1 はじめに
東日本大震災の被災者が抱えるいわゆる二重ローン問題への対応策である「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(以下「被災ローン減免制度」という)の運用開始から1年9か月あまりが経過した。
当会は,被災者の生活及び事業の再建の支援という被災ローン減免制度の目的に賛同し,100名にも及ぶ登録専門家弁護士を推薦するとともに,同制度の運用改善や周知に尽力してきた。
ところが,近時,被災ローン減免制度の運用を担っている一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会(以下「運営委員会」という)について,以下に述べるとおり,不当と言わざるを得ない運用事例が相次いで報告されている。
2 登録専門家紹介の条件として一定額以上の弁済の確約を求める運用
(1)被災者が被災ローン減免制度を利用するに当たっては,登録専門家である弁護士の支援を無料で受けることが可能となっている。ところが,運営委員会が被災者に登録専門家を紹介する条件として,一定額以上の弁済を行うことを予め確約することを求めたという事例が報告されている。中には,被災者に対し,少なくとも1000万円を債権者に弁済することを確約する書面を事前に提出しない限り登録専門家を紹介できないと言われ,被災者はやむなく高額の弁済を確約する書面を提出したとの事例もあった。
(2)しかしながら,登録専門家である弁護士の助言すら受けられない段階で,このような確約書の提出を求められても,被災者自らがその提出の要否や内容の妥当性等について適切な判断をすることは極めて困難であり,被災者をいたずらに困惑させ,ひいては,被災者の被災ローン減免制度の利用を躊躇ないし断念させる要因にもなりかねない。
そもそも,いかなる弁済計画案が妥当かは,登録専門家が就任し,各種資料等を詳細に検討しない限り明らかにならないはずである。これらの検討が不十分な状態のもとで確約させられた弁済額の妥当性自体にも疑問が生じる上,場合によっては被災者に過大な弁済を余儀なくさせることにもなりかねない。
(3)したがって,被災者に登録専門家を紹介する条件として一定額以上の弁済を行うことを予め確約することを求める運用は直ちに中止されるべきである。
3 被災ローン減免制度の利用要件の厳格な運用
(1)被災ローン減免制度は,被災者の生活及び事業の再建を目的とする制度であるから,被災者や被災地に実情を十分に踏まえ,その制度目的に沿った運用がなされなければならない。
ところが,被災地において被災ローン減免制度の実務に携わる弁護士が,被災ローン減免制度の利用が相当と判断した事案について,運営委員会から,利用要件を充足しないとして,金融機関への申出書の送付すら認められずに取下勧告がなされたとの事例が相当数報告されている。中には,取下げに応じなければ自動的に手続を終了させるとの措置をとられた事例もある。
(2)もとより,被災ローン減免制度の利用にあたっては一定の要件が定められているため,すべての被災者が利用できるわけではない。しかし,取下勧告がなされた事案の中には,被災地の複数の弁護士から見ても,被災ローン減免制度の利用が認められてしかるべきと思われる事案が相当数含まれている。かような事案についてまで,金融機関の意向すら聞くことなく取下を求める運用は,被災ローン減免制度の目的に反するものであるといわざるを得ない。
そもそも,被災ローン減免制度においては,被災者が金融機関に直接申出書を提出することも制度上認められている。このことに照らせば,運営委員会が,金融機関に申出書を送付する以前に取下を勧告したり,ましてや自動的に手続を終了させるなどということは,その権限を越えるものとも言える。
(3)運営委員会は,被災ローン減免制度の目的に鑑み,一人でも多くの被災者が救済されるよう利用要件をできる限り柔軟に運用し,少なくとも利用要件の充足について一定の説明がなされている場合には,金融機関に送付する以前に取下を勧告したり自動的に手続を終了させるなどの措置をとるべきではない。
4 登録専門家の委嘱及びその撤回の恣意的な運用
(1)被災ローン減免制度では,登録専門家弁護士が,被災者の制度の利用申出や弁済計画案作成を支援するとともに,弁済計画案のガイドライン適合性を担保するために,申出支援とは別の登録専門家弁護士が,弁済計画案について確認報告業務を行うこととされている。
この点,被災ローン減免制度は,被災者の生活や事業の再建をはかることを目的とする制度であるから,申出支援にあたる登録専門家はもとより,弁済計画案の確認報告にあたる登録専門家においても,被災者や被災地,地域金融機関の実情,被災地の破産裁判所の実務運用等に精通していることが求められる。このような観点から,当会は,制度運用開始直後の平成23年9月7日には,運営委員会に対し,弁済計画案の確認報告業務についても原則として申出人が居住する県内の弁護士が行うという運用の実施を申し入れ,実際にも,従前は,申出支援業務のみならず弁済計画案確認報告業務も,制度を利用する被災者の居住地の弁護士が担ってきていた。
(2)ところが,近時,申出支援にあたった被災地の弁護士と運営委員会との間で見解が相違した事案において,運営委員会が,確認報告業務を担当することになっていた被災地の他の弁護士への委嘱を何ら合理的理由を示すことなく撤回した上で,東京の弁護士に委嘱し直し,東京の弁護士により,運営委員会の見解に沿った「ガイドライン不適合」との結論の確認報告書が提出されたという事案が報告されている。
(3)運営委員会の上記の措置は,手続の公正性の観点からも大いに疑問であるのみならず,その経過に鑑みれば,運営委員会が,「ガイドライン不適合」との結論に導くべく,恣意的に行ったものとの疑念すら抱かざるを得ないものである。仮にそうだとすれば,二重ローンからの解放を願い被災ローン減免制度の利用に望みを託した被災者の思いを踏みにじるものであり,絶対に許されない。
(4)当会は,運営委員会の上記措置に強く抗議するとともに,被災者の生活及び事業の再建という被災ローン減免制度の目的に鑑み,従前と同様に被災者や被災地の実情等に精通した被災者の居住地の弁護士が登録専門家を担う運用を厳守することを求めるものである。
5 結語
以上のとおり,近時の運営委員会には,被災ローン減免制度の目的に反する,不当と言わざるを得ない運用が少なくない。
今後もこのような不当な運用が継続すれば,救済されるべき被災者が救済されず,被災者のみならず債権者からも制度への信用が失われ,ひいては制度の存在意義そのものが失われることにもなりかねない。
当会は,被災ローン減免制度により1人でも多くの被災者が救済されるよう,運営委員会に対し,現在の不当な運用を速やかに見直し,真に被災者の救済に資する運用を行うことを強く求めるものである。
2013年(平成25年)5月22日
仙 台 弁 護 士 会
会長 内 田 正 之