2020年(令和2年)8月27日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 十 河 弘
意 見 の 趣 旨
再審請求を行っている死刑囚に対して死刑を執行することは、適正手続保障(憲法31条)の下での裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害するとともに、生命権(憲法13条)侵害の危険性を内包し、市民的及び政治的権利に関する国際規約6条4項にも違反する。したがって、法務大臣が再審請求中の死刑囚に対して死刑執行命令を出すことは許されない。
意 見 の 理 由
第1 本意見書提出の経緯
2019年8月21日、再審請求を行っている死刑囚1名から、当会に対して、「再審中であっても死刑が執行されており、日々恐怖である。」旨の人権救済申立がなされた。同事件に関する当会の検討の過程において、同事件は当該申立人に限った問題ではないことから、当会の見解を意見書という一般的な形で発表することが適切であると考えるに至った。
当会は、これまで死刑制度の存廃について国民的議論を開始し、その間死刑の執行は停止されるべきであると訴えてきたところであるが、とりわけ再審請求中の死刑囚に対する死刑の執行停止は喫緊の課題であるとして、本意見書を発表するものである。
第2 再審請求と死刑執行の現状
1 再審請求中に死刑が執行された事案
CrimeInfo(crimeinfo.jp)掲載『死刑確定者リスト 全リスト』(* https://www.crimeinfo.jp/data/dplist/dplist_all/より引用) をもとに1981年以降に刑が確定した死刑確定者(死刑囚)について調べたところ、再審請求中に死刑が執行された死刑囚として、以下の16名が確認できた。
1999年12月17日執行(小野照男死刑囚)
2017年 7月13日執行(西川正勝死刑囚)
2017年12月19日執行(松井喜代司死刑囚、関光彦死刑囚)
2018年 7月 6日執行(松本智津夫死刑囚、早川紀代秀死刑囚、井上嘉浩死刑囚、新實智光死刑囚、中川智正死刑囚、遠藤誠一死刑囚)
2018年 7月26日執行(横山真人死刑囚、小池泰男死刑囚、豊田亨死刑囚、廣瀬健一死刑囚)
2018年12月27日執行(岡本啓三死刑囚)
2019年 8月 2日執行(庄子幸一死刑囚)
2 死刑確定判決に対して現在死刑囚が再審請求をしている事案
2019年8月2日の死刑執行後の時点における死刑確定者(死刑囚)は111名であり、そのうち再審請求中の者は82名である(*2 http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_01147.html(2019年8月2日法務大臣臨時記者会見の概要))。
CrimeInfo(crimeinfo.jp)掲載『死刑確定者リスト 全リスト』をもとに1981年以降に刑が確定した死刑囚について調べたところ、上記82名のうち氏名が確認できる者は以下の14名である(イニシャルは犯行時少年であり自発的に公表していると確認できない者である。)。
1980年11月19日最高裁判決(袴田巌死刑囚)
1994年 7月15日最高裁判決(大森勝久死刑囚)
1998年 9月 4日最高裁判決(宮崎知子死刑囚)
2000年 4月 4日最高裁判決(松本健次死刑囚)
2006年 3月28日最高裁判決(高橋和利死刑囚)
2007年 7月 5日最高裁判決(濱川邦彦死刑囚)
2009年 4月21日最高裁判決(林眞須美死刑囚)
2011年 3月10日最高裁判決(KM死刑囚、KA死刑囚、KT死刑囚)
2012年 2月20日最高裁判決(FT死刑囚)
2014年 9月 2日最高裁判決(松原智浩死刑囚)
2014年10月16日最高裁判決(奥本章寛死刑囚)
2016年 6月16日最高裁判決(CY死刑囚)
3 自由権規約委員会からの勧告と日本政府のコメント
(1)第5回定期報告に関する総括所見
自由権規約委員会は、日本の第5回定期報告に関する総括所見(CCPR/C/JPN/CO/5、2008年10月採択)パラ17において、「締約国は、死刑事件について義務的再審査制度(mandatory system of review)を採用し、死刑事件の再審又は恩赦請求が執行停止の効力を持つことを確保すべきである。執行停止の濫用を防止するために恩赦請求の回数に制限を設けることはありうる。また締約国は、死刑確定者と再審に関する弁護士との間の全ての面会の厳格な秘密性についても保証すべきである。」と勧告した。(* https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/pdfs/jiyu_kenkai.pdf(外務省ウェブサイト))
この勧告のうち、死刑事件の再審又は恩赦請求の執行停止効について、日本政府は、「我が国の制度では、死刑事件の再審又は恩赦請求に執行停止効はない。ただし、死刑執行命令を発するに当たっては、その重大性にかんがみ、再審請求や恩赦の出願についても、回数にかかわらずその事情を十分斟酌することとしている。」とコメントした。(* https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/pdfs/2c_comment0912.pdf(外務省ウェブサイト))
(2)第6回定期報告に関する総括所見
同委員会は、日本の第6回定期報告に関する総括所見(CCPR/C/JPN/CO/6、2014年7月23日採択)パラ13(d)においても、「委員会の前回の総括所見(CCPR/C/JPN/CO/5、para.17)に照らし、再審あるいは恩赦の請求に執行停止効果を持たせつつ、死刑事例における義務的かつ実効的な再審査制度を創設し、また再審請求に関する死刑確定者と弁護士との間の全ての面会に厳格な秘密交通権を保障すること。」を勧告した。(* https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000054774.pdf(外務省ウェブサイト))
この勧告のうち、死刑事件の再審又は恩赦請求の執行停止効について、日本政府は、「再審請求等の手続中は全て執行命令を発しないという取扱いをすれば、死刑確定者が再審請求等を繰り返す限り永久に死刑の執行をなし得ないことになり、刑事裁判の実現を期すことが不可能になる。」、「また、法務大臣が、死刑執行命令を発するに当たっては、個々の事案につき関係記録を十分に精査し、刑事訴訟法に定められている再審が開始されるべき事由が存在するかどうか等について慎重に検討している。」、「これらの観点から、再審請求等がなされた場合に、一律に死刑の執行を停止する制度を設けることは相当でないと考えている。」とコメントした。(* https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101437.pdf(外務省ウェブサイト))
4 国連人権高等弁務官事務所報道官のコメント
共同通信配信記事によれば、国連人権高等弁務官事務所の報道官は、2018年3月27日までに共同通信の取材に対し、地下鉄サリン事件などで死刑が確定したオウム真理教関係者13人について、再審請求中にもかかわらず死刑が執行された場合は「死刑囚の権利保護を定めた国連規定違反となる」と指摘した。(* https://www.nishinippon.co.jp/item/o/404213/(西日本新聞掲載のジュネーブ共同配信記事))
ここにいう「国連規定」とは、「国連経済社会理事会1984/50 死刑
に直面する人々の保護を保証する保護措置(1984年5月25日)」の付属文書中の「8. Capital punishment shall not be carried out pending any appeal or other recourse procedure or other proceeding relating to pardon or commutation of the sentence.(8.死刑は、恩赦又は減刑に関するいかなる上訴(appeal)その他の手続又はその他の訴訟手続を経るまでは、執行してはならない。)」を指す。
5 自由権規約委員会の一般的意見
自由権規約委員会は、2018年10月8日から同年11月2日まで開催された第124期委員会において、自由権規約6条4項に関する一般的意見を採択し、発表した。その内容は、次のとおりである。(* 福島至教授「死刑執行と自由権規約6条4項の保障」(判例時報2433号140頁以下) )
「締約国は、6条4項によって、死刑宣告を受けた個人に対し、以下のことを許すことが求められる。特赦または減刑を求めることの保障や、大赦、特赦および減刑が適切な環境の中でその者に許されうるように保障すること、特赦または減刑の求めが適切な手続きにしたがって、実質的に審査され、終局的に決定されるまでには、刑が執行されないことを保障することである。(以下略)」
第3 死刑制度に対する当会の基本的立場
当会は、死刑制度の本質的危険性を踏まえ、これまでの会長声明において繰り返し、死刑制度の存廃についての国民的議論を開始し、その間死刑の執行を停止すべきことを訴えてきた(最近のものとして、2019年8月19日「死刑執行に断固抗議し、死刑執行を停止するとともに、死刑に関する情報を広く公開し、死刑制度の存廃に関する国民的議論を求める会長声明」)。
すなわち、死刑制度は、罪を犯した人の更生と社会復帰の可能性を否定するという問題とともに、誤判・えん罪による生命侵害という取り返しのつかない危険を内包するものである。2014年(平成26年)3月27日に、静岡地方裁判所が、袴田巖氏の第二次再審請求事件について再審を開始し、死刑及び拘置の執行を停止する決定をしたことは、えん罪による生命侵害の危険性を現実のものとして世に知らしめた(なお、同事件は、2018年6月11日に東京高裁によって再審開始決定が取り消され請求が棄却されたが、拘置の執行停止は維持されている。)。
過去にも、4つの死刑事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)が再審無罪となった例があるが、これらも一歩間違えば無実の者が死刑の執行を受けた危険性を示すものである。
このような問題を有する死刑制度については、生命権(憲法13条)という最も重要な基本的人権保障の観点から、その存廃についての国民的議論が行われるべきである。そして、その間は、生命侵害の危険性を踏まえ、死刑の執行を停止すべきである。
第4 死刑執行は再審請求によって制限されること
1 問題の所在
前記第3で述べた死刑制度の存廃についての国民的議論とその間の死刑執行停止という制度論・立法論とは別に、再審請求中の死刑囚に対する死刑執行は裁判を受ける権利等により制限されないかという問題がある。
すなわち、刑事訴訟法上、再審請求に刑の執行停止効は認められておらず、検察官の裁量により刑の執行停止が認められるにとどまる(442条)。
再審開始決定がなされたときには、裁判所の決定により死刑の執行を停止することができる(448条2項)。しかし、再審請求後再審開始決定前の段階においては、心神喪失の状態又は女子が懐胎しているときに法務大臣が死刑の執行を停止することができるとと定められているにとどまり(479条)、裁判所に執行停止権限はない。検察官による死刑執行の指揮に対して異議申立(502条)をして争うことも条文上は可能であるが、死刑執行は法務大臣から命じられたときから5日以内にしなければならないため(476条)、異議申立をして争うことは現実的に不可能又は著しく困難である(大阪地裁2020年2月20日判決(* https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/319/089319_hanrei.pdf(裁判所ウェブサイト))。そのため、再審請求後再審開始決定前は、裁判所の関与がなく、法務大臣の執行命令のみで死刑が執行される(475条)。前記第2の第1項で挙げた再審請求中の死刑執行は、いずれも再審請求後再審開始決定前であった。
では、法務大臣の死刑執行命令権限は、再審請求によって制限されないと解すべきだろうか。刑訴法は、再審請求に刑の執行停止効を認めておらず(442条)、法務大臣の死刑執行命令権限(475条)も、その権限行使に慎重さを求めているものの、再審請求によって制限されることを明記していないため問題となるが、以下に述べるとおり、制限されると解すべきである。
2 再審請求中の死刑執行は裁判を受ける権利を侵害し、生命権侵害の危険性を内包すること
(1)裁判を受ける権利の意義
裁判を受ける権利(憲法32条)は、政治権力から独立の公平な裁判所(憲法76条)に対して、すべての個人が平等に権利・自由の救済を求め、かつ、そのような公平な裁判所以外の機関から裁判されることのない権利である。そして、この裁判を受ける権利は、憲法31条が定める適正手続の保障の下で裁判を受ける権利を意味する。
(2)再審と裁判を受ける権利
再審とは、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することを目的とし、独立した公平な裁判所で行われる裁判制度であり、刑事訴訟法435条以下で再審請求手続及び再審公判手続が定められている。再審請求をするには、確定判決の事実誤認が高度に推測される所定の再審理由(刑訴法435条、436条)が必要である。
再審の意義は、憲法に由来する。すなわち、日本国憲法は、一人ひとりの人間をかけがえのない存在として大切にするという「個人の尊重」を究極の価値としている(憲法13条)。この憲法下において、無実の者を国家が処罰することが絶対にあってはならないことは当然の帰結である。そのため、憲法は、31条以下で10箇条にわたる刑事手続関連条項を設け、刑事訴訟法等の法律を充実させることによって、えん罪の発生を防止しようとした。しかし、それでも前記第3で挙げた死刑再審四事件に代表されるように、えん罪は発生している。再審は、これらのえん罪被害者を救済する最終手段である。
このように、再審が「個人の尊重」に由来する制度であり、えん罪被害を受けた個人の権利・自由の救済を求める裁判制度である以上、再審手続にも適正手続保障(憲法31条)の下での「裁判を受ける権利」(憲法32条)の保障が及ぶと解すべきである。とりわけ、誤判・えん罪を訴える死刑囚にとって、再審は生命権の存否に関わる極めて重要な手続である以上、再審の裁判を受ける権利を保障する重要性は極めて高い。
(3)再審請求中の死刑執行が裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害すること
ア 再審請求中に死刑執行をすることは、法務大臣が再審請求に対する裁判所の判断を待たずに、再審開始決定はないものと判断して、死刑囚の再審の機会を奪うことを意味するところ、それは裁判所以外の機関から再審の裁判を受けることに等しい。
したがって、これを正当化する根拠は見出し難い以上、死刑囚の裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害する。
イ これに対して、前記大阪地裁2020年2月20日判決は、再審請求中の死刑囚が死刑を執行されない法的地位ないし権利があるなどと主張して、死刑の執行に応ずる義務がないことの確認を求めた事案において、「憲法32条は、何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない旨規定するところ、これを刑事訴訟についてみると、刑罰権の存否及び範囲を定める手続について、独立した公平な裁判所の公開法廷における対審及び判決によるべきであることを定めたものと解するのが相当である(最高裁判所昭和42年7月5日大法廷決定・刑集21巻6号764頁参照)。そうすると、独立した公平な裁判所において公開・対審の訴訟手続による確定判決を受けた場合において、その後の非常救済手続である再審手続の審理が終了しない間に死刑が執行されたとしても、憲法32条が保障する裁判を受ける権利が侵害されたということはできないから、同条を根拠として原告が求める再審請求中には確定死刑判決に基づき死刑を執行されない法的地位を導き出すことはできない。」、「確定判決を受けるまでに刑事訴訟法等に基づく適正な裁判手続が保障されていること等からすれば、憲法31条及び13条を根拠にしても、上記法的地位が導き出されるということはできない。」と判示して、人権侵害性を否定している。
しかし、前記第3で指摘した死刑再審四事件や前記再審の意義に鑑みれば、「確定審で裁判を受ける権利及び適正手続が保障されているから、再審請求中に死刑執行をすることは憲法に反しない」などと安易に結論付けることはできない。上記大阪地裁判決は、再審の裁判を受ける権利が憲法32条で保障されている意義を看過していると言わざるを得ない。
また、上記大阪地裁判決が引用している最高裁1967年(昭和42年)7月5日大法廷決定は、「憲法82条は、刑事訴訟についていうと、刑罰権の存否ならびに範囲を定める手続について、公開の法廷における対審および判決によるべき旨を定めたものであって、再審を開始するか否かを定める手続はこれに含まれないものと解すべき」と判示するにとどまり、「憲法32条が再審の裁判を受ける権利を保障していない」とまでは言及していない。
さらに、上記大阪地裁判決は、憲法32条と憲法82条の適用範囲はともに純然たる訴訟事件であるという理解を前提に、再審を開始するか否かの手続は純然たる訴訟事件ではないから憲法32条の保障は及ばないと考えているかもしれない。しかし、憲法32条の適用範囲を純然たる訴訟事件に限定する解釈(最高裁2008年(平成20年)5月8日第三小法廷決定・家月60巻8号51頁参照)は、適正手続保障の下での裁判を受ける権利(憲法32条、31条)についての適切な理解とは言えない(同決定での那須弘平裁判官の反対意見参照)。
したがって、上記大阪地裁判決は、再審の裁判を受ける権利の意義を看過しており、基本的人権の擁護及び社会正義に反するため、適切とは認められない。
(4)生命権侵害の危険性
再審の裁判を受ける権利を侵害してなされる死刑執行は、生きている間に誤判・えん罪から救済される途を完全に閉ざすものである。生命権(憲法13条)が死刑制度によって制約されうるのか否かという議論はあるが、少なくとも、死刑確定判決が誤判・えん罪だった場合、その救済を求めて再審請求をしている当該死刑囚に対する死刑執行は、裁判を受ける権利を侵害するとともに、生命権(憲法13条)を侵害するものと言える。このように、再審の裁判を受ける権利を侵害してなされる死刑執行は、死刑囚の生命権を侵害する危険性を内包しているのである。
(5)以上より、再審請求中の死刑執行は、裁判を受ける権利を侵害し、生命権侵害の危険性を内包する。
3 再審請求中の死刑執行は自由権規約6条4項に反すること
(1)自由権規約の国内法的効力
市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約、人権B規約)は、日本が批准した1979年から国内法的効力を有し、誠実に遵守されなければならない(憲法98条2項)。
また、条約は法律に優位すると解されているため(憲法前文、98条2項参照)、自由権規約に反する法律の解釈・適用は許されない。
(2)自由権規約6条4項は恩赦手続終了までの間、死刑が執行されないことを保障していること
自由権規約6条4項は、死刑に対する恩赦としての特赦や減刑を求める権利を保障している。これは、「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。」、「何人も、恣意的にその生命を奪われない。」と定める同条1項を具体化したものである。すなわち、同条4項は、死刑囚であっても生命に対する固有の権利を有し、恣意的にその生命を奪われないようにするという生命尊重の趣旨から、恩赦としての特赦や減刑を求める権利を保障したと解される。そして、その権利の保障を実質化するためには、当該恩赦の手続で結論が出るまでは死刑を執行しないこと(死刑執行の停止)が必要不可欠である。したがって、同項は、恩赦手続が終了するまでの間、死刑が執行されないことを保障していると解される(前記第2の第5項記載の自由権規約委員会の一般的意見も同旨。)。
(3)自由権規約6条4項は再審請求の場合にも適用されること
ア 自由権規約6条4項は、恩赦の場合についてのみ定めており、再審請求の場合については明記していないが、以下の理由から、再審請求の場合にも当然に適用され、再審手続が終了するまでの間、死刑が執行されないことを保障していると解すべきである(* 前掲福島論文参照。)。
第一に、同規約6条1項3文は、「何人も、恣意的にその生命を奪われない。」と定めるところ、恩赦を付与すべき死刑囚に対する死刑執行や事実誤認の死刑判決に基づく死刑執行は、客観的正当性を欠くため、「恣意的にその生命を奪われ」たと評価される。このような死刑執行を回避するための申立に権利性を認めたのが同規約6条4項である。かかる同項の趣旨に鑑みれば、同項は再審請求の場合にも適用されると解される。
第二に、死刑執行可能な確定判決に疑義がない場合にも行われる恩赦の請求にその執行停止が認められる以上、確定判決に疑義を呈する再審請求に死刑執行停止を認めないことは不合理である。また、恩赦には、再審手続によっては救済されない場合(例えば、誰も再審請求をしない場合。)における誤判の救済機能もある以上、同じく誤判救済機能を持つ再審の場合に同規約6条4項を適用しないのは均衡を失する。
第三に、同規約6条4項が再審請求の場合にも適用されると解することは、死刑囚の再審の機会を確保するという裁判を受ける権利(憲法32条)や適正手続保障(憲法31条)を実現する点においても整合的であり、また、再審請求に対する司法判断を待たずに死刑執行をするという三権分立の趣旨に反した事態を回避する点においても整合的である。
第四に、前記第2の第3項記載のとおり、自由権規約委員会は日本政府に対して、再審あるいは恩赦の請求に死刑執行停止効を持たせるべきとの勧告をしているが、そこでは再審と恩赦に差異を設けておらず、同委員会も、同規約6条4項は再審請求の場合の死刑執行停止をも保障していると解していると理解できる。
イ これに対して、前記大阪地裁2020年2月20日判決は、「B規約6条4項は、その内容からして死刑確定者の再審を請求する権利について定めたものではない」と判示しているが、自由権規約6条4項を形式的にしか見ておらず、同項の趣旨や意義を適切に理解したものとは認められない。
(4)したがって、再審請求中の死刑執行は、再審手続が終了するまでの間死刑が執行されないことを保障した自由権規約6条4項に反する。
4 法務大臣の死刑執行命令権限は制限されること
以上のとおり、再審請求をしている死刑囚に対する死刑執行は、憲法及び自由権規約に反する。したがって、再審請求中の死刑囚に対して死刑執行を行うことは許されず、法務大臣の死刑執行命令権限は再審請求によって制限される。
なお、刑訴法442条本文は、「再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しない。」と規定しているが、同規定を死刑にも適用することは再審請求中の死刑執行を許容しかねず、前述した憲法及び自由権規約で保障された再審の裁判を受ける権利、再審手続が終了するまでの間死刑が執行されない権利を否定することになるため、問題があると言わざるを得ない。
5 再審請求の頻回申立について
この点、再審請求によって死刑執行がなされないとすると、死刑囚が再審請求を繰り返すことにより死刑執行を免れることになるのではないか、死刑執行を免れる目的の濫用的再審請求が繰り返されるのではないかとの懸念もあり得よう。
たしかに、基本的人権といえどもその濫用は許されない(憲法12条)。
しかし、再審請求が繰り返しなされていたとしても、それらが全て同じ理由に基づくとは限らないため、頻回申立というだけの理由で濫用的請求であるとして裁判を受ける権利(憲法32条)を否定することは許されない。また、仮に、同一の理由によって再審請求が繰り返されていたとしても、本当に同一の再審事由であるのか、追加されている主張や新証拠はないのかといった点の審査は不可欠であるところ、それらの審査は本来再審裁判所が行うべきであり、再審裁判所がそれらを審理した結果、再審請求に理由がないと判断すれば棄却することになる(刑訴法447条)。このような審理を経ずに、法務大臣の一存で同一の再審事由と証拠であると断定してしまうとすれば、それは再審による裁判を受ける権利の否定にほかならない。したがって、再審請求が繰り返されることをもって死刑執行命令権限に対する制限の例外を認めることはできない。
また、再審請求を行う死刑囚は死刑確定判決の見直しを求めている以上、死刑執行を回避したい思いがあるのは当然のことであるが、そのことから直ちに死刑執行を免れる目的とか、「濫用的」であると断ずることはできない。むしろ、何が濫用的かは一義的に定まらない以上、濫用規制の濫用により再審請求の権利保障が否定されかねない。上述したとおり、再審事由が主張されている限り、当該再審請求の審理を尽くすべきである。したがって、死刑の確定判決に対する再審請求について、殊更「濫用的」であるか否かを問題にする必要性・合理性はない。
自由権規約委員会第5回定期報告に関する総括所見(前記第2の第3項(1))も、恩赦請求については執行停止の濫用防止のために回数制限を設けることがありうるとしつつも、再審請求については濫用防止のための制限に言及していない。したがって、同総括所見は、再審請求の濫用規制を想定していないと解される。
このように考えると、再審請求が間断なく繰り返されている間は、法務大臣の死刑執行命令権が制限されることになるが、そのことにより確保される利益(死刑囚の再審の裁判を受ける権利等の保障)の重大性に鑑みれば、その制限には十分な合理性がある。
よって、再審請求が頻回にわたっていても、それを理由に死刑執行命令権限の制限を否定することは許されない。
第5 結論
以上より、死刑囚について再審請求がなされている場合は、憲法13条及び32条、並びに自由権規約6条4項により、法務大臣の死刑執行命令権限(刑訴法475条1項)は制限され、法務大臣が再審請求中の死刑囚に対して死刑執行命令を出すことは許されない。
以 上
関連条文
1 憲法
13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
98条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
2 市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約、人権B規約)
6条1 すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。
2 死刑を廃止していない国においては、死刑は、犯罪が行われた時に効力を有しており、かつ、この規約の規定及び集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に抵触しない法律により、最も重大な犯罪についてのみ科することができる。この刑罰は、権限のある裁判所が言い渡した確定判決によつてのみ執行することができる。
3 (略)
4 死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権利を有する。死刑に対する大赦、特赦又は減刑は、すべての場合に与えることができる。
5 死刑は、十八歳未満の者が行つた犯罪について科してはならず、また、妊娠中の女子に対して執行してはならなない。
6 (略)
3 刑事訴訟法
435条 再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。
一 原判決の証拠となつた証拠書類又は証拠物が確定判決により偽造又は変造であつたことが証明されたとき。
二 原判決の証拠となつた証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であつたことが証明されたとき。
三 有罪の言渡を受けた者を誣告した罪が確定判決により証明されたとき。但し、誣告により有罪の言渡を受けたときに限る。
四 原判決の証拠となつた裁判が確定裁判により変更されたとき。
五 特許権、実用新案権、意匠権又は商標権を害した罪により有罪の言渡をした事件について、その権利の無効の審決が確定したとき、又は無効の判決があつたとき。
六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
七 原判決に関与した裁判官、原判決の証拠となつた証拠書類の作成に関与した裁判官又は原判決の証拠となつた書面を作成し若しくは供述をした検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が被告事件について職務に関する罪を犯したことが確定判決により証明されたとき。但し、原判決をする前に裁判官、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対して公訴の提起があつた場合には、原判決をした裁判所がその事実を知らなかつたときに限る。
436条 再審の請求は、左の場合において、控訴又は上告を棄却した確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。
一 前条第一号又は第二号に規定する事由があるとき。
二 原判決又はその証拠となつた証拠書類の作成に関与した裁判官について前条第七号に規定する事由があるとき。
2 第一審の確定判決に対して再審の請求をした事件について再審の判決があつた後は、控訴棄却の判決に対しては、再審の請求をすることはできない。
3 第一審又は第二審の確定判決に対して再審の請求をした事件について再審の判決があつた後は、上告棄却の判決に対しては、再審の請求をすることはできない。
438条 再審の請求は、原判決をした裁判所がこれを管轄する。
439条 再審の請求は、左の者がこれをすることができる。
一 検察官
二 有罪の言渡を受けた者
三 有罪の言渡を受けた者の法定代理人及び保佐人
四 有罪の言渡を受けた者が死亡し、又は心神喪失の状態に在る場合には、その配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹
2 第四百三十五条第七号又は第四百三十六条第一項第二号に規定する事由による再審の請求は、有罪の言渡を受けた者がその罪を犯させた場合には、検察官でなければこれをすることができない。
442条 再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しない。但し、管轄裁判所に対応する検察庁の検察官は、再審の請求についての裁判があるまで刑の執行を停止することができる。
447条 再審の請求が理由のないときは、決定でこれを棄却しなければならない。
2 前項の決定があつたときは、何人も、同一の理由によつては、更に再審の請求をすることはできない。
448条 再審の請求が理由のあるときは、再審開始の決定をしなければならない。
2 再審開始の決定をしたときは、決定で刑の執行を停止することができる。
472条 裁判の執行は、その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官がこれを指揮する。但し、第七十条第一項但書の場合、第百八条第一項但書の場合その他その性質上裁判所又は裁判官が指揮すべき場合は、この限りでない。
2 上訴の裁判又は上訴の取下により下級の裁判所の裁判を執行する場合には、上訴裁判所に対応する検察庁の検察官がこれを指揮する。但し、訴訟記録が下級の裁判所又はその裁判所に対応する検察庁に在るときは、その裁判所に対応する検察庁の検察官が、これを指揮する。
475条 死刑の執行は、法務大臣の命令による。
2 前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。
476条 法務大臣が死刑の執行を命じたときは、五日以内にその執行をしなければならない。
479条 死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によって執行を停止する。
2 死刑の言渡を受けた女子が懐胎しているときは、法務大臣の命令によって執行を停止する。
3 前二項の規定により死刑の執行を停止した場合には、心神喪失の状態が回復した後又は出産の後に法務大臣の命令がなければ、執行することはできない。
4 第四百七十五条第二項の規定は、前項の命令についてこれを準用する。この場合において、判決確定の日とあるのは、心神喪失の状態が回復した日又は出産の日と読み替えるものとする。
502条 裁判の執行を受ける者又はその法定代理人若しくは保佐人は、執行に関し検察官のした処分を不当とするときは、言渡をした裁判所に異議の申立をすることができる。