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平成24年2月25日「全面的証拠開示制度の創設を求める決議」

2012年02月27日

全面的証拠開示制度の創設を求める決議

 

 わが国の刑事訴訟法においては,どのような証拠を開示するかは基本的に検察官の判断に委ねられているため,捜査機関の不当な証拠隠しが後を絶たず,これにより幾多のえん罪事件が発生するに至っている。
 ここ宮城県においても死刑判決確定後に証拠開示がなされ再審により無罪となった「松山事件」の例がある。最近の例でも,「氷見事件」,「布川事件」等では,被告人に有利な証拠が開示されていなかったことが明らかとなっている。これらの事件においては,全面的な証拠開示請求が認められていれば,強要された被告人の自白や,それを支えるとされた目撃証言等も,およそ信用できないものであることが明らかになり,誤った有罪判決を防止できたはずである。
 2004年5月に改正された刑事訴訟法により,公判前整理手続に付された刑事事件については,被告人及び弁護人に,検察官に対する類型証拠及び主張関連証拠についての証拠開示請求権が認められ,証拠開示の範囲は一定程度広がった。しかし,弁護人が開示を求める証拠全てが開示されるわけではない上に,公判前整理手続に付されない刑事事件については,従前どおり,裁判所の訴訟指揮権の行使による証拠開示が認められているに過ぎない。
  当事者たる被告人及び弁護人が,検察官が証拠調べを請求した証拠の内容を吟味し,これらに対する弾劾を行うことは,憲法上保障された被告人の防御権の行使にほかならない。かかる防御権の行使に際しては,被告人及び弁護人が捜査機関が入手した全ての証拠を検討できることが必要不可欠である。
 また,公益の代表者である検察官が,法律に基づく捜査の権限を行使して公費で収集した全ての証拠は,公正な刑事裁判手続を実現するための公共の財産というべきものであり,これらを被告人及び弁護人に開示することは,公正な刑事裁判手続を実現する検察官の責務というべきである。こうした責務を検察官が果たしてこそ,刑事訴訟法の目的である人権保障を全うしつつ真実を明らかにすることも可能となるというべきである。
 当会は,これまでも,「えん罪防止のために適正な捜査手続等の確立を改めて求める会長声明」等において,捜査機関が有している全証拠の開示を求めてきた。また,日弁連をはじめ各単位弁護士会等においても,同様の決議や意見が相次いで表明されている。国が,全面的証拠開示について,積極的な方針を打ち出さない限り,今後も新たなえん罪の悲劇が繰り返される危険は極めて大きいと言わざるを得ない。
 そこで,当会は,二度と悲惨なえん罪の発生を繰り返さないために,改めて被告人及び弁護人の全面的な証拠開示制度の創設を求めて,本決議に及ぶものである。

以上のとおり,決議する。

   2012年(平成24年)2月25日

               仙 台 弁 護 士 会
                  会 長  森   山    博

 

 提 案 理 由

1 証拠隠しによるえん罪の発生
(1) わが国の刑事訴訟法においては,捜査機関が保有する証拠の全面的な開示を求める権利が認められておらず,どのような証拠を開示するかは検察官の判断に委ねられている。そのため,否認事件をはじめとする証拠開示が切実に求められる事件において,検察官が証拠開示を強固に拒否する例が後を絶たない。そして,証拠開示がなされなかった結果,誤った有罪判決がなされる危険があることは,宮城県において死刑判決が再審により無罪となった「松山事件」の例のほか,最近の再審事件でも,再審公判において無罪判決が出された「氷見事件」,「布川事件」,再審開始決定が出された「福井女子中学生殺人事件」等で明らかになっている。
(2) 氷見事件(2002年に富山県で発生した2件の強姦,強姦未遂事件)においては,えん罪被害者は,懲役3年の有罪・実刑判決を受けて服役し刑の執行を終えた。しかし,その後,真犯人が犯行を告白したため,えん罪被害者の無実が明らかとなり,2007年2月に検察官が再審請求を行い,同年10月に再審無罪判決が言い渡された。この事件では,通話記録やDNA鑑定等の,えん罪被害者の無実を裏付ける客観的証拠が黙殺・隠蔽された結果,えん罪被害者が犯人に仕立て上げられた疑いが濃厚である。
(3) 布川事件(1967年に茨城県で発生した強盗殺人事件)においては,2名のえん罪被害者は,いずれも無期懲役の有罪・実刑判決を受けて服役したが,その後も無実を訴え続け,2009年に再審が開始された。再審請求審においては,えん罪被害者らの毛髪と犯行現場にあった毛髪は異なるという毛髪鑑定書,強要された自白の録音テープ,犯人を特定するに不十分な目撃証人の初期供述等の多数の捜査機関が作成していた証拠が開示され,2011年5月に再審公判において無罪判決が言い渡された。
(4) 福井女子中学生殺人事件(1986年に福井市内で発生した殺人事件)においては,被告人とされた者は,懲役7年の有罪・実刑判決を受けて服役し,刑の執行を終えた後の2004年7月に再審請求を行った。この事件では,弁護人が,再審請求の当初から繰り返し証拠開示請求を行い,これを受けて,裁判所が,2007年9月から2010年3月にかけて,3回に分けて証拠開示の勧告を行った結果,検察庁より,多数の死体解剖時の写真,事件当日に目撃したという複数の目撃者らの多数の供述調書が再審請求審において開示された。その結果,目撃者らの供述が著しく変遷するとともに,その変遷が目撃者同士で不自然に一致しており,捜査機関が取調べにおいて行き過ぎた誘導を行った可能性や,目撃者らの供述が信用に値しないものである可能性が指摘されるに至り,昨年11月に再審開始決定が出されている。
(5) これらの事件においては,全面的な証拠開示請求が認められ,被告人に有利な証拠が確定審で開示されていれば,直接証拠である被告人の自白や,それを支えるとされた目撃証言等が,およそ信用できないものであることが明らかになり,えん罪や不当な有罪判決の発生を防止できたはずである。

2 現行制度とその問題点
(1) 2004年5月に改正された刑事訴訟法により,公判前整理手続に付された刑事事件については,被告人及び弁護人に,検察官に対する類型証拠及び主張関連証拠についての証拠開示請求権が認められ,証拠開示の範囲は一定程度広がった。しかし,証拠の存否,類型証拠該当性,主張と証拠との関連性をめぐって,検察官と弁護人との間でしばしば争いが生じ,弁護人が開示を希望する証拠全てが開示されるわけではなく,検察官側が基準を限定的に解釈し,開示を制限する例なども報告されている。
(2) 2010年に無罪判決が言い渡された厚生労働省元局長無罪事件は,2004年の刑事訴訟法改正により類型証拠,主張関連証拠の開示請求権が認められたとしても,えん罪が生じかねないことを物語っている。すなわち,同事件では,特捜部の検察官が,公訴事実との矛盾を隠蔽するため,フロッピーディスクに保存されたファイルの作成日付を改竄したが,公判担当検事が,その事実を知らないまま,改竄前のファイルの作成日付についての捜査報告書を弁護人に任意開示したために,公訴事実と当該捜査報告書との矛盾,特捜部検察官による証拠物の改竄が偶然明らかになったものである。もしも,公判担当検事が,当該捜査報告書と公訴事実との矛盾に気付き,当該捜査報告書が類型証拠,主張関連証拠に該当しないとして開示しなければ,公訴事実との矛盾も明らかとならず,元局長が有罪とされた可能性は極めて大きいということができる。このような事件の経過からも,類型証拠,主張関連証拠が認められただけでは,えん罪の発生は防止できないことは明らかである。
(3) また,公判前整理手続に付されていない大半の刑事事件については,従前どおり,裁判所の訴訟指揮権の行使による証拠開示が認められているに過ぎず,現行制度のもとでは多くの事件がえん罪の危険をはらんでいると言っても過言ではない。

3 証拠開示の制度化の必要性
(1) 以上のように,2004年5月の改正後の刑事訴訟法によっても,被告人に有利な証拠が開示されない結果,被告人が十分な防御権を行使することが困難であるという状況は変わっていない。
(2) 被告人及び弁護人が,検察官が証拠調べを請求した証拠の内容を吟味し,相手方当事者としてこれらの証拠に対する弾劾を行うことは,憲法上保障された被告人の防御権の行使にほかならない。そして,検察官請求証拠の内容を吟味しその弾劾を行うためには,被告人及び弁護人に捜査機関が入手した全ての証拠を検討できるようにすることが必要不可欠である。
(3) 検察官は,公益を代表する者として,公判手続において「裁判所に法の正当な適用を請求」(検察庁法第4条)すべき立場にある。したがって,その訴訟活動は,単に被告人の有罪を求めることを指向するものではなく,実体的真実の究明を目指した公正なものでなくてはならない。警察又は検察が強大な組織と捜査権限を付与され,公費によって証拠を収集することができるのは,上記のような検察官が公益の代表者として職責を果たすことに基づくものであり,検察官が,法律に基づく捜査の権限を行使して公費で収集した全ての証拠は,公正な刑事裁判手続を実現するための公共の財産というべきものである。したがって,これらを相手方当事者である被告人及び弁護人に開示することは,公正な刑事裁判手続を実現する検察官の責務にほかならない。
(4) また,裁判員裁判が制度化している現在において,捜査機関が入手した証拠の全てが開示されないことは,裁判員として訴訟に参加した市民を,誤った有罪判決を言い渡す当事者にしかねない状況を放置していることを意味しており,国が今後も何らの対応をしないことは,もはや許されない状況にある。
(5) さらに,日本も批准している国際人権自由権規約は,第14条3項で,捜査機関が収集した防御に必要な証拠の全ての開示を受ける権利を保障しており,この規定に基づいて,1998年11月,国際人権(自由権)規約委員会は,日本政府に対し,弁護側に全面的な証拠開示請求権を保障することを勧告している。日本国憲法においては,条約及び確立された国際法規の誠実な遵守を定められているのであるから(憲法第98条),日本政府が,直ちに被告人及び弁護人に対し,全面的な証拠開示請求権を保障すべきことは,国際的な観点からも不可欠である。

4 むすび
(1) 当会は,これまでも,厚生労働省元局長無罪事件に関連して発表した「えん罪防止のために適正な捜査手続等の確立を改めて求める会長声明」(2010年9月24日付)等において,捜査機関が有している全証拠の開示を求めてきた。また,当会が所属する東北弁護士会連合会も「えん罪防止のために取調べの全面可視化と全ての証拠開示を求める決議」(2010年7月2日付)において,国に対し同様の意見表明を行っており,日弁連をはじめ各単位弁護士会等においても,同様の決議や意見が相次いで表明されている。
(2) この間,上記のような再審無罪判決や再審開始決定が相次いで出されているにも関わらず,国は,全面的証拠開示について何ら前向きな方針を打ち出そうとしていなことから,今後も新たなえん罪の悲劇が繰り返されるおそれは極めて大きいと言わざるを得なない。また,裁判員裁判の導入により,刑事裁判に対する市民の関心がこれまで以上に高まっている現在においては,このような制度の不備による誤判は,刑事司法全体に対する市民の信頼低下にも直結しかねない。
(3) そこで当会は,近時,捜査機関の不当な証拠隠しによるえん罪や不当な有罪判決が相次いで明らかになったのを契機として,二度と悲惨なえん罪の発生を繰り返さないために,改めて国に対し,被告人及び弁護人の全面的な証拠開示請求権の制定を求めて,本決議に及ぶものである。

                                                                 

以 上

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