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最低賃金を大幅に引き上げることを求める意見書

2019年07月04日

2019年(令和元年)7月4日

仙 台 弁 護 士 会

会 長 鎌 田 健 司

第1 意見の趣旨
最低賃金を現行よりも大幅に引き上げることを求める。

第2 意見の理由
1 最低賃金の現状
中央最低賃金審議会は,2018年7月26日,厚生労働大臣に対し,2018年度地域別最低賃金額改定の目安についての答申を行った。同審議会は,全国加重平均26円の引上げ(全国加重平均874円)を答申し,これに基づき各地の地域別最低賃金審議会において地域別最低賃金額が決定されている。
 しかし,時給874円という水準は,1日8時間,週40時間働いたとしても,月収約15万1000円,年収約182万円であり,いわゆる「ワーキングプア」といわれる年収200万円を割り込むものである。この金額では労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは困難である。
日本の最低賃金は先進諸外国の最低賃金と比較しても著しく低いことは明らかである。ヨーロッパ諸国の最低賃金は,日本円に換算すると1000円を超えている。アメリカでも,ニューヨーク州やカリフォルニア州が15ドルへの引上げを決定したのを始め,全米各地の自治体で最低賃金大幅引上げが相次いでいる。国際的に見て日本の最低賃金の低さは際立っている。
 我が国の貧困と格差の拡大は深刻な事態となっている。我が国の2015年の貧困率は15.6%であり,2012年の16.1%と比べるとやや改善したものの,貧困ライン(全世帯の等価可処分所得の中央値の半分)は年収122万円のままで変動がない。働いているにもかかわらず貧困状態にある者の多数は,最低賃金付近での労働を余儀なくされており,最低賃金の低さが貧困状態からの脱出を阻害する大きな要因となっている。また,最低賃金に近い賃金で働く労働者も増え,最低賃金全国加重平均額の3割増し未満で働く労働者の割合は,2001年は12%だったのに対し,2017年には28%まで増加している。
 そして,最低賃金の地域間格差が依然として大きく,ますます拡大する傾向にある。2018年の最低賃金は,最も低い鹿児島県で時給761円,最も高い東京都で985円であり,224円もの開きがあった。賃金が高い都市部での就労を求めて若者が地元を離れてしまう傾向が強く,労働力不足のために倒産する企業が相次いでいる。地域経済の活性化のためにも,最低賃金の地域間格差の縮小は喫緊の課題である
 こういった現状を踏まえ,与党内においても,全国一律の最低賃金制度を検討する動きも見られるようになっている。
 宮城県の地域別最低賃金についていえば,2018年10月1日から適用されている地域別最低賃金額は798円である。最も高い東京都の985円と比べると,その間に187円の格差がある。
 かかる最低賃金の地域間格差の存在は,地方から意欲ある働き手の流出を引き起こしかねないと共に,人口減少に危機感を抱いている地域において,人口還流の障壁ともなりかねない。
2 最低賃金が「最低生計費」に満たない現状
  「最低生計費調査」とは,マーケット・バスケット方式(生活に必要な物資の種類と数量を想定し,それを「買い物かご」に入れていった時に要する費用を積み上げて,生活に必要な費用を算定する方法)によって生活に必要な費用としての生計費を試算するものである。
最低賃金の額をどのように定めるかにあたり,静岡県立大学の中澤秀一准教授らが行った「最低生計費調査」の結果が重要な示唆を与えている。なぜなら,最低賃金法9条2項は,地域別最低賃金を定めるに当たり,「地域における労働者の生計費」を考慮に入れるよう求めているためである。
  2015年から2017年にかけて,北海道,東北地方,新潟,埼玉,静岡,愛知,福岡の12道県で実施された「最低生計費調査」は,大まかな生活実態を把握するための「生活実態調査」と所持している家電製品や被服類などを把握するための「持ち物財調査」,それらに基づく「価格調査」の3つの調査を実施した上で最低生計費を算出している。これらの調査は,例えば「持ち物財調査」であれば,最低生計費に組み入れるのは「7割以上の人が保有の品目」とするなど,勤労者の実態に即した細かな設定をした上で行われている。
  この調査によれば,25歳の単身者の場合,最低生計費として必要となる費用は,どこでも税・社会保険料込みで約22万円から24万円という結果となった。これは,都市部であれば住居費が比較的高くなるものの,都市部以外では自動車関連の支出が多くなることから,地域による必要費の違いが小さくなったためであると考えられる。
  この約22万円から24万円という金額を,月150時間(時短の目標とされていた年間1800時間を12か月で割ったもの)という労働時間として1時間当たりを算出すると約1500円,労働基準法に基づく月所定労働時間の上限と考えられる月173.8時間で1時間当たりを算出すると約1300円という金額になる。
  このような「最低生計費調査」の結果からは,最も高い東京都でも最低賃金が1000円に達しないという現在の水準では,労働者が一定水準の生活をしていくこと,そして家族を持つことが困難であることが明らかになっている。
3 非正規雇用の労働者は家計補助者ばかりではない
  これまで最低生計費にも満たない最低賃金が許容されてきた背景には,最低賃金で働く労働者は,主たる家計の維持者ではなく,主婦パートなどの家計補助者であると考えられてきたことが背景にある。
  しかし,現実には非正規雇用で働く労働者の割合は約4割に及んでいる。「平成30年賃金構造基本統計調査」によれば,正社員・正職員以外の年収は,平均で209万4千円となっていることから,非正規雇用の労働者の大多数が最低賃金レベルの収入で生活していることが分かる。また,厚生労働省が行った平成26年の就業形態の多様化に関する総合実態調査では,非正規雇用の労働者のうち,47.7%(男性80%,女性29.3%)が,家計の維持者であった。
すなわち,4割にも及ぶ非正規雇用の労働者の47.7%が最低生計費には全く及ばない最低賃金レベルの収入で生活を維持しなければならない事態が現実に生じている。非正規雇用の労働者を家計補助者であると考えることは実態から大きく乖離していると言わざるを得ない。
また,未婚率や離婚率の上昇からも明らかなとおり,家族の形態は多様化しており,労働者がどのような家族形態であっても生活できる賃金である必要がある。
  したがって,非正規雇用の労働者を家計補助者であることを前提にして,最低生計費にも満たない水準の最低賃金を許容することはできない。
4 低収入層の増大
  さらに正規雇用者の中にも低処遇が急増している。25歳から44歳の雇用者男女では,1997年から2012年にかけて年収250万円未満の労働者が671万人から971万人に増加している。年収250万円とした場合,月収は約21万円であるので,上記の最低生計費調査で明らかになった最低生計費として必要となる費用額(約22万円から24万円)未満の水準だということになる。
また,「平成30年賃金構造基本統計調査」によれば,男性25~29歳の平均年収は247万9000円,男性30~34歳の平均年収は289万4000円であり,若年層から中堅層に移行しても最低生計費用額周辺の生活を強いられていることがわかる。そして,女性は一番平均年収が高い50~54歳の世代であっても平均年収は270万6000円であり,男性と比較してより低い処遇を受けていることがわかる。
5 格差縮小等のための有効策
最低賃金の引き上げは,正規労働者・非正規労働者の中に広がる低賃金と,それによって広がり続ける格差の解消にとって重要かつ有効な施策である。これにとどまらず,最低賃金の引き上げは,離職率の減少につながり,企業の新規採用や訓練へのコストを減らし,生産性の向上につながるだけでなく,賃金が消費に回り,地域的及び全国的に経済循環を活発にする効果が期待される。
また,地方を中心に最低賃金の大幅な引上げを地域の活性化と連動した形で行うことで,地方から中央への人口の流出を防ぎ,地域格差の解消にも有効策となることも期待できる。
6 中小企業等への救済策
なお,最低賃金の大幅な引上げは,特に中小企業等の経営に大きな影響を与えることが予想される。
そこで,最低賃金の引上げにあたっては,そのスケジュールを明確にするともに,最低賃金の引上げが困難な中小企業等については,最低賃金の引上げを可能とするための社会保険料の減免措置や最低賃金の引上げを誘導するための補助金制度等の構築のほか,最低賃金引上げのための直接的な補助金などの政策も検討すべきである。
その他,中小企業等の生産性を高めるための施策,例えば,既存労働者の技術向上に向けた訓練のための賃金補助,あるいは生産性を高めるための設備投資に関連した減税措置などが有機的に組み合わされることが必要である。また,我が国において特徴的とされる重畳的な下請構造の中では,中小企業等に対し生産性の向上を求めるだけでは不十分である。取引先企業からの発注時における買いたたきや契約後の下請代金の減額など,労働者に対する賃金の支払いを困難にするような不当な行為がなされないよう,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)や下請代金支払遅延等防止法(昭和31年6月1日法律第120号)をこれまで以上に積極的に運用するほか,フランチャイズにおけるロイヤリティの制限を含めた法制度の構築や法律家による相談活動強化を含め,個人事業主を含めた中小企業等とその取引先企業との間でも公正な取引が確保されるようにしなければならない。

以上

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