1 経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会割賦販売小委員会は,2019年(令和元年)5月29日付「中間整理~テクノロジー社会における割賦販売法制のあり方~」を公表した。この中では,クレジットカード会社が技術やデータを活用した独自の与信審査を行う場合には,現行の①支払可能見込額調査義務(割賦販売法第30条の2第1項)及び②指定信用情報機関の使用義務(同条第3項)を課さず,さらに極度額10万円以下の「少額・低リスクのサービス」については,①,②の義務に加えて③指定信用情報機関への登録義務(同法第35条の3の56第2項及び第3項)も課さない,との方向性が示されている。
これらは,2008年(平成20年)の割賦販売法改正により多重債務防止のために導入されたクレジットの過剰与信規制を大幅に緩和しようとするものである。
2 しかし,各クレジットカード会社が独自の与信審査を行うことになれば,業界全体として統一的な基準により過剰与信を防止するという法制度の趣旨を没却することになりかねない。クレジットカード会社は営利を目的とする企業であるから,独自の与信審査方法を使用する場合に支払可能見込額調査を免除することは,過剰与信防止の動機付けにはならない上,行政庁等の第三者が,ビッグデータ・AI分析等の技術やデータを活用した与信審査方法について,支払可能見込額調査に代替しうるだけの客観的に合理的な審査方法であるか否かを事前に確認することは現実的ではない。
また,指定信用情報機関の使用がなされないとすれば,クレジットカード会社は同機関の保有する信用情報を調査することなく与信判断を行うことになり,既に他社の与信で多重債務状態に陥っている者であってもクレジットカードの利用が認められることになりかねない。
さらに,「少額・低リスクのサービス」について,上記①,②の義務に加えて③の義務も免除するならば,複数の「少額・低リスクのサービス」の利用が累積してもその情報は他のクレジットカード会社の与信審査に反映されないこととなる。指定信用情報機関の利用は,当該クレジットカード会社だけでなく,他社の過剰与信を防止することにも意義があるのであり,これらの義務を免除することは,多重債務を防止するために設けられた指定信用情報機関制度の趣旨を没却することになる。
中間整理においては,指定信用情報機関の使用に不便があるとの指摘がなされているが,そうであれば同機関の運用改善を検討すべきである。
3 近年,多種多様なキャッシュレス決済が普及する中で,キャッシュレス取引に抵抗感が薄れた利用者がクレジットカードも抵抗感なく利用することにより過剰な債務を負担するリスクも高まっている。
その上,現在でも若年者への少額のサービスでの与信がなされている状況において,今後成年年齢が引下げられたときには,若年者のクレジットカード利用が一挙に拡大することが予想される。「少額・低リスクのサービス」も含めて適正な与信審査がなされなければ,若年者の多重債務等の被害が増大することが懸念される。
よって,当会は,今般のクレジット取引における過剰与信規制の大幅な緩和の方針に反対する。
2019年(令和元年)8月28日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 鎌 田 健 司