不動産の継続保有を希望する場合の「公正な価額」の評定について
一般社団法人 個人版私的整理ガイドライン運営委員会 御中
意 見 書
(不動産の継続保有を希望する場合の「公正な価額」の評定について)
仙台弁護士会
会長 髙 橋 春 男
第1 意見の趣旨
被災者が不動産の継続保有を希望する場合の「公正な価額」の評定について,「早期売却減価修正」をしない「処分価額」とするとの運用に強く反対する。
従前の運用と同様,「早期売却減価修正」を行った「早期処分価額」とするよう求める。
第2 意見の理由
1 はじめに
ガイドライン手続においては,被災者が不動産の「公正な価額」相当額を弁済することにより,当該不動産を継続保有することが認められている。そして,従前の運用においては,不動産の「公正な価額」の評定は,法的倒産手続における財産評定の運用に従い,「早期処分価額」,すなわち当該不動産について早期売却減価修正(30%~50%の減価)を行った価額とされ,現にこのように評定された「公正な価額」を弁済することにより不動産を継続保有する内容の弁済計画案が相当数成立している。
ところが,平成24年12月18日に開催された「個人債務者の私的整理に関するガイドライン第4回運営協議会」において,従前の運用を改め,今後は,不動産の継続保有を希望する場合における「公正な価額」の評定は,「早期売却減価修正」をしない「処分価額」とするとの方針が示された。
しかしながら,このような運用の変更は,以下のとおり重大な問題があり,当会はこれに強く反対するものである。
2 運用変更はガイドラインの趣旨に反するものであること
被災者の中には,被災した自宅跡地に自宅の再建を希望したり,あるいは,被災した自宅を修繕する等して,現地での生活再建を希望する者も少なくない。これまで住み慣れた土地での生活再建をはかりたいという思いは,人間のごく自然な感情であるとともに,現地再建は,被災地域のコミュニティの維持という観点からしても,望ましい生活再建方法の1つであることは明らかである。
しかしながら,今回の運用変更が実施された場合には,「早期売却減価修正」がなされない結果,不動産の継続保有を希望する被災者は,従前と比較して倍額に近い金額を弁済しなければならないことになる。このことは,被災者の現地再建の途を狭めることにほかならず,ガイドラインの目的である「被災者の生活再建」「被災地の復興・再活性化」に反する結果となることは明らかである。
現在でも,不動産を継続保有して現地再建を図るという内容の弁済計画案の作成を見込んで,ガイドラインの申出準備を行っている被災者は少なくない。しかしながら,今回の運用変更が実施に移され,不動産を継続保有するためには従前の倍額に近い金額の弁済を要することとなれば,その中の相当数の者が,不動産の継続保有を内容とする弁済計画案を断念せざるを得なくなると思われる。
被災者の生活再建支援を目的とした制度について,被災者にとって明らかに不利益な方向に運用を変更するということは,制度の存在意義に関わる問題であり,絶対にあってはならないことである。
3 運用変更は法的倒産手続の財産評定方法とも整合性を有しないこと
ガイドラインは,破産や民事再生等の法的倒産手続の要件に該当することになった債務者について,法的倒産手続によらずに債務整理を行うという制度である(ガイドライン1)。そして,その財産の評定については,原則として財産を処分するものとして行うものとされており(ガイドライン7(2)①イb),具体的には,法的倒産手続における処分価額での財産の評定の運用に従うものとされている(Q&A7-2)。以上の諸規定からすれば,ガイドラインは法的倒産手続に準じた制度として想定されていたことは明らかであり,現にそのような観点からこれまでの運用が行われていた。
この点,民事再生における財産の評定は,「財産を処分するものとしてしなければならない」とされている(民事再生規則56条)。そして,ここにいう「処分価額」とは,「市場で売却する際の正常な価額ではなく,原則として強制競売の方法による場合の価額である」とされている(園尾隆司・小林秀之編「条解民事再生法第2版」弘文堂558頁)。このように,民事再生における財産評定は,早期売却価額によっている。
今回の運用の変更は,このような民事再生等の法的倒産手続における財産評定方法と明らかに整合しないものである。そのうえ,ガイドラインを利用した被災者に対し,破産や民事再生等の法的倒産手続よりも多額の弁済を求めることにほかならず,法的倒産手続等を回避しつつ被災者の生活再建をはかるというガイドラインの趣旨を没却するものである。
4 運用変更の決定手続の問題点
なお,今回の運用の変更は,不動産を継続保有して現地再建を希望する被災者に対して重大な影響を及ぼすものであるから,その決定の前提として,被災者や被災地の実情を十分に調査するとともに,被災地の弁護士会とも十分な協議を経たうえで検討されるべきである。にもかかわらず,事前に被災地の弁護士会との協議はおろか,意見聴取すら行うことなく,突如,今回のような運用変更を決定したことは誠に遺憾である。
5 結語
以上の次第であり,当会は,被災者が不動産の継続保有を希望する場合の「公正な価額」の評定について,「早期売却減価修正」をしない「処分価額」とするとの運用に強く反対するとともに,速やかに,従前の運用と同様,「早期売却減価修正」を行った「早期処分価額」とする運用に復するよう求めるものである。
以 上