弁護士会ホーム > 侮辱罪の法定刑引き上げを内容とする法律案が可決成立したことを受けての会長声明

侮辱罪の法定刑引き上げを内容とする法律案が可決成立したことを受けての会長声明

2022年06月23日


侮辱罪の法定刑引き上げを内容とする法律案が可決成立したことを受けての会長声明
 

1 侮辱罪の法定刑引き上げを内容とする法律案の可決成立
侮辱罪の法定刑について、現行刑法231条の「拘留又は科料」から、「一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げることを内容に含んだ、「刑法等の一部を改正する法律案(以下「本法案」という。)」が、2022年5月19日に衆議院本会議において可決され、同年6月13日に参議院本会議においても可決成立した。
本法案は、同年4月21日に衆議院で審議され始め、わずか2か月足らずで可決された。

2 立法趣旨からすれば民事上の救済手段の充実を図ることが的確な対策であること
侮辱罪の法定刑を引き上げる理由は、インターネット上の誹謗中傷が社会問題化していることや誹謗中傷を防止すべきと考える国民の意識が高まっていることにあるとされている。
確かに、インターネット上の誹謗中傷により、被害者らの自尊感情が傷つけられ、被害者らの生命、身体、財産等に被害を生じることがあってはならない。しかし、次項にて述べる侮辱罪の法定刑を引き上げることの問題点に照らせば、インターネット上の誹謗中傷を防止し、インターネット上の権利侵害について被害救済を実現するためには、発信者情報の開示手続き及び裁判手続きを容易とする法改正、損害賠償額の適正化等により、民事上の救済手段の一層の充実を図ることこそが、的確な対策である。

3 侮辱罪の法定刑を引き上げることの問題点
インターネット上の誹謗中傷対策との目的のため、侮辱罪の法定刑を引き上げることについては、以下のような問題点がある。
⑴ 表現の自由に対する萎縮効果を生じること
懲役・禁錮を含む法定刑引き上げは重大な萎縮効果を生じ、憲法21条1項が保障する表現の自由が害されるおそれが強い。例えば、本法案の成立によって侮辱罪における逮捕・勾留の要件が大幅に緩和されたり(刑事訴訟法60条3項、199条1項但書)、侮辱罪の教唆犯・幇助犯も処罰されることとなった。このように逮捕・勾留要件が緩和され、処罰範囲が拡大された中で、恣意的な運用が可能となれば、特に政府又は政治家に対する批判的な表現への萎縮効果が懸念される。これらの点は、国会及び各社報道等において、繰り返し指摘されているところである。
⑵ 表現行為への刑罰適用、拘禁刑を避けるべきこと
そもそも、我が国が批准する国際人権規約―市民的及び政治的権利に関する国際規約においては、名誉毀損等の表現行為に関し、原則として犯罪の対象として外すべきこと、刑事罰の適用は最も重大な事件にのみ容認されること、拘禁刑(懲役・禁錮を含む)は適切な刑罰ではないこと等、表現の自由に配慮すべきとされており、このことは侮辱罪においても妥当する。
⑶ 目的との関係において合理的関連性に乏しいこと
侮辱罪は、社会的評価(外部的名誉)の低下を防止することを目的とした犯罪類型とされており、それゆえに、「公然と」なされた侮辱のみを処罰の対象としている。
他方で、インターネット上の誹謗中傷による被害の本質は、自尊感情を傷つけられ私生活の平穏を害される点にある。この点を保護法益とする犯罪類型は侮辱罪ではなく、脅迫罪、強要罪(刑法222条、223条)、ストーカー行為等の規制に関する法律等である。侮辱罪の保護法益ではない要素を量刑上考慮することを意図して、侮辱罪の法定刑を引き上げることは、刑罰法規の規定のあり方として不適切である。さらに、SNSのダイレクトメッセージ機能を利用した誹謗中傷のように、「公然」でないものは、侮辱罪としては処罰の対象とはならないから、侮辱罪は、インターネット上の誹謗中傷を適切に捕捉するものとも言えない。
これらの問題点は、2022年3月17日付け日本弁護士連合会による意見書 においても、指摘されていた点であった。それにもかかわらずこれらの問題点を十分に踏まえることなく、短期間の審理で懲役・禁錮を含む法定刑の引き上げがなされたことは、極めて遺憾である。

4 結語
本法案の内容にて侮辱罪の法定刑を引き上げることは、表現の自由に対する萎縮効果を生じるおそれが強く、インターネット上の誹謗中傷対策目的として合理的関連性に乏しい。よって当会は、侮辱罪の摘発処罰については十分に慎重な運用を求める。特に、両院法務委員会の附帯決議のとおり、発信者情報の開示手続きや損害賠償の在り方等の民事上の救済手段に関し必要な措置を講ずること、侮辱罪の処罰範囲を変更しないことや現行犯逮捕が想定できないことを捜査機関に周知徹底すること、及び自由な表現活動が妨げられることのないよう公共の利害に関する場合の特例の創設について速やかに検討することを強く求める。

2022年(令和4年)6月23日

仙 台 弁 護 士 会

会 長  伊 東 満 彦

ホームへ

  • 紛争解決支援センター
  • 住宅紛争審査会
  • 出前授業・出張講座
  • 裁判傍聴会のご案内
  • 行政の方はこちら
仙台弁護士会の連絡先
〒980-0811
宮城県仙台市青葉区一番町2-9-18
tel
  • 022-223-2383(法律相談等)
  • 022-223-1001(代表電話)
  • 022-711-8236(謄写関係)
FAX
  • 022-261-5945