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再審法の速やかな改正を求める決議

2023年07月27日

再審法の速やかな改正を求める決議

 刑事事件の再審制度は、誤判により有罪とされたえん罪被害者を救済することを目的とする制度である。裁判は人が行うものである以上、誤りは生じうる。ここ宮城県においては、いわゆる松山事件について、誤判により一旦は死刑判決が確定したところ、再審により無罪判決がなされたことが銘記されるべきである。
 えん罪被害は、国家による最大の人権侵害の一つであり、えん罪被害者は迅速に確実に救済される必要がある。しかし現実には、再審は「開かずの門」あるいは「駱駝が針の穴を通るより難しい」と言われるほど、認められることがまれであり、現在の再審制度は、誤判からの救済手段としての意義・役割を有効に果たせていないと言わざるを得ない。

 本年(2023年)においては、いわゆる袴田事件について再審開始決定が確定した一方で、いわゆる日野町事件については、検察官による特別抗告のため、再審公判が開かれるか否かは未確定の状況にある。
 いずれの高裁決定も、再審請求手続の中で開示され提出された新証拠と、確定審で取り調べられた旧証拠とを総合評価し、「疑わしいときは被告人の利益に」の原則を再審手続にも適用した白鳥決定(最高裁1975年5月20日決定)及び財田川決定(最高裁1976年10月12日決定)に沿う適切な判断手法をとったものであった。

 そして、袴田事件・日野町事件の審理を巡って、現行刑事訴訟法における再審に関する定め(再審法)の問題点も改めて明らかになった。
 すなわち、第一に、証拠開示制度の不備である。再審開始決定を得た事件の多くにおいて、再審請求手続の中で初めて開示された検察官の手持ち証拠の中に、再審開始を導く重要な証拠が含まれていた。これは、再審請求手続における証拠開示の重要性を端的に示す事実である。しかし、現行刑事訴訟法では、再審における証拠開示制度が整備されておらず、裁判所の裁量に委ねられているため、再審開始を導く重要な証拠が再審請求人に開示される保証はない。もとより、証拠開示は当事者武器対等という刑事裁判の基本原則からの要請と言え、確定審の段階においても当然に要請されるべきものであるが、えん罪被害者救済という再審制度の趣旨を実現するためには、再審請求手続における十分な証拠開示制度の整備が急務である。
 第二に、検察官による不服申立が許容されていることである。すなわち、現行刑事訴訟法が再審開始決定について検察官抗告を認めているため、近年、再審開始決定に対する検察官による即時抗告や特別抗告が行われることが多く、その結果、再審開始が遅延し、えん罪被害者の速やかな救済が阻害される事態が続いている。職権主義的審理構造のもとで利益再審のみを認め、再審制度の目的をえん罪被害者の救済に純化した現行の再審請求手続においては、検察官は裁判所の審理に協力する立場に過ぎないのであり、そのような検察官に再審開始決定に対する不服申立権を認める必要はない。
第三に、現行刑事訴訟法に再審請求審の手続に関する規定がないことである。そのため、審理の進行について各裁判所の裁量に委ねられる点が多く、ときに三者協議の頻度や事実取調べの有無などで「再審格差」と呼ばれるような裁判所による訴訟指揮の格差が問題とされてきた。再審請求人の手続保障を確保し、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、再審請求人の権利並びに確定審や過去の再審請求に関与した裁判官の除斥及び忌避、国選弁護制度の導入等をはじめとする手続規定の整備が必要である。
 
 よって、当会は、えん罪被害者の迅速な救済を実現するため、以下の内容を中心とする再審手続に関する刑事訴訟法の各規定の速やかな改正を求める。
1 再審請求手続における証拠開示の制度化
2 再審開始決定に対する検察官による不服申立の禁止
3 適正手続を保障する再審請求手続規定の整備

2023年(令和5年)7月27日

仙 台 弁 護 士 会

会 長  野  呂   圭

提  案  理  由

第1 はじめに
 えん罪は国家による最大の人権侵害の一つである。
 2023年3月13日、東京高等裁判所第2刑事部は、いわゆる袴田事件(1980年11月に強盗殺人罪・放火罪で死刑確定)の第2次再審請求について、2014年3月27日に静岡地方裁判所がなした再審開始の決定を維持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした。検察官はこの決定に対する特別抗告を断念し、再審公判が開かれることが確定した。
 被告人とされた袴田巌氏の人生に思いをはせるとき、えん罪被害は速やかに救済されなければならない。

第2 再審をめぐる歴史
 1 白鳥・財田川決定
 再審において大きな意義を有するのは白鳥決定(最高裁1975年5月20日決定)及び財田川決定(最高裁1976年10月12日決定)である。
 白鳥決定は、「法435条6号にいう『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかという観点から、当の証拠を他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。」と判示した。
 また、財田川決定は、白鳥決定の上記判示を繰り返した上で、さらに「そして、この原則を具体的に適用するにあたっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになった場合にも右の原則が当てはまるのである。」と判示した(いずれも下線部は引用者による。)。
 かように、白鳥決定・財田川決定は、再審請求においても「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されるとしたのである。
 2 松山事件
 両決定は、大きなえん罪救済の流れを生んだ。そして、宮城県においては、いわゆる松山事件(強盗殺人罪及び非現住建造物等放火罪により仙台地裁古川支部で死刑判決となり、同判決は1960年11月に最高裁の上告棄却により確定)について再審開始決定がなされ、1984年7月に再審において無罪判決がなされ雪冤が果たされたことが特記されるべきである。
 松山事件において被告人とされた斎藤幸夫氏は、1955年末に逮捕され、再審開始決定によって死刑の執行が停止されるまでの間、死の恐怖にさらされ続け、また再審無罪判決により自由の身になるまでの約29年もの長期にわたり身体拘束され続けた。
 3 近時の再審開始決定
 近時、足利事件(2010年3月再審無罪判決)、布川事件(2011年5月再審無罪判決)、東電社員殺害事件(2012年11月再審無罪判決)、東住吉事件(2016年8月再審無罪判決)、松橋事件(2019年3月再審無罪判決)、湖東事件(2020年3月再審無罪判決)について再審開始決定がなされ、再審において無罪判決がなされ確定している。
 また、日野町事件については、大阪高等裁判所が再審開始決定を認めたものの、検察官が特別抗告しており未確定の状態にある。
 袴田事件について、冒頭に述べたように、再審開始が確定している。同事件の差し戻し後の高裁決定も、再審請求手続の中で開示され提出された新証拠と、確定審で取り調べられた旧証拠とを総合評価し、白鳥決定及び財田川決定に沿う適切な判断手法をとったものであった。

第3 再審制度の問題点とその改正の必要性
 1 明らかになった再審制度の問題点
 袴田事件・日野町事件の両決定を巡って、本来無辜の救済を目的とするはずの現行刑事訴訟法における再審に関する定め(再審法)の問題点も改めて明らかになった。
 すなわち、いずれの事件においても、再審開始決定に強い影響を与えた証拠が開示されるまでに相当な時間を要しており、証拠開示制度の不備がえん罪被害者の速やかな救済を阻害していること、検察官が再審開始決定に対して即時抗告したために即時抗告棄却決定までに長期間を要し、えん罪被害者の速やかな救済を阻害していることである。えん罪被害者の救済を目的とする再審についても、適正手続(憲法31条)や迅速な公開裁判を受ける権利(憲法37条)が保障されなければならない。
   
 2 証拠開示制度の整備
 現行再審法においては、証拠開示に関する規定が存在しない。
 松山事件においては、仙台地方裁判所古川支部の再審請求棄却決定を仙台高等裁判所が取り消して仙台地方裁判所に差し戻した後に、検察官から多くの裁判不提出記録の証拠開示がなされ、いわゆる「平塚鑑定書」の存在が明らかになったことが再審開始決定に結びついたものである。
 袴田事件においても、ボタンのタグの「B」という文字が、検察官が主張していた「サイズ」ではなく「色」を示す旨の製造業者の供述調書、いわゆる「5点の衣類」のネガフィルムなどが第2次請求審において開示されている。
 かように、両事件とも、再審請求手続の中で、検察官の手持ち証拠が多数開示され、その中に再審開始を導く重要な証拠が含まれていたのである。適切な証拠開示がなされていれば、より早期の再審開始決定がなされたものと考えられる。逆に、両事件において証拠開示がなされなかったならば、果たして再審開始決定がなされたのか疑問なしとはいえず、えん罪被害者の救済という再審制度の趣旨を実現できないこととなってしまう。
 しかるに、現在の刑事訴訟法では再審における証拠開示制度が整備されておらず、証拠開示が裁判所の裁量に委ねられているため、再審開始を導く重要な証拠が再審請求人に開示される保証はない。
 したがって、えん罪被害者救済という再審制度の趣旨を実現するためには、再審請求手続における十分な証拠開示制度の整備が急務である。
 3 検察官による不服申立の許容
 現行再審法においては、再審開始決定に対する検察官による不服申立が認められている。これがえん罪被害者の迅速な救済を阻害するという問題は、かねてより指摘されてきた。そして、近年は布川事件、松橋事件、大崎事件、湖東事件及び日野町事件において、再審開始を認める即時抗告審決定に対しても、検察官が最高裁判所に特別抗告をしている。その結果、特別抗告審の判断がなされるまで再審開始決定がなされないという事態が起き、迅速な救済が阻害されている(なお、大崎事件については、第3次再審請求において、特別抗告審である最高裁が地裁及び高裁のした再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却するという決定をしている。)。
 袴田事件においても、2014年3月27日の静岡地方裁判所の再審開始決定に対して検察官が即時抗告した結果、東京高裁が再審開始決定を取り消して再審請求を棄却し、その特別抗告審で東京高裁への差戻決定がなされ、2023年4月13日に東京高裁が検察官の即時抗告を棄却し、同月21日にこれが確定するという経過を辿った。再審開始決定から実に9年もの歳月が経っており、袴田巌氏は87歳、同氏の姉ひで子氏も90歳となっている。
 憲法39条は「何人も・・・すでに無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。」と「二重の危険」禁止原則を定める。最高裁判所は、「二重の危険」とは、同一の事件においては訴訟手続の開始から終末に至るまでの一連の継続状態をいうものであるとし、検察官上訴制度が同条に違反するものではないとする(最高裁大法廷1950年9月27日判決・刑集4巻9号1805頁)。
 しかし、現行刑事訴訟法は、再審制度をえん罪被害者の救済制度に純化させ、不利益再審を認めていない。かつ、「疑わしいときは被告人の利益に」の原則からは、いったん裁判所による無実を示す判断がなされた以上は、当該事件はすでに「疑わしい」ものとされたものというべきである。職権主義的審理構造のもと、再審手続において検察官は「公益の代表者」として裁判所が行う審理に協力する立場に過ぎないことに鑑みれば、そのような検察官に、再審開始決定に対する不服申立権を認める必要はなく、法改正により直ちに再審開始決定に対する検察官の不服申立を禁止すべきである。検察官が有罪であると主張するならば、それは再審公判で有罪立証を尽くせば済むことである。
 4 審理手続に関する規定の整備の必要性
 以上述べたように、現行の再審手続にはその条文の少なさもあって、十分な手続保障が定められているとは言えない。ゆえに、裁判所の裁量に委ねられる点が多く、三者協議や事実取調べを全く行わないなど、十分な手続保障がされているとは言えない事例も散見される。
 また、大崎事件や日野町事件、飯塚事件においては、確定審に関与した裁判官や過去の再審請求審に関与した裁判官が、当該事件の新たな再審請求審に関与していたことも明らかになっている。これは、裁判所の判断の公正さ・適正さを疑わしめるものである。
 加えて、再審手続においては国選弁護制度がなく、資力がなく支援も得られないものは、弁護人を付けることができず、再審請求自体を断念せざるを得ないが、これが正義に適うものとは思われない。
 再審請求審における手続保障を図り、裁判所の公正な判断を担保するためには、三者協議(進行協議)期日の設定義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権・証人尋問における尋問権の保障及び手続の公開、確定審や過去の再審請求に関与した裁判官の除斥及び忌避、国選弁護制度の導入等をはじめとする手続規定を速やかに整備する必要がある。
 5 他の改正すべき事項
 以上述べた事項のほかにも、白鳥・財田川決定の趣旨(新旧全証拠の総合評価と「疑わしいときは被告人の利益に」原則の適用)の明文化、死刑の量刑を基礎付ける事実に誤認があることを理由とする再審や、捜査や裁判の手続に憲法違反があることを理由とする再審を可能とすること、再審請求段階における刑の執行停止を可能とすること、再審開始決定に伴う刑の執行停止を原則とすることについても、誤判による被害を救済し、基本的人権の擁護と社会正義を実現する見地から改正内容に盛り込むべきである。

第4 結語
 再審制度がえん罪被害者を救済する「最終手段」であることは論を俟たない。その制度保障を確固なものとし、えん罪被害者の迅速な救済を可能にするため、当会は、国に対し、①再審請求手続における証拠開示制度の制度化、②再審開始決定に対する検察官による不服申立の禁止、③再審請求手続による手続規定の整備を中心とする、再審手続に関する刑事訴訟法の各規定の速やかな改正を求めるものである。

以上

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