教育基本法の「改正」に反対する会長声明
1 去る4月28日、教育基本法の全部を改正する法案(以下「本法案」という)が国会に提出された。
2 本法案については、法案化に至る過程において、十分な議論が行われたとは言い難く、法改正の手続に重大な問題がある。
本法案の元になった「教育基本法に盛り込むべき項目と内容について(最終報告)」は、2003年6月に設置された「与党教育基本法改正に関する協議会」及びその下の「検討会」において、通算70回にわたる精力的な議論を積み重ねたうえで取りまとめられたものとされるが、この間、2004年6月に中間報告が公表されたことを除いては、全て非公開にて議論が進められており、国民に向けて開かれた議論が行われたとは言い難い。「教育の憲法」とも言われる教育基本法の改正の在り方としては極めて不適切である。
3 今回の改正については、その立法事実についても重大な疑問がある。
「与党教育基本法改正に関する協議会」の設置に先立つ2003年3月、中央教育審議会が作成した答申においては、「教育の現状と課題」として、「いじめ、不登校、中途退学、学級崩壊などの深刻な問題が依然として存在」することが指摘され、そのような「危機的状況を打破し、新しい時代にふさわしい教育を実現するために」改正が必要であるとされている。本法案は上記答申を受けたものであるが、上記答申後本法案提出までの間、上記答申が指摘するような教育現場の問題が教育基本法の欠陥によるものであることの検証は全くなされていない。
4 本法案は、現行教育基本法が第1条において教育の目的として掲げていた「個人の価値をたっとび」の文言を削除し、かえってその前文において、「公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を承継し、新しい文化の創造を目指す教育を推進すること」を謳い、教育の目標として、「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」を明記している。
これは、個人の尊厳を重んじる憲法の精神に則り、「個人の価値」を最大限尊重することを教育の目的に据えた現行教育基本法の理念を、「公共の精神」を養う目的のもとで後退させるものであり、極めて問題というほかない。
子どもの権利条約29条第1項aは、教育が子どもの成長発達権を支援するために行われるべきであるという理念を普遍的な教育目的として掲げているが、本法案が規定する上記の教育目標はこのような教育についての世界の到達点にも反するものである。
5 また、本法案は、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する(中略)態度を養うこと」を教育の目標として据えている。上記答申においては、「国を愛する心をはぐくむ」と表現されており、表現内容に若干の変容が見られるが、その実質において変わりはなく、公教育の場における愛国心教育を推進する内容となっている。
しかし、国を愛するか否かを含め、国を愛する心情の内容は、個人の内心の自由に属する問題であり、国が介入し管理・支配してはならない領域である。公教育の場で「国を愛する」ことが当然であると教えることは、内心の自由を保障する憲法19条に抵触するおそれがある。
さらに、現行教育基本法は、明治憲法下の「愛国心」教育が軍国主義という国策のための教育となりこのことが戦争の惨禍の一因となったことを反省し、平和国家建設の決意により誕生したものであるが、「国を愛する態度」を養う教育が行われるとすれば、正に時代の流れに逆行するものである。
6 以上のとおり、本法案は、法案化の手続において著しく拙速であるとともに、その内容においても重大な問題をはらんでいると言わざるを得ない。当会は、「愛国心」教育の名の下に本来の教育が歪められ、国家に有為で従順な人間作りの目的で営まれることに強い危惧を表明し、本法案に基づく教育基本法の「改正」に反対する。
2006年5月18日
仙台弁護士会
会 長 氏 家 和 男