第1 意見の趣旨
区分所有建物の共用部分に関する欠陥等の不法行為ないし契約不適合に基づく損害賠償請求権について、建物の区分所有等に関する法律(以下、「区分所有法」という)上の管理者に区分所有建物の実態及び性質に合致した権利行使を可能とする立法措置をとるべきである。
第2 意見の理由
1 現在、区分所有法の改正については、建替決議の要件緩和等が中心課題に据えられており、2020年7月に閣議決定された規制改革実施計画にも盛り込まれている。
そして、研究者・実務家等の有識者に加えて法務省・国交省・最高裁も参加した区分所有法制研究会が、2021年3月から2022年6月までの間だけでも15回にわたって開催されている。
同研究会では、①建替えと区分所有関係の解消の円滑化、 ②区分所有建物の管理の円滑化、③被災した区分所有建物の再生の円滑化が主たる論点とされ、建替え決議の5分の4要件の緩和や所有者の所在不明や管理不全状態にある区分所有建物の管理制度創設等も議論される予定といわれる。
しかし、これまでの議論等において、マンション瑕疵の被害救済の現場において大きな問題となっている請求権承継、原告適格や共用部分の修補等の問題への対応策が十分に検討されるには至っていない。
2 問題点
(1)前提
分譲された区分所有建物の共用部分に欠陥ないし契約不適合がある場合、買主たる区分所有者は、設計・施工・監理者に対しては不法行為に基づく損害賠償請求を、売主たる分譲業者に対しては契約不適合責任に基づく修補費用相当額の損害賠償請求を、それぞれ行うことができる。しかし、金銭債権は分割債権であるため(民法第427条)、それと異なる規定又は当事者の別段の意思表示がない限り、買主たる区分所有者が請求しうる額は当該区分所有者の共用持分に応じた金額に限られると一般に解されている。
また、区分所有権が転売された場合、区分所有法第26条4項の「区分所有者のために」を「区分所有者全員のために」と解釈すべきとし、区分所有者全員から授権を得られなかった管理者による共用部分の契約不適合責任に基づく損害賠償請求の原告適格を否定した裁判例が存在する(東京地判平成28年7月29日。控訴棄却、上告棄却)。
(2)その結果、区分所有建物に瑕疵(契約不適合)が存し、被害救済が必要な場面で、権利行使及び被害救済を阻害する様々な問題が生じている。
① 損害請求権が分割債権とされる結果、得られた修補費用(賠償金)を当然に共用部分の修補にあてることが困難となる。つまり、仮に共用部分の瑕疵修補費用(賠償)を得ることになっても、区分所有割合に応じて損害賠償金が区分所有権者に個別に帰属されるため、修補費用にあてることを反対する区分所有者がいれば当該反対区分所有権者が取得する損害賠償金に相当する瑕疵修補は実現しないという帰結もあり得る。
② 総会決議或いは規約に基づき、管理者が共用部分の瑕疵に係る損害賠償請求を行う場合、修補費用に充てる事を希望する区分所有者とこれに反対する区分所有者との関係で実質的な利益相反的訴訟追行となる。とりわけ、修補費用に充てることに反対する区分所有者は修補を実現するに足りる賠償でなくてもよいと考えることも少なくなく、訴訟追行中の主張立証方針ひいては修補による被害回復実現の観点からも少なからぬ影響を生じる。
③ 区分所有権が転売された場合、瑕疵(契約不適合)責任に基づく損害賠償請求権は、前区分所有者が有することになり、訴訟提起(総会決議を含む)を行う時点での管理組合では区分所有法第26条4項に基づく訴訟追行を決議できない。まさにこのことは前記東京地裁の却下判決によって示された大きな問題であり、債権譲渡を受けるために膨大かつ煩雑な作業を要するうえ、結局、これが実現できない場合も生じている。
④ こうした事態は競売の際も生じるものである。すなわち、区分所有者Aが公租公課を滞納し、区分所有権が差押え競売に付され、新たにBが同区分所有権を競落した場合にもBはAから債権譲渡を受けなければならない。しかし、Aの所在を探し出すことは困難であることが想定されるし、仮にその所在が判明しても、その経緯等から失った区分所有権の対象建物の維持管理のための協力をAから得ることはほぼ不可能である。
⑤ さらに、上記問題は、近時の国際化により、在外の外国人が区分所有権を取得し、転売する事案も多くなっていることを想起すれば、より具体的かつ現実的に把握される。在外の外国人の前所有者に債権譲渡を求め了承を得ることが至難であることは、極めて容易に想定されるところである。
⑥ いわゆる耐震偽装事案を指摘するまでもなく構造計算偽装、支持杭の設計施工の隠匿、免震構造の虚偽報告等、マンション建設をめぐる業者側の悪質な瑕疵事案が多数存することは公知の事実である。しかし、業者側が自らへの責任追及を免れることを意図して、社員や親密な関係を有する者に1つの区分所有権さえ取得させれば、管理者は区分所有者全員から授権を得られず、損害賠償請求訴訟を追行することができず、被害救済は実質上不可能となる。
(3)上記多大な問題について、分割債権でも個々の区分所有者から授権を受ければよいこと、前区分所有者から債権譲渡を受ければよいこと等により解決可能との指摘がある。
しかしながら、かかる指摘は、現実の区分所有建物管理や被害救済の実務を無視或いは知らない机上の指摘と言わざるを得ない。
区分所有建物の「構造上区分所有者の全員又はその一部の共用に供されるべき建物の部分」(区分所有法第4条1項)は、構造上独立性を有せず、または利用上の独立性を欠いていることから、各区分所有者の意思とは無関係に、法律上当然に共用部分とされ、共有関係については民法の規律とは異なるものとして(区分所有法第12条)、区分所有建物の性質に従った一体的不可分的取扱いとしてされている。そのなかで、共用部分の瑕疵(契約不適合)に係る損害賠償請求権の帰趨を個々の区分所有者の判断に委ねることは、管理者が「授権」を得られなければ共用部分の瑕疵(契約不適合)修補が実現しないことになり、総会や集団的場面を通じて区分所有建物を維持管理している現実にも合致せず、区分所有法の規定及び趣旨に反するものである。
また、前区分所有者から瑕疵(契約不適合)責任に基づく損害賠償請求権の譲渡を受けることは、前区分所有者へ連絡の煩雑さはもとより、次のような問題がある。
前区分所有者は、既に区分所有権を譲渡し区分所有建物の維持管理に関心を失っていることが通常であるため、前区分所有者への説明や前区分所有者から理解を得ることは困難である。また、区分所有者ではない前区分所有者の総会への出席関与の方法等、現実の区分所有建物管理や被害救済の実務に僅かでも触れた者であればその実現が実質上不可能或いは膨大な費用と労力を要することが容易に理解されるものである。
さらに、不法行為に基づく損害賠償請求によっても、分割債権による問題は残り、また、購入者ではない現区分所有者のもとでの損害立証が困難等の問題が存する。
3 あるべき方向性
東京地裁判決が問題或いは誤りであることは専門家からも指摘されるところであり、裁判実務において是正されるべきである。
もっとも、上記2の問題はこれにとどまるものではない。
区分所有法は、管理者(同法第3条、第25条)が個々の区分所有者を代理して「共用部分等について生じた損害賠償金」の請求を行うことができ(同法第26条第2項)、規約または集会の決議により、区分所有者のために訴訟の当事者となることができる(同条第4項)と規定する。かかる規定を設けた趣旨について、法務省立法担当者は、「共用部分等に損害が生じた場合の損害賠償金の請求および受領については、損害賠償請求権が可分債権であり、各区分所有者に分割的に帰属するものである・・・しかし、共用部分等について生じた損害賠償請求権については、各区分所有者が権利行使をしたとしてもその額が少額にとどまることが多いこと、受領した損害賠償金は共用部分等に生じた損害の回復の費用に振り向けるべき場合も少なくないこと等から、管理者が一元的に請求し、または受領することができるものとした方が、建物の適正な管理に資するものと考えられる」と説明している(稻本洋之助・鎌野邦樹著『コンメンタール区分所有法(第3版)』日本評論社 159頁)。かかる趣旨は、共用部分の瑕疵(契約不適合)修補はじめ維持管理全般に妥当するものである。また、マンションの管理の適正化の推進に関する法律の目的である「マンションの管理の適正化を推進するための措置を講ずることにより、マンションにおける良好な居住環境の確保を図」ること(マンションの管理の適正化の推進に関する法律第1条)や「マンションにおける良好な居住環境の確保」すること(マンションの建替え等の円滑化に関する法第1条)にも合致するものである。
区分所有法は、上記のとおり民法の共有理論と異なる規律を定め、民法の特別法とも把握されるなか、管理者に区分所有建物の実態及び性質に合致した権利行使を可能とする立法措置がとられるべきである。
4 結論
したがって、現行の法制度のもとで生じている多大な問題を解決するため、区分所有建物の共用部分に関する欠陥等の不法行為ないし契約不適合に基づく損害賠償請求権について、管理者に区分所有建物の実態及び性質に合致した権利行使を可能とする立法措置をとるべきである。
以 上
2022年(令和4年)7月22日
仙 台 弁 護 士 会
会 長 伊 東 満 彦