだが今回の被災ではじめて知った。」「行政に相談しても今後の具体的方向性が示されない。」「行政側からここで住むには1000万円の個人負担が必要と言われた。」「他の被災地の救済状況などが全く見えず孤独感・焦燥感が強い。」「余震のたびに宅地が崩落するのではないかと怯えているが,年齢・体力的に迅速に逃げることもできない。」といった宅地被害者の悲痛な声の数々に接した。このような宅地の被害により,市民の生活基盤が破壊されたと言える。
(4)宅地被害は,そもそも住宅被害とは異なり,被災者生活再建支援法の支援策と直結しないものとされてきたことから,被害実態の把握すら十分ではないこと,前記ヒアリングに応じていただいた宅地被害者は必ずしも被災宅地危険度判定で危険宅地あるいは要注意宅地とされた被害者に限られないこと,前記(2)のとおり今なお被害が増加していること等に鑑みれば,前記各件数は,あくまで被害実態の一部に過ぎず,現実の被害は,今なお増加し,継続かつ深刻化しているものと把握される。
2 被害救済及び公的支援の必要性
前記被害実態は,宅地被害が生活の基盤たる住居・生活空間を根底から失わせ,日々の生活に深刻な悪影響を生じさせ続けるものであることを改めて示すものである。宅地は,近隣敷地・公道等と密接不可分のものであり,何ら落ち度のない宅地被害者はもとより,近隣敷地・公道等の安全を確保するという公共的観点からも,宅地被害復旧に対しては,公的救済制度の迅速な運用が求められる。
3 仙台市の対応,及び求められるべき事項・運用等
(1)仙台市の宅地被害に対する対応は大きく2つの制度からなる。
1つは,宅地復旧事業(国の補助金による公共事業)としての「造成宅地滑動崩落緊急対策事業」である。仙台市によれば,かかる制度で前記約5080件の約7割が対象となる見通しである。
もう1つは,前記制度の対象にならない宅地のうち被災宅地危険度判定により「危険」又は「要注意宅地」とされたもの(あるいはこれに相当するもの)について,よう壁等の再築工事及び土地の整備に対して復旧工事の助成金を支給する制度(仙台市の独自支援策)である。仙台市によれば,かかる制度で前記約5080件の約3割が対象となる見通しである。
(2)もっともこれらの各制度については,いずれも宅地被害者に自己負担が求められている。
すなわち,前者の国の補助金による公共事業では,宅地所有者によう壁等個人宅地の復旧にかかる費用の10パーセントの負担を求めている(平成23年12月16日仙台市条例第47号・平成二十三年東北地方太平洋沖地震により被害を受けた土地等に係る滑動崩落対策事業分担金条例第3条)。
また,後者の仙台市の独自支援策では,助成工事金額のうち100万円を超える額の90パーセントを助成すると言うのであるから,少なくとも金100万円は宅地所有者の負担とされている。
(3)宅地被害の救済について,我が国の従前の災害時における支援策は,必ずしも十分なものとはなっていなかった。このような従前の不十分な支援策と比べると,前記(1)の仙台市の対策は,被災者救済に向けた有意な制度設計を図っているものであり,その内容も相当程度評価しうる制度である。また,仙台市では,相談窓口の設置等,被災者救済のための実効的制度の構築・運用への取り組みもなされている。
(4)しかしながら,前記(2)のいわゆる自己負担を求める取り扱いについては,問題があると言わざるを得ない。宅地被害者は,被災地において日常生活を営む被災者であるところ,東日本大震災後,被災者の多くが収入の減少,支出の増加等に苦しんでいることは周知の事実である。また、宅地被害者の多くは,宅地上の建物について甚大な被害を受けており,その復旧については,ほとんどの場合に一定の自己負担を求められることになる。このように生活が困窮し、かつ建物被害について負担を求められる中で,さらに宅地被害復旧のために一定の負担を余儀なくされるとすれば,宅地被害の復旧の途を閉ざしかねない。かかる事態は,宅地被害者の最低限の生活の回復すら実現されない結果を招来するばかりでなく,高度の公共性を有する宅地の回復が半永久的に図られない事態をも引き起こすことにもなりかねない。
すなわち,宅地は,個人が建築する建物とは異なり,そもそも国土の構成要素であること,宅地被害が近隣地と連続・不可分に生じ,広範囲にわたる地滑りや崩落という被害実態を生じさせていること等からすれば,個人所有のものであるとは言っても,高度の公共性を有していると言える。こうした宅地の持つ高度の公共性に鑑みれば,宅地に被害が生じた場合には,宅地を所有する個々人の責任と負担によって復旧するのでなく,国や地方公共団体が全額費用負担してでも復旧する必要性が高い。宅地の安全性がひとたび失われた場合,仮に復旧を図らないとすれば,かかる宅地と連続・不可分の土地は半永久的に効用や安全性を喪失した状態となりかねないところ,こうした事態の社会経済的損失は明白である。被害宅地の復旧を個々人に委ねた場合には,正にかかる事態を招来することになりかねない。今般の宅地被害救済も,単に私有財産被害の救済にとどまるものではなく,被災宅地全体の復旧であり,極めて公共性の高いものである。被災地の迅速な復旧・復興の観点からも,まずもって居住の基礎となる宅地の復旧こそが必要である。
さらに言えば,宅地については,建物と異なり,地震保険等の制度すら整備されていなかった。また,宅地の安全性確保のための制度や来歴情報の取り扱いも不十分であったことが指摘されている。これらの状況に鑑みると,被災者個人に対し,いわゆる自己防衛策を求めることは困難な状況であった。
以上に述べた宅地の高度の公共性や従前の保険等の制度不備の実態,さらには既に述べた深刻な被害実態に鑑みれば,国の補助金による公共事業についても,仙台市による独自支援策についても,宅地所有者に,一部とは言え,自己負担を求める合理性は存しないものと言わざるを得ない。
(5)この点,自己負担を求める根拠としては,「モラルハザード」「私有財産である宅地の復旧は個人負担が原則」との指摘がなされることがある。
しかしながら,そもそも,被災者自ら支援を受けるため震災による被災を招く余地は皆無であって,「モラルハザード」の指摘はあたらない。また,既に述べたとおり,宅地は高度の公共性を有するものであって,私有財産であっても公費負担による救済を図る必要性は極めて高く,「個人負担が原則」とは言えない。
なお,自己負担とされているのは,総事業費の10パ-セントではなく,あくまで個人宅地に直結する部分の復旧費用の10パ-セントに過ぎないから,仮にこれを全額公費負担にしたとしても,今般の東日本大震災の被災者支援策として,何ら過大・不合理な公費負担となるものではない。
(6)したがって,仙台市においては,既に前記条例を制定しているところであるが,同条例を速やかに廃止すべきである。仮に,条例を廃止しない場合であっても,当面,同条例第5条の徴収猶予及び減免規定の柔軟な運用によって,さらなる宅地被害者救済のため,自己負担を求めない運用をすべきである。
4 宮城県の対応,及び求められるべき事項・運用等
(1)宮城県においては,残念ながら,宅地被害者の救済に対する取り組みは極めて不十分と言わざるを得ない。とりわけ,仙台市が前記改善点を有するとは言え,被災地の行政機関として宅地被害者救済に向けた制度設計及び運営を行っている中,宅地被害者からみれば,宮城県の取り組みはあまりに不十分と映らざるを得ないものであり,復旧・復興に向けた基盤整備の基礎すら欠く状況となっている。
(2)したがって,宮城県においては,宮城県内の宅地被害者救済のため,仙台市以外の県内市町村においても,少なくとも仙台市同様の支援制度が実施されるよう指導・支援すべきである。
5 他の被災者救済策のさらなる充実も求められている
本意見書は,宅地被害についての被害救済を求めるものであるところ,津波により住宅等につき重大な被害を受けた被災者,建物被害のみを受けた被災者に対する被害救済についても十分な救済が図られなければならないことは言うまでもない。被害救済の公平性の名の下に,その内容・方策が低減されることがあってはならず,宅地被害救済の充実とともに,他の被災者救済策のさらなる充実も求められている。
6 よって,当会は,東日本大震災における宅地被害者の救済のため,被災地からの制度改善を求め,前記意見を述べる次第である。
以上