2014年(平成26年)7月9日,法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会(以下「特別部会」という。)は,取調べの一部可視化,司法取引制度,通信傍受の対象犯罪の拡大・手続簡略化等を内容とする答申案を全会一致で決定した。答申案では,一定事件について全過程の録音・録画の制度,被疑者国選弁護制度の勾留段階全件への拡大,証拠リストの交付制度,公判前整理手続請求権の付与,身体拘束に関する判断の在り方に関する規定の新設などが提言されている。
しかし,この答申案には以下に述べるとおり重大な問題がある。
答申案によれば,取調べが可視化されるのは裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件のみとされているが,いわゆるパソコン遠隔操作事件,痴漢えん罪事件等に見られるように,違法・不当な取調べがなされる危険性が存在するのは裁判員裁判対象事件や検察独自捜査事件に限られない。今回の答申案は,取調べ可視化の範囲を著しく限定したもので,国民の人権保障の見地から見て甚だ不十分である。
また,答申案によれば,捜査・公判協力型協議・合意制度などのいわゆる司法取引の制度が設けられることになっているが,これが制度化された場合に,いわゆる「引っ張り込み(自己に有利な結果を得るために他人の罪をでっち上げ,無実の他人を陥れること)」の危険が増加するほか,利益誘導による虚偽自白を誘因しかねず,取調べの適正化に逆行するおそれがある。
さらに,答申案は,通信傍受について,対象犯罪を傷害・窃盗・詐欺・恐喝等の範囲にまで拡大し,傍受にあたって通信事業者による立会を不要とする手続簡略化を行うこととしている。しかし,通信傍受はその性質上,事前に対象者に対して対象物を明示した令状が呈示されない点で本質的に憲法の定める令状主義に違反するおそれの大きい「盗聴」であり,現行法制下においても犯罪の重大性や通信事業者の立会等を要件として,ごく例外的にしか認められてこなかった捜査手法である。答申案の示す通信傍受の対象犯罪拡大・手続簡略化は,憲法の定める令状主義の例外として許容されうる内容ではなく,憲法に違反する疑いが強いものであり,到底是認しえない。
当会は,特別部会に対し,2013年(平成25年)11月14日に「法制審議会新時代の刑事司法特別部会に対する意見書」を提出したほか,2014年(平成26年)5月16日に「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会『事務当局試案』に関する会長声明」を発し,上記の問題点を指摘するとともに,特別部会における審議が取調べの適正化という本来の趣旨を外れて,捜査機関の権限を強化し,国民に対する人権侵害の危険を高めるものとなっていることを批判してきた。同様の指摘は,各地の弁護士会や有識者等からも数多くなされていた。にもかかわらず,特別部会において,今回のような答申案がとりまとめられたことは誠に遺憾である。
当会は,今回の答申案には以上のような問題点があることを批判し,特に通信傍受の対象犯罪拡大・手続簡略化の立法化について断固反対するとともに,引き続きえん罪被害防止のための全事件全過程の取調べ可視化及び全面的証拠開示の実現に向けて取り組む所存である。
2014年(平成26年)7月23日
仙 台 弁 護 士 会
会長 齋 藤 拓 生