与党自由民主党は、東日本大震災時の災害対応不備を理由に、日本国憲法に緊急事態条項すなわち「国家緊急権」の新設を含む憲法改正の国会発議を行う方針を固め、準備と議論を進めている。
国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限と解され、行政府への強度の権力集中と基本的人権の制限を内容とするため、立憲主義を破壊する大きな危険性を孕んでいる。現憲法も、かかる危険性を重視して、国家緊急権を規定していない。従って、国家緊急権の創設については極めて慎重な検討を要するところ、東日本大震災時の災害対応について国家緊急権規定が存在すれば適切な対応ができたという事実は全く認められず、国家緊急権創設の必要性を見出すことはできない。
そもそも、国家緊急権の有無にかかわらず、災害対策においては「事前に準備していないことは緊急時にはできない」という大原則が存在し、事前の計画策定、訓練、法制度への理解といった事前準備こそがもっとも重視されるべき鉄則である。
例えば、発災直後に被災者に食料等の物資が届かなかったこと、医療が充分に行き届かなかったことなどは、既存の災害法制としては十分整備されていたにもかかわらず、避難所等の運営の仕組みにつき事前の準備が不足していたことが主な原因である。また、当会が被災各自治体に行った調査でも、大規模災害の発生を想定した行政職員の人員確保の仕組みが事前に構築されていなかったこと、必要な財政支出や復興計画策定の方法につき既存の制度を前提とした緊急時のための準備が欠け、また震災後の中央省庁・被災自治体の連絡・調整が必ずしも円滑に進められなかったこと(いわゆる縦割り行政の弊害)等が混乱及び復旧の遅れを招いたという結果が出ている。更に福島第一原発事故に伴う避難指示においても、行政府は、災害対策基本法や原子力災害特別措置法上防災計画の策定義務があるにもかかわらず「原発事故は起こらない」と油断し、何ら準備をしなかったため、多大な混乱と被害の拡大が生じた。このように東日本大震災において明らかとなった様々な問題のほとんどは、既存の法制度に基づく事前準備が不十分であったことに起因しており、事前準備の不足は国家緊急権を創設すれば克服できるというものではない。
以上のとおり、災害対策は国家緊急権規定が存在せずとも十分になしうるのであり、かえって国家緊急権を創設することは被災者・被害者を含む国民の基本的人権を不当に制限することになりかねない。従って、国家緊急権を設ける必要性・正当性は認められない。
よって、当会は、東日本大震災において甚大な被害を受けた被災地の弁護士会として、災害対策を理由とする国家緊急権創設のための憲法改正に強く反対する。
2015年(平成27年)4月24日
仙 台 弁 護 士 会
会長 岩 渕 健 彦