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今後起こりうる大規模災害に備え被災事業者の二重ローン問題に対する立法措置を求める意見書

2015年03月12日

平成27年3月12日

 

今後起こりうる大規模災害に備え被災事業者の二重ローン問題に対する立法措置を求める意見書

 

仙 台 弁 護 士 会

 会長  齋 藤 拓 生

 

第1 意見の趣旨

1 当会は,国に対し,今後起こりうる大規模災害により発生する被災事業者の二重ローン問題に迅速かつ的確に対応して,被災事業者の事業の再建及び被災地の復興・再活性化を目的とする立法措置を,可及的速やかに講じることを求める。

2 前項の立法措置には,以下の内容が盛り込まれるべきである。

⑴ 新たに被災事業者に対する債権の買取等の業務を通じて被災事業者の事業の再建を支援する機構(以下「新機構」という)を,個別の立法措置をとることなく,災害発生後速やかに設立することができるようにすること。

⑵ 災害発生後,災害の規模等に応じて,速やかに新機構を設立し,新機構の支援事業を可能とするために,資金調達の方法,設立手続,組織体制,業務範囲,管理の方法その他必要な事項を定めること。

⑶ 新機構による支援の対象となる債務者の要件その他支援の仕組みを定めるにあたっては,被災事業者の事業再建と被災地復興の観点から,できる限り多くの被災事業者を対象とするとともに,被災事業者に対する債権の買取だけでなく,貸付,保証,出資等を含む総合的な支援ができるようにすること。

 

第2 意見の理由

1 東日本大震災における二つの機構の設立,実績と被災事業者支援の在り方

⑴ 産業復興機構及び株式会社東日本大震災事業者再生支援機構の設立

東日本大震災は,東北地方を中心とした各地に甚大な被害をもたらした。その中で発生した重大な問題の一つとして,二重ローン問題がある。二重ローン問題とは,自宅,自動車又は事業設備といった生活または事業に不可欠な資産が津波や地震の影響で喪失,損壊してしまったにもかかわらず,そのローンだけが残り,それらの資産を新たに調達するために負担するローンと合わせて二重のローンを負担し,被災者の生活や事業再建にとって重大な足かせとなるという問題である。

二重ローン問題のうち,事業者の二重ローン問題に対しては,以下の2つの対策が講じられた。一つは,中小企業事業再生ファンドを被災県に設立し,債権買取等の支援を実施するとの対策であり,平成23年11月から平成24年3月にかけて,地元民間金融機関,中小企業基盤整備機構及び地方公共団体の共同出資により,「岩手産業復興機構」「茨城県産業復興機構」「宮城産業復興機構」「福島産業復興機構」「千葉産業復興機構」(以下,合わせて「産業復興機構」という)がそれぞれ設立されるとともに,産業復興機構を通じた債権買取等を支援する復興相談センターが設立された。もう一つは,特別法によって債権買取等の支援を行う機構を設置するとの対策であり,平成23年11月21日,株式会社東日本大震災事業者再生支援法(以下「震災支援機構法」という)が成立しこれに基づいて,株式会社東日本大震災事業者再生支援機構(以下「震災支援機構」という)が平成24年2月設立され,同年3月5日から運営を開始した。

このように,東日本大震災においては,震災が発生してから,各地の産業復興機構の設立が始まるまで8か月,震災支援機構が設立されるまで11か月もの期間を要した。

⑵ 両機構の関係

以上のとおり,東日本大震災においては二つの機構が並立することになったが,産業復興機構は,主に,比較的規模が大きく,かつ再生可能性が高い企業を対象とするのに対して,震災支援機構は,産業復興機構の対象とならない事業者を支援の対象とするといわれ,そのため産業復興相談センターが窓口となって相談を受けた上で振り分けを行うことが想定されていた。しかし, 実際には,震災支援機構も直接相談業務に当たっており,また,後記のとおり産業復興センターから震災支援機構へ引き継がれる相談件数も必ずしも多くなく,両機構の役割分担は相対化しているのが実情と言える。

⑶ 産業復興機構と震災支援機構の実績

ア 産業復興機構の実績

産業復興相談センターの相談受付件数は,3,989件(岩手702件,宮城1,294件,福島994件,青森346件,茨城210件,千葉443件)であり,そのうち関係金融機関等による金融支援の合意取付が732件,更にそのうちの産業復興機構による債権買取決定は298件となっている(中小企業庁による平成27年2月27日時点の公表値)。各産業復興機構ごとの債権買取決定件数と債権額は全て公表されているわけでないが,たとえば,これを公表している宮城県産業復興相談センター(宮城産業復興機構の買取決定に対応)では,買取決定先総数122先,買取決定先債権総額164億円に上る(宮城県産業復興相談センターによる平成26年11月27日時点の公表値)。

イ 震災支援機構の実績

震災支援機構における累計相談受付件数は,2,166件(岩手県438件,宮城県965件,福島県304件,青森県152件,茨城県155件,千葉県90件,栃木県36件,その他地域26件),累計支援決定数は554件(岩手県137件,宮城県268件,福島県55件,青森県51件,茨城県26件,栃木県10件,その他の地域7件),買取債権元本総額は866億円,債務免除総額は358億円,出資額は43億円に上る(平成27年3月4日現在の震災支援機構による公表値)。平成26年の相談受付件数は480件,支援決定数は189件であり,平成27年においても,2月末までで50件の相談及び23件の支援決定がなされている。

⑷ 被災事業者支援の在り方

以上のとおり,産業復興機構と震災支援機構は,被災事業者と被災地の復興のために一定の役割を果たしているが,その設立及び運営開始までに時間を要してしまったのは問題である。その間に事業の再建を諦めた事業者や,事業が毀損して再建が不可能となってしまった事業者もいると思われる。このような初動の遅れを真摯に反省し,来る新たな災害に備えて体制を整えなければならない。

また,両機構が併存する意義も必ずしも明らかではない。両機構は,被災事業者の規模や再生可能性によって案件を振り分けるものと考えられていたが,産業復興相談センターから震災支援機構への引継ぎは189件と少なく(中小企業庁による平成27年2月27日時点の公表値),現在において,その役割分担は曖昧になっていると考えられる。むしろ,支援の窓口が一本化されていた方が,被災事業者にとって相談先が明確となることにより相談が促進され,迅速な支援につながるのではないかと考えらえる。

立法により設立された震災支援機構は,政府保証により 5,000億円の資金調達が可能であり,買取資金が潤沢である上,債権の買取り及びこれに対応する債務の免除に加え,融資,保証,出資等といった支援メニューを広く用意している。このことは,前記のように支援実績を伸ばしている要因であると考えられる。

そこで,今後起こりうる災害を考えたとき,被災事業者に対する支援としては,立法により設立する機構による債権買取等の業務を通じた支援スキームが,被災事業者支援の中核として位置づけられるべきである。

 

2 意見の趣旨2(1)の理由

⑴ 我が国における二重ローン問題の不可避性

東日本大震災はいうに及ばず,平成に入って以降も阪神淡路大震災,新潟県中越地震をはじめとする大規模災害が発生し,近い将来においても,首都直下型地震,南海トラフ地震等,甚大な被害が予想される大規模災害の発生が現実的なものとして想定されている。そして,事業資金は融資に大きく依存し,住宅取得者の相当数が住宅ローンを利用しているという我が国の状況からすれば,災害が発生したときには不可避的に二重ローン問題が発生する。すなわち,我が国においては,二重ローン問題は常に発生する危険性を秘めている社会問題であり,この問題に適切に対応していく仕組みづくりが必要である。

当会は,平成26年11月13日,「二重ローン問題対策に関する立法措置を求める意見書」として,二重ローンにあえぐ個人被災者に対する支援を求めたが,救済の必要性は,被災事業者においても変わるところはない。

⑵ 災害発生後速やかに設立される機構の必要性(一般法制定の必要性)

震災支援機構は,震災から1年を待ってようやく業務を開始した。設立が遅れた背景に当時の政治状況があったことは否めないものの,そもそも震災支援機構を設立する根拠となる法律が存在しなかったことが最も大きな問題である。

今後起こりうる大規模災害を考えたとき,東日本大震災における震災支援機構のように,災害発生の都度,特別法を制定して新機構を設立するというのでは,設立が遅滞し,ひいては必要な支援が遅滞しかねない。災害の場所や規模,被災状況等に応じて必要な組織や人的・物的な体制は変わりうるとしても,新機構設立の根拠法は事前に一般法の形で整備しておくべきである。

 

3 意見の趣旨2(2)の理由

意見の趣旨2(1)で述べたような立法措置がなされ,新機構が設立可能となったとしても,資金調達の方法,設立手続,組織体制,業務範囲,管理の方法等の定めがなければ,現実に活動を速やかに開始することは困難である。そのため,新機構の設立・運営についての基本的事項や手続的事項は予め法律で定めるべきである。

 

4 意見の趣旨2(3)の理由

⑴ 震災支援機構の支援対象

震災支援機構法は,「東日本大震災によって被害を受けたことにより過大な債務を負っている事業者であって,東日本大震災の被災地域として政令で定める地域において債権者その他の者と協力してその事業の再生を図ろうとするもの」を支援対象としている(震災支援機構法19条1項)。

震災支援機構は,「被害」については,直接被害に限定することなく,風評被害・間接被害を受けた事業者も支援の対象に含む運用を行っている(同機構のウェブサイト「よくあるご質問」Q4)。また,「東日本大震災によって被害を受けたことにより」との要件についても,例えば,震災前から債務超過状態にある事業者を排除しないなど,柔軟な運用を行っている模様である。

⑵ 震災支援機構の支援基準

震災支援機構の支援にあたっての原則的な支援期間は,15年とされており(震災支援機構法27条5項),これを受けて,支援基準として,①再生支援の申込みに当たり,メインバンク,スポンサー等から貸付け・出資が見込まれること,②15年以内に有利子負債のキャッシュ・フローに対する比率が15倍以内となること,③5年以内に営業損益が黒字となること(補助金等で経常黒字の場合も配慮),④15年以内に債務超過が解消される見込みであること等が定められている(同機構のウェブサイト「よくあるご質問」Q9)。

これらの支援基準は,たとえば中小企業再生支援協議会の基準(①原則5年以内に有利子負債のキャッシュ・フローに対する比率が概ね10倍以内となること,②3年以内を目処に経常利益が黒字に転換すること,③5年以内を目処に実質的な債務超過を解消すること等を再生計画案の内容とする)などと比べると緩やかであり,被災地と被災事業者の実情に適した対応であると言える。

⑶ 貸付等による支援

震災支援機構は,債権の買取りの他に,被災事業者に対して,貸付,保証,出資等の支援を行うこともできる(震災支援機構法16条1項2号)。

特に,東日本大震災においてはグループ化補助金が事業設備の復旧に効果を発揮しているところ,被災事業者がグループ化補助金を受給できるまでのつなぎ融資,及び同補助金の自己負担部分の調達のため金融機関からの借り入れについての保証に見られるとおり,震災支援機構の貸付や保証はグループ化補助金を補完する有力な支援メニューとして機能しており,事業の継続及び再生に大いに貢献している。

⑷ 被災事業者にとって必要な支援はこれにとどまるものではないが,少なくとも,東日本大震災において震災支援機構が行った運用のうち,上記のとおり積極的に評価できるものについては,新たな立法に基づき設立される新機構においても引き継がれるようにし,被災事業者の事業再建と被災地復興の観点から,できる限り多くの被災事業者が対象となるようにするとともに,被災事業者に対する債権の買取だけでなく,貸付,保証,出資等を含む総合的な支援ができるようにすべきである。

 

5 結び

不可避的に生じる大規模災害による被害を回復し,個人としての被災者及び事業者としての被災者双方を救済するのが国家の責務である。被災した個人への支援は,平成26年11月の意見書で既に触れたところであるが,被災した事業者に対する支援の必要性も,個人と何ら変わるところがない。

本年3月11日で東日本大震災の発生から4年の月日が流れたが,被災地は未だ復興の途上であり,先行きは不透明である。震災支援機構設立からも3年が経過し,支援決定をすることができる5年間の期間の内の半ば以上を経過した。

このような時期を迎え,当会は改めて,被災事業者を広くかつ確実に支援することができるよう,可及的速やかに,新機構を設立するための立法措置を講じることを求める。

以 上

 

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