宮城県内の全ての市と町に犯罪被害者等支援条例の制定を求める決議
1 犯罪被害者は、意図せず被害に巻き込まれ、精神的にも経済的にも多大な負担を強いられることとなる。そのため、犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)においては、すべての犯罪被害者等(犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族)は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとされ(基本法第3条第1項)、その他犯罪被害者支援関連の法律の制定により、支援制度の拡充が図られてきた。
2 しかし、現状は、十分な経済的支援制度が確立されているとまでは言い難く、心理カウンセリングのために自費負担を強いられたり、転居先の確保に苦労するケースも少なくない等、犯罪被害者等は、日々の生活において様々な問題に直面している。
このような生活支援を含めたきめ細かい支援を実現するためには、犯罪被害者等が生活基盤を置く地方公共団体による支援の充実が必要不可欠である。基本法においては、地方公共団体は「犯罪被害者等の支援等に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する」(第5条)と規定されており、地方公共団体による支援の充実化を図ることは基本法からの要請でもある。
3 そして、地方公共団体による支援の質と継続性を担保し、安定的で充実した支援を行うためには、犯罪被害者等支援条例を制定することが重要である。条例を設けることにより複数の関係部署による横断的な連携が促進され、総合的な支援や予算措置を講じやすくなるという利点がある。特に、住民にとって最も身近な存在である市町村には、住民の目線に立ち、被害者等のニーズに沿ったきめ細やかな支援を行うという役割を果たすことが強く求められている。同時に、住民に身近な行政である市町村こそ、柔軟な施策を策定し、被害者等が抱える困難に速やかに対応することができる。したがって、被害者等に対して地域の実情に応じたきめ細やかな施策を実施するためには、全ての市町村において犯罪被害者等支援条例の制定がなされる必要がある。
4 この点、宮城県においては、2004年(平成16年)に、「宮城県犯罪被害者支援条例」が制定され、同条例に基づき、犯罪被害者等支援制度充実のための連携体制が構築されているものの、同条例には、犯罪被害者等に対する具体的支援策は盛り込まれていない。また、宮城県内の市町村では、2021年(令和3年)12月2日、大衡村において初めて、経済的及び精神的負担の軽減を図るための支援金の給付を定めた犯罪被害者等支援条例が制定され、2022年(令和4年)2月7日には、色麻町においても犯罪被害者支援条例が制定されたが、他の市や町においては、未だ条例制定には至っていない。
こうした実情を踏まえ、当会は、制定未了の宮城県内の自治体に対し、支援金その他の経済的支援や生活支援等を内容に含む犯罪被害者等支援条例を制定するよう求めていくと共に、引き続き犯罪被害者支援に取り組み、関係機関との連携を推進していく所存である。
5 よって、当会は、以下のとおり決議する。
⑴ 県内の全ての市と町に犯罪被害者等支援条例の制定を求める。
⑵ 当会において、関係機関と連携し、上記⑴の実現及び宮城県内における犯罪被害者等支援の更なる充実のための取組みを推進する。
2022年(令和4年)2月26日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 鈴 木 覚
【提案理由】
1 我が国における犯罪被害者等支援制度の問題点
(1)はじめに
すべての犯罪被害者等(犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族をいう(基本法第2条2項)。なお、ここにいう「犯罪等」とは犯罪及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為を意味する(同法第2条1項)。)は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有している(同法第3条第1項)。
そして、犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援を途切れることなく受けることができるよう講ぜられるものとして(同法第3条第3項)、国は、この理念にのっとり犯罪被害者等のための施策を総合的に策定・実施する責務を有するとされている(同法第4条)。
我が国では、近年、基本法等、犯罪被害者支援関連の法律が制定され、犯罪被害者等支援制度の拡充が図られている。しかしながら、犯罪被害者等支援制度の現状は、いまだ不十分なものといわざるを得ない。
(2)経済的側面における問題
犯罪被害者等は、犯罪によってかけがえのない生命や健康、財産を奪われ、その多くが経済的な問題を抱えることになる。
そのような経済的な問題に対して、現状の支援制度が十分機能しているとは言い難い。
ア 損害賠償金の回収困難性
まず、犯罪被害者等において、犯罪の被害により被った損害を十分に填補されているとは言えない現状がある。
すなわち、2015年(平成27年)に日本弁護士連合会が会員を対象として行った「損害賠償請求に係る債務名義の実効性に関するアンケート調査」によると、殺人、殺人未遂及び傷害致死といった凶悪重大事件の犯罪被害者等において、民事訴訟の判決や損害賠償命令等の債務名義を得ている犯罪被害者等の約60%は損害賠償金の支払を全く受けていない。
さらに、回収率(実際に回収した金額を、支払うべき金額として債務名義に記載された金額で除したもの)を個別の犯罪ごとに見てみると、その平均は、殺人について3.2%、殺人未遂について1.4%、傷害致死について1.4%と、どれも極めて低い。
このように、犯罪の被害によって生じる損害が大きい凶悪事件において、その被害者等は、被害に遭った上に損害賠償金の回収もできずにいわば泣き寝入りを強いられるという立場に置かれている。
イ 犯罪被害者等給付金の支給までの期間等
一方で、犯罪被害者を経済的に支援する制度として、「犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律」に基づく犯罪被害者等給付金の給付制度があるところ、同制度については、従来、その支給金額の不十分性のほか、親族間の犯罪においては不支給とされる等の支給要件の問題、さらには、その適正な事務処理を行うために公安委員会の裁定を受ける必要があり(同法第10条1項)支給までに相応の期間を要するという問題が指摘されていた。
同制度は、2018年(平成30年)の改正により、幼い遺児に係る遺族給付金の引上げや重傷病給付金の支給期間の延長、また、親族関係が破綻している場合における親族関係を理由とした支給制限の撤廃等、一定の前進は見られたものの、未だ十分な支給がなされているとは言えず、また、その支給時期についても、2020年度(令和2年度)における支給実績を見れば、支給裁定がなされるまでの平均期間は約7か月であり、支給裁定までに1年以上を要したものが15%程度あるなど(警察庁・令和2年度広報資料)、必ずしも迅速な支給がなされているとは言い難い。
(3)その他の問題
ア 心理相談等における問題
また、犯罪被害者等は、犯罪によって精神的なダメージを受けるため、心理相談等の精神的なケアが必要になることが少なくない。しかしながら、我が国の公的医療保険制度では、カウンセリング等が保険の適用対象となっておらず、犯罪被害者等は自費でこれらを受けざるを得ない。
イ 転居先の確保や費用の問題
加えて、犯罪被害者は、再被害の危険性や心理的な影響等により、転居先を確保する必要がある場合が多く、また、被害状況によっては、緊急避難先を確保する必要性もあるが、法制度として、これら転居先や緊急避難先の確保、また、その費用負担等が確立されているとは言い難い。
2 犯罪被害者等支援における地方公共団体の重要性
(1)地方公共団体の責務
犯罪被害者等のための施策は、都道府県や市町村等の地方公共団体においても、国との適切な役割分担を踏まえて、地域の状況に応じた施策を策定・実施する責務を有するとされている(同法第5条)。また、地方自治法第1条の2第1項は、地方公共団体は住民の福祉の増進を図ることを基本とし、同第2項は、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体に委ねることを定めていることからすれば、具体的な犯罪被害者等支援は、地方公共団体がその中心になることが、適切な役割分担といえる。
特に、地方公共団体のうち、市町村は、住民にとって最も身近な存在であり、かつ各種保健医療・福祉制度の実施主体であることから、一次的な相談窓口として、犯罪被害者等からの相談や問い合わせに対応し、具体的な支援を実施することになる。また、市町村は、地域における関係機関・団体と密接なつながりがあることから、これらの機関等に関する情報提供や橋渡しなどを行う役割も担っている。
(2)地方公共団体による犯罪被害者等支援の重要性
上記1において指摘した問題は、あくまでも一例にすぎず、犯罪被害者等が直面する問題は多々存在しているところ、地方公共団体であれば、住民に身近な行政として、速やかに、柔軟な施策を策定し、このような問題について対応することができる。例えば、地方公共団体が独自に支給する支援金や見舞金等の経済的支援制度を設けることで、金額面での不十分性を補完することが可能となり、また、地方公共団体による事務手続を簡素化する等の工夫によって、迅速な支給も可能となる。更には、犯罪被害者等に対して地方公共団体が支援金を支払い、それを加害者から回収する制度等を導入することで、加害者からの回収可能性の問題も克服することができる。実際に、多くの市町村では被害直後に10万円~30万円程度の支援金・見舞金を支給する条例を定めており、さらに兵庫県明石市の「明石市犯罪被害者等の支援に関する条例」では、犯罪被害者等が、加害者に対する損害賠償請求権の債務名義を取得した場合は、同市が損害賠償請求権を譲り受けることを条件として、金300万円を上限に立替支援金を支払うという、独自の経済的支援制度が設けられ(同条例第14条)、近年、上記立替支援金が支払われた実績もある。また、大阪府堺市が制定した堺市犯罪被害者等支援条例においては、犯罪被害者等に対して心理相談等を実施する旨の規定(同条例第8条)が設けられ、実際に、同市においては「心理カウンセリング事業」を実施し、心身に害を及ぼす行為による被害者本人、親族及び遺族(2親等内)に対するカウンセリングを民間支援センターに委託し、3年間6回を上限として公費負担を行っている。その他にも、地方公共団体が制定した犯罪被害者等支援条例において、転居費用の支援など、犯罪被害者等の居住の安定に繋がる措置について規定がなされている例も多く存在する。このように、地方公共団体は、具体的な犯罪被害者等支援の中心的な役割を担い、かつ、国では十分対応しきれない状況に柔軟に対応できるといった面で、地方公共団体が、犯罪被害者等支援のために果たす役割は極めて重要である。
3 「条例」制定の必要性
(1)支援の質及び継続性の確保
地方公共団体が、その責務に従い、充実した犯罪被害者等支援を確実に実施していくためには、その根拠となる条例を制定することが必要である。
地方公共団体の中には、条例ではなく、要綱や指針、計画等によって犯罪被害者等の支援を定め、施策を講じているところもある。
しかしながら、条例ではなく、要綱等のみを根拠とする場合、首長や担当職員が交代する等の事情によって、支援の質が低下したり、実施されてきた施策が中断されてしまうおそれも否定できない。
この点、条例を制定し、地方公共団体の責務や役割、講ずるべき施策を定めることによって、支援の質と継続性を担保することができ、安定的で普遍的な支援が行われることが期待できる。
(2)地域住民の理解の促進や担当職員の意識・能力の向上
また、地方公共団体が、条例を制定し、その中で、犯罪被害者等支援が地域全体で取り組むべき課題であることや、行政、住民、事業者等の責務や役割を明確にすることにより、犯罪被害者等に対する住民の理解を増進し、地域全体で犯罪被害者等支援に取り組む意識の高揚につながる。また、犯罪被害者等支援施策を担当する行政職員の意識や能力の向上にもつながることになる。
その上、条例の存在は、様々な困難に直面している犯罪被害者等にとっては大きな支えとなり、また、誰もが犯罪被害者等になりうる状況の中で、犯罪の被害に遭うことへの不安や懸念に対する住民の安心のよりどころともなる。
(3)縦割りの解消と連携強化
さらに、地方公共団体による犯罪被害者等支援においては、相談、保健医療、福祉、住居など多方面にわたる総合的な支援が必要となる。このような支援を行うためには、いわゆる「縦割り」を無くし、複数の関係部署による横断的な連携が必要であるところ、条例を設けることによって、関係部署の連携がとりやすくなり、「縦割り」を無くした総合的な支援を行うことが可能となる。
また、行政内部での連携だけでなく、犯罪被害者、支援団体、専門家、事業者や他の地方公共団体との連携体制も構築しやすくなる。
なお、条例制定の過程で、地方公共団体が犯罪被害者、支援団体、専門家、事業者等と一緒になって条例作りをしていくことによって、より充実した連携体制を構築することができ、実効的な条例の運用にもつながっていくことになる。
(4)予算措置が講じやすくなること
さらに、地方公共団体が、支援金や見舞金、貸付金のほか、民間団体への財政的援助などの財政的措置を必要とする施策を実施する場合には、条例の中にそのような施策を行うべき義務を定めることにより、予算措置を講じやすくなる。
(5)市町村の役割の重要性
以上から、日本のどこで犯罪の被害に遭っても適切な支援を受けることができるようにするために、全ての地方公共団体が、その責務に従い、犯罪被害者のための条例を制定し、各地方公共団体が相互に連携し協働して支援する態勢をつくることが必要である。
特に、住民にとって最も身近な存在である市町村には、そのような条例の下で、住民の目線に立ち、住民のニーズに沿ったきめ細やかな支援を行うという役割を果たすことが強く求められる。そして、実際に、上記2(2)で紹介したとおり、条例に基づき独自の支援措置を行っている市町村もあり、これらの実例は、市町村レベルにおいて犯罪被害者等支援条例を制定することの必要性や有意義性を示している。
4 全国の条例制定状況
日本弁護士連合会は、2017年(平成29年)、「犯罪被害者の誰もが等しく充実した支援を受けられる社会の実現を目指す決議」を採択し、全ての地方公共団体において犯罪被害者等支援条例が制定されることを求めた。
これを契機として、全国の地方公共団体において、犯罪被害者等支援条例を制定する動きが活発化している。
具体的には、2021年(令和3年)4月1日現在、都道府県レベルでは、32都道府県(68.1%)において犯罪被害者等支援条例が制定されており、市町村レベルでは、政令指定都市では8都市(40.0%)、その他の市町村では384市区町村(22.3%)において犯罪被害者等支援条例が制定されている(警察庁・令和3年8月版「条例の小窓」)。
5 宮城県における条例制定状況及び犯罪被害者等支援の取組み
宮城県においては、2004年(平成16年)に、都道府県が制定するものとしては初めての犯罪被害者等支援条例となる「宮城県犯罪被害者支援条例」が制定された。
宮城県公安委員会は、同条例によって設置された「宮城県犯罪被害者支援審議会」(同条例第8条)の意見を踏まえ「犯罪被害者支援推進計画」を策定し(同条例第9条)、同じく同条例により設置された「宮城県犯罪被害者支援連絡協議会」(同条例第6条)を通じて、関係機関、民間団体、事業者等の役割分担を確認し、各種犯罪被害者等支援施策の実現状況について相互に確認し合うという形で、犯罪被害者等支援充実のための連携体制が構築されている。
他方で、住民にとって最も身近な存在である市町村レベルでは、犯罪被害者等支援条例の制定がなされない状況が続いてきたが、2021年(令和3年)12月2日、大衡村において、宮城県内の市町村が制定する初めての犯罪被害者等支援条例「犯罪被害者等よりそい条例」が施行された。同条例においては、主に刑法犯により家族が死亡した遺族に30万円の支援金と上限10万円の死体検案費用を、心身に1ヶ月以上の加療が必要と診断された被害者には10万円をそれぞれ給付するなど、経済的負担軽減のための規定が盛り込まれた。また、2022年(令和4年)2月7日には、色麻町においても、遺族見舞金30万円、傷害見舞金10万円の支給を定めた犯罪被害者支援条例が制定され、山元町においても、犯罪被害者等支援条例案が議会に提出されているなど、他の市や町でも検討が進められている。
したがって、このような機運を更に高め、宮城県内の全市町村において犯罪被害者等支援条例が制定され、犯罪被害者等の支援体制やその運用が更に充実化するための取り組みを引き続き進めていく必要がある。
6 当会における取組みについて
当会においては、ここ数年、仙台市の市議会議員等との意見交換会や勉強会を開催するなどし、市町村レベルにおける犯罪被害者等支援条例の必要性について議論を重ねている。
さらに、2021年(令和3年)10月27日には、「支援条例の必要性とその実情」と題し、犯罪被害者等支援条例に関する研修会を実施した。
同研修会においては、先進的な内容の条例である「明石市犯罪被害者等の支援に関する条例」を制定し、犯罪被害者等支援に積極的に取り組んでいる兵庫県明石市の政策局市民相談室長を講師に迎え、上記条例の制定経緯のほか、条例の必要性及び運用実績等について講義をしていただき、改めて、住民に最も身近な市町村レベルにおいて犯罪被害者等支援条例が制定される必要性があることを再確認した。
そこで、今後も引き続き、関係機関等との連携や意見交換も行いながら、宮城県内の全ての自治体において犯罪被害者等支援条例が制定されるための取り組みを推進していきたい。
7 結語
よって、当会は、宮城県内の制定未了の全ての市と町に犯罪被害者等支援条例が制定されることを求めるとともに、当会としても、その実現及び宮城県内における犯罪被害者等支援の更なる充実を目指し、関係機関との連携や犯罪被害者等支援活動を引き続き進めていくことを決議するものである。